卒業
残念ながら、今日から学校が再開するそうです。まだ、邪神との戦いから2日しか経っていないのに関わらずです。
昨日、レジス教官がわざわざ家まで教えに来てくれました。何でも、聖女イルゼが転移の腕輪でナーシェルに戻したのだと聞きました。メンディスさんやタフトさん他、諸国連邦の方々も順番に送っているそうです。その中で学生さん達は若いし、勉学もあることから先に運ばれたのでしょう。
きっとデンジャラスさんの考えです。不穏分子ともなり得る他国の軍を早く領土から出したかったのだと思われます。
さて、今日も馬車に乗って登校でして、外の風景的にそろそろ学院に到着します。
「お嬢様、お世話になりました」
「ん? どういう意味ですか?」
「お嬢様の帰国準備をイルゼ様より仰せつかりました。爺はお嬢様にお仕えでき、幸せで御座いました」
聞いてない。聞いてないけど、アデリーナ様の目的は達成できたって事ですね。
「そうですか……。聖竜様のいらっしゃるシャールに戻らない訳にはなりませんが、実際にその時が来ると寂しいものですね。爺、本当にお世話になりました」
私は深く頭を下げて感謝の意を表します。
「お嬢様、頭をお上げくだされ。館のお荷物については私どもの方で纏めておきますのでご安心を」
「私が去った後の爺のお仕事はどうなりますか?」
「契約は切れますので、また新しい主人を探します。お気になさらず」
爺だけでなく女中さん方も同じ境遇でしょう。
私は爺からペンと紙を借りて、馬車の床で書類を作りました。私が書いた証拠として、魔力を少し残すことも忘れません。
「爺、3枚有りますので、2枚は女中さん達に渡してください。もしも困ったことがあれば、これをデュランの人か、ナーシェルのタフトさんに見せてください。聖女イルゼに連絡し、デュランの責任で万難を排するように書いております。本当は私の領地らしいラッセンで働いて頂きたいのですが、ここからは遠いみたいですから、これで勘弁してください」
「……お嬢様……爺はこの様な身に余る物を受け取れません。お気持ちだけ頂いておきます」
ベセリンは2枚しか受け取りませんでした。たぶん、押し付けても彼はこの紙を利用することはないでしょう。
なので、爺が困る事態に陥いることがないように、全力で善処するようにイルゼさんへ要求するつもりです。
馬車が止まります。学校に到着したのです。
「しばらくお会いできませんが、お嬢様、お元気で」
「本当にお世話になりました。女中のお二人にも宜しく言っておいて下さい。金目の物はシャールに送らず、3人でお分け頂けますか?」
「ハハハ、お嬢様、そんな訳にはいきません。しかし、その心意気、お嬢様は今以上に大成されますな」
後ろ髪を引かれる思いですが、私は開かれた馬車の扉から飛び降ります。
「行ってきます」
「お嬢様、行ってらっしゃいませ」
いつも通りの爺の返答に私は振り向かずに、拳を挙げて応えました。
教室に入ります。バーダもガランガドーさんもいないのもあって寂しい雰囲気です。サルヴァだけが1人いました。
「巫女よ、兄者から聞いた。今日でシャールに帰るらしいな」
私は聞いていないのに、何故にお前さえ知っているのですか。
「そのようですね。お前はだいぶマシになりましたが、増長せずに精進なさい」
「おぉ、勿論の事よ。巫女より引き継いだ拳王の名に恥じぬよう、サンドラとともに清く生きようぞ」
副学長とお付き合いしていること自体が名を汚している可能性も御座いますが、指摘するのは遠慮しておきましょう。恋愛事は個人の自由ですからね。
「兄者より巫女に贈り物があるそうだ。帰るまでに受け取ってほしい」
「受け取る義理は御座いませんが?」
「この数ヵ月で諸国連邦の立場は大きく変わった。ブラナン王国は少なくとも表向きには対等の立場で扱ってくれるとのことだ。それに、長年、諸国連邦を苦しめた死竜も2度と現れることはないとも聞いた。それだけの功績を残した巫女に何も報わないのは、諸国連邦の誇りが許さぬ。……巫女にとっては些末な物であろうが、兄者の想いを無下にしないで欲しい」
……マジか、こいつ。
どれだけ成長しているのですか。お前はどこを目指しているのです!
