共闘
新たな敵の出現に本陣にも動揺が広がります。その驚愕には、その竜が本当に巨大なことも加わっているでしょう。近くに寄れば、ヤツの爪でさえ人間の身長より長いことが分かると思います。
「拳王殿! 撤退ですか!?」
「拳王では御座いません。竜の巫女メリナです。あと、私に撤退など有り得ませんので、ご安心を」
副官らしき者に対して、私は即座に返します。
それにしても、あの死竜には見覚えがあります。先日、ナーシェルの近郊で倒したヤツに違いありません。いつの間に復活したのか。
しかも、もう1つ疑問が有ります。あれだけバカでかいのに、何故に気付かれることがなかったのか、です。視力的な話ではありません。それなら、地下や山の影に隠れたりすることは出来るでしょうから。魔力的な話です。
私が気付かないのは理解できます。魔力感知が出来るとは言っても、そのレベルは達人の域にまでは達していませんので、遠方にいれば把握できません。
でも、ガランガドーさんは違います。元々は魔力の塊である精霊なのですから、生物を超越したレベルで魔力を感知できます。なのに、彼はたった今に知覚した様な言いっぷりでした。
ガランガドーさん、動けますか?
『うむ、暫し待たれよ。主に破壊された頭部の修復が間に合っておらん』
まぁ、私のせいにするなんて、ガランガドーさんは酷いですね。
『我は主を恨んでおらぬ。全てはそこに見える、偽物の仕業。我と完全に同じ魔力の質であるが為に見逃しておったわ』
完全に魔力の質が一致するなら、それはガランガドーさんなんじゃないですか? 気付かずに分身しているとか。
『そんな訳はあるまい。我の回復が遅い。恐らくはあの腐った死竜に我の魔力が阻害もしくは吸収されていると思われる。いや、十中八九、吸収であろう。それ故に、ヤツは我の魔力と同質になっているのだ。全くもって不愉快であるな』
何だかよく分かりませんが、とりあえず、私が応戦しますね。ガランガドーさんは回復次第に参戦下さい。
『承知した。主よ、ご武運を』
一度勝ってますから余裕ですよ。
腐りかけの竜、ここは腐竜と呼びましょう。戦意がないのか、悠然とこちらへ飛行するヤツを、私はキッと睨みます。
あいつのせいで、昨晩、私は大好きな睡眠が出来なかったのです。大変に立腹しているのですよ。
魔法を唱えます。無詠唱ではなく、久々にお祈りです。
聖竜様、私、メリナです。今は遠く離れて聞こえないかもしれませんが、お力をお貸しください。あの死にかけの竜へ真っ直ぐな炎をたっぷりお出し下さい。
私の経験では、魔法の威力は詠唱の有無で決まります。一番強いのは、やはり時間は掛かりますが、口に出しての詠唱を行ったものです。色んな魔法使いさんが普通に唱えるアレです。私は魔法のお勉強をしていないので自力では唱えられませんが、体をガランガドーさんに委ねることで、強大な魔法を使用できます。今回はガランガドーさんには回復に専念してもらいたいので、この手は使いません。
逆に一番弱いのは無詠唱です。最近の私は成長したためか、ほぼ無意識に炎だとか透明な足場とかを出せるようになっていますが、基本はちょっとだけ念じるのです。
前々聖女のクリスラさんとか、アデリーナ様とか、強めの人が多用している形式です。例に挙げた2人も詠唱魔法を使えて威力を増した魔法を出しますので、その辺りも私と同じでしょう。
で、その2つの形式の間に来るのが、心でお祈りをするパターンです。要する時間も効果も、ほぼほぼ中間くらいになります。
腐竜は大きく羽ばたいて、風圧での範囲攻撃をしようとしていました。それを止めるには無詠唱の魔法では弱いと私は判断したのです。
前に出した私の両手から獄炎と表現して良いほどの火炎が溢れます。そして、猛スピードで腐竜に達し、その右翼を穿ちます。
炎の直進力と着弾時の爆風で、バランスを崩して腐竜は地に墜ちます。そこは軍の部隊は展開しているよりも先ですので、被害は有りません。若干の砂煙が腐竜の激突地点に上り、遅れて雷が落ちた時のような轟音が響きます。
本陣の何人かの将校から、喜びの混じった驚きの声が出ました。しかし、冷静な人もいまして、戦闘前に演説していた女将軍の人が、その感嘆を遮って命令を下します。
「魔法部隊、遠距離射撃!」
指令に合わせて、打楽器がリズムよく鳴らされます。遠くにいる部隊への合図になっているのでしょう。
