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客人として

 メンディスさんに投げて頂いたタオルは弱々しく床に落ちます。私はそれを拾って、顔に当て、次いで髪を(ぬぐ)いました。


 巫女服は撥水性ですので、自然と水滴は落ちるのですが、下着は問題ですね。しかし、目の前には殿方。脱いで絞るのは不可能です。だから、我慢します。



「メリナで御座います」


「……やはり死神ではないか……」


「具合がまだ悪そうですね。幻覚が見えていますよ」


 私は彼の魔力を読みます。体内に私の黒い魔力が残っていて、それが彼自身の魔力の動きを阻害しているのが見て取れました。診断終わりです。


「治療致します。でも、少し目を瞑って待ってください」


「何だ?」


「ちょっとスカートの中も水浸しでして、タオルで拭きたいのです。もしも、その姿を見たら最期です。貴方に死を与えましょう」


「……そっちの部屋で拭け」


 そっかぁ。


「替えのパンツは無いですか?」


「俺ので良ければタンスから出してくれ」


 うわぁ、真顔で言われましたよ。最悪です。デリカシーないですよね。アシュリン並みですよ。うわぁ、こいつ、ダメだわ。私に男物、しかも中古品を穿けと言うんですよ。股が腐りますよ。


 もうノーパンツで良いですかね。いや、ダメです! パンツは私がアーバンガールである証なのですから、それを脱ぐという選択肢は有り得ません。また、脱いだパンツをどこに置くかで一刻は悩んでしまいそうです。


 とりあえず、私は別室でスカートをたくしあげて、脚をふきふきします。あー、不快さが和らぎました。


 それから、メンディスさんの体から私の体へ魔力を回収します。



「信じられんな。あの倦怠感が一瞬でなくなった。うちの宮廷魔術師達の面目が立たんな」


 肩を回しながら、メンディスは言います。顔色も戻ってきたようですね。


「で、何をしに来た? いや、待て。着替えてからだ」


 寝巻き姿で彼は立ち上がりました。光沢のある糸で出来ていて高そうです。そのまま、タンスへと脚を運びまして、私は別室へと避難します。


 長椅子のある部屋で、前回に来たときにタフトなるものに切られたままの状態でした。

 私はそこに座って待ちます。



「何をしに来た?」


 改めて同じ質問を受けました。


「例の約束を覚えているか確認をしに来たのですよ。私の退学の件です」


「あぁ。正直、夢の中にいたような記憶だが、そんな約束をしたな。……いや、してないだろ? 最後に俺は断ったぞ」


 くそ。完全に覚えていやがったか。


「確か、サブリナという娘の処刑を止めろとも言われたな。それは勿論聞いてやる。むしろ、それを実行しようとした生徒たちが気になる。そちらも調査しよう」


 ちっ。面白くないです。ここに来た意味が半減しました。


「メンディスよ。私は学院を私に責のない感じで退学したいのです。お前が確実に出来る範囲で、何か策を提案しなさい」


「ふん。まずは死竜を倒してからだ。復活が間近だと大臣どもが騒いでいたぞ」


 死竜? あぁ、あの骨の竜か。

 ガランガドーさんのブレスを吸収して肉まで持ったあいつですね。


「既に倒しております。軍の方にお聞きください」


「…………信じられんな……。それは後で確かめる。そこまで強いお前がブラナン王国の王を恐れるのか?」


 ふむぅ。それは良い質問ですね。

 確かに私の方がアデリーナ様より強いです。しかし、彼女も光る矢を射る魔法を扱いまして、私をもってしても、その軌道を目で追うのが難しい技なのです。

 油断をすれば殺されかねないと考えています。


 でも、それだけかなぁ。

 アデリーナ様が死んだら、やっぱり寂しくなるのかなぁ。いやぁ、分からんなぁ。


「何でしょうね。そんな遊びなのかもしれません。互いに裏を取り合ってからかうみたいな」


「……つまりは王も強いということか……。解放戦線の奴等にも知って欲しいところだな」


 あれ、メンディスさんは解放戦線をご存じでしたか?