ちょっと、この私が人間性で敗北した気持ちになりましたよ。
「……ふん、未熟者が頑張りましたね。まぁ、贈ると言う物を断る程、私は野暮ではありません」
「おお! 感謝する、巫女よ!」
さて、待てども他のクラスメイトはやって来ません。それもそのはずです。よく考えたら、ガランガドーさんやヤナンカ以外はシャールからの人達だけだったのを思い出しました。
「暇ですね」
「フン! フン! フン! フン!」
私の言葉は腕立て伏せを一心不乱に行うサルヴァには聞こえていないようでした。
ここは一つ、挨拶回りをしましょうかね。
教室を出た私が向かう先は、まずは職員室です。近いからです。
ガラリと扉を開けると、空席が目立ちます。朝の会の時間だからでしょう。しかし、私は中へと進み、副学長に会釈します。
「お世話になりました」
「まぁ、メリナさん……。この度のご活躍、サルヴァ君から聞いております」
サルヴァ君の所だけ声が小さくなりました。彼女にとっては隠したい秘め事なのでしょう。
「今日で学校を去らないといけないらしいので、挨拶に来ました。あと、一年桃組、じゃないや、気高き桃組の教室がどこか教えてください」
「えぇ。卒業証書を用意していますので、後日、お届けします」
「あれ? 私、卒業なんですか?」
「こんな短期間での卒業は学園の歴史でも初めてです。私もその話を聞いた時は驚いたものですが、メリナさんのご活躍は諸国連邦の歴史に残るでしょう。ナーシェル王家及び諸国連邦全体委員会からの申し出を学長とともに承諾致しました。……メリナさん、個人的には入学前後の私の非礼を謝罪致します。何卒、ご容赦を」
最後、副学長は座ったままですが、頭を下げられました。
「こちらこそ、すみません。諸国連邦は蛮族の国だと思っていまして、凄く誤解していました」
「ば、蛮族……?」
「勿論、今はそんな風には思っておりません。友人も出来ましたし、諸国連邦にはまた遊びに来たいと思っています。そうです。副学長も新婚旅行にシャールへいらっしゃって下さい」
ふぅ。誤魔化せました。蛮族の集団だと思っていたのは事実ですが、ついうっかり、口が滑ってしまいました。何とか友好的に話を終えられたでしょう。
「メ、メリナさん……。ありがとう……」
「で、気高き桃組の教室なんですけど、どこでしょうか?」
「ああ、別れの挨拶をしたいのでしょうね。分かりました。メリナさんはご自分の教室でお待ちください。私が呼んで参りますので」
と言うことで、私は自分の教室へと戻りました。サルヴァは腕立て伏せを終え、逆立ちで室内を歩いています。目障りです。
最初に現れたのはショーメ先生でした。
「メリナ様、ご卒業とお聞きました」
「アデリーナ様と繋がっているショーメ先生はご存じだったと思います」
「まさか学園の事だとは思っておりませんでした。人間を卒業されるのかなって」
この人は変わりませんね。人をからかって楽しんでいます。
「ショーメ先生は魔族になれそうですけどね。淫魔的な」
「うふふ、お冗談がお好きで。でも、私も卒業なんです。学園を去ります」
「えぇ!? どうしてですか?」
「完全にデュランの人間だとバレましたので、諸国連邦の貴族学院では働けませんよ」
「あー、そっか。今まで騙していたんですものねぇ」
「そういう任務でしたからね。卒業祝いに、約束のショーメセレクションを用意します。後でイルゼ様に持って行かせますね」
「故郷で尊敬されている聖女を顎で使うショーメ先生、凄く悪いですね」
「立場的には同僚ですから。それじゃ、またお会いしましょう」
同僚……。ふむ、アデリーナ様に仕えているという意味ではそうなるのですね。でも、ショーメ先生、只の暗殺者かスパイ的なポジションだから、華も権力もある聖女と同格ではないでしょ。
しかし、ショーメセレクションは素晴らしい! 聖竜様へのお土産になりますね!
