ショーメ先生、釘を刺す
ショーメ先生の手が路地裏からチョイチョイと私を呼びます。手しか見えませんが、それがショーメ先生本人のものであることは魔力的にはっきりしています。なので、私は素直に向かいました。
「もう、ビックリしましたよ。いきなり、あんな危ないものが飛んでくるんですから」
路地裏を少し行った所にどん詰まりの空き地が有りまして、そこでショーメ先生との会話が始まります。なお、今日の彼女も黒い乳当てがうっすらと透けています。これがレジス教官を狂わせているのですね。罪な女ですよ。
「ビックリしたのはこちらで御座います、メリナ様。昨日、私は自重をお願いしましたよね?」
うん? 昨日ですか……?
「そのお顔は全く覚えておられませんね。あんなに素直に返事されたので、私は完全に騙されておりました。ミスです」
「そうですか……。そう言うのであれば、ショーメ先生の失態ですね、絶対」
事情が呑めていませんが、私には一切責任がないことを先に宣言しました。
ショーメ先生と私は、お互いににっこり笑顔をしました。
「良い性格をしておられますね?」
「アデリーナ様からもよく言われます。しかし、ショーメ先生もご自分のミスを挽回するのは大変ですね」
「えぇ。まさか次期王と名高い王子を暗殺しようとは思いも寄りませんでした。彼は保守穏健派で、このタイミングで倒れるのはデュランとしては手痛いのですが」
メンディスさんか。でも、死なないですよ。
しかし、そんな思いを正直にお伝えしません。だって、私がやったと自白するようなものだから。知らんぷりです。
「怖いですね。暗殺ですか……。なんて野蛮な国なのでしょう」
「慌ててメリナ様を追いました。レジスさんが授業を終えて『メンディス殿下の命を受けた生徒がいたんですが、本当でしょうかね』と私に話し掛けて来てくれて良かったです。こんな風に捕まえることさえ出来なかったかもしれません」
「はい。でも、微笑ましいです。レジス教官とショーメ先生のお二人は明日にもご結婚しませんかね?」
レジス教官の夢が叶うかもですね。良かったです。
「そう思える精神構造はおかしいですよね?」
「あっ、私、メリナは獣人なんですよ。体が人間で脳みそが竜って、教えてもらった事があります」
だから、私は人間と言う矮小な存在に留まらない存在なのです。
「……なるほど。とても合点が行きました」
そこで、また二人してにっこりです。
「メリナ様は少しおいたが過ぎますね」
ショーメ先生は手を曲げて胸の前に置きます。すると、シャキーンと各指の間に太い釘みたいなものが現れました。
「私とやり合うのですか?」
「まさか。…………私の一方的なお仕置きですよ。ご覚悟――」
ショーメ先生の言葉の途中で私は地を蹴って、周りの建物よりも高い地点に到達していました。
地面に魔力の動きを察知したからです。恐らくは竜特化捕縛魔法。デュランの聖女決定戦であの術に捕らえられた事がありますので、当然にデュラン出身のショーメ先生はそれをご存じだと思っていました。
ほら、魔法陣が出て、憎たらしく回転しています。無詠唱であれを出した実力は中々だと誉めてやりましょう。
しかし、甘い!
そんなもので私を倒せると思ったら大間違いです。
私は誰かの家の屋根に着地する。それから、氷の槍をショーメ先生に発射します。
ショーメ先生は一瞬で消えて、私の氷の槍は地に刺さります。その衝撃で魔法陣が掻き消されました。
私はすぐにショーメ先生の気配を追う。
真上。
下から移動したには余りに速過ぎるので、転移魔法を使ったと推測。
私は迎撃の体勢に入ります。
ショーメ先生の先制攻撃である数本の釘を横に避け、重力に逆らって落下してこない彼女へ向けて私は跳びます。
すぐに拳の射程に入り、振りかぶる。
その瞬間にショーメ先生はニヤリとしました。
何かの罠でしょうが、私は構わず、彼女のお腹に拳を叩き付けます。
が、感触無し!!
幻影か!?
気付いた時には背中に激痛が走ります。
空中に魔力で足場を作り、中腰になりつつ、そこから状況を確認します。
ショーメは元にいた場所、魔法陣を出していた所に立っていました。
私は背中の釘を抜き取り、痛みに顔を歪ませます。とても痛いです。この痛みをショーメ如きが与えたなど屈辱です。
私が戦闘で血を流すのは久々で、アシュリンさんの夫であるパウスとの一戦以来ではないでしょうか。
急に頭がクラっと来ました。意識が飛びそうになったのは毒が塗られていたからでしょう。すぐに回復魔法を唱えます。
許しません。一発は絶対に入れてやる!
