内乱の足音が近付く
ベセリン爺の手を胸に当ててからのお辞儀はとても礼儀正しくて、憂鬱な朝の私を少しだけ爽やかにしてくれます。
昨日の日報で、メンディスさんの件が私の仕業だと勘付かれないように、ちょっとした工作をしましたが、大丈夫かなと心配だったのです。今日の日報でもダメ押しをしておかないとなりませんね。
決意を新たに私は一歩踏み出しました。
「今日も勉強頑張りますね」
「はい。お嬢様、お帰りをお待ちしております」
私は馬車を下りて、多くの生徒たちとともに校門へと向かいます。
それぞれ仲の良い方々と連れ歩く姿は微笑ましいです。
うふふ、私がちょっと足をバンと踏み込んだら、それだけで皆は失神しそうです。蟻さんを観察するみたいで楽しいですね。
あら、私の隣で並んで進む男の人達は、いつぞや、ショーメ先生が門に立って、学院に入り込もうとする不審人物探しの際にも見た者達ですね。
会話をしていたのを覚えています。この人達が喋るから学生証確認という罠に気付けたのです。通学時間が一緒なんですね。
そういえば、まだ私は学生証を貰っていませんでした。どうなっているのでしょうか。
「おい、オリアス、聞いたか? ナーシェルのメンディス殿下とタフト騎士長が命を狙われたらしい……」
「なっ! それは本当か!?」
「静かにしろ。誰かに聞かれるだろ」
ならば、こんな通学中に言うなとお伝えしたいです。人がいっぱいですよ。
私のノミの様な心臓にも負担が掛かりますし。
無作法な彼らはどちらとも背が高いのに体の線が細く、また、とても整った顔をされています。貴公子ってこんなイメージですね。
でも、残念。私の方が強いので、いつでも命を奪えます。だから、生物的に私の方が偉いのです。
「……お前の国、シュライドの連中が動いたのか?」
「ふぅ……そうだろうな。親父の周りの連中は常日頃からブラナン王国に対する宥和策に不満を呈していた」
「……なんと愚かな……。トッド、お前はどうするんだ?」
「俺の家は軍人だ。国がナーシェルと一戦を構えるなら従うのみだな。オリアス……お前の国とは戦いたくはないがな」
「…………俺の国は弱い。しかし、連邦を維持する気概はある。トッド、戦場では見えたくはない。悪いが退いてくれまいか」
「くはは、お前らしくない弱気だな、オリアス。……俺の鎧は白銀だ。目立つんだからお前が避けろよ。出会ったら手加減はしない」
「……領民には悪いが了解した。戦いたくはない。俺も白銀だ。覚えておくが良い」
「あぁ。……死なないでくれよ。ったく、死竜は一日で抑えたっていうのに難儀なことだな」
「トッド、今日にはナーシェルを発つんだな? 人質にならぬように」
「お前には別れを告げたかったからな。親父には後で叱られるぜ」
ちゃんちゃら可笑しいです。滑稽です。
えー、君たち、その弱さでそんな深刻な話をしているんですか? えー、メリナ、すっごく戸惑っていますよ。
アシュリンさんが戦場を駆け抜けたら、どちらも空中に舞うその他大勢の役ですよ?
私が本気を出したら、塵も残さずにこの世から消える運命なんですよ。魔族のルッカさんとかフロンが相手なら意識を乗っ取られて奴隷生活に入るんですよ。オロ部長なら一呑みで、おやつにもなりませんよ。
逆に気の毒になって、私は思わず口に出してしまいました。
「戦争なんて野蛮で御座いますよ。お二人とも仲が良いのでしたら、立場なんて捨ててしまいなさい。そうすれば、別れて戦う必要はないのですよ。更に気概があるのなら、周りを止めることをお考えになっては?」
お節介でしたね。
二人は私を黙って見詰めてきました。
……気に食わないと喧嘩を売ってくるようなら、腹パン一撃です。口から内臓が溢れる感じで打ちます。
「……クハハ。高貴なる女性よ、その通りだな。オリアス、お前もそう思うだろ?」
「ふむ。一考しよう。貴女の高邁な精神に幸あれ。しかし、盗み聞きとはお行儀が悪い」
「オリアス、やはり俺はナーシェルに留まるぜ。お嬢さん、あんた、名前は?」
「メリナです。家名は長いので秘密です」
「あぁ、メリナ、また会えば宜しくな。俺はトッド・ステークスだ」
はい。
何となく記憶の端っこに置いておきますね。光栄に思いなさい。感涙に咽びなさい。
「俺はオリアス・ミモニアン・ケーナだ。覚えておくが良い。夜会で遭えればダンスに誘わせてもらおう」
「っ!? オリアスが女を誘うだと……」
「いや、礼儀だろ。機会がなかっただけだ。何を驚く?」
むず痒い雰囲気なので、私はお二人を置いて、先に進もうとしました。
「ちょっと待ってくれ。あんた、どこのクラスだ?」
桃組だと言うのは抵抗がありました。彼らは以前、サルヴァをバカと言った後に「あの落伍者集団」と言ったのです。もしかしたら、彼の横暴を止められなかった桃組全体を指している可能性があり、それに私が含まれると思われることは好ましい事では御座いません。
「レディーに問う前に自らを明らかにすべきだと私は思います」
素晴らしい返しです。答えないだけでなく、相手の非を突く一手。アデリーナ様みたいに鋭いセリフです。
「あぁ、悪かったな。俺達は2年A組だ」
…………私は桃組なのに、彼らは真っ当な感じです。確か、お隣はシードラゴン組でしたから、なんと統一感のないクラス名なのでしょうか。
「おはようございます、メリナ様」
聞き覚えのある声に振り向くと、水色の髪の毛が鮮やかなサブリナさんでした。
「今日はお通じが素直だったんですね?」
「……いえ、毎日、普通で御座いますが……」
もう殿方の前だからって、恥ずかしがっちゃって。初ですね、サブリナさん。
私達は連れ立って教室へと向かいました。




