戦いの裏で
☆マイア視点
やれやれ、本当に多いわね。
始末を終えた私は、すぐに次のターゲットを探知して転移する。
朽ち木の多い森林の中にある廃墟。昔はどこかの貴族の別荘だったのだろうか。
その一室に目標の存在を察したのだが、先客がいた。
「あら? マイアさん? サプライズね」
吸血鬼を名乗る魔族ルッカ。確か1500年くらい前からシャール近郊に出没するようになった者。
少なくとも今は敵じゃないか。
彼女は既に少女の首筋に噛み付いて魔力を吸い終えていた。やがて倒れた少女は輪郭がぼやけてこの世から消え去る。
「同じ目的かしら、ルッカさん?」
「昔の約束を果たしているところ。ヤナンカさんのコピーのデリート」
意外な顔をしたけども、大袈裟に驚いたりはしなかった。向こうも私が来たことを事前に分かっていたのだろう。
「それじゃ、私と一緒ね。私は約束をしている訳ではないけど」
道理で数が思っていたより少ないはずだ。見逃しているのが有るのかと心配したのが杞憂に終わりそうで良かった。
ヤナンカは私の追跡を免れるために囮の魔力を飛ばした。その囮の放出から考えて、ヤナンカは私を遠避けたかった意図が見えた。囮を追わない選択を取れば、恐らく、彼女は誰にも見つからない場所に隠れただろう。
だから、私は敢えてヤナンカの策に乗り、それから、コピー潰しを行っている。
先日まで私と共にいた、狂ってしまっているヤナンカコピーはメリナとアデリーナに任せば、何とかするだろうと確信している。
「巫女さんに協力を求めようかとも思ったんだけど、マイアさんならベストね。私、グラッドよ」
「えぇ。では、ここから一番遠いヤナンカを最後に残して、落ち合いましょう」
「オッケー」
私もルッカも転移で消える。
そして、転移先の未熟なヤナンカを、言い換えると、私の友人と全く同じ姿をした立体魔法陣をアンチマジックの一撃で消し去る。
密林、砂漠、洞窟、火口。様々な所に隠された立体魔法陣を潰し、再び超広域探知魔法。
ルッカも順調に進んでいるみたいで、約束のラスト一体になったようだ。
しかし、私と同程度の探知魔法と転移魔法か……。これ、精霊三体を使う高難度複合魔法なのだけど。
ここまで出来るなら、恐らく他の魔法も私と同レベルと思うべき。となると、ワットちゃんの部屋での邪神戦で魔法を使わなかったことからすると、私達にその腕前を隠したかったのか。
何の為に……。そして、何者……。
……まっ、いいか。敵意はないし、そもそもメリナより危険なヤツがいるはずもないし。あんなのがゴロゴロいたら、2000年前の私達の立場がなくなるってものよ。
転移先は岩肌が剥き出しの山岳地帯だった。唯一の生き残りのヤナンカのコピーが大岩を椅子にして、こちらを見ていた。遅れて、ルッカが私の隣に転移して来る。
「さっすが、マイアさんね。とてもスムーズよ。巫女さんと大違い」
「時間が掛かれば、ヤナンカのコピーがまたコピーを作り出して際限が無くなりますからね」
軽く会話を交わしてから、ヤナンカを逃がさぬように様子を伺う。
彼女は幼い子供のように足をぶらぶらさせており、戦闘も逃亡もしないようだ。
「ヤナンカ、お疲れ様」
最初に選んだ言葉は、友への場違いな労い。
「うん、マイアもお疲れー。お疲れ会だねー。それとも、お別れ会かなー?」
無邪気。でも、その表情の裏に悲しみを隠している。
「今日限りで会えなくはなるかもね」
「やられたなー。ヤナンカが他にもコピーを用意してるって知ってたのー?」
彼女に動揺はなし。覚悟は決まっているか。
「ルッカさんがどう思っていたかは分かりませんが、私は予想していましたよ。大昔のヤナンカは慎重な性格。絶対に無謀な賭けはしない」
「だよねー。ヤナンカは誤算があったー。本物のヤナンカの意思がコピーを制御できないなんて想像していなかったよー。で、ルッカはどうしたのー?」
「私は500年前に貴女と約束してたんだけど、もしかして忘れてる? そうだとしたら、とてもソーリーね」
約束? ワットちゃんの指示じゃないのか。
「んー、どんな約束だったかなー?」
「ブラナンが死んだら貴女を殺して欲しい。コピーにも意識が移るようにしているから、全部を殺して」
「えー、そうだっけー。うーん、あー、その頃の私ならー、言いそうだなー」
いつもの悪意の見られない笑顔。
「でもー、ほんとーにそんな約束だけで私を殺すんだー?」
「自分で死ねない時の保険かなって思ったわ。スマートよ。私もそんな思いになった事があるから」
「なるほどー。昔の私も賢いなー」
私も死ねない恐怖を知っている。魔王との決戦後、この世で命を失ったはずの私は異空間で彷徨う存在になった。一千万年以上のもの間、閉じ込められた。
「さて、ヤナンカ。この世に未練はないよね?」
