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掃除に来ました

 数回の深呼吸で何とか平静を取り戻しました。もう二度と会わない方々ですからね。だから、大丈夫です。少々建物に傷が付きましたが、部屋も広くなったから感謝されるでしょう。



 さて、魔力感知で王宮内の人の配置を調べます。



 多数の者が集まっている箇所が有りますが、恐らくは会議的なものでしょう。こういった(まつりごと)をする場所ではよく開催されています。


 問題はそこにメンディスなる者がいるかどうかですね。全く分かりません。情報不足です。

 それに、いきなり会議しているところに突っ込んで行っても相手にしてくれないかもしれない。そこにメンディスがいなければ、完全に闖入者になってしまいます。

 となると、出来れば一人でいるヤツを探して、メンディスの場所を口を割らせるのが上策でしょう。



 ここで、私は幸運の持ち主であることを知ります。

 なんと、この部屋はメイドさんの着替え室か控え室だったようで、クローゼットの中にメイド服を見付けたのです。


 これを着てしまえば、私はもう怪しい者では御座いません。すぐに着替えました。頭に付ける謎の白いレースも装着済みです。

 これ、何のために付けるのか分からないですね。パンツを被っているみたいです。何となく、お恥ずかしいです。


 ハッ! これは、もしかして昔はパンツを頭に被っていた名残なのかもしれませんよ。髪の毛が作業の邪魔にならないように手頃なおパンツを頭に被っていたのが、いつの時代にか「それはおかしいだろ」と気付いて、この形に……。


 そう考えるとドキドキしますね。一回外して汚れがないかなとか確認しちゃいました。うん、純白ですよ。染みとかないです。



 私は巫女服よりも丈の短いスカートなのも気になりますが、フリフリが可愛いです。ちょっと新鮮な気持ちになりました。


 廊下を歩きながら、一人で部屋に居そうな者の所へ向かっています。

 まずはこいつにしましょう。


「こんにちはー」


 私と同じメイド服を着た人が進行方向からやって来たのです。私の友好的挨拶に反応しました。


「こんにちは。あら、新人さん?」


「はい」


「こんな所でどうしたの?」


「メンディス殿下の部屋を掃除するように言われたのですが、どこか分からなくて。私、泣きそうです」


 実際に頬には涙が流れた跡が有りますし、さっき、鏡で見たら目が赤くなっていました。今回の私の演技はリアル感が凄いと思います。


「まぁ。また、新人いじめかしら。本当にやーねぇ。三階の一番奥の右手よ。そこの階段を上がって、左に曲がると良いわ。甲冑と水仙の花瓶があるから、その間の部屋になるからね」


「ありがとうございます」


 私は深くお辞儀して、教わった部屋と向かいました。


 何でしょう。この仕事着を身に付けていると、うふふ、私、何だか仕事しているっぽいです。メイドさんになっても良かったかもしれませんね。


 すんなりと甲冑と黄色い水仙の花が活けてある花瓶が傍にある扉の前へとやって来れました。中には一人しかいない事も確認済みです。

 複雑な彫りが入った木製扉ですが、ちょっと木目が粗いですね。アデリーナ様の部屋の物ほどでは無さそうでした。



 私はコンコンコンとノックをします。ゆっくり、三回しました。


「何だ?」


 男性の声です。落ち着いた感じの声調ですね。


「掃除に来ました」


「あ? こんな時間にか? いつもとは違うのだな。まぁ、良い。待っておれ。今、扉を開ける」


「失礼しまーす」



 私は室内に入ります。きちんと整理されていて、お掃除の必要はなさそうですね。


「では、席を外す。初めて見る顔だが、手際良く頼むぞ」


 サルヴァの兄ということで、ちょい若おっさんであるレジス教官くらいの男を想像していたのですが、それよりは若いです。サルヴァと同じくらいかもしれません。

 彼は開けた扉から私と入れ違いで出ていこうとしました。


 私は彼の進路に体を入れて塞ぎます。


「……何だ? 退いてくれ。俺がいない方が仕事がやりやすいだろ」


「いえ。実はサルヴァの事で話があります」


「……ほう? 愚かな弟といえど王家の者を呼び捨てとは豪気なことだ。良い。話を聞いてやろう」


 許可を頂きましたので、中に進み、広い部屋の角にある応接用の長椅子に座ります。



「で、何だ?」


「サルヴァの取り巻きにジョアンとカークスという者がいます。彼らが白状したところによると、メンディスさんの命令の下でサルヴァをからかっていたとのことです。間違いありませんか?」


