聖女の如く
日も暮れたのですが、私はせっせっと各家を回って倒れている人を助け続けます。
ガランガドーのヤツめ、どういう仕組みかは知りませんが、ある程度の魔力を持つ人間のみを動けなくしてやがるんです。
で、その結果ですね、乳児が泣いているのに母親は意識を失って倒れている惨状を目にしまして、私は怒り心頭です。
私がここに来なければ、この赤ん坊達は亡くなっていたかもしれませんよ。ヨボヨボのご老人の何人かが辛うじてお世話してくれている子達もいましたが、放ったらかしの子も多かったです。
その上、まだ他に5個も街があるだと?
ふざけるなで御座います。
「メリナ、薬が出来ました」
完全に辺りが暗くなってから、サブリナさんが朗報を持ってきました。小さな街なので、7割くらいは既に私は回り終えていましたが、有り難い話です。
何せ私が回復魔法を唱えても治癒しないんです。ガランガドーのヤツめ、変わった術式を使いやがってます。
「ありがとうございます。街は私が担当しますので、街の外、あっちの方に兵隊がいっぱい倒れているみたいですから、サブリナさんはそちらをお願いします」
これは、回復した大人から聞きました。彼はお城の見張り台から様子を見ていた、貴重な証言者です。
ナーシェルとシュライドの両陣営はこの街の近くの草原で会戦を行おうとしていたそうです。そして、シュライド側の奇襲から始まり、ナーシェル側が持ち堪えようと陣を動かした瞬間に黒い竜が現れたのです。
死竜。
定期的に復活し、諸国連邦を荒らす竜。
それが出現したと街の人は言いました。しかし、それはガランガドーさんです。彼らが言う本当の死竜は、私が倒しています。
ガランガドーさんはナーシェル側の後ろから現れ、ブレスを吐くとナーシェル陣営のほぼ半分の兵力が失われました。
突然の出来事に。シュライド側も混乱に陥り、進軍を止めます。ガランガドーの二撃目は、そんなシュライド側の軍を襲いました。こちらも半分、陣の中央付近が戦闘不能となりました。
強大なドラゴンに対抗するため、ナーシェルもシュライドも協力して、それを討つことを選択します。これは、大将同士での協議が合った訳でなく、共通の敵に対して、自然と一般兵から始まったのです。
そもそも、彼らは諸国連邦という1つの集団であったのだから意思疏通も早かったのでしょう。
しかし、黒い死竜は止まりません。人間のか弱い攻撃を嘲笑しながら、次々と兵を刈っていきます。
そして、最後には街全体にブレスを吐いたそうです。
証言者の彼は、向かってくるガランガドーに職場放棄して、慌てて自宅に戻り、家族を守ろうとしました。しかし、死竜は戦場の粗方を殲滅した後に街へ黒いブレスを撒き散らし、抵抗する間もなく倒れたと言います。
周辺の人間をほぼ全滅とはガランガドーめ、許しませんよ。私が回復させましたが、お前の犯した罪が消える訳ではないのです。
『主よ、我は舞い戻って来たぞ』
…………。
『むっ、主よ。お怒りのようであるな。敵はどこに?』
……ガランガドーさん、ちょっと山の方でお休みくださいね。皆さんがビックリしますからね。お疲れ様でした。
あと、明日の朝までは私の思考を読んではなりませんよ。
『なるほど。主も昂っておるな。おお、身が凍るようである。その静かであっても恐ろしいまでの強大な殺気に当てられるのは、我であっても心への負担が重いと判断なされたか。承知した。我は山で休ませて貰おうぞ』
えぇ、それでは、また明日。今は優先すべきことが有りますので。
『ククク、我が主の怒りを買うとは愚か者よのう』
ガランガドーさんからの通信は終わりました。愉快そうに笑っていましたが、明日は涙と血で大変なことになっているでしょう。
「お姉ちゃん、こっちにも倒れている人がいるよ」
「あっ、はいはい。今、行きますからね」
私が街の人の救出活動に勤しんでいる内に、比較的無事だった子供たちが協力してくれるようになってきたんですよね。
私は彼らに連れられたり、引っ張られたりしながら、家々を訪れます。
きっついのは、ご老人が無事で子供が倒れているケースです。稀に大人並の魔力を持つ子供がいるんですよね。
涙を流しながら必死に孫を介抱しているご老人は、見るに堪えきれませんよ。
「あぁ、聖女様、聖女様……」
今度の老婆も孫息子が意識を戻したのを見て、私に祈りながら跪きます。
「聖女では御座いません。竜の巫女です」
「し、死竜様のお使いなのですか……?」
「いいえ、違います。聖竜様の巫女です。あなたの孫を襲ったあいつは私がお仕置きしますので、お許しください」
なけなしであろう金貨を私に渡そうとしたのを断って、水とパンを頂きました。固くてパサパサのパンですが、その素朴な味が懐かしくて美味しい。
「ありがとうございました。私はまだすることが有りますので」
途中で松明を持ったタフトさんを見付けました。
「おお、メリナ殿。メンディス殿下を救い出すことに成功しました。ご協力感謝します。殿下も竜の毒に犯されていましたが、薬を飲まれて――」
タフトさんが喋っている最中ですが、私はそれを遮って用件を伝えます。
「すみません。竜の毒に対する解毒薬はまだ有りますか?」
「サブリナ殿が鍋いっぱいに作られましたよ。今は彼女から教わったレシピでショーメ殿が作製されています」
「分かりました。それを出来るだけ多く持って、サブリナさんを追ってください。会戦に参加した兵達のところです。私も街が終われば向かいます」
もう完全に深夜となりました。
しかし、私の歩みは止まりません。草原を進み、サブリナさんの手助けに向かうのです。
大規模な虐殺事件があったかの如く、月夜の中、兵士たちが転がっています。
「メリナ……大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。回復魔法も効かないように細工しているとは悪どい竜ですね。一発、いや、十発くらい殴ってやります。でも、今は皆さんを助けましょう」
「……はい!」
「あと、サブリナ。紙とペンは無いですか?」
「えっ、有りますが」
「今日の日記を書かないといけませんので」
サラサラと私は書き終えて、サブリナさんに筆をお返しします。紙の方は後で日記帳に貼り付けましょう。良かった、忘れなかったです。
あとは、ひたすら兵の体に手を当て、ガランガドーが彼らに植え付けた魔力を吸い出します。サブリナさんは薬を飲ませて行っています。
やがて、太陽が顔を見せる時間になりました。
メリナの日報
突然ですが、アデリーナ様は絵を食べる趣味が御座いませんか? あれば至急教えてください。取って置きを紹介します。私の友人の絵が美味しそうなんですよ。期待してください。
あと、メンディスさんが毒以外には犯されていないことを祈ります。




