返り討ち
ショーメ先生、頼りになります!
さぁ、早く、私をこの憎々しい魔法陣の外に連れ出すのですよ!
魔力感知さえ、妨害を受けているのでしょう。全くショーメ先生の気配は掴めませんが、あの食事用ナイフによる攻撃は絶対に彼女です。
「抵抗するな! 人質を取っている!」
講堂の中にダグラスの声が響きます。
「フェリス・ショーメ! お前がブラナン王国のスパイであることは密告により伝わっているんだぞ! 出て来いっ!」
……ショーメ先生は王国というよりも、王国の中の一都市であるデュランからのスパイです。王国内の各都市はそこを領する貴族がかなり自由な裁量で統治を行っています。都市間の距離が離れているので風習が違うのはもちろん、法律さえ独自に制定することが認められています。
私が訪れた事のある都市は王都以外にはデュランとシャールくらいですが、どちらも王国に忠誠を誓っている感じはしなくて、むしろ、独立した国の様でもあります。
だから、ショーメ先生が王国のスパイと呼ばれるとかなりの違和感を持ちました。
……そう言えば、ショーメ先生はデュランの秘密組織である暗部に所属していましたが、先日、裏切りましたね。恐らくは、その暗部がダグラス達に先生の情報を流したのか。それもデュランを隠した形で。
ダグラスの脅しにショーメ先生は素直に姿を現しました。場所は私の傍である壇上です。
音も振動もなくて、本当に隠密の技術が凄いと思いました。
「スパイだなんて、人聞きが悪いです。もう、ダクラス先生は意地悪ですね」
ショーメ先生はそう言いながら、私の横腹に足を当てて力を入れました。
私、横にゴロゴロと転がりました。なんて、粗雑な救い方なのでしょう。
しかし、感謝します。
私は服を手でパンパンしながら埃を落としながら、立ち上がります。
「メリナ様にも弱点が有るのですね」
「いずれ克服します。でも、ショーメ先生、ありがとうございました」
「ええ、これは貸しです」
「えー、私も何か貸してないですか? ほら、先日、アデリーナ様に寝返った時に命を助けたような。今回は、その借りを返してもらったのかなと感じるんですけど」
「気のせいで御座いますよ。だって、あの時の引き金はメリナ様の滅茶苦茶な行動ですから。あれ? よく考えたら、私、貸ししか御座いませんか?」
「それも仕事だから仕方ないですよね。だから、貸し借りとかじゃなくて必然的な義務ですね」
「横暴で御座います」
そんな軽口を叩いている間にも、敵側は着々と講堂を支配しようと暴力を振るっていました。
ダグラスの方へ向かった勇気のある生徒達は既に大半が伸されたか、制圧されております。
数人だけが武器を奪い、それを手に対峙しているくらいです。
「フェリス・ショーメ! 今まで俺を騙していた罪は重い! 徹底的に痛め付けてやるからな!」
「先生、名指しで言われてますよ」
「ええ。劣情の発露で御座いますね。醜くて人間らしさを感じます。微笑ましいです」
さて、演壇の真下まで剣を握った愚か者共がやって来ました。
「じゃあ、私は左から潰していきます。先生は右からで良いですか? ちょうどダグラスも居ますし、ショーメ先生も殴っておきたいでしょう?」
「承知致しました」
私は駆けます。まずは演壇に迫っていた敵を壇上からの横蹴りで首をへし折ります。残念ながら、これは慈悲無しの蹴りでして、恐らくは死にます。関節の限界を越えて首が回っていますので。そして、そのまま吹き飛ぶ彼は近くにいた者を巻き込んで倒れました。もちろん、生徒さんはその中に居ませんよ。
続いて、壁際で教官達を脅す者共へと取り掛かります。
複数の槍の穂先が私に突かれます。でも、統制された軍の突き方でなくバラバラでして、素人感が丸出しです。
私は槍の間をスルスルと駆け抜けて、順番に顔を殴って戦闘不能へと持っていきます。
鮮血が飛び散ります。
うふふ、楽しい。思わず、笑顔になります。
さぁ、次の獲物へ向かいましょう。
「う、動くなっ! この人質がどうなっても構わないのか!?」
知らない女生徒の首に剣を突き付けて、騒ぐバカがいました。私がそんなもので止まるとでも思っていたのでしょうか。
瞬時に突進。
私の動きにヤツは反応できませんでした。怯える人質の顔に当たらないように、肘を曲げてから腰を捻り、敵の側頭部をコンパクトに横殴りします。
幸いにして剣を落としましたので、それを近くの男子生徒に持たせます。
「その剣を使って、か弱い生徒をお守りなさい」
「は、はい! ありがとうございます」
うむ。この周辺では1番強いのは貴方ですからね。宜しくお願いします。
まぁ、強いと言っても王国基準なら平均より下なのですが。
然程の時間も掛からずに、私はサブリナさんを捕らえている男の所まで来ました。私の強さを目にしたからか、五人もの男がサブリナさんを囲んでいます。
「動くな! この女が死んでも良いのか!」
はいはい。死んだとしたらそこまでの運命ですよね。
近くの二人を蹴り飛ばす。レジス教官がやられたように金的です。
「なっ!? くそ! 脅しじゃないって所を見せてやる!」
サブリナさんの首に剣が進みます。彼女も目を閉じていて死を受け入れているようです。首から一筋の血液が垂れました。なのに、彼女は動じないのです。
その心意気や良し!
私は満足しつつ強襲です。
「死ねぃっ!!」
サブリナさんは既に覚悟されているので、指先を鋭くして、心置き無く彼女の腹ごと貫き、背後にいる敵の腹をも破る。
うふふ、柔らかいし、生温かい。
すぐに腕を引き、サブリナさんに回復魔法です。大丈夫、きっと死んでいません。死んでいたら、申し訳ないですが、生命力の鍛練が足りなかったということでご勘弁ください。
「お、おぐ、ぐぐ……」
サブリナさんを刺したヤツはまだ生きていました。しぶといですね。しかし、即死でない分、苦痛も味わって頂けるのは却って良かったかもしれません。
「き、貴様っ! 人の命を何だと思っている! しかも人質を躊躇なく殺すとは野蛮にも程があるぞ!」
「人質を本当に刺すようなクソに言われたくありません」
奇妙なことを言ってきた残りの敵に対しても胸への蹴りや肘打ちで意識を刈っていきます。
「サブリナさん、ご無事ですか?」
腹から出た血が倒れた際に彼女の水色の髪に付き、とてもカラフルになっています。
見ようによっては、そんなオシャレも有って良いかなと思います。
「……はい。……今のは手品でしょうか……」
サブリナさんは血に塗れたご自身の腹を触りながら言いました。私が突いた服の破れから、お臍が見えていて可愛らしいです。
さて、私の担当部分は終わりました。ショーメ先生は手こずっているのかな。
「サブリナさん、そこの扉から皆さんが逃げないようにお伝えください。外にも敵が数人潜んでいます」
「は、はい」
さて、私は次にサルヴァを吹っ飛ばしたおっさんに狙いを付けました。




