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広場にて

 まずは散歩です。私たちは連れ立って街を練り歩きます。兜はしていないものの、タフトさんは金属鎧で身を包んだ状態ですので、大変に中は蒸し暑いと思います。が、それは私には関係のないことです。


 街中は本当に静かですね。衛兵は多いですが、子供たちが遊んでいる姿さえ見ないです。家で閉じ籠っているのかもしれませんね。魔力感知を用いると、空家も多いことが分かり、死竜復活の時のように避難している可能性もありますね。



 しかし、これは困りました。

 日記では私が歌うことにより人々の表情を明るくした事になっています。でも、その人々がいません。

 どうしたものか。


 一旦、帰宅して金貨を持ってきてばら撒けば良いですかね。いや、でも、必死に拾う皆さんの表情は明るいって言うか鬼気迫る感じになる気がします。お金は魔物ですから。



「メリナさん、どこを目指されていますか? 歌うなら、そこらで良いかもしれませんね」


 ショーメ先生の提案した場所は何の変哲もない道端です。いえ、よく見たらゴミ捨て場の前でして周りには人もいません。


「歌えば誰かが来てくれますよ」


 絶対に適当に言っていますね。分かります。欠伸を噛み殺したのが見えましたから。


「タフトさん、一番人通りのあるところに案内してください」


「了解しました。それでメリナ殿の気が収まるならお安いご用で御座います」



 タフトさんが連れてきてくれたのは、噴水のある広場でした。店数は少ないですが、露店も出ています。あっ、でも、商品は寂しくて棚の木肌が目立ちます。青野菜なんかも萎れていますね。

 そんな状況ですので、人はいますが、活気は有りません。



 しかし、大丈夫。私の美声を聞けば、一発で元気はつらつです。

 さてと、では、何の歌を歌いますかね。村にいる頃は完全自作の歌を口ずさんでいました。

 しかし、ここは皆が知る歌が良いでしょう。



「では、ショーメ先生、ナーシェルの国歌をお歌いください」


「えっ! 私ですか? この展開は思いも寄りませんでしたよ。嫌です。何が悲しくて、こんな所で恥をさらさないといけないのですか?」


「あは、もしかして、ショーメ先生は歌がお下手なのですか?」


「……そう捉えて頂いて構いませんよ。決してそんな事は御座いませんが」


 うふふ、お澄まし顔なのに、ショーメ先生は私から視線を外しました。まぁ、歌って言うものは才能が必要ですからね。


「ならば、メリナ殿、私が歌いましょう」


 おぉ、ここに来てタフトさんが大活躍です。自分の存在価値を見出だしましたね。



 彼は広場の真ん中、噴水の傍に両足を広げ、腕を背中に回して胸を張ります。そして、大音声で国歌を歌うのでした。


「我らの~黄金の~女神シェルワシ~よ~。あな~たの~愛に~我らは包~まれる~。あなたの空~、あなたの風~、我らの胸をいつも打ち鳴らす~。ああ~、全ての母よ~、早春の~あなたの果樹が~放つ香は~我らの魂を~安らげる~。ああ、全ての母よ~、晩秋の~あなたの実り~多き田畑に~我らは~母の至上の笑みを見る~。高貴なる~光と~影が~綾なす――」


 あっ、ナゲーです。歌詞を覚えきれないですね。タフトさんは熱唱中ですが、聴衆はゼロです。ショーメ先生が少し離れたので、私も少しそちらに寄ります。

 タフトさんは自分の歌で悦に入っているようでして、目を瞑ったまま腹から声を出されていまして、私達が移動したことには気付いていないようです。


 その内、間違いなく関係者と思われない距離を取ることに成功します。タフトさんの歌は2番に入ったようで、また、謎の母上を讃えています。どれだけ母の愛を感じているのでしょう。国歌じゃなければ怖い歌詞ですね。



「メリナさんは歌わないのですか?」


「はい。他人の振り見て我が振り直せですね。ダメですよ。ほら、店の人とか少し迷惑な顔しています」


 私、吟遊詩人が歌う時みたいに、周囲に人だかりが出来るのをイメージしていました。

 しかし、プロでもないタフトさんは特段に歌が上手な感じでもないので、周りからは武装して昂った騎士が歌っているとか思われていますね。精神的に病んでたら嫌だなと心配しているまで有りますよ。


