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ヤナンカの追憶

☆ヤナンカ視点

「メリナ、強いなー」


「殺せ、殺せ」


「もういいよー。痛いよー。逃げよー」


「ブラナンの仇を討たないとー」


「どーしてーこーなったかなー」


「元は一体であったと言うのに、この様な分裂状態は醜悪です。今一度、雅客(がかく)が本体の記憶を皆様にお伝えしましょう。そして、せめて私達の間での反発を止めるのです」


「生意気ー。コピーのクセにそいつ、生意気ー」


「あんたもレプリカだよー。黙って聞こーよー。みんな、一緒のヤナンカなんだしー」


「いーよー。聞いている間にヤナンカ、消えるからー」


「もー負けたもんねー」



○2000年前


 私達は湖の(ほとり)に設置した前線基地の一室で円卓に着いていた。窓から見える古名シャールドレバンテニス、清らかなる生命の湖を意味するそれの水面は、戦況とは違って、青い空に浮かぶ雲さえも綺麗に映すくらいに穏やかだった。



「何だと!? お前はカレンとワットだけで、あの化け物と対峙するって言うのかっ!?」


 後に王国の建国者となるブラナンが激昂する。悪く言えば単純、良く言えば素直な男だった。


「まぁ、そういうこった」


 ブラナンが怒鳴った相手はフォビ。この2000年前の戦いで大魔王を倒そうと尽力した勇士。女関係には緩い所が有ったが、戦闘では彼以上に頼りになる人間は居なかった。


「しかも、俺はここに留まれだとっ!? 俺が信頼できないのか、貴様っ!?」


「そんな事はねーよ。信頼しているからこそ残すんだわ」


「そうそう。カレンは死にに行くの。マイアが封印魔法を完成させるまでの囮だよ」


 拳闘士カレン。彼女の拳で粉砕できないものはないと言われていた卓越した格闘家。ただ、頭はお世辞にも良いとは言えない娘だった。

 例の竜の巫女と類似点が多いようにも思える。


「ふざけるなっ! もっと良い方法があるだろ!!」


「ねーよ。時間が経つほどに魔王は強くなってやがる。今、あいつを倒さなきゃ、どうしようもなくなるぜ。10日もすれば、ここも放棄だって分かるだろ。そうなったら、もう、あいつの拠点には辿り着けなくなる」


 ブラナンは苦虫を潰したような顔をした。この時、皆と同じ様に椅子に座っていた私は足をプラプラさせて様子を眺めていた。



 テーブルの向こうにいるフォビはブラナンに頭を下げて、言葉を続ける。


「ブラナン、済まない。カレンはそう言ったが、もちろん死ぬつもりはない。俺は死んだことがない。今回もきっとそうだ」


「フォビ!! 死んだら、どうするつもりだっ!?」


「ん? そうだな。もしも負けたら、お前は周囲の村の人間を連れて逃げてくれ。どこかで遠くで街でも作って俺達を待ってくれたら有り難い。なに、心配するな。お前なら良い指導者になれるさ」


「堅苦しい街にしないでよ、ブラナン。私に相応しい魔法研究所をこさえて待ってなさいよ」


 これは魔法使いマイア。当時でも最高の魔法の使い手だった。


「ヤナンカもブラナンを補佐してくれ」


「りょーかい」


 私、ヤナンカはフォビの言葉を聞いてホッとした。大魔王との決戦を逃れることが出来るのだから。


「いや、ヤナンカはマイアを助けてやれよ! 街作りなんざ、俺だけで十分だ! 今は戦力だろ!」


 余計な事を言うなと私は呟きたくなったものだ。


「はぁ? 私に助けは要らないわよ。私は天才なんだから。魔王の側近だった、人間好きの魔族さんは王になるブラナンの補佐に最適よ。ほら、魔王や魔族が嫌がる街設計をしてくれると思うわ」


