初訪問
サブリナの家はこじんまりでした。私が今住んでいる、聖女イルゼさんから頂いた館と比べると雲泥の差のです。庭は猫の額程度にしか御座いませんし、家の大きさからは一階はキッチンとダイニングとリビング、二階は寝室の慎ましい間取りと推測されます。
もちろん、森の奥の村にある私の実家よりは綺麗だし大きいのですが、私は只の村人だった訳で、貴族の娘さんが住むには少し質素と言うか貧相と言うかという所です。
お手伝いの方も常駐していないみたいで、サブリナがお茶の用意をしてくれました。無花果を干した物がお茶当てに出されました。
甘くて美味しい。
砂糖の痺れるような純粋な甘みとは違いますが、濃縮された香りや食感が溜まりません。良いものを食させてくれました。いつぞやに食べた、カビが生える程に腐ったシワシワの葡萄みたいな味です。
「これ、美味しいですね。どこの市場で売っているんですか?」
「ありがとうございます。これは私の国の名産でして、メリナが帰国する際には是非、お土産に持っていってください。うちの領民も喜びます」
淹れてもらったお茶を飲みます。カップも磁器では有りますが、真っ白ではなくて安っぽい印象です。アデリーナ様のよく使っている白磁に金縁、それから青っぽいグニャグニャ模様の装飾とは違いますね。
でも、茶は独特の芳香が香ばしい。
「……初めて飲む味です。これも美味しい……」
「これも名産なんですよ! いっぱい有るのでメリナもご自宅でどうぞ」
サブリナは喜び顔でキッチンに向かい、干からびた貧弱な牛蒡みたいな物を持ってきました。
「何ですか、これ?」
「雑草の根っこです! これを炒って煎じるんですよ!」
ほう、珍しい。
茶っ葉を用いないお茶ですか。素晴らしいです。しかも、雑草のですか。兵隊さんが長征に出向いた時も現地で優雅なお茶の時間を取れる訳ですね。これは凄い。
「何の雑草なんですか?」
「……いえ、すみません。そこまでは詳しくなくて……」
うふふ、名産品なのにご存じないとはサブリナさんも抜けていますね。
「メリナは用務員になりたいのですか?」
「えぇ。それが私の命と誇りを守る一手となるのです」
アデリーナの魔手から逃れ、かつ、テストを受けなくて済むのです。
「どうしてなのですか? メリナは既に公爵ですのに、どうして、その、言い方は悪いですが、貴族ではない者が行うような仕事に就くのですか?」
「貴族は身分であって職では御座いませんよ? 実際に、シャールの神殿では貴族も庶民も、果ては王族さえも聖竜様の為に仕えております」
でも、私以外はエキセントリックな人しかいなくて、人外魔境と呼んでも良いかもしれませんけどね。
「……その神殿は私には理想郷の様です。一度、行ってみたい」
「えぇ。是非、私、絶対に案内しますし、ここだけの秘密ですが、部外の人は入れない、巫女さん業務用区域にもこそっと連れていきますから」
「私は貴族も庶民も関係のない世の中を作りたいんです。皆が平等に暮らすのって素敵だと思いませんか?」
「うーん、そうですね。でも、人はそれぞれ得意不得意が異なりますし、楽をしたい人もいますし、平等なんて出来ますかね」
ズズッと雑草の茶を飲みます。苦味が深くて、干し無花果の後味をすっきりとしてくれます。
「サブリナはここに一人暮しなのですか?」
「はい。実家は遠い為に、ここを借りております。公爵であるメリナには少し狭い思いをさせてしまいましたね」
「いえ、とんでもない。でも、若い女性が一人とは危なく有りませんか?」
「ナーシェルは治安が良いと聞いています。でも、ご心配ありがとうございました。私と同じように遠くの国から下宿されている方も多いのです。その為に、ナーシェルは見回り兵をこの辺りに巡らせていますから」
「ふーん。あれ? 絵を描かれるんですか?」
私は部屋の隅にある机の上に布を張った板が何枚も丁寧に重ねられているのを発見しました。きっと、あれは絵画のための物です。
「えぇ。学院の美術クラブに所属していまして。暇潰し程度なのでお恥ずかしいのですが」
サブリナは少し困った顔をしながら「ご覧になります?」と言ってれましたので、私は勿論、見たいと答えます。
さてと、どれだけの技量なのですかね。あんまり詳しくないけど、お城とかでは階段の踊り場とか廊下に大きなものが飾ってありました。私の館に置くのも良いですね。
友人の描いた絵で心を和ませる。大変に優雅です。
私はサブリナさんが出してくれた一枚を手にします。
…………んー、森の風景画なんですが、全体的に暗いし、木々がぐにゃりぐにゃりと不気味に曲がりくねっています。葉や草も紫や赤黒でして、異様な雰囲気です。
これを館の廊下にとなると、盗賊避けには役に立つかなぁ。いやー、でも女中さんとか退職しちゃうかもしれないなぁ。
「……とっても個性的な構図と彩りですね」
「はい! よく言われます」
画風が独特だと、誉め言葉は画一的になるんですね。
他の絵も見せて頂きましたが、澱んだ血の池地獄とか、天地が逆さまになって盾が降り注ぐ謎の光景とかで、例外なく凡人には理解できないテーマと色使いですし、万物の輪郭が不規則な曲線で描かれています。
うん、見ていると病気になりそうです。
話を変えましょう。
「サブリナの国はどの辺りにあるんですか?」
「諸国連邦の端っこにあるシュライドです。メリナのブラナン王国からも離れていますから、余りご存じないかもしれませんね」
うん、初耳です。
「私が生まれる前に、父が何かの武運に恵まれて子爵に任じられました。だから、私は学院に通う程の家格ではないのです。メリナと出会わなければ、そろそろ退学しようかと思っていました」
「変なクラスでしたものね」
「……はい。あの桃組は本来、私みたいな成り上がり貴族の家の者が入るところでして、先日まではサルヴァさんとその取り巻きに圧倒されておりました。それを変えて頂いたメリナには大変に感謝しております」
なるほど。
成り上がりの区分で行くと、庶民出身の私もそこに含められて当然ですね。それに、あの貴族らしくない雰囲気はそういった事情があったのですか。
「あっ、もうこんな時間ですね。お昼も食べていかれますか?」
「サブリナの手料理を楽しみにしております」
「公爵様のお口に合うかどうか」
「何でも食べますよ」
「うふふ。本当に何でもお食べになりそうです」
「はい。蟻さんも酸っぱくて美味しかったです」
「……え? ……ちょっと反応に困りました。そういう冗談はメリナらしいですね」
サブリナさんのお料理はシンプルなパンと卵と腸詰め肉でしたが、それも香ばしくて大変に美味しかったです。
私は満足して、家に帰りました。
メリナの日報
メンディスという王子が暗殺未遂になったのは解放戦線なる悪逆非道な連中の仕業だと思います。
ご安心ください。いずれ私が捕まえて、あらゆる罪を白状させます。事後になるかもしれませんが、多少の拷問の許可をお許しください。
また、学院の安全保障はこの用務員メリナにお任せください。
あと、クラスメイトから綺麗な絵を貰ったのでアデリーナ様に献上します。神秘的な森の絵ですよ。