次にショーメ先生のクラスの生徒達がやって来ます。先生が廊下に待機させていたんだと思います。自分だけ先に入ったのは、彼女が学校を去ることを秘密にしておきたかったからなのかもと思いました。
「メリナ、メリナ! 私は寂しいよぉ」
エナリース先輩です。また私は抱き締められました。スキンシップが激しい女性ですね。
「エナリース、出会いがあれば別れもあるものよ」
「そんな! じゃあ、いずれアンリファも私から去るの!?」
「えぇ」
「そんな! 嫌だよ!」
「私が去らないと、エナリースの大切なマールデルグ様の出番がないですもの」
「そんな! 私は皆が大切なんだよ!」
「ごめんね、エナリース。私達はずっと一緒だよ。うふふ、友情を確かめたかったの」
「もう、アンリファったら。意地悪なんだから」
すみません。本当に、その無駄な会話は向こうでやって頂けませんかね。私、エナリース先輩に抱き付かれたままなんですけど。
あと、オリアスさん、ラインカウさん、トッドさんと美男子3人組とも話をしましたが、特に思い入れはないので、適当に合わせました。ただ、彼らはサルヴァに絡まれて、何故か皆で教室を逆立ちで歩き回っています。アシュリンさん並の謎修行が始まったようですね。
デンジャラスさんも来ました。
「メリナさん、卒業されるのであれば、学校でなく、まずはお酒ですよ」
「えっ。意味が分からないです」
「本当に大変だったのですよ。それに、酒に心を乱されるのは未熟な証拠です。元聖女としての自覚が足りないとお思いになられませんか?」
そんな奇抜な頭をしている元聖女だけには言われたくないです。
「しかし、お疲れさまでした。メリナさん、シャールでまたお会いすることになるでしょうが、宜しくお願いします」
「シャール?」
「はい。私がここにいますと、諸国連邦もやりにくさを感じるでしょう。それに、デュランに戻ってもイルゼの負担となりましょう。その為、遠く離れたシャールで冒険者をすることにしました」
「そうですか。では、冒険者向けの美味しいお店を知ってますので、一緒に行きましょう。お酒も出ますよ」
「メリナさん、ダメですよ、お酒は。メリナさんのお母さんにもお伝えします」
「えっ、お母さん……?」
「えぇ。一昨日は酔ったメリナさん相手に鬼神の如くの大活躍でした」
…………えぇ……お酒様、怖いなぁ……。あの人と2回目の戦いに挑んだんですか。よく死ななかったな、私。
最後は気高き桃組です。
倒立で教室内を蠢く4人の男を見てレジス教官は一瞬怯みましたが、明るく挨拶してきます。ショーメ先生が学院を去ることを知らないのでしょう。
「よぉ、メリナ! 国に帰るんだってな。騒がしいヤツが居なくなると、寂しくなる」
「騒がしくしたことなんてないですよ。だって、私、1度しか授業を受けてませんし」
「……考えてみればそうか。お前、朝しか学校で顔を見せないのに、凄い存在力だな……。まあ、いい。ほら、メリナ、元クラスメイトからの寄せ書きだ。大切にしろよ」
真っ白くて四角い高そうな紙を頂きました。そして、真ん中にサブリナが書いたであろう私の似顔絵らしき物があり、それを囲んで、クラスメイトの方々のメッセージが書かれていました。
しかし、よくよく考えると、サブリナ以外の生徒の名前は知らなくて、メッセージを頂いても感慨を抱けませんでした。誰が誰だか分かりません。
それよりも絵です。私の顔なのは、雰囲気と黒い長い髪で分かるのですが、目や鼻も白い歯を剥き出した唇で描かれています。気持ち悪いです。
サブリナの画風で、彼女に悪意はないと信じていますが、呪われそうです。
「メリナ、どうだ! 皆の気持ちだ。真ん中の絵はサブリナが描いたんだ。感動で言葉も出ないだろうが、強いて言葉を出す必要もないからな。黙って受け取れ」
ありがた迷惑でも口にするなと、レジス教官は暗に仰ったのです。
「ありがとうございます。素敵な絵ですね」
最後まで友人であるサブリナを慮る私は何と出来た人間なのでしょう。普通の人なら、こんな不吉な紙、ごみ箱に放り投げて焼却処分ですよ。
「メリナ、もう帰るんだね。いつかそうなると分かっていたけど、実際にその日が来ると寂しいね」
私がベセリン爺に伝えた言葉と同じでした。
「また来ますよ。イルゼさんがいれば簡単に移動できますから。何ならシャールにも遊びに来てください」
「そうだね。フランジェスカさんやマリールさんともお会いしたいしね」
「うん。歓迎するよ」
「私、新しい夢が出来たの。諸国連邦の歴史に残るように、メリナの一連の活躍を絵にするの」
「そ、そうですか……」
よりによって絵じゃなくても良いじゃないですか、と真っ先に思いました……。
「街の人を救うメリナ、死竜を倒したメリナ、サルヴァ殿下とラインカウ様を更正したメリナ、兄を打ち倒したメリナ、全てを終わらせて微笑むメリナ。私は何枚も描くつもりです」
サブリナの決意は分かりましたが、それ、私への誹謗中傷みたいになりませんか。
レジス教官に視線を流して助けを求めます。
見事に逸らされました……。
「完成を心待ちにしております」
自己犠牲の精神です。私は尊い存在ですね。
その後、卒業証書をほぼ初対面の学長から頂きまして、皆さんから校庭で胴上げをして貰いました。
とても嬉しかったです。
あと、学長には小声で「お屋敷破壊してすみません」とお伝えしました。私の率直な謝罪に感動なされたのか、小刻みに震えておられます。




