戦いの終結
氷の壁。
私の気配を背越しに感じ取り、瞬時に拳の軌道に構築した速度は、さすが魔力の源たる精霊です。
が、無駄。
今の私はこれまでより遥かにパワフルなのです。
分厚い透明な壁をものともせず、力任せに粉砕します。宙に舞う破片が少し綺麗。
そして、そのまま、邪神の襟首を後ろから襲いました。
拳が痛い。堅いな。相当に強いですね。
さっきまでアデリーナ様の剣に斬られていたくらいですから、私の拳なら爆散して当然なのですが、邪神も本気を出してきたと言うことなのでしょうか。
邪神の振り向くタイミングに合わせて、私は足を加速し、再び背中を取ります。それから、腰に手を回して後ろへ投げ飛ばす。いえ、投げ飛ばすのとはちょっと違いますね、持ち上げて、背を思っきり反らして、真っ逆さまに頭頂を地面に叩き付けてやったのです。
更に、そこにアデリーナ様の光る矢が飛んできて、邪神の頭部を貫きます。
当然に私の体も邪神に密接しているので、慌てて離れて誤射を避けました。
いつもは目にも止まらぬ、恐ろしいまでの速度で放たれるアデリーナ様の矢ですが、今回は察知して逃げるまでの時間を与えてくれました。あの鬼も漸く人並みの配慮が出来るくらいに成長したようですね。遅過ぎです。あいつ、何歳だよって感じです。
「おかしいじゃない? 何、今の?」
邪神はそれでも立ち上がります。頭に空いた傷は塞がれていきました。
「喋る余裕があるとはムカつきますね。平伏しなさい」
「私の玩具が面白いことを――」
会話をする必要は御座いません。アデリーナ様も「愚か者を相手にする時の鉄則は聞く耳を持たないこと」と仰っておりましたし。
しかし、本当に今の私は絶好調です。
隙だらけの邪神の懐に一瞬で入ります。膝を曲げて姿勢を低くしていましたので、そこから立ち上がりながらの顎への一撃。
先程、首を破壊できなかった反省を込めて全力です。全力の全力です!
「ウォッシャーーー!!」
気合いの掛け声とともに、魔力を帯びた私の腕が邪神の顎を破壊します。
豪快に振り切った拳は邪神の顔面を抉りました。人間であるなら血や脳ミソが吹き出して、私は血塗れになったでしょうが、邪神の体の中はルッカさんと同様に魔力で作られています。
でも、その剥き出しの魔力の吸収は致しません。今の私の体を循環する魔力に比べると、そんな微量のものを取り込む必要がないからです。
顔が欠損しているのに平気で動く邪神は炎の雲を撒き散らします。私を焼こうと言う意図でしょう。
「これはバーダの恨みっ!」
火傷は構いません。と言うよりも、この程度の火力ならば無視できるでしょう。
私は叫びながら、膝を邪神の腹に叩き込みます。
逃げようとする邪神の腕を握り、引き寄せました。
「アデリーナ様の分っ!!」
肘を邪神の顔だった部分に深く突き刺します。
邪神の魔力が不意に減少するのが分かりました。弱った? いえ、これは転移魔法!
逃がしません!!
私は邪神の魔力に干渉。術式の発動を停止させます。
「そして、ガランガドーさんの分っ!!」
大きく振りかぶった拳を邪神の胸にめり込ませました。邪神は草と土を削りながら吹き飛んでいきます。
まだまだっ!!
