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壊滅した街

 半日ぶりに地面に足を付けることが出来ました。アバビア公爵閣下の用意した馬車は、内装が立派で椅子の綿もしっかり入った物だったのですが、道が鋪装されていないのか、馬車の構造が悪いのか、乗り心地は良くなくて、私のお尻は痛いです。

 でも、アデリーナ様の運転する馬車に乗るよりはマシですね。あの人は馬さえも酷使する人なので、尋常でない速さを出して箱馬車を風圧で破壊することも稀に有るほどですから。



「サブリナ、大丈夫ですか?」


「はい。初めてでは有りませんから。故国からナーシェルに来たときも馬車だったんです。一ヶ月も揺られたんですよ」


 私の次に下りてきた彼女は背伸びしながら答えました。


 なお、タフトさんは既にいません。メンディスさんが捕らえられているという、この街のお城の地下へと駆けて行かれたのです。



「ショーメ先生、夕食を取りましょうか? お薦めのお店へご案内下さい」


「仕方御座いませんね。分かりました」


 ショーメ先生はポケットから革財布を開けて中身を確認します。



「高いのはダメですよ。お給料前だからお金がないんです」


「わー、本当ですね。金貨が1枚も無いじゃないですか。えー、貧乏過ぎません?」


「ちょっとメリナさん。他人の懐事情を勝手に見ないで下さい。勤め人は辛いんです」


「そうです、メリナ。諸国連邦の貴族はお金ではなくて誇りの為に生きてるんです」


「そうなんですか? それはすみません。でも、ショーメ先生は諸国連邦の人でも、貴族でもないですよ」


「こらこら、メリナさん。それは秘密だから。サブリナさん、今のメリナさんの放言は内密でお願いしますね」


 こんな会話をしながら、街に入る前にある馬車置き場から門を目指して歩いていました。



 もう夕暮れが始まっていまして、虫の音ももの悲しく聞こえます。


 ガランガドーさんが襲ったと言っても街には被害がないみたいで、破壊された家々も見当たりません。

 あっ、もしかしたら、5個も街を落としたというのもドラゴニックジョークかもしれませんね。全く聖竜様もそうですが、竜の冗談は笑えません。人間とは少しお笑いセンスが違うのかもしれませんね。


 夕日を背にしたハッシュカのお城は全体的に四角に近い形でして、お城というよりも砦の感覚です。街の外縁も石壁はなくて木柵ですので、私の国だと村に分類されても不思議じゃない規模ですね。



 となると、肉を焼いただけとかの野性味のある食事が取れそうです。

 館の女中さんのお料理も美味しいのですが、凝ったソースとか、ふんだんな香辛料とか、毎日食べると逆に薄い塩味の肉とかも口にしたくなるのですよね。



 街はひっそりとしていました。活気が御座いません。夕暮れ時なのに、ご飯の匂いもしません。



「メリナ、誰もいませんね……」


「家の中にはいらっしゃるんですよ。魔力的にも死に掛けの人はいないかな」


 うん。体内の魔力量は皆さん、十分に感じますもの。


「メリナさん、でも、たまに呻き声が聞こえてきますよ」


「えっ! ……怖いです! 私には全く聞こえませんよ! サブリナはどうですか!?」


 亡霊とか怖いです! だって、殴っても動じないんですから!


「……えぇ、私にも聞こえません」


「ほら! ショーメ先生は呪われているんじゃないですか! 男の人もいっぱい騙して、恨まれてそうだし! いつか刺されると思っていましたが、呪われたんですね!」


「えっ、ショーメ先生って、そんな人なんですか?」


「そんな訳御座いませんよ。私は耳が良いので、皆さんには聞こえない音も拾っているんだと思います」


 えー、それ、霊体の声が聞こえる特異体質じゃないんですか?

 私は少しショーメ先生との距離を開けました。そんな時に子供の泣きじゃくる声が聞こえたものですから、私は飛び上がりましたよ。


「お化けじゃないですよね……?」


「メリナさんでもそんな表情をされるのですね。アデリーナ様に報告致しますよ。あと、お化けかもしれませんね」


「本当ですか!? ならば、視界を広げるためにこの街を焼き尽くしましょう! あいつら、死角から湧いて襲ってくるんですよ!」


「メリナさん! すみません、嘘です。ただの子供の泣き声です」


 そ、そうなんですか?

