強襲
私の質問にサブリナさんは声を振り絞って答えます。
「……メリナが友達だから……」
たぶん、それは本当の答えでは有りません。でも、まぁ、くだらないことを尋ねたものですよ、私も。サブリナは私の友人なのですから、純粋に絵を貰ったとしておきましょう。
さぁ、サブリナ、もう声を震わせるのはお止めなさい。模擬裁判で愚か者二人を責め立てた様に、キリッとしましょう。
「そうなのですか? メリナさんが手違いで絵の具の毒で死んだら良かったのにとか期待されていませんか?」
……おぉ、その可能性は悲しいです。友人だと思っていたのは私だけパターンですか。考えたくないなぁ。
「それはないです! 私は皆が平等で平和な世界を願っているだけなんです!」
それは絵空事ですけどね。
「ショーメ先生、もう、その辺りでサブリナを許してあげてください」
「えぇ、勿論です。私の目的はサブリナさんを追及することでは御座いませんので。すみませんでした、サブリナさん」
ショーメ先生の謝罪にサブリナさんは応えません。何故なら目の前に静かに怒るタフトさんが居る為です。
「ショーメ殿っ! いえ、大声を出して申し訳御座いません。……しかし、教師が生徒の過ちを許したいのは分かります。これは諸国連邦に対する反逆ではないか。躾の領域では御座いません。大罪ですよ。見逃すわけには行きません」
「うふふ、ザッフル卿、勘違いされていますね。この世で最も強いお方が許すと判断しているのです。貴方に口を挟む権利はありませんよ?」
「っ! ……拳王……メリナ殿か……」
言い終えて、タフトさんは歯軋りをされました。それはご自分の意思を必死に抑えた証なのでしょう。その証拠に、次の瞬間に脱力したのです。
そして、私はまたもやその称号を言うかと歯軋りをし返します。が、耐え切ります。サブリナさんの家を血の海にする訳にはいかないと理性が働いたのです。
「……分かりました。私の第一目標はメンディス殿下の救出です。メリナ殿と事を構える気は御座いません。そこのサブリナなる娘の事は知らなかったとします」
ショーメ先生は目を細めてにっこりされました。直前まで彼女の指先には魔力が集まっていましたので、返答次第ではタフトさんを殺そうとしていた可能性が高いと思いました。
さすが、元はデュランの暗部に所属していただけあって、容赦が無いですね。血の海も躊躇わずですよ。
さて、彼女は引き続き私達に喋ります。
「では、解放戦線の隠れ家に乗り込みます」
「メンディス殿下の救出はっ!?」
私、実はメンディス殿下を助けに行くことには後ろ向きで御座います。もしも「お尻が痛いよぉ」とか濁った目で呟いていたらどうするんですか。
私、笑って良いのか慰めた方が良いのか分からなくて、複雑な心境になると思いますよ。感情を押し殺して「遅れてすみません。軟膏が必要ですか? あっ、タフトさんに塗ってもらって下さい」って返せば良いのかなぁ。
「ザッフル卿、殿下がどこに囚われているのか、調べる必要があります。解放戦線の方なら知っているかもしれませんね」
「……承知しました。ショーメ殿が仰有る通りでした」
「今から行くんですか? 私、蟻さんの観察か二度寝をしようと思っていたんですよ、今日」
あっ、でも、それはこちらの世界では1ヶ月前の件になるんですね。
ショーメ先生は、しかし、私の言葉は無視されます。
「サブリナさんも来なさいね。平和な世界、私も良いと思いますよ」
「……分かりました」
「しかし、ショーメ殿、街の門は閉ざされていますし、敵はナーシェル近郊まで迫っている状況です。幾ら私が同行すると言っても、門番は街門を開けないのではないかと推察します」
「大丈夫です。彼らはこのナーシェルの街に潜んでいました」
「何ですって!?」
それはビックリしますよね、タフトさん。
「貴族学院というそれなりに重要な施設が簡単に襲われたのです。当然に、このナーシェルの諜報網は破られていると考えます」
