講堂にて
学園生活にも慣れたものでして、今日も朝の会を待つまでの間、私は安楽椅子を揺らしながら、ゆったりとした時間を過ごしていました。
椅子から教室中を眺めもしますし、机が邪魔で見えない範囲は魔力感知で様子を探ぐりもします。
我がクラスは今日も安泰なり。特に異常無しです。
あっ、あの二人はいませんね。
「サブリナさん、サルヴァの元取り巻き連中がいませんね。どうしましたか?」
「彼らは昨日の途中で帰りました。酷い腹痛だそうです」
あぁ、ずっと体を冷やされていましたから、お腹を壊したのですね。はい、どうでも良かったです。
「サルヴァ殿下は本当に変わられました。昨日も一日、机に座って勉強されていましたよ」
「生徒なのですから当然ではないですか?」
「……それをメリナ様が仰るとは思いませんでした」
むむ、何か疑問に思うところが有りましたかね。
「見てください。サルヴァの体格と机が合っていませんよ。とっても窮屈な姿勢です。これまでの悪行が跳ね返ってきたみたいですね」
「メリナ様の机も逆方向ですが、巨大過ぎて別世界みたいだと思うのですが……」
言いますねぇ、サブリナさん。
カチンとは来ませんよ。これは私に懐いてきた証で御座いますよ。好ましいです。
「困りましたね。この私が使うと、全てが麗しき姿に見えますから。サブリナさんも早く私の域に達しましょうね」
安楽椅子をユラユラさせながら答えました。
そうこうしていると、レジス教官が入ってきました。
「今日の朝の会は中止だ。緊急全校集会に変わった。皆、講堂に移動しろ。心配するな、良い話だ」
何故かレジス教官は私にウインクしてきました。私がお城に入るためにいっぱいしたヤツです。何故かムカつきました。
しかしながら、私の秘めた想いは誰も知らずでして、その指示を聞いた皆はぞろぞろと立ち上り、講堂なる所に向かおうとします。
私もサブリナさんに付いていきます。
初めて訪れた講堂なる建物はそれなりに大きい所でした。両サイドに教官達が並んでおりまして、副学長がその片方の先頭、高くなっている演壇に近い場所に見えました。
ちなみに、演壇は、ちょっとした劇が出来るくらいに横幅も全部使っていますし、奥行きも広そうです。
あれ? ショーメ先生はいないですね。
今日はお休みなのかもしれません。
私達のクラスは最後列の端っこに位置します。立ったままですが、この位置なら眠り放題ですし、いつでも外へ脱出できる絶好の場所です。私は早々と最も扉に近い位置を確保しました。
ザワザワとした雰囲気の中、私は黙って前を向いています。もう飽きたなぁとか考えていました。そんな中、物思いに更ける私の肩を誰かが触ったので、ビックリして振り返ります。
知らないおっさんが居ました。
「メリナ様、ちょっとこちらへ。宜しいでしょうか?」
胸板が厚く、教官というより軍人が似合ってそうな人です。丁寧な言葉の裏に、私に有無を言わせぬという自信を感じました。
「何でしょうか?」
私は肩に置かれた手を払いながら言います。
「壇上へご案内致します」
ふむ。
これはあれですよね。都会からの転入生である私の気品を皆に見せ、見習うようにという配慮でしょう。ヤレヤレです。
「宜しい。行きましょう」
私はおっさんを置いて、スタスタと前へと向かいます。全生徒が立っている真ん中を進みます。
壇は私の胸くらいの高さなのですが、手を使わずにジャンプだけで上がりました。余裕ですが、一部の生徒の方々から歓声を貰いました。
生徒の皆さんは私の姿を捉えると、段々と静かになっていきます。私は眺めるだけですが、色とりどりの髪色に感心します。
私の髪色は黒ですが、もしかしたら、それぞれの人間についている精霊さんの影響かもしれませんね。ガランガドーさんも黒いですし。
「皆さん、静粛に。全校集会を始めます。前にお立ちのメリナさんの素晴らしい功績を称えたいと思います。それでは、ダグラス先生、進行をお願いします」
副学長の発声の後に、確か隣のクラス、シードラゴン組の先生が喋ります。
「前に立たれている女性は、ブラナン王国よりお越し頂いているメリナ公爵閣下です」
