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王宮へ

 さて、私達は机を戻します。しかし、教壇の前面には氷の檻が有りまして、その中にはサルヴァの取り巻きだった2人が入っています。

 先程まで彼らは囲む氷の柱を折ろうと暴れていましたが、それは無理というものです。そんな柔い物を出す私では有りません。常在戦場で御座います。


 彼らも諦めたのでしょう。力尽きて、今は二人仲良く床に座っています。



「おい、メリナ。明日はテストなんだ。早く出してやれ」


 レジス教官が私に聞いてきます。


「嫌です。でも、方法は有りますよ。それに気付けるかどうかを、彼らのテストとしましょう」


 床と天井は只の木板ですので、ぶち破れば良いのです。もしくは、何らかの魔法で破壊すればよろしい。簡単です。



「ふぅ、仕方ない。お前ら、すまんが、そのままで授業を始めさせてもらうぞ。ったく、一限目が俺の担当で良かった。……よし! 残り時間が少ないが、今日はノートルの地理だ」


 レジス教官は壁に張り付いた黒い板に何かを書いていっています。

 それはそれとして、定位置の椅子に座るサブリナさんに私は近付きます。

 氷の檻に近いのでひんやりしますね。



「お疲れ様です。メンディスさんってどなたですか?」


「あっ、メリナさん……。サルヴァ殿下のお兄様ですが、授業が始まりましたので、後で……」


 ふむ、そうでしたか。真面目ですね。では、代わりにサルヴァに尋ねますか。

 しかし、追加でサブリナさんに確認したいこともあり、少しだけ確認をします。


「ここ、冷えますね。私の席と変わりましょうか?」


「いえ……。あそこは板書が見えませんので……」


 なるほど、確かにその欠点は否定できませんね。背棚で完全に隠れますもの。でも、ここで氷の柱が邪魔ですね。



「サルヴァ、サブリナさんと場所を変わって差し上げなさい」


「承知した」


 サルヴァは躊躇うサブリナさんを立たせ、机を後ろへと運びました。本当にこいつは変わりました。私の教育の賜物です。なので、猿のように檻に入っているあの二人もちゃんと躾たいのです。そして、私の優れた才能を認めさせるのです。

 そのためには、やはり、奴等を動かしていたヤツに会わないといけません。


「サルヴァ、お前の兄メンディスはどこにいますか? 話を付けてきます」


「兄者は王宮にいる。……しかし、いくら巫女でもあそこに許可なく入ることは難しかろう」


「それは私が決めることです。王宮って、あっちの方に見えるでっかい建物ですか?」


 街から見えましたよね。ここからだとメリナ山より遠そうでした。


「おい! お前ら、授業中だぞ!」


 うるさいです。しかし、皆の邪魔をする訳にはいきません。サルヴァとともに廊下へと出ました。



「そうだが……。巫女よ、メンディス兄者は何故に俺を嵌めたのか……」


「知りません。王国では爵位を受けるに当たって、兄弟で争うことも有るそうですから、それと同じかもしれませんね」


「そうか……。俺も一応は王位継承の権利を持っていると見なされていたのか」


「その辺りは身内同士でお話しください。それでは、丁度私は王宮に別件の用事もあったので行って参ります」


「武運を祈る、拳王」


「……お前、誰からその呼び名を聞いた?」


「え、あっ、いや、付き合っている彼女からだが……」


 彼女って何だよ!?

 なんで赤らめてるんだよ!

 そんなに副学長が愛しているのか!? いや、まあ、人の好みは様々ですから、そこについてはもう勘弁してやりましょう。



「さて、サルヴァ。どうでも良いことなのですが、私は気付いてしまいました。恐らく、うちのクラスを担当しているレジス教官にとっては重要なことです」


「何であろうか、巫女よ。頼み事なら俺が引き受けよう」


「ありがとうございます。檻の中の二人ですが、恐らく3日は出て来れません。大小の便の世話、頼みましたよ。レジス教官に恥を掻かせないように」


「ふむ、かなりの困難さを感じているが、しかと、このサルヴァ、その使命を全うしよう」


 おぉ、全く嫌な顔をせずにですか。

 素晴らしい男ですよ。



 サルヴァは教室へと戻りました。

 「用を為すときは申せ。俺がこの両手で受け止める!」と信じられない宣言を耳にしつつ、私は颯爽と廊下の窓から外へと出ます。二階ですので、向かいの屋上が近くて良いですね。乗り移ったのです。