本当に瞬間移動ですね。
私はもう邪神が飛んでくる方向に移動しています。
「フィニッシュー!!」
待ち構えていた私の両手から炎が噴き出します。我ながらスゲーです。
邪神の体が一瞬で燃え尽きました。
何故にこんな物が出たのか不思議ですが、何か出来そうだったからという理由で今は納得しておきましょう。きっと、私の精霊さんのお陰です。
静寂が場を支配します。
アデリーナ様が駆け付けてくれたのですが、真顔で見つめてくるのが気持ち悪いです。
「何で御座いますか、今の?」
「いえ、炎が出るんじゃないかなって思ったら本当に出ました」
「それはいつもそんな感じで御座いましょう。そうではなくて、異常な速度の攻撃と転移魔法。私でも追えない動きなんて有り得ないです」
「いやだなー、それこそ、いつも通りですよ」
「……メリナさん、ちょっとこれを避けてみなさい」
アデリーナ様がお出しになったのは何本もの光の矢。でも、大変に遅いものでしたので、私は軽々と移動して、んまぁ、軌道が曲がるなんて射手と同じく意地が悪い、余計に動かないといけませんでした。
「今のがどうしましたか? 人が走るよりは速いですが、狙いを外すことくらいなら余裕ですよ」
「生意気で御座いますね……。こちらもご覧ください」
言った途端にアデリーナ様の光る矢が物凄い速さで遠くの地面を襲います。目にも止まらぬ速さとはこの事で、やはりアデリーナ様は怖い人だと再認識しました。
私の思いは顔に出ていたのだと思います。アデリーナ様が少し呆れた感じで口を開かれます。
「これを避けたんですよ、メリナさんは」
「本当ですか? 騙されないですよ」
「今まで私が見たことのない転移術式に、超反応、地獄の焔みたいな魔法。ほんと、メリナさんは手に負えない化け物で御座います」
「まぁ、大活躍した私を誉めずに貶すなんてビックリです」
敵を倒した安堵は、しかし、新たな魔力塊の発生により消されます。
邪神が復活したようです。
「信じられないわ。なんで私が滅ばされたのかしら。ねぇ、メリナ、私はどうして消されたのかしら?」
邪神はまた完全なヤナンカの姿になっております。滅んだのなら二度と出てくるなと言いたいです。
「しつこいで御座いますね」
「アデリーナ様の私に対する苛めとか、かわいがり並みですね」
「ここまでではないでしょ?」
「えっ、苛めの自覚があったんですか? 本当に性格がお悪いですよね――あっ」
「どうしましたか?」
「邪神が転移で逃げようとしたので術を止めました」
「……メリナさん、本当に化け物染みて来ましたね」
邪神は体を震わせます。
「うふふ。ゾクゾクするわ。ありがとう。楽しかったわ。お礼にもうお仕舞いにしてあげる」
急速に邪神の魔力が膨れ上がります。体内から魔力が溢れてきているようでした。次いで、ヤナンカだった体が膨らみ、竜となります。
「やっぱり自分の体じゃないと本気が出せないのね」
白と黒の模様が細かく入ったドラゴンの顔はヤナンカです。サイズはいつもより小さく、今は馬五頭分くらいでしょうか。
それが邪神の声色で喋ります。それと同時に禍々しい魔力が奔流となって私達を襲いますが、私は片手を前に出して傘の様な防御膜を出して、直接に浴びることを避けます。
「アデリーナ様、デンジャラスさんは執拗に無抵抗な敵を殴っていました。聞けば、魔法で操られた人間を正気に戻す手段なのだそうです」
「だから?」
「あいつをぼっこぼっこに殴ってやれば、ガランガドーさんやバーダを吐き出すかなと。そうすれば、弱体化するんじゃないですか」
「不採用。根拠が足りません」
「えー。じゃあ、ショーメ先生は魔族を一撃で倒していました。頭に鋭い一撃を与えて、確か魔力を注入していました」
「ほう? 吸うのではなく入れる……。発想の転換で御座いますね……。続けなさい」
は? 何を更に言えと命じるのですか!
考えるのはお前の仕事でしょ!