「あはは、マイアは昔から優しいねー。何も言わずに殺してくれて良かったのにー」
「マイアさん、私がするわ。その方が確実だから」
むむ、私よりも腕が良いって言ってるのかしら。以前なら聞き流せたけど、あの魔法技術を見せられたら、ライバルと無意識的に感じているのか、心が落ち着かないわね。
「あー、するなら早くねー。メリナ達の方はもう終わらせたよー。最後の一人が入ってきたー」
あの娘が一番危険なのよねぇ。いやいや、今は目の前の懸案を片付けなくては。
でも、プラン変更。このコピーを殺して逃げ道を塞いだ上でメリナに倒させようと思っていたけど、これが本当の最後の一体なら違う手が取れる。
「ルッカさん、ヤナンカが逃げないように見ていてください。すぐに戻ってきますので」
「オッケー。でも、そんなに待てないかもよ」
目敏い。ヤナンカが少し表情を歪ませた。足のブラブラも止まっているし、たぶん、心の中で人格の主導権争いが始まったわね。
彼女が心変わりをしないように急がなくては。好戦的なヤツが出てきたら手間が掛かる。
事前に伝えていたので、何の問題もなく、イルゼは私に付いてきてくれた。それから、転移の腕輪を借りる。
そして、私の人生のほとんどを過した豊穣の間、若しくは浄火の間と呼ばれた空間へと、ヤナンカ達とともに転移した。
通常の空間よりも一万倍も時間の流れが速い空間。ここでの1日も現実の世界では一瞬。
だから、私達が脱出してからの一年近くでも、ここは数千年が経過している。火山の噴火が起きたようで地形が変化しており、夫や息子が過ごした小屋は跡形もなくなっていた。
「ここで戦うのー?」
「いいえ。ヤナンカ、ここで頭を冷やしなさい。ここなら誰もいないし、魔力も豊富。時間もたっぷり。貴女なら正気を戻せると信じている。どう、ルッカさん?」
「ヤナンカさんが良いなら私もオッケーよ」
良かった。彼女に反対されたら、私も提案は下げるつもりだった。
あとはヤナンカが了承すれば、完了。
「いーのかなー。マイアはここから出たんだよねー? ヤナンカも途中で出ちゃうかもしれないよー」
「出れないわよ。私が数百万年に渡って努力したけど諦めた場所なんだから」
「そーなんだー。じゃー、どうやって出たんだろー?」
「メリナさんの力よ」
「あははー、納得ー。あの子はおかしーもんねー。分かったー。ヤナンカ、もう少し頑張ってみるよー。やっぱり死にたくないしー」
良し! ブラナンは無理だったけど、友人を救うことが出来そうだ。
メリナさんは善良。でも、この先に彼女と同じくらいの力を持つ悪党が誕生するかもしれない。そんな時に正気に戻ったヤナンカがいるならば、かなり頼りになるだろう。例えば、私が倒されてもヤナンカがいると思えれば全力が出せる。魔王の時と同じだ。
「でも、それだったらー、他のコピーを全部殺さなくてー良かったのにー」
「一体ずつ説得するの面倒臭いもの」
「マイア、めちゃくちゃー。らんぼーものー」
「逆の立場なら、ヤナンカだってそうしたでしょ」
「かもー」
私達は笑い合う。
さて、解決したところで、私はイルゼに腕輪を返す。そして、元の世界への転移を促し、彼女はその通りにする。ヤナンカは笑顔で私達を見送った。
「イルゼ、助かりました。礼をしたいのですが、願いは御座いますか?」
「はい、マイア様。崇める対象をマイア様からメリナ様へと教理を変更したく願います」
「……ん? えぇ、ご自由に。私の許可がいるの、それ?」
「ありがとうございます! 急に変えては民が付いて来れないってレイラが言ってましたから、相談してまたマイア様の家に行きますね! もしかしたら、一度だけでもデュランに降臨して欲しいって言うかもしれません。でも、宜しくお願いします!」
彼女は去っていった。元気そうで何よりです。
「巫女さん、現人神みたいになるんだ。クレイジーね。暴力を信奉する宗教になるのかしら」
「うふふ、本当に彼女は強いから」
「そうね、タフよね、巫女さん」
「ところで、ルッカさん、貴女は何者?」
サラリと私は尋ねた。
「私? 只の魔族だけど?」
「信じるとでも?」
「それ以外に答えようがないもの。よく分からないけど、トラストミーよ」
「そう? 魔族にしても魔法に優れ過ぎているように思うけど?」
「最近、力が漲ってるのよ。フロンさんから魔力を貰っているからかなぁ。何にしろ、私に隠し事はないから勘弁してよ、マイアさん」
嘘は言ってなさそう。
うん、敵ではないし、彼女の息子は私の家の中。ブラナンと同じとは思いたくないけど、私も人質を取っている状態か。
「ルッカさん、お疲れ様。あと変な詮索してすみません」
「大丈夫。じゃ、先に行くね。シーユー」
ルッカの転移魔法を見届ける。
空間切り取りの系統か。もしも闘うことになったら、対策をしておかなくてはならない。




