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本気の一端

「メンディス殿下、ご用は何でしょうか?」


 入ってきたのは一人だけ。腰に帯剣した男の人です。スラリとした細身なのに筋肉はそれなりに付いていて、武に携わる人なんだろうなと思いました。


「あぁ、タフト、よく来てくれた。こちらのお嬢さんはブラナン王国のスパイだそうだ。斬って貰えるかな」


 その剣士は私を一瞥してから返します。


「ご冗談を。必要なら、ご自分で始末なさって下さい」


 いやいや、冗談はこちらのセリフですよ。私に勝つつもりなのですか? そんな魔力で。


 アシュリン並の魔力を持つと思った人は、このタフトという人物では御座いませんでした。腰に差した剣から滲み出る魔力でした。


 生きているみたいな印象が有ります。

 魔剣でしょうかね。ある種の魔剣は意思を持つとか、昔話で読んだ事があります。


「そうもいかん。先日襲ってきた特大の火柱魔法の術者だ。魔法戦になっては敵わん」


「あの魔法の術士ですか……。それにしても、この様に無垢で美しい娘を斬るのは抵抗が御座います」


 えっ! そうですか!?

 えー! お前、ちょっと良いヤツですね!

 今の発言を聖竜様の前で言ったら、私、金貨100枚を差し上げますよ。



「メリナと申したか。俺は知っているぞ」


 メンディスは喜びに浸る私に対して無粋に語り掛けて来ました。私は気持ちを切り替えて、退学の件を許諾してくれるのだと期待します。


「アデリーナ・ブラナン王の懐刀。デュランを引き入れ王都を制圧し、先王を殺した女。そんな報告を受けている。次は、このナーシェル、更には諸国連邦を力で捩じ伏せようとしているのだろうか」


 全くの期待外れでした。

 即座に私は反論致しました。


「全く違いますよ。誤解です。先王を殺したと言っても、最期は自殺ですよ。ほら、慈悲で自ら命を絶たせてあげたのです。あっ、こんなのはどうでしょうか。退学と引き換えに、この地の安泰を保障しましょう。魔物とかが来たら、私が退治しますから。とっても良いアイデアだと思いますよ」


 これは取引です。本当はそんな野蛮な事はしたくないのです。しかし、涙を飲んでの提案なのです。



 突然、魔力が解放されたことを感じました。私は座った体勢のまま、向かってくる剣の腹を殴り、軌道を変える。長椅子の背凭れに深々と剣は進み、そのまま切断しました。


 それと同時に私は立ち上り、メンディスの後ろへと回る。


 タフトなる剣士の一撃でした。



「メンディス殿下もお人が悪い。最初から剛なる者とお伝えして頂ければ、私も躊躇致しませんでしたのに」


「こちらも本物なのか疑っていたのだ。今ので分かった。メリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロ本人であるな。……己一人の武力でもって安全保障だと? それを思い上がりと言うのだよ」


「えぇ、誇り高き我らに何たる侮辱でしょうか。それとも、そこまで圧倒的な強さなのでしょうか」


 抜き身の剣先を私に向けてきました。


「パウス・パウサニアスさんをご存じですか?」


 アシュリンさんの旦那さんです。一度だけ戦った事があります。本人の名乗りによれば、王都最強の男。確かに素早い動きと鋭く重い剣は並の相手では立ち向かえないものだったでしょう。

 私でさえも無傷では勝てませんでした。腕一本と心臓を囮にしたんですよね。


「彼に勝ったそうですね? お手合わせを願いたく存じます」


 受けたとて、何のメリットが私にはあるのでしょうか。しかし、無ければ作れば良いのです。


「私が勝ったなら、退学の件、宜しく頼みますよ」


「クラス全員は飲めんな。他人の人生を何だと思っている。だが、分かった。お前だけなら、何とかしよう」


 ヨッシャー!