いや、一代公爵なんで、そんな大した者ではないのですよ。
「ブラナン王国の新しい国王であるアデリーナ・ブラナン女王陛下の右腕として、半年前の王位簒奪を助けました」
うーん、まぁ、簒奪に違いないのですが、余り良い表現では御座いませんよ。アデリーナ様が聞いたら、微笑みながらこめかみをピクピクさせてお怒りになられると思います。
現に、今の簒奪のところで教官も含めて軽い動揺を与えております。
「そんな彼女がナーシェルの貴族学院にやって来たのです。これは脅しと受け取られても致し方のないところ、――」
この辺りから副学長とかレジス教官が慌てて、喋っている教官の下に向かわれました。
私はヌボーと立っています。
脅しとか酷いなと考えていました。私、慎ましかに学生生活を送っているだけなのにと一瞬思いましたが、あぁ、不可抗力で多少無茶をしていましたね。
「――いずれ天誅が下るでしょう。しかし、その前に我々が最期を迎えさせてやるのも――」
「ダグラス先生、内容が違いますよ。彼女が上げた功績で軍から勲章を授与するということではなかったのですか!?」
副学長が高い声で責めているのが聞こえました。ダグラスと呼ばれた先生は、そんな副学長を殴り飛ばしました。眼鏡が吹き飛びます。
女性に暴力とは戴けませんね。
止めに行ったレジス教官も金的を喰らいます。あぁ、痛そうですが、レジス教官の苦悶の表情がちょっと面白かったです。彼も倒れます。
「俺の先生に何をするっ!?」
飛び出したのはサルヴァです。端から見ると、彼のクラス担当の教官であるレジス教官を庇っての発言に思えますが、違います。歳の差を越えて愛する人、副学長を殴られた怒りです。
彼の突進は、私に前に行くように伝えてくれたおっさんが止めました。腕を取ってからの投げ飛ばし。見事です。
サルヴァは逆さまに壁に激突し、そのまま、ずり落ちて動かなくなりました。
遅れて女生徒より悲鳴が上がり、正義感に溢れる男子の何人かは喧嘩を収めようと動き出します。
登校時に見た男性二人もいました。
「死竜を単騎で仕留めた? 第一軍団からの報告は全くの出鱈目。諸国連邦の軛を外させまいとする陰謀である。我ら、解放戦線は断じて認めぬ」
まぁ、勝手なことを。
さてと、そろそろ、私も男を止めに行きますかね。
勲章なる物は要りませんが、こんな目立つ場所に独り立っている上に、誹謗が飛んでくるなんて晒し首みたいですから。
講堂の入り口から、多くの武装した者達が乱暴に入ってきました。うーん、雑魚。剣や槍くらいでは私を止められませんよ。
しかし、私が一歩を踏み出した瞬間に異変が起こるのです。
赤く光る文字が幾つも見える魔法陣。それが私の真下に現れたのです。
急激に体の自由が効かなくなり、両膝を付いて、私は崩れます。ギリギリ腕だけは動いて、顔面を強打することだけは防げました。
竜特化捕縛魔法!
事前に仕掛けていた罠に引っ掛かったのです!
私の体内を巡る魔力はガランガドーさんが供給していると聞いたことが有ります。その為に、竜用の捕縛魔法には弱くて、私の魔力が撹乱されてしまいます。
生徒の皆さんも混乱していて、至る所から悲鳴や怒号が聞こえます。
私は必死に首を上げる。
1番入り口に近いのは我がクラスだったのですが、その為にサブリナさんが武装した者に拘束されていました。人質なのでしょう。
助けなきゃ。
私の想いは、しかし、空回り。身動きは指先くらいしか動かなくて、床をカリカリ掻くのみです。
「傲慢なブラナン王国の公爵に鉄槌を!」
実際に大きな鉄槌を二人掛りで持っている奴等がいまして、それで私をぐしゃりとするつもりなんですね!
ガランガドー! 早く来なさい!
私は館の庭で惰眠を貪っているであろう精霊に指示します。
『おふ。ダメだって、アディ』
寝てやがる!
もう鉄槌がそこまで来ていると言うのに!
万事休すです。
こうなれば、その鉄の塊と、魔力抜きですが、私の固い頭蓋骨のポテンシャルで勝負です!
私が覚悟を決めた矢先、上から食事用ナイフが飛んできて、私を殺そうとした者達が倒れました。




