小悪魔
私は王宮と呼ばれる所の敷地内に入りました。シャール伯爵のお城と同じで、1番大きい建物が正面にあって、あれが母屋みたいな物なのでしょう。その他、倉庫や兵隊さんの詰め所、訓練所みたいな所もありました。
私、堂々と道の真ん中を歩いています。男女問わず、色んな方と顔を合わせましたが、会釈していれば何とかなりますね。
しかし、やはり門番は水堀の前だけでは無かったのです。
私が入りたいなと思っていた1番大きな建物ですが、その真ん前にある鋲打ちの鉄門の傍に槍を持った衛兵が四人もいます。
しかも、ジロジロと私を見ているんですよね。全くレディーに見惚れるとは仕事怠慢に過ぎます。気持ちは分かりますが、私の領地なら解雇を宣告しますよ。
なお、ここまで進んで来ましたが、内心は不思議でした。
曲がりなりにも王宮と言うのですから、魔力感知を扱える者も何人かはいるでしょう。不審者を探すためです。しかし、今のところは誰も私を怪しんでいない。ここから推測するに、ここでは個人の魔力の質を記録管理していない。
シャールなんかだと、お城に魔力感知を扱える優秀な術士を何人も置いて、昼も夜も魔力の動きを監視しています。お城によく来る人の魔力の質なんかもリスト化していたりするそうです。
また、街中では魔法の使用が禁止されています。調理のために火を起こす程度の些細な魔法であっても重罪です。また、回復魔法で傷を癒すことさえも事前の許可がなければ、同じく重罪です。
今の私は竜の巫女という特権職に就いていますので、もちろん、使用許可は出ているのですが、過去には牢屋に入れられたことも有りました。
こんな感じでシャールは魔法管理にかなりの力を注いでいました。アシュリンさんに何故かを訊いたら、「貴様みたいなバカは監視なんて気にしないだろうが、そこらで魔法を使われたら危ないだろ。厳しいくらいが丁度よいっ!」と言われました。
もしも、学院のあるここがシャールなら、私は何回も投獄されていたでしょう。ナーシェルの管理は甘い。もしくは、市中魔法禁止の法がない。そんな風に考えています。
しかし、それでも、上階のテラスに跳び移り、壁を破壊して侵入するのはバレてしまう可能性が高いと判断します。
泥棒対策はさすがに別で行っているでしょうから。
私は改めて門番を見ます。もちろん、凝視するのでなく、水柱を勢いよく作る噴水を眺める振りをしながらです。目の端に捉えるのです。
ふむ、やはり私を見ているか。
入城するに当たって、また書状確認とかするんだろうな。メンドーです。そもそも持っていないし。
強硬突破。しかし、騒ぎになると時間を浪費することになります。他の方法は……色仕掛けか……。
うん、この二択ですね。迷います。
強硬突破には自信がありますが、ここは、やはり私の魅力で勝負しますかね。
私、シャールのおしゃれ喫茶店で部署のお疲れ会をした時の事を覚えています。お会計の際に皆が財布を忘れていて、困ったんですよね。
そんな時、後輩であるフロンは片目を閉じて、腰をクネクネしながら胸を開いて、主人を懐柔していました。
「化け物には無理よねぇ。この色気は」
無事に店を出た時のあいつのセリフです。化け物と私を呼ぶその態度に立腹して、肝臓を破壊するつもりでお腹を殴った記憶がありますね。
あの時に私は思いました。あいつに出来て、私に不可能なはずがないと。今がそれを証明する良いチャンスでしょう。
失敗しても、門番さん達は知らない人だから恥を掻いたとしても2度と会うこともないですからね。
ふむ。では。私は気合いを入れます。パンパンと両頬を打つくらいにです。
金属鎧で身を守る彼らに近付きます。槍を持つ手に力が入り、警戒心が見て取れました。大丈夫ですよ。痛いことは致しません。
私は片目を開け閉じします。
フロンは一回だけでしたが、この私は当然にヤツの上を行きます。門番さん達へのサービスでもあります。
なんと一呼吸の間に10は悠に越す超高速の瞬きです。
うふふ、騒ぎ始めましたね。ドギマギしている感じです。
門番同士で何を確認しあっているのでしょうか。いえ、分かっています。この私、小悪魔メリナの魅力についてです。
では、更にサービスです。
なんと、片目でなく両目による瞬きです。しかも、しっかりと門番さん達を正面に捉えて、がっつり超高速モードで行いました。
パーフェクトです。
もう魅了されていますね。
私は彼らに近付きます。
「ごきげんよう。中に入らせて頂きますね」
「お待ちください」
ほら、敬語ですよ。もう一ころになっています。全くダメな奴等です。いえ、さすがは聖竜様を恋に落とした私と言ったところか。
人間の心を掴むなんて余裕で御座います。しかし、ごめんなさい。私はあなた達の気持ちにはお応えできませんので、悪しからず。
「どうかあそばして?」
ここで、再び私は高速瞬き両目版を繰り出します。パチパチパチパチパチパチで御座います。
追い打ちです。腰も一回だけですが、ぐにゃりぐにゃりと左右へ曲げました。
「……あっ、いや、なんと申しますか……」
「おい、しっかりしろ。すみません。お嬢さんをお通したいのですが、こちらも仕事でしてね。ご家名をお聞きして宜しいですか」
ちっ。突破できそうだったのに、家名だと?
仕方御座いません。気を失って貰いますか。金属鎧だから、胸を殴ると鎧がひしゃげて息が止まり易いんですよね。死ななきゃ良いのですが……。
「それから、先程から目が痙――」
「隊長、それ以上は言ってはなりません。もしかしたらお病気かもしれません。言及しては、こちらのお嬢さんの心を傷付けてしまうかと」
おいっ!
聞こえたぞ! むしろ、お前の言葉が私の心を抉りましたよ!
ちゃんと、私のパチパチパチを見たんですか!? ほら、もう一度しますから、よくよく確認して下さい! スピードも上げます。
「こら! なんて失礼な事を申す! お嬢さんに誤解されただろ!」
「……スゲー。もう目を開いているのかと思うくらいに――」
「言うな! 年頃の女性に失敬だぞ! いや、……でも、凄い」
くそ。まだ私の魅力を認めないのか。
余りに瞼を動かし続けたせいで、涙が溢れました。それが頬を一筋に流れます。
「あっ! 泣いた……」
「ほら! だから言ったじゃん、俺! 聞こえてるって!」
「え、あ、すみません」
「お嬢さん。ごめんな。もう通すから、家名だけでも教えてくれるかな?」
クソ! 私の眼力ではダメだと言うのか!
魔物駆除殲滅部の後輩であり、シャールを代表する二大淫獣ルッカさんとフロンなんて瞬き一つで男を落とせるって言っていたのに! 私はもう何千回もしているんですよ!
まだだ、まだまだ!
止まりませんよ、私はっ!
パチパチパチパチパチパチです!
「あ、あ、お嬢さん。うん。……通って良いよ。こいつらは俺から叱っておくから。うん、なんかごめんね」
「……本当にごめんね、お嬢さん。すみませんでした」
「これ、美味しいから元気出して。病気、治ったら良いね」
私、入城が叶いました。何故かリンゴも貰いました。でも、複雑な気分です。これは女の武器を使ったことによる罪悪感なのでしょうか。
リンゴは握った掌の中で粉々に潰されて、床石の上に汁と砕けた果肉が滴っていました。
この屈辱……どこにぶつければ宜しいでしょうか。
とりあえず、誰もいない部屋に入って、石壁を殴って破壊しました。