 私、まだ体がガタガタ震えるんですけど。

 ほんと、亡霊なんて全部死に絶えたら良いんだけど。



 声のする方へショーメ先生は続きます。その後ろに私、最後列はサブリナさんです。サブリナさんが横に並ぼうとしたのは断ります。私は真ん中が良いのです、絶対に。


 ショーメ先生が止まったので、私は姿勢を低くして彼女の肩から顔を覗かせて前を見ます。

 うん、本当に人間の子供でした。半透明でもないので、お化けではありません。私は最大警戒体制を解きます。



「どうしましたか?」


 サブリナさんが子供に尋ねました。


「ひぐっ、父ちゃんと母ちゃんが……うぐっ、動かない……。うぅ、うわーーん」


 泣きじゃくる子供の後ろには粗末な小屋があります。中に2人の生体反応。生きていますね。


「そこの家の中にいる人達かな?」


 私の問いに子供はしゃっくりを上げながらも首を縦に振りました。


「お姉ちゃんに任せなさい。だから、家に入りましょう」


 

 私は彼の背中を押しながら、家へと足を運びました。そして、入っていきなり、死体のように転がる夫婦を確認します。



 まずは彼らの体内の魔力を観察です。怯える子供はショーメ先生とサブリナさんに託しました。


 うわぁ、魔力の流れがぐちゃぐちゃですね。普通なら血液のように体中を循環しているはずなのですが、首で留まったり、片足の魔力がほぼ無くなっていたりしています。魔力の循環は血液のそれと同じくらい大切なので、かなりの重症ですよ。

 魔力量的には十分だと判断していましたが、近くに寄らないと分からないこともあるんですね。


 しかし、これ、瀕死って言っても限りなく死に近い気がします。例えば、水場で倒れていたら、水死します。

 うわー、ガランガドーさん、重罪を負ったなぁ。



「……毒ですか?」


 サブリナさんが私に訊いてきます。


「うーん、分かりませんが、治しますね」


 体内の魔力はガランガドーさんが放ったのであろう別の魔力に動きを阻害されています。私は倒れている方に手を触れ、その魔力を動かして自分に吸収させます。


「うっ、うーん……」


 まずはお父さんが意識を回復し、次いでお母さんも指を動かします。


「父ちゃん、母ちゃん!!」


 子供はまだ立てない両親の手を握って、また泣いていました。



 私達はそのまま外へ出ます。


「……メリナさん、想像以上ですね。まさか民間人にまで手を下しているとは思いませんでした。想像以上ですね」


 うわっ、二回も言いやがった。


「酷いですよね、ガランガドーさんは! 今、こっちに戻っていますから、お仕置きが要ると私も思いますよ!」


 はい。私はこれで無罪です。そもそも最初から私に罪なんてないのですが。


「メリナ、やっぱり、さっきのは竜の毒だと思います。私、解毒薬を作りますね。材料は……死竜に備えた物がお城にあるといいなぁ」


 そんなのが分かるんですか? ガランガドーさんの仕業で間違いないのですが、私が倒した死竜とかいうのも同じ様な攻撃をしたのかな。似たような竜種だったから有り得ますね。

 でも、凄いです、サブリナ。でも、その毒物の道を先へ進むと、ケイトさんみたいな危ない人になるので、ここらで止まって欲しいと私は思います。



「それでは、メリナさん。私とサブリナさんは城へ向かい、その解毒薬とやらの準備をします。メリナさんは、責任を取って街の皆さんの治療をお願いしますね」


「えっ! えぇ!? 私に責任は無いですよ。非常に驚きました」


「部下の不祥事は上司の責任で御座いますよ」


 とっても理不尽。

 でも、悲しむ子供の泣き声がまた聞こえて、私はそちらへ向かいます。


 ガランガドーさん、子供は襲わなかったみたいですね。そこだけは誉めてやりますが、免罪符とはなりませんよ。

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