結審します
では、サルヴァの弁護を聞いてみましょう。
「弁護ではないが、俺は悪いことをしたら謝るべきだと思う。……俺が言うのも何だが、許しを乞うしかないのだ。すまぬな、クラスの皆。俺はどうかしていた。皆より大人なのに恥ずかしい限りだ」
おっと、まずは自分語りからか。
あと、サルヴァよ、お前が皆より大人だと認識していたことは何よりですが、5回留年とか本当にダメだと思いますよ。
もう最初のクラスメイトとかお国のために働き始めているのではないでしょうか。
しかし、なんと、ここで弁護側の女子の一人が拍手をしました。
「うん、いいよ。サルヴァ殿下の気持ちはよく分かったから。昨日も皆のために掃除を頑張っていたし」
しかも頬を紅潮させています。これは、副学長、かなりの恋のライバルが出現したかもしれませんよ!
しかし、お前、そこの小娘よ!
よくよく考えるのです!
まともにはなったように見えますが、そいつは、床の振動から愛を感じる危ないヤツなんですよ! 一時の雰囲気でそんな風に優しくしてはダメなのです。もっと良い人がいると思います。お勧めは、ここからは見えませんが、賢そうな髪型の男子です。お前の弱い頭を補ってくれるでしょう。
それに、何かの拍子で乳好きサルヴァに戻るかもしれませんよ。そうしたら、お前は簡単に離れていくでしょう。そんな軽薄さを感じましたよ。
だが、このクラスは雰囲気に飲まれやすいのです。先日まで暴君サルヴァの支配を受けていたのも、その気質のせいでしょう。
数度に渡るサルヴァコールが弁護側から飛び出しました。
私が「静粛に」と言いながら、ガキッバキッドガンと教壇の机を破壊する程に叩いても収まりませんでした。こいつら、本当に貴族なのか。お行儀が悪過ぎます。
そんな騒ぎでしたから、隣のダグラス先生がやってきて、レジス教官が怒られました。あと、氷に囲まれたサルヴァの取り巻きを見てから、少し顔が引き攣っていましたね。私が魔法で出した氷が美麗過ぎたのかもしれませんね。
「カークス、ジョアン。お前たちも真摯に謝ると良い。金貨50枚を払うより遥かに難しいが、これまでの謝罪をしようではないか」
ふむ、サルヴァは本当に変わりました。
こういった裁判の弁護側というのは、無理筋の強弁をして論点をずらしていく輩も多くいます。ずっと聞いていると、その強弁が正しいのかなとか思えたりするんですよね。
そういうの私、苦手なので、よく分からなくなったら寝てました。で、起きても喋っていたら鉄拳制裁です。うるさいですから。安眠妨害の大罪です。
ところが、今のサルヴァのような感じで反省とか恭順の意思を見せられると私は絆されてしまいます。
「サルヴァ様!! 負けるんですか!? そんな事だと、また母上がバカにされますよ! さあ、早く乳を揉みたいと叫んでください!」
「サルヴァ様は恐怖と暴力で学院を支配するんですよ! だからこそ、俺達は付いていったんです! 俺たちでさえ離れたら、サルヴァ様はただのクズですよ! 独りよがりの嫌われ者ですよ! さあ、永遠の学院生徒を目指しましょう!」
おぉ、全くの反省の色なし。
そして、違和感があります。
私は既に彼らを教育しております。踏み潰す回数が少なかったのが影響しているかもしれませんが、恐怖心っていうのはそんなに簡単に克服できるものではありません。ましてや、彼らのような小物には不可能と言っても過言ではない。
それに、この状況でサルヴァを煽ろうとしている。表情も必死。
私はピンと来ました。こいつら、サルヴァを利用していたのだと。
「未熟だった俺はお前たちを誤った道へと引き摺ってしまったようだ。取り返しがつかないが、深く謝罪しよう。これからの俺は全てを愛に注ぐ。もちろん、お前たちにも与えよう」
サルヴァはここで言葉を切ります。
「では、弁護をさせてもらう。カークスとジョアンが巫女の机を蹴り倒したとの告発であると思うが、本当に蹴り倒したのだろうか。偶然に体が当たり、不運に倒れただけではなかろうか」
それにサブリナさんが挙手しました。私は発言を許可します。
