ケイトさんの知識
アデリーナ様と昼御飯を食べた後、庭の方で魔力の増幅を確認しまして、聖女イルゼさんが戻ってきたことを知ります。
ケイトさんも来ておりまして、私達は庭でガラス瓶に入った彼女自慢の毒物を見せてもらいます。
ケイトさん、相変わらず落ち着いた雰囲気です。30歳前後かなって外見なんですが、もしかしたら、もう少し若いのかもしれません。落ち着きの良さが、ちょっと損していますね。
「こちらが丹砂。で、これを炭と焼くと水銀になります。水銀も用意しております」
うわぁ、水銀って初めて見ましたが、凄いです。金属みたいな光沢があるのに水みたいに動いています。
瓶を手に取らせて貰うと、更にビックリしました。ずっしりと重いんです。
「メリナさん、掌を出してみてください。良い機会ですから、水銀を触ってみましょう」
「え? 水銀は毒だから気を付けたほうが良いってマリールが言っていたんですけど……」
「うんうん、素人はそんな勘違いをするのよ。触るくらいなら何とも無いのよ。蒸気とかになると危ないんだけど、大丈夫ですよ」
そうなんですかね?
まぁ、何か有っても回復魔法で何とかなるでしょう。
私は勇気を出して掌を前に出します。そこにケイトさんは瓶から少量の水銀を出しました。
うわっ。すっごいコロコロします!
水滴みたいに肌に付かないんですね。真ん丸に近くなっています。
なんだろ? あっ、蓮とかに乗った露みたいな印象です。
「なお、これを硝酸で処理した上で塩酸を反応させると猛毒になります。昇汞と言います。肌に触れると爛れ、爪先に乗せた程度の量を飲むだけで、健常な者であっても死ぬんですよ」
ケイトさん、嬉しそうに言うなぁ。
その猛毒が入った瓶まで見せてくるし。
「こちらの黄色いのは雄黄。これも焼くと形を変え、毒となるのです。砒霜。作るのも簡単ですが、気を付けないと自分も死にます。無味無臭なので料理や飲み物に溶かして使用するのですよ。だから、その道の方には有名なものです」
いやぁ、もう良いんだけどなぁ。
私、その道を進んでないし。
「綺麗な物には毒がある。ゾクゾクしますね」
「はい。そうですねー」
とりあえず顔料である丹砂と雄黄を頂きたいです。なので、機嫌を損ねないように無難な返事です。
「こちらもどうぞ。鉛白です。胡粉では出せない透明感のある白を得られるんですよ」
「それ、ガランガドーさんに有毒だって、ケイトさんが言ってたヤツじゃないですか?」
「これは少しくらい食べても大丈夫よ。鉛は慢性毒なのかしらね。鉛糖も徐々に殺していくもの」
鉛糖は口に入れたことがあります。シャール伯爵から夜会に誘われた時に、シェラが気を付けるようにと味を覚えさせてくれたのです。甘い毒なんてのも有るんですよねぇ。
「緑色も持ってきましたよ。緑柱玉です。これは無毒。でも、特殊な処置を施すと、中から猛毒の金属を得ることが出来ます。ちょっとの欠片や粉でも吸入したら、酷く咳が出て苦しむんですよ。死ぬまで」
本当に毒が好きだなぁ。
「ありがとうございました。では、物騒な物は要らないので、こちらの顔料と緑の宝石だけ頂いておきますね」
「では、物騒な方は私が頂いておきますね」
はぁ!?
アデリーナ、お前、まだ罪を重ねる気なのですか!?