続いて、昨日までナーシェルを攻めようとしていた軍も動き始めます。
「ギャバリン突撃騎馬隊、用意っ!」
ギャバリンというのは国の名前でしょう。そこの騎馬隊がどんな腕前なのかは知りませんが、ラッパの音の後に遠くの馬群が動き始めます。
馬上には軽装の兵士です。手には小槍でして、機動を重視した編成ですね。
先に命じられた魔法が腐竜を襲う中、騎馬隊は恐れ知らずに接近し、小槍を投げていきます。そして、転進しながら鞍に取り付けた別の槍を手にして、再度の攻撃を繰り返します。
動きの速い弓兵みたいですね。弓と違って、竜の固い鱗も貫通できそうですが。
「メリナ殿、ご助力感謝します」
ギャバリンの将軍が挨拶してくれました。顎髭が汚い感じのおっさんです。シャールが王都に対して反乱した時にお世話した王都の軍隊のおっさんに似ていますね。確か、カッヘルさんだったかな。あの後、妊娠中の奥さんとも再会出来ていましたが、もうそろそろ可愛い赤ちゃんが誕生しているかな。
あっ、そうだ。諸国連邦を去るときには出産祝いを持っていきましょうかね。
「いえ。礼には及びませんよ」
会話の最中、突然、土煙が収まったと思ったら、代わりに黒いガスが吹き上がります。直前に魔力の高まりがあったので、腐竜のブレスなのでしょう。
何人かの騎兵が巻き込まれ、落馬します。馬も倒れます。
ガランガドーさん!
『応よ! しかし、周囲の弱き者を退かせて欲しい!』
えっ、まだ攻撃されていたのですか?
『それ自体は痛くもないが、飛び立ち難いのである』
意外に頑丈。
私は本陣の方々にガランガドーさんへの攻撃を止めるように伝えます。ガランガドーさんを味方だと伝えるのは嫌だったために言いませんでした。それでも、両将軍は無条件で私のお願いを了承してくれました。
行きますよ!
私の言葉と同時にガランガドーさんが勢いよく空を飛び、本陣へと向かいます。それを見た兵士の悲鳴が至るところから聞こえますが、ガランガドーさんは低空飛行で近付きます。
ふむ、私を連れていくつもりですね。
『その通りである、主よ』
本陣をガランガドーさんが風のように去った後、私は彼の前足に掴まれ空を飛んでいました。
「痛い! 痛い! 爪が肩に食い込んでます!」
『すまぬ。すぐに回復魔法を唱えるので、今暫く我慢するのだ』
「我慢するのだって、これ、たくさんのナイフで刺されているみたいなんですけど!」
理不尽な負傷を喰らいながら、私達は腐竜の傍へと到達します。
ガランガドーさんは私を放出して、飛行の軌道を上へと変えます。
私は速度が乗ったままの状態で腐竜へと向かっています。腐竜の出した黒いガスをはね除けながら。
『ガアァァァーーーッ!』
黄色い涎を上下の牙の間に垂らしながら、腐竜は私を迎え撃つつもりで、口を開きました。
「今度こそ、死になさーいぃぃ!!」
私もフルスイングです。なお、ガランガドーさんに与えられた痛みを堪えているのは秘密です。あいつ、回復魔法を忘れやがってます。
上下から私を丸呑みしようとしましたが、無駄です。確かに、腐竜の思惑通りに私は口の中に閉じ込められました。しかし、内部から咽喉を拳で破壊して外へと抜けます。
着地した私は両足で土を削りながら減速。
頭が消し飛んだはずなのに、腐竜の尾の気配を感じとり、空高くジャンプ。
私を追って腐竜は鋭い尾の一撃を入れようとしますが、ガランガドーさんは私を再び掴みます。
一旦、上空へと上がってから急降下。再度、低空飛行で腐竜の横腹を突きます。
『主よ、これで決めよ!』
「了解です!」
ガランガドーさんの飛び道具のように扱われている気もしないではないですが、私は全力のストレートを腐竜の腹にお見舞いし、更には背骨も断ちながら、敵の体を貫きました。
服が腐竜の体液でドッロドロですね。
しかし、私は止まりません。
弱々しく振られた前足を軽く避けてから、左右の突きの連打。
一発入れる毎に山のような大きさの腐竜が揺れます。固い鱗は砕けますし、その次に現れる内皮もぐちゃぐちゃにします。私の拳も痛めてしまいますが、それは無詠唱の回復魔法でチャラです。腐竜の反撃も有りますが、怒りに燃える私の前では意味が有りません。
2度とこの世界に現れたくないと思うくらいに殴り付けてやります。
一刻ほどの私の一方的な攻撃の後、腐竜は黒い腹をこちらに見せながら横倒しとなりました。魔力も保てなくなったのか、肉が煙となって消えていきます。




