戦端
ナーシェル側の戦陣も着々と準備されていきます。それに合わせて、塔の頂上にも偉そうな人がやって来たりしています。彼らはメンディスさんを認めると恭しく挨拶をしてから、皆で並んでシュライド側を眺めます。会話を盗み聞きしていると、彼らが軍師達であることが分かりました。
「無駄だな。綿密な作戦であっても、一匹の化け物で全てが引っくり返る」
彼らと離れたメンディスさんの発言です。
「同感で御座います。しかし、将来の役には立つことでしょう。さて、メリナ殿、あの後詰を突くにしろ、どうやって回り込みますか?」
「正面から真っ直ぐに突撃では良くないですか?」
「単騎駆けとは豪気だな」
「ガランガドーさんが居れば、上から突入するんですけどねぇ」
「ガランガドー? 仲間なのか? タフト、知っているか?」
「メリナ殿が使役している黒い竜です。殿下もハッシュカでメリナ殿を死竜に投げ付ける竜をご覧になられたでしょう」
「あぁ、アレか……。アレが聖竜かと思ったが違うのか」
はぁ? マジでお前の目は節穴ですね。
「全く……。そんな事では本物の聖竜様を目にしたらメンディスさんは今の発言を後悔する余りに自殺されるでしょうね」
聖竜様の崇高さを知らないあなたは生きる意味が御座いませんよ。そして、神々しさを知った後に、それまでの無駄な人生に絶望するのです。つまり、お前は既に生きる屍状態なんですよ。
「ふん。そんな戯れ言よりも、そのガランガドーとやらを召喚しろ。それが最適手なんであろう?」
まぁ、そうですね。ガランガドーさん、もうそろそろ、こちらへ来れますか?
私は遠くにいる彼とのコンタクトを試します。どういう仕組みなのか、もしかしたら過去にガランガドーさんが説明してくれたのかもしれませんが、何にしろ、私とガランガドーさんは距離とは関係なくお喋りする事が出来るのです。
『おぉ、主よ。今しばらく待つのである。腐竜であった骨の一部に異変を感じておる』
異変ですか……。また復活するのですかね。
そちらはそちらで面倒です。ガランガドーさんにお任せして良いですか?
『おうよ。場合によっては我が始末しておこう』
了解です。では、終わりましたら、こちらへ来てくださいね。
「そうか、黒竜は合流できぬか。ならば、正面突破だな」
「ですね。今からで良いですか?」
「良い。やってくれ」
「分かりました。あと、もしも竜特化捕縛魔法が仕掛けられていましたら救出をお願いします」
「何の救出だ? ……もしかして、お前か? お前、実は人間ではなかったのか!?」
「心と魔力は竜です」
「……ブラナン王はよくもそんなヤツを飼おうとしたな……」
「殿下、言葉を控えましょう。分かりました、メリナ殿。それも含めて危機の場合には、このタフトが向かいます」
「ありがとうございます」
私は言い終えると、落下防止の為にか、一段と高くなっている外壁の上に立ちます。木よりも高い位置にいますが、足が震えることはありません。
「メリナ、行きますっ!」
そこから一気に足で強く蹴って飛び降ります。すぐに地面が近付きますが、両足に魔力を込めて、衝撃に備えます。
ズボンで良かったです。スカートタイプの巫女服だったら、バッサバサした挙げ句にパンツが露でしたよ。
ダンっと着地して、ガッと加速。
ナーシェル側の部隊の間を風のように駆け抜けるのです。
「おお、巫女よ!」
学院の生徒による部隊の横も通ったのでしょう。サルヴァの汚い声も聞こえました。
しかし、私は無視です。
私にはあの魔力が段違いに強い相手の傍に行かないといけません。
「メリナかっ!? どうして、ここに!!」
レジス教官もいました。もう通り過ぎたので確認のしようがありませんが、馬上にいたので指揮官的な役割を担っているのかもしれません。
「サルヴァ、待てっ!! おい! オリアス、お前も止まれ! なっ! おい! 全員、止まれ! 止まってくれ!」