「その連中、貴族学院を襲ったんですよ。一昨日かな」


「何っ!? 奴等はナーシェルに堂々と逆らったのか!?」



 そんな時、扉がノックされます。私はメンディスさんの顔を見て、どうすべきか伺います。


「良い。客人として扱う」


 そう言い終え、メンディスさんは廊下にいる誰かに返答します。


「入れ」


 それに応じて扉が開き、巨体の男が姿を現しました。



「久方ぶりだな、兄者――なっ、巫女よ、何故、兄者の部屋に!?」


 意外にもサルヴァでした。しかし、考えてみれば、彼とメンディスは兄弟ですので、当然にこんな感じに部屋を訪問することもあるでしょう。


「……珍しいな、サルヴァ。何事だ?」


「兄者が寝込んでいると聞いたのだ。縁者を見舞うことに不思議はないと思うのだが」


「ふっ、変わったな。お前が王城に来たが為に、この嵐なのではないか」


 メンディスは嫌みっぽく言いましたが、顔は優しい笑顔でして、サルヴァも緊張を解された様です。


「俺は生まれ変わった。そこの巫女により、俺は性根を叩き直されたのである。……兄者には謝罪もしたく、ここに来た」


「ほう。出会い頭に王城のメイド達に卑猥な声掛けをしていたサルヴァはもう居ないと申すのか?」


 うわ、学院だけでなくお城でもそんな感じだったのですか……。信じられないです。マジでバカです。そこまで来たら、誉め言葉的に破天荒と呼んでも良いのかもしれません。


「本当に自分の愚かさを反省している。兄者よ、俺は兄者を補佐したい。ここ数日、自分が実現したいことは無いのか、自問した結果、兄者が王となる姿を見たいと考えたのだ」


「……いや、お前は学院を早く卒業しろ。何年通っているんだ。話はそれからだろう。しかし、なんだ、お前の気持ちは嬉しいが、俺の部下にというのはちょっとな」


 メンディスさんは容赦ないです。サルヴァは通常3年で卒業のところを5年目に突入しているんですよ! もう絶対に卒業なんて無理です!


「ふっ、まさか了解してもらえるとは思わなかった。兄者よ、感謝する。卒業した暁には必ず兄者の右腕となろうぞ」


「いや、お前な。はっきりと言ってしまうが、お前が俺の部下になったら俺も変だと――」


「では、俺は去ろう。巫女と大切な話をしていたのであろうからな」


 そう言って、彼は去っていきました。強引に未来の王の右腕になったのです。これは、迷惑ですね。切り落としたくなりますよ。



「バカのままじゃないか……。いや、すまない。邪魔が入った。話を戻したい。解放戦線についてだが――」


 またもや、コンコンとノックされます。


「サルヴァ、帰れ! 割り算の宿題でもやっていろ!」


「いえ、私です。タフトで御座います」


 おっ、メンディスさんと一緒に倒した人ですね。おぉ、もう回復しているとは素晴らしいです。うんうん、あの魔剣に余分な魔力を吸い取ってもらったのかな。


「……すまなかった。入るが良い」


 すっごくバツが悪そうにメンディスさんは言いました。



「早馬からの連絡です。シュライドの連中が反乱を起こしたそうです」


「何っ!?」


「彼らは近隣諸国を説得し、ナーシェルに向かっている模様」


「……何が目的だ?」


「殿下もご存じの通りで御座います。ブラナン王国への反感と、彼ら自身の驕り」


「反感は分かる。しかし、ナーシェルを落とした後に、彼らはブラナン王国との戦争にも勝てると判断したのか。なんと愚かしい……」


 いやぁ、深刻な状況に出くわしてしまいましたよ。もう帰りたいです。私の退学の件は聞いて貰えないみたいだし。



「メンディス殿下が倒れ、死竜が復活しました。彼らにとっては好都合だったのでしょう。昨日は貴族学院を解放戦線なる連中が襲いました。恐らくは連携しています」


「……ナーシェルは勝てるのか?」


「向こうの戦力については分析中です。しかし、シュライドも勝機を信じての行動でしょう。簡単には行きますまい」


 ふーん。大変そうですね。



「さて、じゃぁ、私は帰りますね」


「殿下、またもやメリナ殿が来ておりますが、どの様な用件で?」


「とんでもなくバカバカしい話だ――いや、そうだな、メリナよ。お前の願いを叶えようぞ。我がナーシェルの軍に協力すれば、俺はお前を退学としよう」


「……承知致しました、メンディス殿下。貴方に栄光あれ」


 遂に快諾を頂きましたよ。嬉しいです。

 うふふ、では、こんな所に用は御座いません。



 ガランガドー! 来なさい!


『おうよ!』


 猛スピードで空から降りてくるガランガドーさんの気配を感じ取り、私はタイミングを見計らって壁を殴ります。大穴が開いて、豪雨が私の顔にも当たります。


「それでは、ご機嫌よう」


 下は真っ暗で微かに木々が見える程度なのですが、私はそこから飛び降ります。

 もちろん落下する訳でして、暗い中でも地上が迫り来ます。しかし、へっちゃらです。

 ほら、ガランガドーさんが下から掬い上げてくれました。


 私は穴の空いた部屋にいる二人に手を振りながら去りました。



メリナの日報


 今日は学院はお休みでした。

 いやー、学院に行きたいなぁ。とっても行きたい。

 でも、こんな気分の時は邪魔されてしまうんですよね。

 いやー、もしかしたら、誰かの陰謀で退学になっちゃうかも。メリナ、辛いなぁ。あー、辛い。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 第一部には「かわいい女の子」というタグがついていました、しかし第二部、三部にはそのタグがありません。主人公が同じ作品であるにも関わらずです。 そもそも第一部にこのタグがついていることも…
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