 マイアが私に助け船を出してくれた。恐らく、彼女には私の真意を見透かされていたのだと思う。

 今となってはその優しさが心に痛い。



「だ、誰が王だっ!?」


「お前だよ、ブラナン。任せたぞ」


「ああ!? ふざけ――」


「頼む。任せた」


「――くっ! ワット! 魔王を倒せるのか!?」


「うーん、出来るかなぁ。魔力をグイグイ吸い取られるから辛いんだよ」


 後の聖竜スードワット。まだ聖竜なんて称号を付けられる前で、当然に、敬称句のスードのない名前で呼ばれていた。


「出来るさ、ワット。俺たちなら、きっと出来る」


「ワットちゃん、より一層、竜らしくなくなったよね」


「カレン、言っちゃダメよ。この会議に出たいからって、折角、人化してくれているのに」


「ワットちゃんは竜の姿が一番だと思うよ。だって、美味しそうだもん」


「ハハハ、仲間を食おうと思うなよ、カレン。さて、ブラナン、じゃあ、行くわ」


「止めても聞かんよな、お前は!! ……絶対に皆を連れて戻って来いよ」


「あぁ、約束だ」


 私は余り喋らなかった。大魔王の傍から一刻も早く離れたくて、会議を終わらせたかったのだ。


 それに、フォビとその竜ワットちゃん、希代の魔法使いマイア、精霊に愛された格闘家カレン。この4人なら大魔王を倒してくれると私は思っていた。



 結果、約束は半分だけ守られた。大魔王は倒され、封印された。でも、帰ってきたのは、ボロボロになったフォビとワットちゃんだけだった。


 カレンは跡形もなく魔王に吸収され、マイアは魔法の代償に石化した。



 フォビとワットちゃんは、その後、旅を続けると言って去っていった。私は悔やんだ。一緒に戦っていれば、マイアとカレンの命が失われることは無かったのではと。

 大魔王が倒された事に安堵を覚える自分自身にも嫌悪を抱いた。



 ブラナンに率いられ、私達はシャールから遠く離れた地に村を作った。大魔王により住むには適さない土地が広がっていたことと、私が大魔王の近くに住むことを嫌ったからだ。

 その高台の村は後に王都タブラナルとなるが、当時の住民は20人に満たなかった。



 数年後、フォビと竜の姿のワットちゃんに再会する。私達の村の出来具合いを確認して、彼等は再び旅立つと言う。


 フォビは笑顔だった。大魔王との一戦はもう終わったことになっていて、ブラナンと将来の夢を語り合っていた。


 大魔王と戦わずに逃げた私を責めては来なかった。辛かった。私はその想いを心の底に沈めたまま、旧友との再会を喜んだふりをした。



 村は四苦八苦しながらも発展を続ける。

 しかし、魔族であり、大魔王の手下でもあった私を恐れる村人も多く、私の仕事は主に人間を喰らう魔物や魔獣の退治を単独で担っていた。



 やがて、人間であるブラナンが老人となり、その寿命が尽きそうになる。


 しかし、そのタイミングを狙ったかのように魔物の群れが街の近郊に現れた。

 その推測は恐らく正しくて、知恵の高い魔物の仕業だったのだろう。私独りでは対処できなかった。

 日々の被害の中、村人の私への視線も厳しくなる。私が魔物を誘導していると疑う者が増えてきたのだ。



 ブラナンの作った村を守りたい。マイアとカレンの犠牲、フォビとの約束もある。

 でも、私はもう期待に応えられなかったことに耐えきれない。

 

 そんな苦悩の中、旅人のエルバ・レギアンスと出会う。街道で魔物に襲われているところを私が助けた。

 その時、私は村から逃亡していた。皆を説得できなくて、村が破壊される最後を見たくなかったのだ。



 私を恐れない者との久々の会話。だからか、私は悩みを初対面の彼女に包み隠さず話してしまった。


 自分が魔族であること。魔物の群れに対して村人がまとまっての対応ができていないこと。村の最重要人物が寿命を向かえていること。その息子も魔物により瀕死になってしまったこと。


 エルバ・レギアンスは私に解決策を出してくれた。お勧めの方法ではないが、とのコメントもあったが、私は懇願した。



 結果、エルバ・レギアンスの秘術により、私は自分の精霊の一匹と対話をし、ブラナンの魂との結合を果たした。そして、その精霊を瀕死の息子に取り込ませることにより、ブラナンは若い体と健康を得た。


