模擬裁判
これは私の教師としての適性を知らしめる、絶好の機会と捉えました。
皆の前で彼らを更生させ、それを私の実績とすれば、まだ見ぬ学長も副学長のように快く私を認めるでしょう。
ということで、早速に彼らを制圧しました。懐に入ってダンッと腹を撃つだけです。拳を入れて、もう一人にはそのまま肘で御座います。
呆気ないものです。どうしてクソ弱いのにイキっておられるのでしょうか。
静かになったところで、私は教室の配置を変えるように指示しました。机を左右に寄せ、クラスメイトをランダムに分けたのです。取り巻き二人は被疑者として教壇側に寝かせています。
「裁判を行いたいと思います」
そう。私は模擬裁判で彼らが如何に重罪を犯したのか覚らせるつもりなのです。
レジス教官は逡巡していましたが、私の「クラスを変革させたいんでしょ?」の言葉に従いました。しかし、何を思ったのか、教壇側真ん前である裁判長席に位置しようとしたので、私に止められました。お前は傍観者です。私の教育の素晴らしさを眺め、そして学ぶが良い。
サルヴァとサブリナさんも遅れてやって来ました。サルヴァはいつもの時間だったのですが、サブリナさんの遅刻は珍しいと思います。きっと排便にお時間が掛かったのでしょう。
「遅れて申し訳ございません。馬車の車輪が外れたものですから」
はいはい。そういうことにしてあげます。
裁判長である私の右手側にサブリナさんを、他方にサルヴァに分けました。その他のクラスメイトも適当に分配します。賢そうな髪型の彼は書記官ですので、起こした私の机に座っています。
さて、始めますか。
『氷、氷、氷の柵』
ズサササッと何本の氷の柱が教室の床に突き刺さり、被疑者二人を囲みます。更に氷の柱は天井へと伸びて、完全な檻が出来ました。
そうしてから、私は気合いを放ち、彼らの意識を戻します。
「な、何だよっ!?」
「出せよ、ゴラッ!」
まぁ、厳粛なる法廷で騒ぐとは愚かな奴等で御座います。
「あっ、サルヴァ様! お助け下さい!」
「すまぬ。俺も何が始まるのか理解していない。しかし、巫女のことだ。お前たちにも平穏を与えてくれるのだろう」
サルヴァは、他の者が立っているにも関わらず、床に胡座を掻きながら答えました。
「それでは、裁判を始めます。サブリナさんは告発側、サルヴァは弁護側の代表とします。他の方はお互いの代表を補佐下さい」
これは王国形式の貴族裁判を真似たものです。庶民とかだと代官みたいなお役人が一人で裁いて終わりです。また、アデリーナ様に対する罪なら、彼女が処断して解決です。
でも、貴族同士でいざこざが発生した場合は、この様に双方に分かれて議論致すのです。
裁判長には双方が推薦する第三者の貴族が当てられます。門閥的に中立で、かつ、公明正大で、見識もある方が任命されます。だから、私も何回か経験しています。
うふふ、諸国連邦の方々に先進国の洗練された方式を教えてあげる。教師っぽいです。
大体の流れの説明を終えると、サブリナさんもサルヴァも頷きましたので、それぞれの陣営の方と裁判方針を相談するように命じます。特に二人とも遅れて入室したので状況がよく分からないでしょうしね。
サブリナさんは問題無しです。元から他の方と仲が良かったのでしょう。次々と話が周囲から振られていき、それを懸命にメモ書きされています。
サルヴァは今までの悪行が影響しているのでしょう。女子生徒は遠ざかっています。男子生徒でさえ、話し掛けるのを躊躇っていますね。しかし、彼は果敢に逃げ腰の彼らに質問をしていました。
人は変わるものです。クソみたいだった彼でさえ、たったの一夜でここまで大人になるのですね。
騒がしいのは、真ん前にいる被疑者どもです。喚く被疑者はほぼ真っ黒だと私は思うのですが、偏見は宜しく御座いません。
彼らの喉元へ切っ先を鋭く向けた氷の槍を追加して黙らせました。
「それでは厳粛に。これより開廷致します」
いつもなら、大きな音が出るハンマーみたいな物を叩いて、カンカンという音で開始の合図とします。しかし、今日は御座いません。なので、教壇を拳で叩くのです。バッキバッキと音が響きます。
「告発者よ、申しなさい」
私の掛け声にサブリナさんがゆっくりと一歩前に出ます。
「はい。ジョアン・フェデレクスとカークス・スルホニンの両名を告発致します。罪状はメリナ一代公爵閣下の私物毀損と、本人の実家に対する家名侮辱罪です。私物毀損については、ここにいるほぼ全員が証人であります。一方、家名侮辱罪については当家または縁戚の当主からの告発に限られる罪ではあり、残念ながら我らに法的な権利は御座いません。しかしながら、糾弾する意思をもって、あえてここで告げさせて頂きました」
ふむぅ、しっかりした娘さんです。うちのクラスには勿体ない気がしますよ。
「また、予てより、両名は同学の友たる我らに対して、不埒な言動を取っておりましたが、それに関しては我らの寛容をもって不問と致します。しかしながら、それは赦免を意味するものでなく、両名には深い省察を――」
なげーです。もう右の耳から左の耳へ抜けていきますね。
サブリナさんでなく、大人しそうなあの女の子にすれば良かったです。「気持ち悪いから死刑」とかで良いんですけどね。
サブリナさんが言い終えて、私は確認します。
「了解です。でも、罪状だけで求める刑罰が抜けていますよ」
「えっ、そうなんですか。お教え頂き、ありがとう御座いました。では、えー、メリナさんの机の修理代として金貨50枚を求めます」
謙虚ですねぇ。それくらいで許してあげる優しさも感じました。私なら、とりあえず50親等を皆殺しとか言いますけどね。
さて、サブリナさんの主張は終わりました。次はサルヴァの反論となります。
「巫女、いや、裁判長よ、彼らは被疑者であるものの、まだ罰せられると決まった訳ではない。彼らが騒ぎ立てないのであれば、少なくとも槍の様な氷で脅す必要はないと思う。どうか、その氷を引っ込めて頂きたい」
サルヴァよ、お前は本当に「乳を見せろ」と耳を疑う暴言を吐いていた男なのでしょうか。副学長との愛はここまで人を変えるとは恐ろしささえ感じます。
私は彼の言う通りにしました。柵の間に挟んでいただけなので、引っこ抜くのです。
「ふぅ、さすが、サルヴァ様だぜ」
「おい、小汚ない巫女野郎! サルヴァ様はお怒りだぜ! 土下座して――ひっ!」
君達ね、数日前に瀕死になったことを忘れていますよね。本気の私なら、一睨みするだけで心臓を止めることができると思いますよ。
「では、サルヴァよ、彼らの代理として申し開きを言ってみよ」
「あー、メリナ。もうそろそろ終わってくれないか? 明日からテストだしな」
レジス教官の言葉は無視です。机を叩いてから「厳粛に。不規則発言は厳禁です」と、私は言いました。




