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職員室での会話

 私は食事を終え、ナプキンで口を拭います。えぇ、神殿にいた頃の私なら袖でギュギュっと擦って終わりでしたが、今は爺に指摘されてしまいますからね。


「お嬢様、昨日に襲撃があったばかりです。今日の学校は欠席でも構わないと爺は思いますが?」


「いえ、だからこそ、行くのです。暴漢どもの思惑通りにしてはなりません。貴族学院は負けないと世の中に示すのです」


 本当は一日でも早く用務員さんに採用して欲しいからです。貴族の推薦が必須とあったので、推薦状も自分で書きました。名目だけに等しいのでは御座いますが、公爵である私の推薦状です。絶対に大丈夫でしょう。ちゃんと客観的に書きましたし、公爵って王様の次に偉い称号だと、昨日、サブリナに聞きましたし。


「お嬢様……その不撓(ふとう)なる精神、この爺、感動致しました。優れた主人にお仕えでき、大変に幸せで御座います」


「まぁ、爺、何を今更。私とあなたの関係では御座いませんか。おほほほ」


 今日も貴族ごっこは全開です。爺とはまだ10日くらいのお付き合いですから、自分でも何を言ってるんだろって感じです。



 学校に着きました。

 他の家でも爺と同様の進言が有ったのでしょう。いつもと同じ時間なのに通う生徒は皆無です。


 ふっ、勝ったな。

 つまり、用務員志望者のライバルもいないのです。

 私は意気揚々と職員室に向かいます。



「あれ、メリナ? どうした? 今日は臨時休校の連絡があっただろ」


「へ? 無いですよ?」


「ん? 館住みの貴族には国から連絡が行くはずだし、一人暮しの奴には俺が連絡したぞ。あっ、メリナ、お前、そうか……諸国連邦の人間じゃないからか……」


 レジス教官が教えてくれました。他の学生さんには国からの使者やら、教官自身の手によって諸々の連絡事項が伝えられるらしいのですが、私は特殊な立場からそれから漏れていたそうです。

 この間の竜襲撃騒ぎの時も街の人は知っていたのに、我が家の優秀な家令であるベセリン爺が遅れたのは、そういった事情があったのですね。


「次からは俺が行こう。悪かったな、メリナ」


「いえ、お気になさらず。些細な事です」


「そうか。しかし、……たまにお前は殊勝な態度になるな」


「いつもですよ。私のモットーは慎ましく生きるですから」


「そんなモットーのヤツは他人の机とか他人とかを窓から投げ捨てないぞ」


「多少のお茶目が女の子っぽいですよね」


「……強引に言えば矛盾を隠せると思ってるだろ?」


 まぁ、何て酷い……。


「ショーメ先生! レジス教官がいじめまーす」


「ダメですよ、レジス先生。メリナさんは、死竜からナーシェルを守った救国の英雄らしいんですから」


「メリナ君、効率的なゴミ掃除だったな。そこを誉めようとしたんだ。誤解しないでくれたまえ」



 さてと、冗談はここまでにして本題に入りましょう。


「副学長はまだ来ていないのですか?」


「あ? あぁ。サンドラ先生は休みだ。昨日、殴られただろ? その治療と休養だ」


 レジス教官も強烈な金的を喰らっていましたが、そちらは私の回復魔法の効果で完全に治っていますよね。

 教官の見た目も頑丈そうだから休養も不要ってところかな。


「副学長に何の用だ?」


「私、用務員の募集を受けようかと思っているんです。書類も整えました」


「なにっ!? お前、生徒を辞めて、用務員になりたいのか!?」


「はい。巫女に次ぐ天職だと思っています」


 私は用務員の業務を遂行する自信が満々です。


「…………そうか……。用務員という立場になり、学院に侵入する奴等に備える訳か……。皆のために自身の学業を犠牲にする、その精神、俺は高く評価しよう」


 ふむ。では、その線で。


「はい。その通りです。私はこの身を犠牲にして、奉仕致します。未来あるナーシェルの貴族のご子息のために」 


「レジス先生ぃ。黙ってメリナさんの書類を貰って置いて下さぁい」


 ショーメ先生が甘ったるい声で横から喋ってきました。


「勿論ですよ、ショーメ先生。僕も最初から黙って受け取るつもりでした。いやぁ、いつも気が合いますね」


「ありがとうございますぅ。あとで、私に見せてくださいねぇ」


「ショーメ先生、それ、副学長に直接、渡したいんですけど」


「はいはーい」


 うわぁ、信用ならざる返答ですよ。


 私の書類はレジスに奪われました。ヤツの魔力からすると、有り得ないくらいの速度で、私は折角の推薦書が破られる可能性があったため、手を放しました。



「ショーメ先生、手に入れて参りました。……どうです? お昼御飯を食べながら、二人でそれを読みませんか?」


 必死。レジスの野郎は必死に媚びていやがります。


「いえ、今、読みましょう。メリナさんもいらっしゃい」


「あの様な未熟な生徒は不要だと思いますよ、僕は。いや、未熟だからこそ呼んだのですね。さすが、ショーメ先生です」


 とても中身のないセリフを吐くレジスを無視して、私はショーメ先生に近付きます。



 推薦状


 メリナさんはとても賢くて、偉いです。

 用務員さんに適任だと思いますので、是非、採用にして下さい。

 メリナさんが歩くだけで、その後ろには花が咲き乱れ、手で優しく撫でれば、吠える犬も沈黙します。


 ゴーフォーザベスト!


 世界最高の学校には世界最高の用務員が相応しい。


 では、お昼御飯とお昼寝付きで宜しくお願いします。


 推薦者 メリナ一代公爵



「……無理に使った外国語が痛々しいな」


「血の華が咲き乱れ、哀れな犬は死んだのでしょうね」



 まぁ、冗談がおキツいです。



「誰に書かせたのかと思えば、ご自分でしたね。分かりました。これは副学長にお渡ししておきます」


「ありがとうございますっ!」


 はい。用は終わりました!

 もうこんな辛気くさい場所に居る必要はないので、即行で私は校門を出ました。


 さて、今日は何をしましょうかね。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  メリナさんが歩くだけで、その後ろには花が咲き乱れ、手で優しく撫でれば、吠える犬も沈黙します。 「血の華が咲き乱れ、哀れな犬は死んだのでしょうね」 [一言] 最高に面白い。
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