「何度も蹴り、最後は上部への飛び蹴りで倒したと多数の目撃証言があります。また、『ヒャッハー! こんな物を置いたバカをぶっ殺してやろうぜ』と言っていたそうです」
ここは本当に貴族学院なのかとマジで疑ってしまいます。渡り廊下で擦れ違った女性二人は恋バナで盛り上がっていたというのに。汚い酒場並み、いえ、それ以上の言葉遣いです。
「ならば、こう考えることはどうだろうか。彼らは自分の席が撤去されていることを退学処分になったと勘違いし錯乱した可能性もある」
「常日頃から錯乱したかの如くの言動だった事をお忘れですか? 今回の件とは別に、それが改善されないのであれば、退学または停学にして頂きたく存じます。これからはサルヴァ殿下の後ろ楯もなくなるようですし。しかし、誤解のないように申し上げます。私、サブリナの本意としては、サルヴァ殿下のように、内省の上で高貴な精神を戻されることを期待しております」
まぁ、そうですよね。
普通なら退学を望みますよね。
彼らも副学長とお付き合いすればワンチャンあるかもしれません。しかし、それを実行すると、何て言うか、申し訳なかった気持ちと言うか、罪悪感みたいなものが私を襲ってくるので、お薦めできません。見苦しそうな五角関係図も出来上がるのですよね。
「早く出せっつーてんだよ!」
「サブリナ。てめー! ぶっ殺すぞ! 子爵家の分際で何様だ!」
本当にお下品です。アデリーナ様なら即断即決の処刑ですよ。
「カークス、ここは貴族学院だ。親の立場は関係ない」
サルヴァは止めに入ります。
さて、では、もう終わりましょう。収拾が付かないですね。
「サルヴァよ、中々の心意気でした。しかし、弁護としてはかなり弱いです。彼らはクズで、どうしようもありません。弁護が難しい時は告発者を責めるのです。例えば、『サブリナよ、お前に告発の権利はない。何故ならパンツを履いていないからだ』とか」
「……裁判長、異議有り。私、履いています……」
あっ、そうなんですか。じゃあ、ボーボーだろとかで良いじゃないんですかね。本質じゃないから、今は言いませんけど。
「さて、結審します。そこの2名は私の机を倒した罪で死刑、それから法定侮辱罪で死刑。一回瀕死にしてから魔法で回復後にもう一度死ぬ感じです。ただ、これは模擬――」
模擬裁判なので瀕死で終わりですと続けたかったのですが、サルヴァの叫びで遮られました。
「うぉー! ジョアン、カークス! 俺の言葉に従えー! 巫女に殺されるんだぞ!」
氷の柵をガンガン殴っていますが、私の魔法はそんなものではびくともしません。それでも何回も試します。
やがて、拳から血を流すサルヴァは諦めたように肩と頭を下げました。
教室が静かになります。
その中、サルヴァは呟きました。
「……巫女よ、こいつらの悪行の責任は俺にもある。せめて、俺が自らの手で彼らの命を終わらせよう。そして、俺も追う」
うーん、サルヴァよ、これが模擬裁判って忘れているんじゃないかな。すごく鬼気迫るものを感じますが、お遊びみたいなものですよ。
彼の気迫は取り巻きにも伝わったようです。先程まで黙ってサルヴァの奇行を見ていたのに、口を開き始めます。
しかし、反省の弁では御座いませんでした。
「チッ。気持ちわりーな。サルヴァ、お前はやっぱバカだわ」
「チゲーねーな。俺達さ、お前の連れじゃねーんだわ。メンディス殿下から、お前で遊べって言われたんだわ。じゃあな、バカ。今日からは独りで乳を見せろって言っとけよ」
「あと、お前ら、俺らに逆らったって事はメンディス殿下に逆らったのと同じだから、知らないっつーても全員退学だからな。いや、侯爵家の俺達に逆らったんだから、なんだ、家名侮辱罪だよな? 特にサブリナは死刑にしてやるさ」
殿下というからには、そのメンディスというヤツも王子なのでしょう。
ふむ、困ったものですね。サブリナさんの為に、そいつと話を付けないといけなくなりました。加えて、そうじゃないと、こいつらの教育が完了しません。延いては、私の教師としての適正が示せないのです。困ったものですね。
「おい、出せよ、裁判長。もう終わったんだろ?」
「あっ、すみません。それ、三日くらい融けないんで我慢してください」
「はぁ!?」




