表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/215

雨の中

 今日と明日は学校の定休日です。聖竜様の神殿ではお休みなんて、基本ありませんでした。しかも、少ない休日もアシュリンさんの気分で前日や当日に決まるので、休みを堪能する準備なんか出来やしませんでした。

 まぁ、今日も思い立ったから出掛けるんですけどね。


 ガラス窓を雨滴が走るのを目の端に捉えながら、私はキュッキュッと革靴の紐を絞めます。天候も私に味方するとは幸運で御座いますね。

 服装も久々の竜神殿の巫女服です。やはり全身黒が私には映えます。頭からすっぽり被る形式で、下はスカートになっているのです。



「お嬢様、今日はどこにお行きで御座いますが?」


「散歩です」


「生憎の天気で御座います。雨避けに、爺も付いて行きましょう」


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。子供ではないのですから」


「承知致しました。差し出がましく申したこと、誠にお詫び致します。お風邪にはお気を付け下さいまし」


 爺は心配性ですね。私は微笑みます。

 館の玄関を出る時には傘まで手渡してくれました。巫女服は大きな蝙蝠の羽で出来ていて、雨なんて簡単に弾くのですけどね。



 玄関を爺に開けてもらうと、外は想像以上の土砂降りでして、確かに爺が心配するのも無理はないと思い直しました。雨足が激しくて、煙ったようにさえ見えました。


「本当に行かれるのですか?」


 爺の声も雨音で少し聞こえ難いくらいです。


「ちょっと驚きましたが、決めたことですので参ります」


 水玉模様の傘を広げ、私は一歩を踏み出します。爺は深く礼をして、それから、扉が閉まりました。



 私は門ではなく、横へ逸れて庭へと向かいます。土のところは水溜りとか泥濘(ぬかるみ)になっているので、踏み石をトントンと跳んでいきます。でも、雨の勢いは凄くて、その度にビシャビシャと飛沫を飛ばすのです。


 うふふ、楽しい。



 あれ? ガランガドーさんを探しに来たのですが、いませんね。

 ガランガドーさん?


『主よ、我はここである』


 居ました。激しすぎる豪雨でよく見えませんでした。魔力感知を使うべきでしたね。

 雨宿りのために木の下に隠れていたんですね。でも、雨は関係なく彼の頭に降り注いでいました。


『ふっ、死竜たる我が雨如きに負けるはずがない』


 何を言っているのですか?


『しかし、主と我は深き契約により結ばれたる関係。……今夜は中に入れて欲しい』


 あっ、最初に強がるから何の話かと思いましたが、雨に打たれたくないって事ですね。ドラゴンの癖に贅沢ですね。


『神殿では屋根の下で寝かせてくれたのであるぞ。まさか吹きっさらしの野外に放置とは思わなんざ』


 へいへい。分かりましたよ。ほんと我が儘です。出会ったときの太々(ふてぶて)しさが、むしろ好ましかったと思ってしまいますよ。



 では、ガランガドーさん、行きますよ。

 この雨です。隠れて行動するのには最適です。


『どこへ?』


 王城です。そろそろ、メンディスさんが意識を戻します。色々と辻褄合わせが必要かもしれませんからね。


『了解である。主よ、乗るが良い――あつ! 熱いっ!』


 すみません。乗ろうと思ったら背中が濡れていたので炎で乾燥させたのです。でも、残念です。次から次へと雨が落ちて、無意味で御座いました。


『……主よ、我の背中は火傷になっておらぬか?』


そう言いながら、ガランガドーさんは長い首を曲げて自分の背中を見ていました。


 自然と修復していますよ。さすが、私の精霊です。生命力も素晴らしいですね。


『……我、魔法の行使をしていないのであるが、主は誠に不思議であるな』


 そうなんですか?

 まぁ、私は魔力を直接扱えますからね。火を出すのも無意識に出来るのでしょう。


『……主が人間であることに驚きを隠せぬ』


 ごちゃごちゃ煩いですよ、さぁ、行きましょう!



