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和解

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 ベセリン爺は今日も私を学院までご同行して下さいました。


「はい。行って参ります」


 私は天使のように軽やかなステップで馬車を降ります。

 これが日常です。校舎の半分くらいが崩壊していますが、きっと日常です。ガランガドーさんが潰したのだから、私には関係御座いません。

 ……屋根だけだと思ったんですが、結構な被害が出ていたんですね。



 さて、桃組の教室の前まで来ました。ほぼ忘れていましたが、桃組が私達のクラス名です。すっごくカッコ悪いです。私が教師になったのなら、即座に清純乙女組に改名したいです。



 ガラリと扉を開けると、やはり悪臭が広がっていました。しかし、その臭いは脱臭魔法で解決です。


 氷の檻は健在でして、その中には愚かな男がペアで入っていました。もう2日目ですかね。



「おぉ、巫女よ! 彼らの罪はまだ解けぬのか!?」


 サルヴァの大きな声が、真っ直ぐに机へ歩む私に投げ掛けられました。挨拶も無しとは、乱暴で御座いますね。


「おはようございます。ところで、メンディスさんはその二人のことは知らないって言ってました。でも、サブリナさんの命に係わることですので、誰の命令であんな悪行を重ねたのか吐かない限りは贖罪にはならないでしょう」


「あ、兄者に会ったのか……」


 私は自分の席に座ります。背棚が高いので、もう書斎みたいな感じになりますね。半個室です。今日こそはお昼に焼肉を食べたいと思っておりまして、スライスしてもらった肉を詰めた容器を引き棚に収納します。



 サルヴァとの席替えの結果、お隣はサブリナさんです。読んでいた本を閉じて、私の方を向かれました。


「メリナさん、私からもお願い致します。実は、竜が襲ってくると聞いた一昨日、私達は哀れな彼らを檻に入れたまま見捨てる判断をしたのです。心からの謝罪をその時に貰っています。結局、サルヴァ殿下以外は皆が一致して見捨てたので御座いますが……。私としては、その行為に対する心苦しさもあり、もう赦しを与えて頂きたく存じます」


 死竜が来るので町の外へ避難しないといけなかったのでしょう。しかし、ジョアンとカークスでしたっけ、彼らは檻に捕らえられたまま。死の恐怖に震える一日を過ごしたのでしょうかね。

 ほぼクラスメイトが一致しての放置決定。彼らが悪行三昧だった報いです。残酷ですね。身に染みてその愚かさを理解されていたら良いのですが。



 さて、彼らの処遇ですが、宜しい。サブリナさんが良いとするなら、彼らを解放しましょう。


 私は檻に近付く。中の二人は足を抱えてガタガタ震えています。これは気高い私への畏れからなのか冷気で体温が下がっているだけなのか分からないですね。


 何にしろ、顔が真っ白でして死にそうです。



 木の床を足で踏み割り、氷の柵を一本外しました。いやー、さすが、私の魔法で出した氷です。とても冷たいです。そのまま窓から槍投げの要領で捨てました。



「巫女よ、感謝する! ジョアン、カークス! 無事だったか!? さぁ、巫女に謝罪せよ! 二度と逆らわぬと誓うんだ!」


 サルヴァは友達想いですね。向こうは悪友とさえ思っていなかったのに。私はジロッとゴミどもを見ます。



「ひ、ひー!」


「も、もうしません。皆にも謝りますから……」


 ふむ、見た目とは違って、声は元気そうですね。私はもともと少ない興味を更になくします。


「舐めた口を聞いたら、二度目はない。次は殺す」


 私は彼らにしか聞こえないように囁きました。口を必死に動かしながらも声は出ず、コクッコクッと頷くのみでした。

 従順な彼らに私は笑顔を見せます。



 さて、被害者のサブリナさんを見ましたが、彼女は立ち上り、こちらに寄って来ていました。


「白湯です。サルヴァ殿下が与えていましたが、私からも差し上げます。まずは体を温めて下さい」


 サブリナさんが魔導式水筒からお湯を彼らに分け与えました。

 彼らも最低限の恥と礼儀は持ち合わせていたようで、非常に恐縮しておりました。いや、涙さえ流しています。

 しかし、彼らがどうなろうと私には関係のないことです。



 私が席に戻ったところで、レジス教官が入ってきます。



「ジョアン、カークス……。無事で良かった……。教室に放置してすまなかった。俺は教師失格だな」


 教師失格なのですから、新たな教師が必要です。私、かなりその言葉に反応しましたよ。


「先生! うぅ。俺はレジス先生が最後まで皆を説得してくれたのを覚えています」


「俺もです! サルヴァ殿下が『俺に任せろ。レジスも逃げよ』と仰るまで俺達に付き合ってくれたことを忘れません! 今まですみませんでした!」


「お前ら……。よし、心を入れ替えて勉学に励むんだぞ」


「はい!」


 ふん、喉元過ぎれば何とやらですよ。

 だから、朝っぱらから感動シーンにしているのは大変に不愉快です。


 期待外れで不貞腐れた私は深々と椅子に座ります。安楽椅子がギコギコと揺れました。



「おい、メリナっ! 居るのか!?」


 いきなり私の名前をレジス教官に呼ばれました。


「はーい。健在ですよ」


 半身だけ机からはみ出て、レジス教官に顔を見せました。


「確認したい。お前、2日前に王宮に行ったのか?」


 ……正直に答えた方が良いものか、私は迷いました。


「兄者に――」


 なのに、サルヴァが答えそうになったのを私は鋭い目付きで制する。

 まだです! レジスが質問した意図を聞いてから答えるべきなのです!



「すまん。唐突な質問で悪かったな。少しだけ、お前の予感がしたんだ。まぁ、有り得ないな」


 レジスはそのまま続けます。私への何らかの疑いは晴れたようです。良かったです。



「メンディス殿下とお付きの騎士長が意識混濁の状態で発見されたとナーシェルの王宮から発表があった。恐らくは魔力撹乱型の毒が使用されたらしい。回復の兆しはあるものの、今も重体だ。皆も若いとはいえ、貴族の家に列なる者なのだから、情勢を知るために伝えておく。あと、犯人に繋がる情報があったら、何でも良いから衛兵に伝えるようにな」


 驚いた顔で私を見るサルヴァ。私は顔が半分だけ机に隠れた状態ですが、ニッコリします。黙れって、意味です。

 ガタガタブルブルし始めて、傍にいた元取り巻きの二人も共鳴するかの如く、体が小刻みに揺れます。



「どうした、サルヴァ? よし、出席を取るぞ」



 朝の会は退屈で、私はお外の景色を見ています。とても快晴。


 思い立った私は肉の詰まった容器を持って、窓から飛び降りました。山で食べれば、もっと美味しいだろうと思ったのです。




メリナの日報


 メンディス殿下という方が意識混濁の姿で発見されたそうです。怖いです。

 犯人を見つけたら絶対に捕まえてやる所存です。

 でも、このままでは迷宮入りしてしまうかもしれません。恐怖に負けそうなので、早くシャールに戻りたいです。

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