邪神の鋭い尾が横から跳んできました。
アデリーナ様が剣で捌こうとしますが、少し厳しいか。私は彼女の剣に魔力を付与します。
「余計なお世話で御座いますよっ!」
とても礼儀がなっていないセリフとともに、アデリーナ様は豪快な振りで尾を切断しました。
切断された邪神の尾が土煙を上げながら地を走りました。
「あれ? 修復しませんね?」
「切り刻んでやります」
果敢に突撃するアデリーナ様はとてもバーサーカー。やたらめったらと邪神の体に刃を入れます。鱗や皮が周辺に飛び散っています。ただ、剣の長さが足らず、邪神の体内奥深くには届いておりません。
「許さないっ! 許さないっ!! 世界を私で埋め尽くすの!!」
邪神は叫びます。そして、また魔力が溢れ、更なる巨体化を致します。
圧し潰されることを恐れたアデリーナ様が戻って来ました。
「分かりました。メリナさん、この剣はメリナさんの魔力を邪神の傷口に塗っているので御座いますね」
「あー、魔剣と同じ原理ですね」
「そんな物より、よっぽど禍々しい魔力ですがね」
「何を仰るかと思えば、邪神を倒すんですから、それは聖剣と呼ばれますよ。神々しいと仰って下さい」
邪神はドンドンと大きくなってきて、私達は後ろへと逃げ出すを得なくなります。また、諸国連邦の陣からも邪神の姿が見えたのでしょう。動揺と悲鳴の叫びが聞こえました。
「メリナさん、あいつの止め方は!?」
「分かりませんよ。えっ、ちょっと待ってください」
私は立ち止まって邪神を見詰めます。
「2ヶ所。邪神の体内の2ヶ所から魔力が出ていますね。あそこを塞いだら止まるんじゃないですか?」
なんとなくです。
「場所は!? そこに魔力をぶちこみます!」
「塞ぐんじゃないですか?」
「魔力で押し返して塞ぎます! フェリスの魔力注入の魔族殺しにも通じる可能性も御座います!」
「失敗したら死にますよ。もうそこまで邪神の体が迫ってますし。あいつ、本気で世界よりも大きくなる気かもしれませんね」
「良いから、場所!」
「胸から白色の魔力、頭の下の所から黒色が噴水みたいに出てます。細かい場所は自分で分かりますか?」
「胸はメリナさん! 頭は私が狙います!」
私の魔力は黒色で、アデリーナ様は白色ですから、互いに異なる色を狙うってことですかね。同種の魔力だと混ざって一緒かもしれませんしね。
アデリーナ様は足を開いて不退転の構えです。邪神の体はもう目前にまで迫っていて、視野一杯に広がっていました。
私も覚悟を決めましょう。両手を前に出して、さっきの謎の炎です。
「メリナ! どこを狙えば良いか判別できませんでした!」
「はぁ!? アデリーナ様、土壇場で何を言ってるんですか! 本当に死にますよ!」
私は無能な女王の手を引っ張って、一気にジャンプします。間一髪でした。無駄死にしてしまうところでした。
空高く舞いながら私は魔法を出してから、アデリーナ様に言います。
「あそこ! 今、私が炎で焼いたところ! あの奥!」
「お任せなさいっ!」
即座にアデリーナ様の魔力が高まります。
私も胸の奥を貫くイメージで炎の槍を出しました。
放たれた私達の魔法を防御すべく、邪神が魔力の壁を構築。負けたら死にます。そんな予感。
衝突の瞬間、閃光が迸りました。
「舐めるな、愚か者がッ!! 私の血の代償を受け取れッ!!」
「聖竜様と私の世界を滅ぼすなんて、許しません!!」
アデリーナ様と私の絶叫が響きます。
気合いが奏功したのか、パリンと邪神の最後の抵抗が割れました。
そして、貫く私達の魔法。正確に邪神の魔力の源を射ました。
「あぁぁ、消える! 私が消えるっ!! うふふ! 私が消えるぅう!!」
邪神の叫びが響き渡ります。でも、悔やみよりも悦びを感じさせるものでした。
広い原っぱに私達は立っています。邪神はいません。代わりにヤナンカの体だけが倒れています。
「いつまで手を握っているので御座いますか?」
「いや、アデリーナ様が離せば良いだけじゃないですか」
「全力を出した為に、これ以上体が動かないので御座います。立っているだけで精一杯で御座います」
「じゃあ、座って下さい」
「メリナさんが立っているのに、私が無様に座るなんて許されません。良い考えが御座います。メリナさん、四つん這いになって私の椅子となりなさい」
「拒否です。絶対に嫌です。ガランガドーさんの尻を舐めた方がマシ……いえ、そこまでではないですね」
魔力のブレがまた発生します。
「まだで御座いますか……」
「もう一回殺してやれば良いんですよ」
「私は体が動かないと申したばかりなのですがね」
しかし、現れたのはショーメ先生でした。途中で気付いて良かったです。出現と同時に炎で焼いてしまうところでした。
「お疲れさまでした。見事に倒されたようで」
先生は手に花を持っていました。
「助けに来るならもっと早くにお願いします」
「そうしたかったのは山々だったのですが、妙な障壁があって叶わなかったのです。クリスラ様の殴打でも困難だったのですから、非力な私なんてどうしようもなかったとご理解ください」
先生はそう言ってから、俯せのヤナンカに近付きます。一輪の黄色い花を横に向いた顔の横に静かに置きます。
「頭領もお疲れさまでした。善界、最後のご奉公で御座います」
先生は頭にナイフを突き刺し、ヤナンカを爆発させました。
私、この精神異常者を先生と呼んでいたのかと怖くなりました。




