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認めないし、覚えない

 腐竜が骨に変わるのを見届けつつ、私は周りに倒れている騎兵や馬を治療しました。


 症状は昨晩の倒れている人々と同じで、原因が体内の魔力の循環を乱されている為というのも同じでした。

 うん、ガランガドーさんではなく、こいつが真犯人だったで間違いないです。

 ガランガドーさん、殴られ損でしたね。うふふ、可哀想です。



『主よ、我を信じていたのではないか?』


 おぉっと。

 ガランガドーさん、他人の考えを覗き込むのはよくない事ですよ。


 そもそもですよ。

 私があなたを信じていたことを、あなたが信じないなんて、おかしな話ですよね。信頼関係がガタガタじゃないですか。

 ガランガドーさん、大切な事ですから、もう一度、分かりやすく言いますよ。


 あなたが私をまず信じなさい。疑ってはなりません。疑うなら、私はあなたを信じる価値のないドクズだと判断します。


『な、何たる詭弁……』


 そうですか?

 神殿で参拝者の方が神殿の謂れにケチを付けてきたら、こう答えろって習ったんですけど。


『参拝者にドクズと言い放つのか……』


 聖竜様の伝説に難癖を付けた奴等はクズどころか重犯罪者ですよ。命を奪われなかっただけマシだと感謝して欲しいものです。



「拳王様、馬の用意が出来ました」


「拳王では御座いません。次にその称号で呼んだら……殺します」


 うん、ちゃんと言えました。私、偉い。

 機嫌が良くなりましたので、腰を抜かしてビビる兵士に手を差し出します。


「ほら、早く私の手を取って起きて下さい」


 私はここで思い出します。ウインクです。

 お茶目風を装い、私が拳王などという強面なイメージの者ではないと証明しましょう。


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。


 いっぱいしました。微笑みも絶やしません。

 兵士の方は「あっ、あっ……」と言いながら、私の魅力に耐え兼ねて気絶なさいました。ふっ、私は罪な女ですね。

 部署の淫魔二人に負けていない事を実証した私は大変に満足しています。



「メリナ殿! 単騎で死竜を討った姿、このタフト、しかと目に焼き付けましたぞ!」


 パカラパカラと馬に乗った鎧騎士が兜を外しながら私に挨拶しました。


「ご苦労であった。ブラナン女王の懐刀、最早、戦略兵器並の強さではあるが、私も強く心に刻み付けよう。ブラナン王国に逆らう事は私の代では有り得ないだろう。いや、言葉が悪いな。素直に言えば、今回の礼は決して忘れぬ。感謝する、竜の巫女よ」


 あっ、メンディスさんも復活なされたのですね。「大丈夫ですか、お尻?」と言いたいところですが、答えを聞きたくないので致しません。でも、気にはなりますね。怖いもの見たさみたいなものでしょうか。


「ところで、あの小さな黒竜はどう始末する?」


 メンディスさんが指したのはまだ空を翔ぶガランガドーさんです。気持ち良さそうに滑空しています。しかし、コウモリの羽みたいだけど尖った骨がビュンビュン伸びていたり、人相というか竜相も悪かったりで、武骨を通り越して邪悪な感じですもの。

 凶悪そうでも深く付き合えば良いヤツだと分かるんだけどなぁ……。わっ、アデリーナ様みたいですね。


『主よ、我をこの骨を見張っておる。前回も完全に息の根を止めたはずなのに復活しおった。何らかの秘密があろう』


 ふむ。

 良い心掛けです。ありがとうございます。



 ここで馬が用意されました。私は跨がりますが、やはりロバよりも背の高い動物ですので、怖いですね。

 私が困っているとメンディスさんが私の馬の手綱を握ってくれまして、引き寄せます。



『主よ、そうしておると姫や令嬢の様だな』


 おほほ、私、公爵様らしいですから。実感ないですけど。

 背筋をピンと伸ばしてみましょうかね。太股でしっかりと馬を挟まないといけませんが。


『主よ、その様な殊勝な態度では大雨が降ろうぞ、グハハハ』


 いやー、照れますね。

 思っきり殺す気で殴って、すみませんでした。てっきりガランガドーさんが街を壊滅させていたんだと勘違いしてました。


『えー、やっぱり?』


 あー、本音が出ちゃった。

 では、ガランガドーさん、よろしくお願いします。



『仕方なかろうな。我も久々の猛りと愉しみの余り、主に誤解を与えたのであろう』


 はい! いやー、ガランガドーさんは出来た精霊ですよ。


『グハハハ、そうであろう。さて、主よ、先程の戦闘で、我ではない精霊に魔法発動を依頼しておったな』


 へ?

 聖竜様でしたよ。ガランガドーさんもご存じのスードワット様ですよ。そんな余所余所しい言い方をしなくても宜しいですのに。


『残念ながら、それは違う。スードワットは確かに聖竜と呼ばれているが、それは人間による呼称である。主よ、我は提案しよう。主に宿るもう一の精霊について知るならば、主は一段の強さを手にするであろう』


 黙りなさい。私にとって聖竜様とはスードワット様のみでして、それは古今東西、未来永劫、変わりません。

 その不遜な口を縦に切り裂くぞ。何なら尾っぽまで二分割にしますよ。


『あくまで提案である。主が欲するのであれば、我も協力しようぞ』


 はいはい。でも、私は認めませんし、覚えませんよ。

 もう眠いのでお休みなさい。



 メンディスさんに肩を揺らされて起きれば、ハッシュカの城に着いていました。


「ふっ、メリナよ。眠る顔は年相応の乙女であったな」


 きもっ。

 他人の寝顔を勝手に見た上で、クソ弱いくせに上から目線の捨てセリフです。


「ナーシェルの王子として、ハッシュカを死竜から救ったこと、感謝する」


「感謝の前に、自分で守れなかったことを反省なさい」


 先程のキモ発言と寝起きの不機嫌さが、私の言葉のトゲの原因です。


「メリナ殿、メンディス殿下は捕らえられていたのです。戦場ならばメリナ殿とともに戦っておられたでしょう」


 横に来ていたタフトさんがフォローを入れて来ましたが、メンディスさんは気にしている様子は有りませんでした。


「よい、タフト。こいつの言う通りだ。俺には武力で民を守る力はない。はっきりと分かった」



 お昼ご飯の後に仮眠をしてから、私はタフトさんに呼ばれてお城の執務室に入ります。そこは質素ではあるのですが、このお城の中では最も上等な部屋なのでしょう。メンディスさんが居ますので。


「さて、竜の巫女メリナよ、お前に願いがある」


 出し抜けに何でしょうかね。


「報酬は?」


「学院からの退学だ」


「十分です。申しなさい」


「ナーシェル西方、クーリルの街近郊にてシュライド主力とナーシェル軍が激突する予定だ。それを止めて欲しい」


「分かりました。喧嘩両成敗で、双方ともに半殺しにすれば宜しいのですね」


「……手段は任せる。死者は少なく頼むぞ」


「お任せ下さい! 絶対に退学をこの手にしますので!」


 私はタフトさんの運転する馬車に揺られて、別の街へと移動するのでした。メンディスさんも馬に乗って同行しているみたいです。

メリナの日報


 馬車に揺られているので文字が震えます。私の字が汚いわけでは御座いません。

 目の前に酒瓶が見えまして、あれを意識すると、更に手がプルプルします。不思議です。

 あと、喉が急激に渇いてきました。

 飲んで良いのかなぁ。お酒って苦いのに美味しくて魅惑の味なんですよね。

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