「いえ、燃やし尽くしますね」
「ダメですよ、メリナさん。蒸気が発生すると、皆で死んでしまいます。アデリーナさんもダメです。大量に出回ると価値が下がるんです。私達、毒物職人の」
ケイトさんはササッと危ない方のガラス瓶を片付けられました。初めて聞きましたよ、毒物職人。絶滅した方が良い職業です。
ベセリン爺がケイトさんとイルゼさんの分のお茶と菓子を持ってきます。だから、私達は丸いテーブルを囲むように座ります。
「美味しいですね、メリナさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
「メリナ様、私の分もお受け取りください」
「イルゼさんもありがとうございます」
むしゃむしゃと真ん中に固めのジャムが乗ったクッキーを頂きます。
人徳のお陰で、たくさんお菓子が食べられて幸せです。日頃の善行が活きてますね。
「危険なものを触った手を洗いもせずに食べるなんて度胸が座っているのか、バカなのか分かりませんね」
「うふふ、アデリーナさん。反論みたいで申し訳ないですが、物質の同定には味も大切なんですよ。それで何人も死んでいますが。苦い、甘い、酸っぱい、無味、アーモンドの香り、色んな味覚が昔の毒物に関する書類に載っております」
……いや、そんなの聞いたら手を洗わなくちゃなりませんよ。私は魔法で出した水で手をゴシゴシします。
アデリーナ様とケイトさんは意外に仲良しでして、私の知らない他の巫女さんのことで盛り上がったりしていました。
イルゼさんは私の前の聖女であるクリスラさんについて話してくれます。聖女を引退してから、自邸に戻り、日がな読書されているそうです。悠々自適で羨ましいです。
また、ケイトさんが思い出したように、私に教えてくれました。マリールとフランジェスカさんは彼女らが作り上げた物質の中の元素とかを見分ける道具について、賢い人が集まる会議で発表するらしいです。今日はシャール伯爵に呼ばれて、そのお披露目をしに行っていたそうです。
何だか凄いです。自慢の友人ですね。
何だかんだで4人でのお茶会は会話も弾みつつ終わりました。イルゼさんの言葉数がいつもより少ないのが気にはなりましたが、顔色も普通ですし、怖いアデリーナ様が傍にいるせいかもしれませんね。
私はこの茶会の時間も有効に使いました。皆さんとお話しながら、頂いたばかりの緑柱玉とかいう透き通った深緑の宝石を粉々にしていたのです。ゴリゴリ音が響いて気持ち良かったです。
「メリナ様の握力は本当に素晴らしいですね」
「イルゼさん、そう成りたくはないでしょ? 宝石を砕くので御座いますよ」
アデリーナめ、お前の頭蓋骨もゴリゴリするぞ。
「ふぅ。出来上がりました。普通の石より固かったので手こずりました」
「そうそう。青色の顔料は良いものの在庫が切れていたのです。こちらで売っていると良いのですが」
「では、ケイトさん、買いに行きましょうか。そこにお金持ちもいらっしゃいますし」
私はアデリーナ様を見ます。しかし、横からイルゼさんが口を挟みます。
「デュランからお支払いします。偉大なる前聖女の願いは何があっても叶えます」
「では、イルゼさんにおねだりしなさい。私はここでフェリス・ショーメと少し話をします」
「ショーメ先生ですか? まだ学校にいると思いますよ」
「私がここに来ているのです。それも察知できない無能は必要ありません」
なんて傲慢なんでしょう。そして、来たら来たで良からぬ事を企むんですね。ほんと、私を巻き込まないで欲しいものです。
しかも、アデリーナ様がショーメ先生と話をすると言ったのにイルゼさんは無反応です。ショーメ先生はデュランを裏切ろうとしているんですが、大丈夫なのかな。
しかし、私には関係のないこと。
「で、ケイトさん、青色は何を砕けば良いのですか?」
「瑠璃です。有名でしょ? 呉須という黒土を焼く方法もありますが、瑠璃の方が鮮やかです」
「あー、聞いた事あります!」
ということで、早速、ナーシェルの市場へと向かいました。冒険者の方々に武具を買い揃えた際に、隣が宝石店だったことを覚えていましたし。
イルゼさんがお金を出してくれたので、一番大きい物を選びました。その場で粉々にして、私達はサブリナさんのお家を訪問するのでした。




