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偽装

「おらっ、どけろ!!」


 衛兵はサブリナさんの絵を蹴り飛ばしました。ショーメ先生が選んだ老婆の絵です。激しく飛んでいって、離れた所にある露店の横壁の板にぶつかりました。破損しているかもしれません。衛兵よ、それはそれでグッドだとは思いますよ。

 しかし、呪われている様に見えても、一応はサブリナさんが懸命に描いた絵なのです。感情を表に出しては、惨めではないですか!


「や、止めてください……」


「サッサッと立て! お前、裏切り者の国の出身なんだろ! 牢屋に入れてやる!」


 衛兵はサブリナさんの腕を取り、無理矢理に引っ張りあげます。その時にも彼女の別の絵が踏まれます。


「お止めなさい。彼女は何もしていません。その小汚ない足をどけ……どけなさい」


 当然ですが、私は衛兵に声を掛け、彼らの非道を悟らせようとします。

 少し言葉が濁りそうになったのは、絵が破壊されるのを無意識的に期待したのではない、ただ喉の調子が悪かっただけと自分に言い聞かせましょう。


「何もしてない? 見てみろ。この絵を! 人心を不安にさせている。それが、こいつの罪だ!」


 えー、そうなんですか。

 確かにそんな法律が有れば、罪に問われてもおかしくはないですよ。うわー、衛兵に説得されそうです。

 いや、サブリナさんを助けるのです。私は首を横にフリフリして邪念を払います。


「ダメです! そんな法律、私は認めません!」


 言葉に負けそうになったので、私は軽く実力行使です。サブリナさんの腕を取っている衛兵に睨み付けます。それから、サブリナさんを解放するために彼の腕を握ります。


 あら、柔らかい。力を入れ過ぎると切断してしまいますね。細心の注意が必要です。



「ぐぉっ!!」


 うんうん、さすが、私です。恐らく骨にヒビが入るかどうかくらいで留まりましたよ。衛兵は痛みでサブリナさんを放しました。私も衛兵を解放します。



「き、貴様、仲間か!?」

 

「友人です。貴族学院の学友です。それから、こちらが学院の教師をされているショーメ先生です」


 さぁ、後はお任せしましたよ、ショーメ先生。


 あれ? 居ないです。あっ、蹴り飛ばされたサブリナさんの絵を取りに行かれたのですね。やはりお優しい。



「それから、ここでの商売には許可証が必要だ! おらっ! お前らも共犯なら逮捕するぞ!」


 ほう。あくまで敵対するというのなら受けて立ちますよ。

 しかし、彼らにはもう少し生きるチャンスを差し上げましょう。


「売ってないです! サブリナの絵、売れるはずないもん!」


 こんなの買うヤツ、居ませんよ! 見るだけで不安になる絵画なんですよ! とてつない無駄金です! 石の代わりに川に投げて、何回跳ねるかを競う遊びに使った方がまだマシなレベルです。



「本人から聞こうか? 嘘を言っても無駄だぜ。俺達は調べている」


 衛兵の問いにサブリナさんは伏し目がちに口を開きました。答えるのでしょう。私としては彼らはブラフで言ったと思いますけど、サブリナさんは素直ですね。


「……買う人はいます……。3枚売れました……」


 えぇ!! それ、絶対に近寄っちゃダメな人種ですよ! サブリナ、危ないからその人に売っちゃダメっ! 毒物専門家のケイトさんと同じ感性の人ですよ!