えぇ、実際にそれを喋っているショーメ先生が他国のスパイですからね。説得力しか御座いません。
「解放戦線に所属していたダグラス先生を見掛けた所がありまして、そこに突入しましょう」
「そんな不確かな理由で良いのですか……」
いいえ、ショーメ先生は既にはっきりとアジトを掴んでいるのでしょう。ダグラス云々が嘘です。
「場所はアバビア公国公館です。早速参りますよ」
ショーメ先生はピクニックに行くかの如く、明るく仰いました。それ、流血沙汰になりますよね。
「アバビアですって!? そこはナーシェル王家の分家筋ですよ! そんなバカな!!」
タフトさんが叫びますが近隣に声が漏れてしまいます。なんて軽率なのでしょうか。サブリナさんをご覧ください。今は、とても落ち着いています。
でも……さっきまでの悲しい顔からの切り替えの早さが少し気になりました……。
私達はすぐに発ちます。竜神殿のあるシャールほどの大都市ではないので、半刻ほど歩けば到着しました。
石壁と鉄柵で囲まれた豪邸です。私の館よりも大きいですね。どこから侵入するのかと思ったら、ショーメ先生は普通に正門から使用人の方を呼んで、中へと案内してもらいました。
「……簡単に入れるんですね?」
「私は教師ですからね。ここの家にも私のクラスの生徒がいるんですよ」
スゲー。自分の生徒の家を襲撃するんですか。しかも笑顔って、ショーメ先生はサイコパスの気がありますね。怖いです。
「……アバビアの当主は諸国連邦の宰相も兼務されている方です……。これ、何も無ければ大きな問題になりますよ」
タフトさんが小声で言います。誰もそれに反応しませんでした。
しばらくすると、ちょっと偉そうな礼服を身に付けた執事みたいな人に案内役が代わりまして、応接室に入りました。そこまでに、私やサブリナさんの身許も確認されまして、先生に付いてきただけの生徒と答えました。それだけでは理由付けに弱いと判断されたのか、ショーメ先生は「アバビアの歴史について調べているんですぅ」と媚びた声を出されました。
問題はタフトさんですね。この国では有名人みたいですから、何故に私達と一緒に居るのか説明が難しいところです。
「わ、私も歴史に興味があって、です。ど、同好会みたいな、ものかな、です」
しどろもどろですが、それなりの言い訳を思い付いたみたいです。でも、平時ならともかく、戦時に金属鎧を着た騎士がそんな訳ないだろと思われたでしょうね。
私が魔力感知を用いると、先ほどの礼服の方はこの館の地下へと向かわれていました。そこに貴族のご子息がいるとは思えません。
私はショーメ先生を見ます。
頷かれました。
それはもう行動して良いとの合図です。
私はお腹が空いています。貧乏なサブリナさんの家では食べ物は出てきませんでした。この裕福そうなアバビアの公館には期待しましたが、お茶さえ用意されないとは思ってもいませんでした。
さっさっと片付けて、お食事にしたいのですよ。
床を殴り付けます。轟音と共に大穴が開きました。分厚い床石は粉々です。
ショーメ先生の命令でタフトさんがソファや棚を扉側に置いて封鎖します。今の音でメイドさんとかが入ってこないようにするためですね。
応接室は一階ですので、普通は地面があるはずです。しかし、大穴なのです。別に私の拳圧で土が掘られた訳ではありません。最初から空洞でして、別室がここの地下にも有ったのです。
魔力感知を使用した際に分かりました。地面とは魔力の質や密度が違いましたから。
「さすが、メリナさん。仕事が早いです」
「ランチは先生の奢りが良いです」
私は言いながら飛び降ります。意外に深かったのですが、大丈夫です。先に照明魔法の方が良かったですね。
サブリナさんもピョンと降りてきまして、足を挫かないように私が着地をサポートします。
さて、後は早いです。
人の多い方へとスタタタッと走りまして、扉をバンッ!
会議中だったのかテーブルを囲んでいる人達がいまして、驚く彼らの顔面を殴り付けるだけです。ほぼ一瞬で制圧しました。