 恩人であるエルバ・レギアンスは私が喜んでいる間に姿を消した。遠い故国を襲った天災を解決できる人物を彼女は探しているそうで、すぐに旅立ってしまったのだ。



 やがて、ブラナンが入った息子も老いて死に、次にブラナンは孫娘に乗り移る。大魔王と戦った英雄の精神と合一すると言うことで、彼女は喜んでいた。

 私もブラナンの優れた統治が続くことを喜んだ。また、大きくなったとはいえ、この町には彼の指導が必要だった。




○1800年前


 大魔王を封印してから200年経った。私達の街は大きくなったが、魔物や魔族はまだ現れる。


 私は自分の姿や顔を隠すようになって久しくなっていた。老いる事のない私を脅威と思う者も多く、余計なトラブルを回避するためである。

 また、街が大きくなるにつれて、犯罪者も増え、それらを始末するに当たっても顔を知られていない事は便利だったからだ。


 ブラナンの政治はいつも正しくて、街は国と呼んでも良いくらいに発展していった。頃合いも良いだろうと、私はこの街の名前をタブラナル、偉大なるブラナンの地と住民が名付けるように仕向けた。私が名付けだと知ったらブラナンは絶対に拒否するだろうから。



 国と言えば、いつの間にかシャールドレバンテニスの近くに国家が出来ていて、遠く離れた私達の街にも友好を深めたいと言いながら、臣下の礼を求めてきた。


 ブラナンに相談したところ、豪快に笑っていた。どうもワットちゃんの神殿がその国に造られていたことが、彼のツボにはまったらしい。


 すぐにブラナンはバツの悪そうな表情をしていたが、私はあの笑顔を忘れない。

 姿が変わり続けるブラナンも昔の仲間を忘れていなかったことに私は嬉しかった。



 結局、ブラナンは街の金庫からその不快な国に金を払う判断をした。名目はワットちゃんの神殿へのお布施だった。

 納得の行かない私はそこの国王を殺した。弱い相手には強い私は卑怯者だ。

 


 この頃から、ブラナンは少しずつ変化していた。どうも老化が進んだ体から意識を移す際に、体を支配されることに拒絶や嫌悪をする者がいるらしい。

 ブラナンよりもこの街の事を大切に考え、且つ、優れた者は居ないのにと、こちらも不愉快だった。何人か殺した。



○1000年前


 状況は変わらない。魔物は人々を襲うし、魔族は退治してもまた涌き出る。人の活動範囲が大きく広がった黄金時代もあれば、魔物が活発に動いて廃村が広がった暗黒時代も有った。その上で長い目で眺めると、何も変わっていない。