戦闘が始まる前から混乱しているようですね。
しかし、まだ敵までは距離があります。それまでには彼らも落ち着くでしょう。
私は全速力で敵を目指します。まさか、こんな所でアシュリンさん達とやっていた賭け競走が役に立つとは思いませんでした。
神殿に入り立てだった頃は魔物駆除殲滅部の小屋から本殿まで参拝者を邪魔に思いながら、走ったものです。
アシュリンさんは足が速いくせに近道とかセコいズルを平気な顔でするものですから、手こずりましたよ。薬師処のケイトさんが育てている毒草の畑なんかも踏み荒らしていましたね。それは、まぁ、世界平和的に良いことです。
最近は魔族二人も加わったこともあり、流石に迷惑だと薬師処とか参拝案内係とか清掃部とか、他の部署からクレームが来て、ゴールは近くの森へ変更になっています。
更に走るだけでは面白くないというアシュリンさんの提案もあり、罰ゲームやお金を賭けての真剣勝負です。一週間水浴び、着替え禁止っていう訳の分からない罰の時は、いつも以上に本気になりましたよ。
私、いつもこんな事をするために巫女になったんじゃないと思っていましたね。早く違う部署に異動したいです。
さて、最初の敵部隊が近付いて参りました。身長よりも3倍近く長い槍の先がいくつも私に向けられています。槍衾ってヤツですかね。
刺すだけでなく叩くために後列の人の槍は上方を向いています。
しかし、無駄っ!!
私は加速して槍の間に体を入れます。上から落ちてくる槍がまだ斜めになっている段階で、接敵。
半殺しで留めたいので死なないで下さいっ!
そう願いながら、一発目の拳を哀れな兵士の鎧の上から胸に放ちます。
もちろん、吹き飛びます。後ろの何人かを巻き添えにしています。私は彼らに無詠唱の回復魔法を弱めに掛けました。
その上で直進。スペースを作りましたから。とはいえ、長槍を扱うほどの空間はありません。だから、横から伸びる槍はほとんどありませんでした。
ダンダンダンとリズミカルに私の前を塞ぐ兵達を退かせます。勇敢に立ち向かう人も、慌てて背を向ける人も、何が起きているのか考える間もない人も、等しく殴り付けて、私は道を作ります。
槍の集団を抜けるのに、そんなに時間は必要御座いませんでした。次に私に立ち塞がるのは騎馬の集団です。
走る私に並行して馬群の列が左右を駆けます。そして、その左右が私の前でクロスして後ろへと回ります。見事に囲まれました。
どうやら、私を円陣の中に入れて、四方八方から攻撃する気ですね。
二重の列でクルクル駆け回る彼らは背中から小弓を取ります。なるほど矢で私を仕留めるのか。私一人に対して、大袈裟な。大した戦士達ですね。
しかし、馬如きが横切る程度で私が足を止めるはずがないのです。構わず走っております。
それでも、私の動きに合わせて騎馬の円陣を動かしているのは、中々の技量ですね。私は常に円陣の真ん中付近に置かれます。
「退きなさい! あなた方では私に勝てません!」
私の警告に対して、彼らは行動で示します。一斉に矢が放たれたのです。
もう、馬が可哀相だから注意したのに。
仕方御座いません。
私は炎の雲を出して飛んでくる矢を焼き尽くしてから、更に氷の壁を馬列に何個か置きました。
強固で透明な壁に正面衝突して、騎馬はあっという間に全滅しました。
私は呻き声を上げる騎兵を一跳びして、目の前に見える本陣へと更に加速します。
突然に魔力的な異変を感知。同時に目では捉えられない速さで、私の脇を剣が通り過ぎました。私がステップを踏んで横に体をずらさなければ、今の一撃を喰らっていたでしょう。
ふむ、前に出てきましたか。
全身、黒尽くめの鎧を来た剣士が一歩二歩と私の方へ歩んできているのが見えました。
こいつですね。この戦場で私の次に強いヤツは。自ら出てきてくれて有り難いです。