私は足場から飛び降り、ショーメのいる地上へと加速しながら落下します。
しかし、ここで私は突然に閃くのです。
あいつは幻影の魔法を使いました。となると、あの竜特化捕縛魔法でさえ幻だったかもしれません。
私の氷が打ち勝ったのが証拠。聖女決定戦の時はあっさりと融けましたもの。
そんな分析で私が出した答えは、見えているショーメも幻影の囮。あれを攻撃した私の隙を付くために、どこかに本物が潜んでいると判断しました。
魔力を感じないのが不思議ですが、囮が本物の様な魔力を帯びているのです。反対に隠蔽することも簡単なのでしょう。
私は咆哮する。本気ではないです。だから、周囲の家々の窓が割れたりはしません。激しく揺れるだけです。
咆哮とともに魔力が四方八方に飛び散り、私の魔力で空間が埋め尽くされていきます。
そして、それの濃度が薄いところにショーメはいるはず。そんな作戦です。
落下中のこんな短時間で素晴らしいアイデアを出してしまう私は、やはり天才です。
進行方向にまたもや魔力のブロックを作り、頭から落ちる私はそこに手を付いて距離と方向を調整する。
目標地点は地上ではなく、私が最初にいたのとは別の屋根の上でした。
両手に力を込めて、一気に飛びます。足を畳んでクルクルと回転しながら一直線。迎撃されたのでしょう。体に釘が刺さりましたが無視です。
毒などいつでも解毒してやります。
今は倒すとこを優先します。
回転はそのままに足を伸ばし、目では何も見えない場所に上から振り落とします。
当たり。
ショーメの姿が現れ、両腕をクロスして私の足を受け止めていました。しかし、余裕は無いですよね。凄い音がしたから、左右ともに粉砕骨折したと思いますよ。
「さすが――」
痛みを我慢する素振りもなく涼しい顔のショーメが一瞬見えましたが、私は勢いが良くて、飛び越してしまいます。着地の際はズリズリと屋根を削りまして、住んでいる人、ごめんなさい。
ショーメも振り向いていましたが、私の本気の速度には反応できなかった模様で、彼女が気付いた頃には私はもう逆方向にいて、腰から腹へ両手を回していました。
「死ねっ!」
私はそのまま背中を反りショーメを浮かせて、更にヤツを固定した状態で、屋根から下へ頭から一緒に落下します。
「えぇ、さようなら、メリナ様」
足が離れた時にショーメはそんな事を言いました。まだ裏を掻いてくるのかと、私は少し緊張しましたが、反抗する気配はありません。
「楽しい最期でした」
その言葉には死を覚悟した響きが有りました。そして、私は気付いたのです。
垂直落下の結果、轟音とともに土煙が立ちます。
それが収まると、ショーメの死体が地面に転がっていました。
地面を殴って作った大きな穴にそれを隠します。もちろん、上から土を掛けて完璧です。もうバレません。
「ショーメ先生、安らかに。あの世では下着が透けない服を来てくださいね」
私は両手を重ねて、しばらくお祈りします。
ようやく何者かの気配は去りました。
「ショーメ先生、もう大丈夫だと思いますよ」
私の呼び掛けに彼女は姿を現します。
「助かりました。任務失敗の責任を負わされていまして。メリナ様を御するなんて、アデリーナ・ブラナン女王以外には無理でしょうに。ほんと、捨て駒にされた気分でした」
ショーメ先生はそう言います。続けて、暗部には厳しい掟があって、任務に失敗したものは死を与えられるのだと教えてもらいました。私の魔物駆除殲滅部もルールを破るとアシュリンさんによる鉄拳制裁なので似たようなものですね。
「私が察しなければ、今頃、ショーメ先生は脳天を割って本当に死んでいましたよ」
「そうですね。メリナ様が『死ねっ!』って叫ぶから覚悟しましたよ。あっ、今日が私の命日だったんだって」
「暗部を辞めて良かったんですか? 仕事に誇りを持っているとか?」
「大丈夫です。明日、挽回します」
……明日。テストの日です。
私をグチャグチャに貶めて、それを手柄にするつもりですかっ!?
「竜がナーシェルを襲ってきます。私はそれを利用して、諸国連邦が王国にこれまで通り服従する道を選ぶように仕向けます」
あっ、もう、それはどうでも良いです。
「痛い、痛い! お腹が痛い! あー、明日は学校はお休みしますね」
仮病です。前日からアピールしておけば、本物っぽいですよね。
「メリナ様。明日は休校です。テストも当分は無しです。それどころでは御座いません」
!?
マジかっ!!
いやー、肩の荷が下りました。
メリナの日報
今日は色々と有りました。
濃厚な一日でしたが、パンツを履いているというサブリナさんの表明が一番印象に残っています。アデリーナ様みたいな赤いスケスケなのでしょうか。