 私は考えた。地から溢れる魔力が全ての元凶ではないのかと。

 その膨大な魔力が魔物や魔族を産み出している。もちろん、人に宿った魔力は魔法と言う便利な技術を付与してくれるが、そもそも、魔物が居なければそんな物は必要ない。


 魔力がなくなれば、魔王が生まれることもなくて、カレンやマイアみたいな犠牲者も出さなくて済むはず。


 しかし、手段が分からなかった。私は魔法の研究を続ける。場所はマイアが欲した彼女に相応しい魔法研究所だ。私が使うのはダメだと思ったが、彼女なら許してくれるだろう。

 最終的には魔法を消すことになる魔法。時間だけは無限にあるから、マイア程の才能を持たない私でも実現できると信じていた。



 あと、大魔王退治からもう千年も経ったのに、この時代にもフォビは生きていた。


 ふらっと私の前に現れてきたのだ。まるで数ヶ月ぶりに友人の家を訪れたみたいな顔だった。



「疲れてるんじゃないか、ヤナンカ? たまには旅行なんて良いぜ」


「確かにいーねー。でも、ヤナンカは忙しいんだー」


「そうか? 適当に生きた方が楽しいもんだぜ」


「適当に生きてる人間が言ったらー、説得力ないなー。生きてたのが信じられないけどー」


「俺だって色々あったんだ。聞きたいか?」


「いらないー。たぶん、(ろく)でもない女かんけーのトラブルの話だよねー」


 私達は笑い合った。それから尋ねる。



「地から湧き出る魔力ってー、何なんだろー? 止めたいんだけどー、良いほーほー知ってるー?」


「あー、あれなー。世界の理みたいなもんだから、止めるのは無茶だぞ」


「さっすがー、フォビ。じゃあ止めないからー、もっと詳しく教えてー」


「……スードワットに聞いてくれ。あいつが管理しているんだ」


 スードワット。聖なるを意味するスーに女性冠詞のド、直訳すると、聖女ワットちゃん様、或いは、聖竜ワットちゃん様。


 ワットちゃんが出世していて嬉しかった。大魔王討伐をしたのに、あの時の仲間は誰も報われていないと思っていたから。



「あんまり無理すんなよ。ブラナンも地の魔力に興味を持っていたし。ほんと心配してるんだからな。俺はシルフォさんのお使いで忙しくてさ、助けてやる時間がないんだ」


「シルフォー?」


「あ、俺の女上司の名前だ。悪いが、今のは理由を聞かずに忘れてくれ」


 昔と変わらず、女遊びが好きななのだろう。だから、他の女性に今の遊び相手を知られるのが嫌で、忘れてくれと言ったと判断した。



 フォビのアドバイスに従って、早速、私はワットちゃんの家を訪問することにした。この頃のブラナンは怒りを見せることが多くなっていたが、すんなりと彼の許可も得た。



 地下でワットちゃんに地の魔力の件を訊いた。


 なんとワットちゃんは地の魔力の量を操る事が出来るらしい。私は噴出量を絞ることをお願いしたが、ワットちゃんは悩みに悩んだ末、丁重に断ってきた。


 それをあっさりと私は受ける。ワットちゃんは友人で、しかも、大魔王と直接に戦った英雄だから。

 あと、シャールの人間には手を出さないでと依頼され、私は了承した。大昔の国王殺しをワットちゃんは私の仕業だと分かっていたみたいだ。



 帰国した私にブラナンは怒鳴ってくる。


「どういうことだ!?」


「この世界は人間だけのものではないんだってー。ワットちゃん、わざわざママに聞いてたよー」


 ママって言葉を聞いたブラナンは少し苦笑を見せた。でも、すぐに戻る。私は前みたいに大笑いして欲しかったのだが。



「王である俺の言うことを聞けないのか!」


「ブラナンさー、ワットちゃんは友達だよー」


「だからこそ、何故、俺の想いが分からんのだ!」


「ブラナンさー、変わったんじゃないー? そんなに冷酷だったかなー? ずっと傍にいたからヤナンカ、気付かなかったー」


 この時の私は珍しく逃げなかった。友人を庇いたかったのだ。


「貴様っ!? 魔王を裏切ったように、またもや主を裏切る気か……?」


 その言葉は辛かった。このタブラナルが村だった頃に、村人達から責められた常套句であったから。

 しかも、ブラナンの死期に、実際、私は村を逃げ出して裏切っている。


「……もうあれから1000年経ったのー。1000年の間にしたことを考えたらねー、今更の損切りはできないかなー」


 裏切りについては答えなかった。

 それよりも、タブラナルの発展のためにいっぱい人を殺した事実を話した。


 永い年月の間ずっとだったから、もしかすると、大魔王が殺した人間の数よりも遥かに多くなっているかもしれない。

 だからこそ、引き返せない。私はシャールの王を殺した時から、一線を越えてしまっている。


「得の方が多かっただろ?」


 先に私が損と表現したにも関わらず、ブラナンが得と発言したことに悲しみを覚える。彼はそんな計算よりも情に篤い者だったのに。


「そうだと信じたいなー」


 ブラナンは昔の事を忘れてしまったのだろうか。




 その年、ブラナンは期待していた王子、次代の被憑依候補が毒殺されたことに激昂した。そして、彼の怒りに共鳴した精霊が顕現して、空を飛ぶ赤い巨鳥が街を襲った。


 タブラナルは壊滅した。



「街のリセットが出来たな、ヤナンカ!」


「した方が良かったと思っておくよー。あと、ワットちゃんを殺そうとしたー?」


 巨鳥はワットちゃんに明確な害意を持っていた。魔族である私は巨鳥が使った魔法の術式を読んでそう判断していた。


「そうなのか? ……地の魔力の調整を欲しているのだろうな、俺は。あれがあれば、俺は夢を叶えて、もう後進に託せる事が出来るからな!」


「……りょーかい。ワットちゃんには申し訳ないけど、それで私も終われるのかなー」


 ブラナンはもう昔のブラナンではないとはっきりと思った。友人を殺してまで欲しい物を得たいと考えていた事に軽蔑感さえあった。



 その感情が見えたのだろう。ブラナンは拙い精神魔法で私を操ろうとした。が、そんな物が私に効くはずがない。


 ただ、タブラナルの街に彼が必要なことは間違いなく、更に、いずれ彼が正気を戻すだろうと期待していた為、魔法に掛かった演技はした。若しくは、無意識的にブラナンと争うことから逃げた。



