お疲れ会
さっきまで戦場だった草原は、王国と諸国連邦の軍が合わさったパーティー会場に変わりました。
と言っても、参加しているのは武具で体を固めた兵士達ですので、艶やかさは御座いません。また、お食事も軍隊の運んでいた糧食がメインですので、豪華さも御座いません。
只今は準備中です。
「良いんですか? さっきまで殴り合っていたばかりなんですけど」
私は隣にいるアデリーナ様に聞きます。なお、彼女の疲労は私の魔法で全回復してやっています。大いに感謝すべきですが、無礼な女王は一切の礼を言っておりません。
「このまま街に帰したら、彼らは本当に徒労で終わるでしょ? ドンチャン騒ぎしてですね、来て良かったとでも思わせておかないと、私の立場が御座いません」
「そうでしたね。この遠征、アデリーナ様が邪神の影響で私を挑発したから起きたんでしたね」
「そう言うことも有りましたねぇ。お恥ずかしいで御座います」
ここで、誰かがやって来ました。
「女王陛下、お待たせしました」
カッヘルさんです。恭しく跪いております。
「ちょっと着替えてきます」
「おめかしするんですか?」
「巫女服の方が楽なのですが、女王として振る舞う必要が御座いますので。それに個人的に確認したいことも御座いまして、そのついでとも言えます」
偉い人は大変ですねぇ。あと、個人的に確認したい事と言うのは足の臭いの事だと思います。指摘したら嗅いで確認して下さいと言われ兼ねないので、黙ってました。
アデリーナ様はカッヘルさんが持ってきた小型の軍事用高速馬車に乗り込みます。
程なく、馬車を運転するアデリーナ様の嬌声が響きます。つーか、自分で運転するなら馬で良いだろとも思いました。臣下であるカッヘルさんが後ろに乗っていたらおかしいでしょ。
「ウォーー! 巫女よ! 巫女よー!!」
今度はバカが叫びながら近付いて来ました。
振り向いたら、両手を広げながら涙と鼻水が合わさった酷い顔で突進してきていましたので、私はさっと移動します。ヤツの背後です。
「なっ! 巫女よ! 巫女が消えたぞ!」
巨体なのに狼狽える彼に声を掛けてやります。
「落ち着きなさい、バカ野郎。ほら、お前も食事の支度をしなさい」
「おぉ、巫女よ! 何故にそんなに冷静なんだ!? あれだけの死闘を終えて、なお、何故に正気を保てるんだ!」
「うるさい、黙りなさいって。男泣きほど、みっともない物はないですよ」
私は自覚しています。今の自分が平静を保とうと無意識に努力していることを。
ずっと傍にいたガランガドーさんを失い、その子供であるバーダもいなくなり、少なくとも1人は心優しい人格だったヤナンカを倒したのです。
私の心が寂しくない訳が御座いません。
と言うことで、女王公認のドンチャン騒ぎに参加したいです。キレイさっぱり色々と忘れましょう。
死んだ者は生き返りません。だったら、悲しみよりも笑顔でお別れをした方が良いと私は思います。
急遽作られた演台で青色のドレスを来たアデリーナ様がクソつまらない演説をしたっぽい後に、皆で乾杯です。遠くなのでよく見えなかったし、聞こえなかったのです。メンディスさんも何か喋ってたみたいです。
ちなみに、アデリーナ様のあの艶やかな青い服を見るのは初めでてはありません。ここぞと言う時の彼女の勝負服みたいで、シャール侯爵謁見の時とか、王都解放宣言の時も着ていました。たぶん、お高い一張羅なのでしょう。
さて、乾杯だと言うのに、私の手に杯の中身はお酒でなく、オレンジの果汁です。ショーメ先生が「甘くて聖竜様へのお土産に最適ですよ」と言うものですから、試飲せざるを得なかったのです。
少し茶目っ気のある先生の悪戯を警戒して、ちょこっとだけ口に含むと、本当に甘くてビックリしました。これは凄いですね。一気に飲み干します。
うわー、お代わりが欲しいくらいですよ。
「まだ有りますよー」
「え? 良いんですか?」
「はいはい。これ、私のお手製なんですよ。オレンジの果汁にお砂糖をドバドバって入れるだけで出来上がるんです」
なっ! 果汁に砂糖を溶かすんですか!?