 遠くに尖塔が見えますね。高さはそんなに有りませんが、シャールと比較して財政が豊かではないのかもしれません。


 私は学院を出てからも、家屋の屋根を中心に進み、真っ直ぐに王宮へと向かいました。



「何者であるか!?」


 水堀を渡る橋の横に鎧を着詰めた門番が二人いました。そして、歩いて通過しようとした私を止めました。


「初めまして、ブラナン王国のメリナと申します。貴族学院の学長とメンディスさんに用が有りますので、通りますね」


 1歩踏み出すと、両側から伸びた長い槍が交差する形で、私の行く手を遮ってきました。


「怪しい者め!」


「書状もなく、我らが王宮に入れると思うなよ!」


「急用なので、通らせて頂けませんか?」


 そうです。私は急いでいるのです。

 まずメンディスさんと話をしてサブリナさんを死刑にしないようにして、それから、皆が退学にならないようにもお願い――皆が退学……?


 もしも皆が退学となると、当然に私もです。

 しかし、これは私の素行が悪いためでなく、悪辣な罠に嵌まっての退学です。

 これはもしや奇貨かもしれませんよ。


 私は槍の前で考えます。アデリーナ様に説明した際に、どのようなセリフを吐くのだろうかシミュレーションしているのです。



「すみません、退学になってしまいました。連絡の手段がなく報告が遅れて申し訳ございません」


「退学で御座いますか。相変わらずで御座いますね。はぁ、何人殺したので御座いますか?」


 くそ、妄想の中のアデリーナも腹立たしいですね。


「悪辣な罠に嵌まったのです。乱暴狼藉を働くクラスメイトを糾弾したのですが。どうも権力者の手駒だったようで、そいつの怒りを買ったのだと思います。想像するに、王位継承権の争いに絡むもので、私には一切非がありません」


「よく喋る口ですね。まぁ、良いです。本当かどうかは調べれば分かります。ひとまずはお疲れ様です、メリナさん」


 ……いけるな。

 となると、サブリナさんの死刑だけを回避すれば良いのか。平穏無事な退学であれば、それに勝るものは御座いません。自由が待っています。一日中、蟻さんを見ていて良いのです。教師になる必要もない。

 だとすると、学長との交渉は不要で、メンディスさんだけに会えば良いのか。



 しかし、イマジナリーアデリーナは私が安心した虚を突いて、口を開くのです。


「さてさて、で、メリナさん。約束は約束で御座いますよね。学院で交流を怠ったのは事実で御座いますから。貴女に効果的な竜特化捕縛魔法を掛けた上で、拷問にしましょうか」


 …………まずいなぁ。これは有り得る。

 善悪とか整合性とか関係なく、あいつは私よりも力関係が上位にあることを示したがります。

 指を一本ずつ落とすなんて事さえもしそうですよ。



「どうした!? 俺達の言葉が聞こえないのか!?」


「下がれ! そうでなくては、槍で体を貫くぞ!」



 私の脳みそはフル回転中です。



「いえ、アデリーナ様、ご安心ください。サブリナと言う、大変に優秀な娘を発掘致しました。是非、王国で雇いましょう」


「ふーん、メリナさんの言う優秀ねぇ。えぇ、面白そうで御座います。宜しい連れてきなさい。お茶が冷めるまでに戻って来るのですよ」


 ……これだな! 恐らく拷問の件も不問になると見た!


 よし! ならば、善は急げです!



 私は二本の槍を掴み、それを握る門番ごと水堀へ放り投げました。水飛沫が上り、水面が揺れます。それが収まる頃には私は姿を消し、王宮の中へと侵入していました。


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