○600年前


 小麦の育成技術で勢力を伸ばしたデュランが私達のタブラナルを脅かす。デュランで跋扈していた宗教が私の友人であるマイアを信仰していた為に、目溢(めこぼ)ししていたのが裏目にでた。


 しかし、それでも偉大なマイアを崇める者達を直接に殺すのは忍びない。それよりも、数十年に一度、デュランに侵攻し、タブラナル近郊にまで手を伸ばす山脈の向こうの小国の集まりが目障りで、私は一計を案じた。


 長年に渡って研究した、地の魔力を吸収して閉じ込める魔法、これを小国の連中の領土の端っこ、瘴気が噴出している洞窟に設置した。


 今までの実験の中間確認でもある。無尽蔵の地の魔力を集めるだけの機能だと、やがて暴発する。だから、魔力消費用に自分のコピーを作った。それ自身と、それが住む異空間の維持のために魔力を消費する。それでも余る魔力は死竜の復元に使って、タブラナルに刃向かう小国どもを蹂躙させる。

 ただ、そうすると、また魔力が土地に発散してしまい、本来の目的である地の魔力をゼロにする意味が薄れてしまう。

 だから、使い終わった魔力の大部分を回収するシステムも作った。魔法陣の呼び掛けに応えて、魔力が一纏まりになって戻って来るように。何となく遊び心が出て、ワットちゃんの幼い頃を象ってみた。