 私はガランガドーさんに股がって、空を飛んでいます。片手で傘を広げ、雨を避けてはいるのですが、これだけの速度です。雨が刺すように顔面に当たります。痛いです。


 ガランガドーさん、私、ずぶ濡れなんですが? 服と体の隙間から絶え間なく雨が入ってくるんですよ。


『我は考えたのである。雨が落ちるよりも早く移動すれば、主が濡れることはないと』


 その間違ったアイデアの結果がこれですよ? 全身から水が滴っています。


『主よ、傘を上に掲げても意味がないのではなかろうか。進行方向に向けた方が良かろう』


 お前、この私が試さないと思っていたのか? 既に実行済みです。傘が壊れそうになったのは魔力で補強して問題無しですが、風圧に負けて吹き飛びそうになったのですよ。


 何より気持ち悪いのは、お前の背中に落ちた雨が伝って、私の股間に来ることです。変な病気とか大丈夫でしょうか。デリケートゾーンに雑菌が涌いたりしたら、処刑ですよ。


『我からすると、主の尻の穴に触れた水が我の体表を流れることが非常に気になっているのであるが……』


 あ?

 ちゃんと紙で拭いているから綺麗です!



『主よ、雨の辛さを分かって貰えたであろうか?』


 ……もしや、お前、この水責めはお前を野外で飼ったことに対する意趣返しですか?

 鱗をごっそり剥いでケイトさんに渡しますよ。


『いたっ! 痛い! あっ! 主よ、城である! 城に着いたようである! いたっ!』



 まぁ、よろしい。

 メンディスの部屋はどこでしょう。3階の角部屋だと思ったのですが、魔力感知を用いて上空から調査します。


 居ましたね。ふむ、一人のようです。

 ガランガドーさん?


『我も把握した』


 宜しい。では、彼の部屋の窓から侵入します。急降下し、私を下ろしたらガランガドーさんは上空で待機。


『了解した。我は雨を避けるため、雲の上で待とう』


 …………ん? ……雲の上ならこの雨を避けられるとお前は言っているのですか? そんな知識があったにも関わらず、ご主人様を雨に激しく打たせたのですか?


『っ!? いやいや、主よ、それは誤解であろう。そう、空高くともなると気温が下がる。我は主の体を考えたまでよ』


 いや、それくらいなら魔法で火でも出せば良いでしょう。むしろ、ずぶ濡れで、あの速度ですよ? 今も体がキンキンに冷えているんですけど。


『行くぞ、主よ!』



 ガランガドーは私の追及から逃れるために、急降下を開始しました。

 私も気持ちを切り換えます。


 眼をしっかりと開けてタイミングを計ります。グングンとお城が近付いてきて、私は股がっていた足を戻して、足の裏をガランガドーさんの背に付けます。垂直とまでは行きませんが、かなりの角度でガランガドーさんは向かっていますので、前からの風に負けないように、しっかりとガランガドーさんの鱗を掴んでいます。傘は閉じています。



『主よ!』


 行きますっ!


 私達の判断は同時でした。強く蹴って、私は宙に舞う。全身を広げて風を受けながら減速させ、片手に持った傘を全面に出し、そこから気合いと共に魔力の波動みたいな何かを発射して窓を破壊して、メンディスの部屋の中に着地します。


 ガランガドーさんは私を降ろした後、羽を全開にして速度を殺し、地上すれすれで急転、羽を一振りして上空へと戻っていきました。


 遅れて、ガランガドーさんが起こした突風が室内に入ってくるのを、私は氷の壁を窓に設置することで対処します。



 そこまでして、私は立ち上がります。


「な、何者であるか……?」


 弱々しい声が二間続きの奥から聞こえました。メンディスです。


 私は安心させようと姿を見せます。彼はベッドに横たわって首だけを起こしてこちらを見ました。



「すみません。名乗る前にタオルくれませんか? 顔とか拭きたいんで」


「ふっ、死神か……。俺はここまでなのだな……」


 ちょっ!?

 どんな勘違いですか!?

 聖なる竜の巫女を見て、そんな不気味な者に例えるなんて侮辱にも程がありますよ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 窓を破壊して入室して壁を破壊して退室する破壊神 メリナさんと会話するの二度目なのに既に扱い方を身に着けたメンディス賢い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