嫉妬
「き、貴様っ……!」
突然の訪問者であるタフトさんは、すんごく眼が血走っていて、メリナ、とても怖いです。完全に危ない人です。他人の家をいきなり訪れてきて、その表情は有り得ないと善良な市民である私は思います。
「ショーメ先生、また誰かを誑かしたんですか? 逝っちゃってる人が来ましたよ」
レジス教官のように、このメンディスさんの部下の方も愛に狂ったのだと私は思いました。もう、ほんと、私に関係のない所で殺り合ってくださいと心からお願いします。
しかし、ショーメ先生は笑顔で、手を横にフリフリしまして、自分じゃないとアピールします。
「あー、じゃあ、訪問先を間違えたみたいですね。お帰りくださいね」
私は丁重に帰路を案内しようとしました。
「貴様! メンディス殿下が軍に協力しろと命じたであろう! それを無視して、どういうつもりだっ!?」
このタフトさんはもっと丁寧な言葉遣いをする人でした。相当にお怒りですね。
そして、その理由は私にあるみたいで、とても理不尽です。この世界は本当に理不尽な事しか起きないです。メリナは不幸ですよ。
「すみません。私、異空間で閉じ込められていまして、一応はすぐに戻ってきたんですよ」
ちゃんと謝れる私、凄い。
殴り飛ばしたい気持ちをちゃんと抑えた私、偉い。
私の言葉にタフトさんは黙ります。血走った眼はそのままで、ちょっと嫌だなあと感じました。
「……メンディス殿下が囚われたのだぞ! 殿下は貴様の参戦を心待ちにしてしまったが為に、敵の手に落ちたのだ! このタフト、絶対に貴様を許さん!」
まぁ、そんな事件が発生していたのですね。お気の毒で御座いますね。
私は考えます。もちろん、退学の件です。メンディスさんとは約束をしましたが、不慮の事故に因り、現在は、その約束を私が反故にしてしまっている状況です。つまり、彼からの退学は期待できないでしょう。
ですが、更なる現状を把握しないといけません。
「ショーメ先生、私は退学になっていませんか?」
「はい。学校は内戦で休校中ですが、メリナさんはご在籍中の生徒さんですよ」
……ぐぅ、残念。
「用務員さんか教員に採用はされていますか?」
「いいえ。この混乱ですから、校長の決裁は下りていませんよ」
はい。そっちルートもダメ。
くそ、憎むべきは戦争です! 戦争さえなければ、私は退学か、若しくはテストを受けなくて済む身分になれていたはずなのにっ!!
全ては戦争のせいです! 戦争のせいで私のパーフェクトなプランが邪魔されたのです!
ならば、私の選択肢は限られてきますね。
「タフトさん、メンディス殿下は生きておられますか?」
「……亡くなっておられたら、俺は貴様を斬っていただろう」
ふむ、良かったです。約束は今から果たせば良いのです。そして、無事に退学を勝ち取りましょう。
しかし、捕虜ですかね。可哀想に。
私が知っているおっさんで、捕虜時代にお尻を掘られた人がいます。ただの屈強で額に油が浮いている様なおっさんなのに、そんな所業を受けたのです。中性的な外見のメンディスさんに至っては、きっと何本もの毒牙に掛かってる可能性が高い。ご愁傷さまです。
「捕らえられている場所は? 私が救出に向かいましょう」
「……知らぬ……」
「えー! えぇーっ!? 知らないって、マジで無能ですよ。えー、私を責める前に何をしていたんですか?」
あっ、しまった。退学が遠退きそうな情報を耳にして、私は不安感からきつめの発言をしてしまいました。
これでは殴り合いになってしまうかもしれません。そうすると、タフトさんはずたぼれになるので、メンディスさん救出作戦に支障が出てしまいそうです。
「くっ…………すまない。……貴様……いや、貴女の言う通りです……。私は無能です。メンディス殿下をお守りしきれませんでした……。殿下の期待は私でなく貴女に向いていた。なのに、貴女は来なかった……。私は貴女に嫉妬しています!」
ふむ、助かりました。
しかし、嫉妬とか言っちゃダメですよ。何だか恋をする乙女みたいです。
はっ! もしや、タフトさんはメンディスさんを愛しているのでは!?
そうであれば、その血走った眼の説明が付きます。きっと、メンディスさんのお尻を知らない誰かに奪われ、焦っておられるのです。あいつの穴は俺のものだったのだ! そう眼で訴えているに違いない。
……いやぁ、私は共感も理解できないですよ。そういう好みの方と語り合って下さい。
「第2皇太子直属騎士タフト・ザッフルさんですね。私、貴族学院で教師をしておりますフェリス・ショーメです。お見知り置きをお願い致します」
ショーメ先生は柔らかい笑顔でした。つまり、この人はお仕事モードに入ったのです。男色のタフトさんでさえ、詐術で誘惑しようとしているのですね。
「ご安心下さい。私どもの優秀な生徒であるメリナさんは、きっとメンディス殿下を無事にお救いになります。それこそ、今からでも。ねぇ、メリナさん?」
これもフェリス・ショーメセレクションを手に入れる条件なのでしょうか。しかし、私はショーメ先生の言葉に首を縦に振ることは出来ません。
「もちろん、メンディスさんを助けたいと思っています。でも、すみません。私、他に大切なことがあるんです。明日にしてください」
「……メリナさん、それは何ですか?」
「1ヶ月分の日記を書かないといけないんです。……書かないと怒られるんです!」
「大丈夫ですよ。一緒にやりましょうね」
「はい……。ショーメ先生、ありがとうございます……」
私は先生の優しさに涙ぐんでしまいました。1ヶ月分の日記を埋めるネタの数を用意なんて無理だと思っていましたから。でも、二人ならきっと可能!
「何を言っているのですか!? こうしている間にもメンディス殿下は屈辱に苛まれているのですよ!」
「いえ、でも、私もですね、日記を書かないと性格が極悪な王様に苛められるのですよ。譲れませんよ、絶対に」
「はい。そうですね。それではメリナさん、日記帳を取ってきて下さい。それから、タフトさん。貴方も手伝いなさい。その方が、貴方の目的が早く達成されますよ」
いやー、ショーメ先生はやっぱり良い人ですよ。私は階段を三段飛ばしで駆け上り、自室から日記帳と筆記用具を取ってきました。
タフトさんもショーメ先生の言葉に納得されたのか、椅子に座って待機されていました。
でも、そこには二席しかなくて、私は食堂から椅子を持ってこないといけない破目になりました。
さて、我々の真ん中の小さな丸型テーブルの上には黒い表紙の日記帳が置いてあります。
今からが真剣勝負ですよ。大丈夫です。どこかの諺で、3人寄れば神の知恵と言います。アデリーナに決してバレる事のない嘘日記を作り上げられることでしょう。
「……メリナ殿、正直に異空間に行って戻ってきたら1ヶ月経っていたと書けば宜しいかと思いますが」
「はあ? そんなのを書いたら『あら、メリナさん。また、そこに行ってらっしゃいな。3万年くらいが宜しいですよ。今生の別れですね。ごきげんよう。聖竜様には宜しく伝えておきますから。清々します』とか、ジョークなのか本気なのか分からないセリフを吐くんですよ! 最悪です。そして、私が行っても行かなくても、あいつは腹の中で笑うに決まっています! だから、絶対に本当の事は書きません!」
「はいはい。メリナさん、さぁ、日記帳を開きましょうね」
はい!
私は羽ペンを握ります。そして、ズボッと黒インクに筆先を突き刺しました。