「そうだと言ったら、どうなるんだろうな」


「どうもならないです。そこは、どうでも良いです。問題は、彼らが私のクラスメイトを死刑にすると凄んでいまして、メンディスさんが止められるのなら止めてほしいと願っています」


 私の言葉に目の前の男は顎に手をやり黙ったままでした。それから、ゆっくりと私に返答します。


「確かに俺はメンディス・ナーシェルだ。で、お前は何者だ?」


 こちらの要望には答えず、質問で返してきました。


「シャールの竜の巫女メリナです」


「シャール? どこだ? まさかブラナンの手の者か?」


「滅相も御座いません。確かに私は王国出身ですが、手の者ではないですよ」


 アデリーナ様の手先になるなんて、心労で自殺するのを覚悟するのと同義ですよ。



「ふん、態々、そのクラスメイトとやらの命を保証して欲しいが為に、この王宮に忍び込む大罪を犯したのか?」


「入って良いって言われましたよ。合法です」


 正確には鉄扉の門番さんは、ですね。水堀の方は、うん、居なかったことにしましょう。



「数日前に学院から王宮に向かって火柱が襲った。ブラナン王国の者の魔法だと聞いた。今はその対策会議が行われているらしい。それは、お前の仕業か?」


 ショーメ先生から宮廷が騒ぎになっていると聞かされていましたね。


「そうです。でも、王宮は狙ってませんから大丈夫ですよね」


「信じよう。分かった。そのクラスメイトというヤツの命は助けよう」


 ここで男は立ち上がります。それから、扉へと向い、茶菓子と砂糖抜きの茶を持ってこいと誰かに命じました。


 砂糖。魅惑の言葉です。

 最近、その存在を知りましたが、とっても甘くて脳みそが痺れそうになります。悪魔の白い粉です。あれを水に溶かしたものであれば、それだけで3日は暮らせます。

 王国では作れないらしいため、かなり貴重で高価なものでして、シャールでも市場に流通する事は珍しいのです。


 あっ、聖竜様から何か甘いものを頼まれていましたね。うん、砂糖を100袋くらいを買って返りましょう。



 しかし、砂糖抜きとはケチ臭い。

 そんな疑問は魔力感知で消されました。


 何人かがこちらに向かって来ています。その中には、この国の人にしては強い魔力を持つ人も含まれていました。本気になっていないアシュリンさんクラスです。相当ですよ。


 恐らく砂糖抜きという余計な命令は符牒。手練れを呼んでこいって意味だったんでしょう。


 そこまで分かっていて、なお、私は態度を変えません。まだお願い事があるから


「あと、ジョアンとカークスはクラスの皆を退学にしろと言うでしょう」


「それがどうした?」


「それは認めて下さい。私を含めて退学にしてくださいね」


「ん? よく分からんな……。何を隠している?」


 メンディスが呼んだ手練れが近付いています。さっさっと用件を伝えないといけません。


「何も隠していないです。メンディスさんが企んで、私を退学にした事実が欲しいだけです」


「……なるほど。何故にそれを本人である俺に伝えたかは分からんが、ブラナン王国との確執を作ろうと言う訳か」


 あぁ、こいつも深読みし過ぎて変なことを言う人種でしたか。ここは正直に本音を単刀直入に説明するしか御座いません。


「いえ、違います。私は我が国のアデリーナ・ブラナンが恐ろしいのです。学院に通い、皆と交流しろと言うのです。私、そんなの嫌です! 私は一日好き勝手に生きたいんです。だから、退学を下さい!」


「自主退学しろよ」


 バカヤロー! 殺すぞ!!


「それじゃ、私が責められるじゃないですか! 私はお前を言い訳に使いたいって言ってるんです!」


 あ、本音の本音が出た。


「ふむ。それにより、俺はブラナン王国から非難される訳だな。そこまで聞いたら、受けない方が良かろう」


 このクソが!

 怒り最高潮でして、メンディスが呼んだ奴等が入ってくるのに気付きませんでした。

 

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