「日記の件はどうなされますか?」


「別に嘘を書いてもバレやしないですよ。それよりも、私、あんな見世物っぽい感じなのに避けられている人にはなりたくないです」


「言葉を簡単に翻すメリナさん、私は好きですよ」


「照れますね。ありがとうございます」



 何番まであるのでしょう。噴水が上がる前で、タフトさんは「我らの母よ~」とまだ声高々に歌っておられます。



 ふと、他に目を他に遣った時に、遠くにサブリナさんっぽい水色の髪の人が座っているのが見えました。



「ショーメ先生、サブリナさんがいるんですが、彼女は国に帰らなかったのですか?」


「サブリナ・タムナードさんですか? えぇ、彼女はシュライド出身ですが残られましたね」


 そうなんですか。うーん、サブリナさんは良い人ですが、今は敵国に住んでいる状況になっているのですよね。虐められたりとかしてないかな。とても心配です。

 私は慌てて近寄りました。なお、バックミュージックがタフトさんの国歌ですので、ちょっと耳障りです。ショーメ先生も遅れてやって来ています。



「サブリナ、お久しぶりです」


 私は普通に声を掛けましたが、実は気の毒に思っていました。いつも清潔な服装をしていたサブリナさんが、土に汚れていましたから。


「あっ……メリナ。元気だったのね、良かった。姿を見なかったけど、ナーシェルを離れていたの?」


「すみません、予期しないトラブルに捲き込まれまして。サブリナは大丈夫ですか?」


「はい。ありがとう。少し困っています……」



 サブリナさんは説明してくれました。

 流石に一人暮らしはまずいと判断して、内戦が始まってから先週までは同郷の貴族のご子息が住んでいる館にお世話になっていたのですが、その貴族のご子息はトッドさんというらしいのですが、彼が学徒兵として招集されてしまい、サブリナさんも自宅に戻ったらしいのです。でも、実家からの仕送りは途絶え、学生の身で貯えも少なく、物価も急激に上がりという状況で、日々のご飯が満足に得られなくなっているそうです。


 気丈に振る舞っておられますが、辛かったでしょうね。サルヴァ達に「乳を揉ませろ」と言われた時くらいに辛かったでしょう。


 あと、同郷の貴族の方はシュライドの人ですから、ナーシェルからすると敵だと思うんですが、学徒出陣ってどっち側で行かれたのでしょうか。少し気になります。現在、ガランガドーさんが蹂躙中ですので。



「サブリナさん、どうか、そういった時はレジス教官や私みたいな学院関係者に相談なさいね」


 先生はここに来るまでに買った、溶いた小麦粉を焼いた平っべたい何かを丸めた物を渡しておられました。良い匂いです。


 サブリナさんは恐縮に過ぎるくらいの態度で断っておられましたが、ショーメ先生がそれを許さなかったので、最後には受け取って一口お食べになられました。


 うん。あとは大丈夫ですね。ショーメ先生が明日以降も面倒を見てくれることでしょう。



「暮らしの足しになればと思い、描いた絵を売っているのですが、街の方もこんな時に出歩かないですよね。全然売れなかったです……」


 出歩く人だらけでも売れないですよ、とは言えませんでした。私達、友達だから。


「サブリナさん、素晴らしいですよ。この様に荒んだ雰囲気の中でこそ、優れた芸術に触れるべきだと私は思います。ねぇ、メリナさん?」


 うまいです、ショーメ先生! さすが、年の功です!


「はい! 皆にサブリナの絵を見て和んで欲しいですねぇ!」


 遅れずに私も同意をします。本心ではないですが勢いで誤魔化します!



「えっ、そんな私の絵なんて……。そうだ! お二人に私の絵を差し上げます! お好きなのをどうぞ」


 ……えー、私は2枚目なんで、ショーメ先生だけが選んだら良いと思います。


「私はこれにしますわ。あっ、でも、生徒からの物は受け取れないわね。メリナさんがお受け取り下さいね」


 お前っ! マジで死にたいか!?

 しかも、その絵、全身を蝿に(たか)られている老婆の絵じゃないですか! 一番きっついと思ったヤツですよ!

 こないだ渡した顔料を使用されたのか、無駄に色彩が鮮明なのも不気味さを増す原因となっております。


 私が無言で通していると、何人かの気配がしました。



「おい! お前、また! 気持ち悪い絵を売っているのか!」


「お前の身許を調べさせてもらった。シュライド出身だそうだな。連行させてもらう」


 振り向くと、そこは簡易武装の衛兵達でした。私は絵を選ぶ義務から解放されるのではと、不謹慎ながら少しだけ期待してしまいました。

 あと、タフトさんの熱唱はまだ続いています。


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