なんて斬新な! 聞けば簡単な事ですが、初めに考えた人は天才ですよ!
私のお料理レパートリーに是非加えておきましょう。
さて、この辺りは貴族学院の方々が集まっている場所です。泣いて動かなかったサルヴァを引き摺って来たので、こんな所にいるのです。
「メリナ、メリナ。見てたよ! 本当に凄いね! 私、太鼓を叩いて応援していたんだけど、聞こえてたかな?」
とても明るい栗色の髪をしたエナリース先輩が親友のアンリファ先輩を連れて、私の傍に来ました。
太鼓の音なんてこれっぽちも聞こえなかったのですが、私は「心強かったです」と笑顔で答えます。
「うんうん。本当にメリナは頑張ったよ」
エナリース先輩は私の首後ろにまで腕を回して抱きついて来ました。
先輩の体温が私の心を癒してくれる、そんな心地よい気持ちになりました。
「もうエナリースったら。メリナが動けなくて困ってるわよ。サブリナもメリナに声を掛けたいんだから」
おぉ、サブリナですか。
あれ? 悲しそうな顔です。おかしい。諸国連邦の王国からの独立はアデリーナ様が約束しているはずですよ。
「本当にごめんなさい、メリナ。ガランガドーさんが飛んでいくのを必死に腕を掴んで留めたのですが……私の力では抗えず……どこかに行ってしまわれました……」
「いえ、サブリナが無事で良かったです。大丈夫ですよ。ガランガドーさんは精霊ですから、死なないですって」
彼からの応答は御座いませんので、死んだも同然かもとは思っていますが、言いません。
「ヤナンカも居なくなったと聞きました」
「……そうですね」
「本当に申し訳御座いません。私がメリナに無理を言うものですから、こんなにも大規模な騒動になってしまったのだと……」
サブリナは大粒の涙を流し始めました。
「諸国連邦の、ど、独立が叶うならば、戦争も許されると思っていたのに! 本当に戦争になっていたら、ここに立っている人の多くが屍に! 私は愚かでした! 本当にすみません!」
深く頭を下げたサブリナはそのまま動かなくなりました。困った私はエナリース先輩とアンリファ先輩を見ます。
そうすると、2人は同時に肩を抱けと無言でジェスチャーするのです。
従います。
でも、特に言うべき言葉はなくて私は黙ったままです。私がサブリナを悪く思っていないことだけが伝われば良いのです。
「でも、あっちの女王様はアデリーナ様と仰るのね。とても美しい人だと思うわ、エナリース」
「そうだね、アンリファ。あっ! 私、凄いこと思いついたかも」
「どうしたの、エナリース? あなたの驚きを私にも教えて頂戴」
「メリナ、サブリナ、アデリーナ様で、リナリナリナトリオになるんじゃない? それって、凄いわ」
……何が凄いんですか。しかも共通点が全くないですし、凄く語呂が悪いです。
「天才ね、エナリース! その中に私たちも入りたいわ!」
「ええ! そうなると、リナリナリナリファリスクインテットね!」
「凄いわ!」
えっ? 耳を疑いました。
盛り上がる要素が全く分からないんですけど。どうして跳び跳ねて興奮できるんですか?