 ならば、必勝しか有りません。


 私は足を前後に広げて構えます。右手は握って前に出し、左手は引いて胸に軽く付けるくらい。慣れ親しんだ私の構え。お母さんに教わったものです。

 メイドさんの服なので足が開きやすくて戦闘には良いのですが、太股が見えるのは少し恥ずかしいです。



 メンディスは部屋の角に移動しておりまして、私とタフトの間は何も御座いません。



 ピタっと止まった彼の剣先はそれを延長すると、私の首に向かっています。オーソドックスな構えですね。


 次いで、刺突。一気に伸びて来ました。

 滑らかな踏み込みと腕の突き出しは十分に誉められるものでしょう。


 私の右腕を掻い潜り、眉間を斜め下から刺そうとしたその剣を、私は左の二本の指で挟み込んで受け止めます。

 何だか、達人みたいで私、もしかしてカッコ良いんじゃないかな。


「タフトよ、その程度ですか? まだまだ修行が足りませんね」


 吐くセリフもそれっぽい感じにしてみました。



 剣を引く力が伝わってきたため、指を離します。

 それから、私は魔法で火球を3つ出しました。もちろん、目の前の剣士にぶつける為です。


 彼は容易く、私の火球を剣で切り裂き、消しました。魔力の流れが分かる私は把握しています。剣が魔力を吸い、無効化したのです。

 中々に良い逸品を持たれているみたいですね。初めてそんな武器を見ました。



「メリナさん、お互いにまだ小手調べですね」


「ええ。本気で行きましょうか?」


「もちろん。そうでなくては屈辱で眠れなくなりそうです」


 うーん、素直な良い人っぽいです。殴って半殺しにするのは忍びないですね。

 とは言え、本気を出さないのも失礼です。



「では、少しばかり、手合わせをお願いしますね」


 私は体内に蓄積して濃縮していた魔力を解放し、体中にたぎらせる。しかし、勢いが良過ぎて、肌の表面から外へと漏れ出てしまいます。一部は雷みたいにギザギザになりながら、私の肌から飛んで戻ってきたりもしています。まぁ、漆黒の色合いなので、雷そのものではないのですが。


 私に戻ってこない魔力も有りまして、それらは部屋に充満していきます。そこから更に屋外へと飛んでいくと、後で回収できなくて勿体ないので部屋の周囲に魔力の壁を構築しました。これで、もう魔力が外へと流出することは有りません。



「あ、あぐっ、あっ、あ、あっう…………」


 先程まで涼しい顔で語っておられたメンディスさんは胸を押さえながら、片膝をついていました。濃厚な魔力に当たり、気分を悪くされているのかもしれません。



「貴様! 殿下に何をしているのですか!」


 タフトは流石に剣士です。この程度では倒れませんね。手元にある魔剣が私の魔力を吸って、彼への影響が緩和されているのかもしれません。



「まだ本気じゃないですからね」


 私の言葉にタフトはたじろいだ様にも見えました。まだまだ体の奥に魔力が見えます。最近の私は底知らずです。


「ガァァァォーーー!!」


 私は胸を張って咆哮します。

 魔力が突風のように迸り、部屋中を暴れまわります。常時は実体を持たない魔力ですが、濃密になるとこの様に物質のようにも振る舞うのです。

 

 物が倒れる中、メンディスさんも崩れるのが見えました。床でお寝んねです。



「……ハァ、ハァ。何て気迫なんですか……」


 整った顔に汗が滲んではいますが、タフトはまだ立っていました。

 では、殴り合いですね。



 私は飛び出す。床を蹴る足が絨毯の上から敷き石を砕きます。

 反応もできずに無防備なタフトの横腹を殴り、そのまま破って腸を引き出します。念のために、それを握り切りもしました。

 

 倒れ行く彼と目が合い、戦いが終わったことを伝えるために、私は微笑みました。


 不完全燃焼です。最近は全力を尽くさせてくれる者がいなくて不満な時もあります。私だってストレスフルな日々を送っていると、思っきり暴れたくなるんですよ。



 魔力を回収してから、私は倒れる二人に回復魔法を唱えました。あと、腸から出てきた汚物が酷くて、脱臭魔法と火炎魔法できれいにお掃除しました。


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