 仕方ない。流血騒ぎも辞さない、普通の実力行使に移りますかね。



「ザッフル卿! こっちに来て頂けませんか!!」


 ショーメ先生が叫びました。

 なるほど、王子直属の騎士となると有名だし、偉いでしょうから、彼に助けて貰うのですね。さすが、ショーメ先生。頼りになる切れ者です。



 歌を中断して、タフトさんはこちらへ駆け足で向かってくれました。鎧がガチャガチャ行っていますが軽やかに走られます。



 私が想像した通り、タフトさんのご威光は効果てきめんでして、あれだけ横柄だった衛兵たちもペコペコ頭を下げます。


「す、すみません。ザッフル卿のお知り合いとは存じ上げなかったため……」


「謝るなら私では有りません。また、シュライド出身だというだけの偏見で、敢えて厳しく取り締まっているのなら、あなた達が罪に問われかねません。ご注意ください」


「は、はい!」


「それに、こちらにおられる女性はブラナン王国から訪れている客人、拳王メリナ様です。貴殿方は命を失い兼ねない状況だったのですよ」


 ……この場を丸く収めるためです。苦渋の判断で、そのふざけた称号を聞き流すします。本来であれば、即座に修正ですよ。タフトの口から血が流れるところだったのですよ。



 衛兵が去った後、サブリナさんは悲しそうに絵を片付けていました。

 放っておける訳がありません。私達も手伝い、そして、彼女の家まで運びました。行きはサブリナさんが一人で持ってきたくらいですので、4人いれば余裕ですね。


 タフトさんが話し掛けたりして、道中はそれなりに賑やかでした。元気を出してくださいね、サブリナ。



 家の中で、丁寧なお礼を頂いてから、いつもの雑草のお茶をごちそうになります。菓子が出てこなかったのは、彼女が貧窮し始めているからでしょう。



「サブリナ、お金をいくらか渡しますよ?」


「いいえ、結構です。メリナのお気持ちは大変に有り難いのですが、友人との間であってもお金のやり取りはしないと決めていますので」


「その気高さはやはり貴族学院の生徒で御座いますね。このタフト、あなたの将来を楽しみにしています」


 確かに、しっかりした良い子ですね。

 私はズズッとお茶を飲みます。



 その和やかな雰囲気を壊したのはショーメ先生でした。


「さて、サブリナさん、本題です。この絵について説明をお願いして宜しいですか?」


 ショーメ先生が、さっきの蝿がびっしり皮膚に付いている老婆の絵を皆に見せます。先ほど、衛兵に蹴られたために所々が傷ついて、塗料が剥離してしまっていました。


「人間の営みを芸術に昇華しようと描きました……」


 んー、分かりません。サブリナさんの中では、人生は、蝿が寄ってくる様な生きる屍状態なのでしょうか。怖いです。ブルブルしてしまいますよ。


「絵ではなくて、こちらです」


 ショーメ先生は下地が露になっている部分を指で示しました。

 ん? 下書きの炭の線以外に文字が見えました。


 『――ェルの正門の警備は昼夜――』


 文章全体は見えませんが、明らかに意図的な単語の並びでした。



「サブリナ・タムナードさん。あなた……絵を使って、ナーシェルの軍事情報を外部に伝えていますね?」


 ショーメ先生の指摘にサブリナさんの顔が曇りました。また、タフトさんの眼が我が館を訪問してきた時の様に、再度、血走って来ました。


 カリカリと指先を使って先生が絵を更に剥がすと、更にサブリナさんの筆跡による文字が出てきます。


『ナーシェルの正門の警備は昼夜二交代制。5人1班を基本として3班で構成。うち、第2班は我が方の人員に置換完了』


 我が方? ……解放戦線かシュライドの側か。



「……知りません……。私の字じゃないです」


 いいえ、それはサブリナの字です。ですが、私は指摘しません。


「解放戦線が学院を襲った際に、あなたは解放戦線に捕らわれました。あれも解放戦線に合流するための偽装工作だったのではありませんか? メリナさんが邪魔しなければ、そのまま解放戦線の隠れ家に行き、内戦に備えるつもりだったのではと推測致します」


 ショーメ先生は微笑んでいます。アデリーナ様の凄みのあるスマイルではなくて、只の笑顔です。


「そ、そんなつもりもないです……」


「良いのですよ。隠さなくても。別にあなたの立場がどうであれ、何も変わらないのです。あっ、ちょっと気分が悪くなってきました。メリナさん、私に解毒魔法か回復魔法をお願いします」


 へ? あっ、はい。

 余りの展開に私は呆然としていましたが、ショーメ先生の言う通り、彼女へ魔法を行使します。


「ありがとうございます。全く、素晴らしいアイデアですね。剥離片が固くなるように絵の具を処方し、今の私みたいに強引に剥がすと、極一部の欠片が体内に侵入。そして、それに配合された種々の猛毒によって、死が訪れる。情報漏洩対策なのかしら。……どこで学びましたか?」


「メリナ、助けて。先生がおかしい……」


 うーん、ショーメ先生はいつもおかしいんです。でも、サブリナさんは完全に黒なんですよね。明らかな証拠が有りますし。

 ケイトさんが絵を見ながら、感心していたのは、恐らく、毒の配合の素晴しさだったのだと気付きました。


 私は沈黙します。ショーメ先生がまだ喋る雰囲気だったからです。


「大丈夫ですよ、サブリナさん。あなたは、諸国連邦をブラナン王国から独立させたいと考えている。それは私と同じ考えです。どうですか? お互いに協力することにしましょう」


 そこで、タフトさんの剣が抜かれ、サブリナさんの上から頭へと迫ります。


 それなりの速さですが、まだまだですね。


「お話し中ですよ」


 言いながら、私は人差し指を立てて、剣の軌道先に置きます。鋭い音を立てて、タフトさんの剣は私の指の腹で止まりました。


「なっ!? 何故、斬れないのですか!?」


「私の魔力量が遥かにタフトさんを凌駕しているからですよ。私の友達を傷付けるなら殺しますよ?」


 タフトさんは諦めて座ります。鎧がガシャリと鳴りました。



「で、サブリナさん。そんな大事な情報が記された絵を私にもくれましたが、どうしてですか?」


 私は顔を下げた状態の彼女に質問しました。それは、館に置いてある猫なのか山なのか分からない絵を返却できるかもという期待を込めたものです。


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