とんでもなく無意味で面白くない会話ですよ。子供でももっとマシな会話が出来ると思います。
その思いはサブリナも同じだったようで、苦笑が漏れたのが分かりました。
「ごめんね、メリナ。あと、ありがとう」
「えぇ。こちらこそ。ヤナンカを倒したのは私ですし」
落ち着きを戻したサブリナを先輩達に預け、私は散歩を始めます。出来るだけ美味しいご飯を得るためです。
肉を焼く煙に誘われて歩く私を目ざとく見つけた方がいらっしゃいました。
「おっ! メリナ! こっちに来いよ!」
とても気さくな掛け声の主は、誰だ、えー、あー、オリアスさんの友人の――
「トッド! 女性になんて言い方をする!」
あー、トッドさんでしたね。オリアスさん、教えてくれて有り難う御座います。
「んだよ、お前は堅いなぁ。メリナがそんな程度で怒る訳ないだろ。なぁ、ラインカウ?」
「あぁ、1ヶ月程前に俺はメリナ閣下に喧嘩を売ったことがある。あれだけ無礼だった俺に武道へ導いてくれたのだ。その程度でお怒りになられるはずがない」
ラインカウさんは婚約者のいるエナリース先輩に横恋慕していた方です。彼の誕生日パーティーに飛び入り参加したのを思い出します。
懐かしいですが、武道を教えた覚えはなくて、魔物がしていた踊りを教えただけですよね。
「それに、オリアス。あのサルヴァもメリナ閣下の導きであそこまで立派になったらしい。お前もメリナ閣下に教えを乞わないか?」
更正はしたのに、未だ呼び捨てにされる皇太子サルヴァが哀れです。やはり私が入学するまでに彼が為した愚行を払拭するのは難しいのでしょう。
そこで、ぬっと影が差しました。
「ガハハ! ラインカウの言う通りだぞ、オリアス! 同じ教室で学んだ縁もある。お前も巫女の弟子になる許可を、この一番弟子サルヴァが与えてやろう」
突然、豪快に会話に絡んできたのは泣き止んだバカです。蔑んだばかりのラインカウさんが少し焦った顔をしていました。
しかし、サルヴァは意に介していない様子でした。
「同じ教室だと? 確かに昨年は同じクラスではあったが、お前と学んだ記憶はないな」
辛辣です、オリアスさん。
「俺は生まれ変わった。昨年までの事を水に流せとは言わん。しかし、これからは諸国連邦の為に生きたいのだ。オリアス、お前も俺と共に次代の諸国連邦を盛り立てようではないか。その為に、まずは巫女の弟子となれ」
「そ、そこまで言われるならば……俺もメリナ嬢の弟子になってやらんこともない……」
「ヒュー。素直じゃないねぇ」
「いや、トッド。お前もメリナ閣下に教えを乞えよ。俺は一足先に行っているのだからな」
「ワハハ、俺もか!? それは困ったな!」
4人は楽しそうに会話をされておりまして、私は勘付かれないように静かにその場を離れました。
そして、遂にお肉にありつきます。
レジス教官が一所懸命に鉄板で焼いているお肉でした。
「おい、メリナ! それはショーメ先生のために焼いていた肉だぞ!」
「味見ですよ、味見。うーん、もう少しお塩が欲しいですねぇ。こっちはどうかな?」
「あっ! まだ焼けてないぞ、それ! ショーメ先生、少しお待ちくださいね! 俺、もっと焼きますから!」
「えぇ。お待ちしておりますよ」
ショーメ先生、メイド服なのに全く料理をしようとしていません。代わりに手に持った杯をチョビチョビと飲んでおります。
「レジス、ここの肉が焦げそうです。そんなことでは、フェリスの夫にはなれませんね」
焼き続けるレジス教官の一挙手一投足を、胸の前で腕を組んで見張るのはデンジャラスさんです。
「何の権利があってそんな事を言うんですか!」
額の汗が眩しいレジス教官が抗議します。
「元上司としてフェリスに相応しい男なのかを見極めているのです」
それに対して、同じく額というか頭に太陽を反射させて眩しいデンジャラス先生が言い返します。
生来の生真面目さなのか、ショーメ先生を手に入れる為なのか、レジス教官はデンジャラスさんの無理筋の反論に、黙々と肉を焼き続けることで応えます。
「しかし、よく肉が有りましたねぇ。ショーメ先生が持ってきたんですか?」
「えぇ。シュリの騎魔獣なんですよ、これ。いっぱい狩りましたから」
シュリはアデリーナ様側に付いていた街の名前ですね。うん、今は亡きガランガドーさんが張り切って、そこの魔獣をたくさん倒しておりました。
「それ、愛馬みたいな物じゃないですか。絶対にシュリの人、怒りますよ」
「それはそれで楽しみですね」
ショーメ先生は爽やかな笑顔を見せてくれました。それから、また、チョビっと喉を潤します。
「あー!! それ、お酒様!」
「あっ、ダメですよ。メリナ様は禁酒ですよ」
そんなの聞けないです。
「肉には甘い飲み物じゃ合わないんです!」
「我が儘はいけませんよ」
転移しようとしたショーメ先生を止めて、私は最速で彼女の持つ杯へと手を伸ばします。そして、グビグビと飲み干します。
カッーーー! 苦い! でも、ウマッ!!