 魔力に富んだ何かをその洞窟で拾った。色々と試した結果、遅効性の魔力的な致命毒と判断して、その後も有効活用した。後に、それが邪神と呼ばれる存在の欠片だと知った。



 それから、百年近く後、王都でも私とブラナンは魔力を集めるようになっていた。


 ブラナンは再び巨鳥となり、ワットちゃんを消滅させるため。私はその巨鳥からブラナンの魂を取り戻すため。



 ブラナンは完全に変質していた。如何に自分の依代を維持するかを最上位に考え、結果、タブラナルの発展よりも国土の安泰を考えていた。

 仲間に託された私達の街はタブラナルの他にないと言うのに。



 そして、何よりブラナンはワットちゃんを敵視していた。そんな中、王都を離れられないブラナンに代わって、私はシャールを訪れる。


 そこでロヴルッカヤーナという、強い魔族を知った。数百年前にもシャールで戦ったらしいが、印象に残っていない。

 彼女は当時のタブラナルの王子と恋仲になっていて子まで生んでおり、ブラナンの興味を強く惹いていた。


 ロヴルッカヤーナは他人の魔力を吸い取り、自分の魔力を埋め込む能力を持っていた。それが私の興味も惹く。


 それを使えば、ブラナンに取り憑いたままの精霊を追い出し、昔の真っ直ぐなブラナンに戻るかもしれない。



 ロヴルッカヤーナに王家に代々寄生しているブラナンの存在を伝えた。無論、私の仕業だと勘付かれないように工作も行った。


 最終的にロヴルッカヤーナはブラナンの追手を躱しながらデュランに逃げ、そこで聖女になった。

 子供を人質に取られたロヴルッカヤーナは私の提案に乗らなかった。それどころか、自分の体をブラナンに引き渡してでも子を守ろうとする。


 このままでは私の企みがブラナンに漏れる。私はロヴルッカヤーナに別の提案をした。



 子供は永遠に生かし、ロヴルッカヤーナは王都ではない所で待機する。ブラナンが正気に戻ったら、母子ともに解放すると。


 ロヴルッカヤーナは受諾し、彼女が選んだシャールの地で、私は強固な魔族避け魔法陣を張って、彼女を封印した。


 残酷なことをしたと自覚をしている。同じ魔族として友人になり得た存在。

 また、私は他人を犠牲にして逃げた。



 やがて王都の魔力が溜まり、ブラナンは巨鳥になる。街が破壊された。私達が精根込めた街並みは全て廃墟になった。


 ブラナンはワットちゃんを仕留めることに失敗した。私もブラナンを取り戻すことに失敗した。


 もっと魔力が必要だと分かった。巨鳥を実体化させた方がブラナンとの分離が進みやすいとの知見が得られたから。

 次は成功させたい。



○400年前


 マイアは死んでいない。デュランの聖女達がそんな事を言う。

 それを確かめる為に調査したが、どうにも信じられなかった。


 また、ブラナンの存在をデュランの聖女は伝え聞いているようだった。何回、聖女を殺しても彼女らの何人かはブラナンを脅迫した。


 だから、聖女をコントロールすべく、私はデュランに暗部という組織を作り、その長に自分のコピーを就かせた。



 同時に、聖女がブラナンを知り得た理由を探った。

 ロヴルッカヤーナが身に付けていた転移の腕輪が関与していた。それで異空間に飛び、リンシャルと呼ばれるデュランの守護精霊から教えられていたようだ。

 すぐに転移の腕輪を破壊するために動く。しかし、フォビの作製と思われる魔法回路が腕輪に組まれており、私は残すことにする。

 聖女はマイアが霊体の形で存在するとも語っており、フォビが彼女を救おうとしているのだと解釈したからだ。


 タブラナルの害にならないと判断した聖女やデュラン関係者は殺さないことにした。



 ブラナンを戻すための魔力が自分には足りないことにも気付き、別途、魔力収集する為の組織を王都に作る。それが情報局であり、ブラナンには適当に偽の理由を伝えた。



○60年前


 夜空を見ていた私の横に突然、フォビが現れた。ワットちゃんの所へ寄った序いでだと簡単に彼は言ったが、あの距離をそんな風に言えるフォビはやはり凄い存在だ。


「どーしたのー? ヤナンカを怒りに来たのー?」


「おいおい、何を怒られたいんだよ?」


 私は無言で通す。色々と心当たりが有りすぎて答えられなかった。



「まぁ、何か気にしてるんだな。終わったことは仕方がないさ。それよりもヤナンカ、お前は新しい仲間ができたか?」


「……仲間かー。失いたくないから、もーいーかなー」


「俺も忙しくて、中々来れないからな。頼りになるヤツを仲間にして、相談したら気が晴れるぞ?」


 それがロヴルッカヤーナだったかもしれない。でも、傍にはいない。


「私の仲間は2000年前から増えてないなー」


「どれだけ人見知りなんだよ」


「何のためにヤナンカは生きてるのかなー」


「さぁな。しかし、お前達は良い国を作ってるよ」


「どーだかなー」


「政治って難しいだろ? 万人を幸せにすることは不可能なんだ。俺も実感している。あれから2000年だっけ? 少なくとも、そんなに長く続いた国を俺は見たことがない。頑張ったな、ヤナンカ。お前は世界にプラスの存在だよ」


 救われた。その時はそう思った。

 でも、ブラナンも救いたくて、その内に忘れてしまった。



 そして、今。


 私の本体はブラナンが精霊を顕現させる前に消滅して、救いたかったブラナンは死んでいる。そして、現在の私もコピーに記憶を移した状態で死に掛け。

 ブラナンが狂っていたのは間違いないけど、私はブラナンの仇を取りたかった。でも、それだけの理由であの2人と戦った訳ではない。


 逃げてばかりの私が初めて命を賭けて戦った。


 ブラナンの記憶を引き継いでしまっているだろうアデリーナへの贖罪、私によって邪神を宿らせてしまったメリナへの贖罪。


 勝てると思っていなかった。

 私達は2人に王国を託す。

 ブラナンと私を倒したのだから、資格は十分。


 2人が寿命で死んだらワットちゃんに任せる。たぶん、フォビはまだ生きているだろうから、本当に危なくなったら何とかしてくれる。


 一番私が危惧していた邪神もこの世界から消滅した。あの邪神も世界から消えたかったと言うのが意外だった。誰であっても、長生きし過ぎると死にたがるものなのかもしれない。



 しかし、私の死は逃げじゃなくて精算。プラスマイナスで考えたら、私は世界にとってプラスの存在だった。フォビの言う通りになりたい。



 心残りとしては、仰向けに倒れたかった。ブラナンが最後に見たかった青い空を、私が代わりに見届けたかった。


 もう皆、他のヤナンカは消えたのだろうか。

 誰の声も聞こえない。



 不意に顔の前に黄色い水仙の花が落ちる。少しだけ動かせた目で見ると、善界、フェリス・ショーメがいた。


 花言葉は「私達のもとへ帰って」か。

 それが出来ないのは知っているのに無茶を言う。大変な部下だ。もう体の魔力が持たない。そもそも、これは魔力で作られたレプリカ。魔力供給が途絶えた今、半年も持たずに消える運命だった。


 それが分かっていたのか、答える前に私の頭にナイフが入れられ、私は消えた。

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