楽しませてくれる?
私はすぐにヤナンカに詰めました。
そして、脇腹への横蹴り。
当たる寸前にヤナンカは消え、私の背後に現れます。転移魔法ですね。
しかし、焦りは御座いません。今回は頼りになる人が控えているからです。
鋭い剣戟であったことが、背中に伝わる空気の振動で分かります。転移直後のヤナンカを切り裂いたのでしょう。
とは言え、ヤナンカは魔族。予想外の事が起きるかもしれませんので、私もアデリーナ様もすぐに離れて、次の行動の準備に入ります。
復活はするでしょう。まずは追撃を避けて、相手の弱点を探っております。アデリーナ様と打ち合わせた訳では御座いませんが、お互いの意思に相違は有りません。毎日の様にからかい合い、また、相手の出方を予想してきた私達ですから、戦闘での好みも分かっております。
「私の太刀筋を恐れなかったのは誉めてあげますよ」
「いくらアデリーナ様でも、この状況で私もろとも切り裂くことはしないと思っていました」
「うふふ。よくお分かりで」
「満足そうな顔をしていますが、味方に斬られる可能性があること自体が異常なんですよ。その微笑み、本当におかしいです」
「いえいえ、そうではなくて、この剣、王家に伝わる宝物の一つ、魔滅の聖剣なので御座いますよ。大昔に金貨百万枚で購入したと記録が残っております。値段相応で、魔族でさえ斬られたら即死するという代物なのですよ。いくらメリナさんでも当たったら死ぬかも」
「でも、その魔族に効いてないですね。昔の人、騙されたんじゃないですか?」
「それくらいヤナンカはしぶといって事で御座いましょうかね」
ヤナンカはその後も傷を修復しては私達に倒され続けます。何十回も。
彼女は転移魔法を駆使しての奇襲を行いますが、私達には無駄。転移先が事前の魔力のブレで分かりますから、先回りをしての攻撃が可能です。戦うならば、もっと離れた所に転移すべきでしょう。それをしないのは、私達をナイフで殺したいからか。
邪神を体内に宿したというのに、ヤナンカは余りに弱く感じました。若しくは私達が強すぎるのかもしれません。
「ほんとーに強いねー。でも、私を消すことは出来ないんだねー」
「王都でガランガドーさんの魔法によって灰も残さずに消滅したことを覚えていないんですか?」
ナイフを持つ手を弾き、ヤナンカの顎に拳を入れながら返しました。
かなりの強さで殴ったのに、ヤナンカはまた立ち上がります。
「いずれ人間は寿命を迎えるのー。ヤナンカを仕留めきれなかったらー、100年後にはー、ヤナンカの王国ができるよー」
そうですね。流石に私もアデリーナ様もそんな未来には死んでいるでしょう。
「ならば、ここで殺すまでっ!」
アデリーナ様の大剣がヤナンカの胴体を真っ二つにし、それから、崩れ落ちた上半身を串刺しにして地面に張り付けました。
その状態でもヤナンカは生きております。離れていた下半身が急速に魔力へと分解されて、斬られた上半身の続きを形成しました。
土に寝っ転がったまま、ヤナンカは言います。
「強くなったんだよー、ヤナンカー。それでもー、勝てないかー」
「諦めませんか、ヤナンカ? マイアさんの所で余生を楽しむのも良いですよ?」
このまま続けても私達が勝つでしょう。
ただ、油断はしません。ヤナンカは転移魔法に優れています。喋っている最中でも、私の背後を取り、ナイフを首筋に入れることは可能です。
「ダメかなー。ヤナンカはねー、後悔してるんだー」
何の後悔かは聞きません。
「そうですか。残念です」
「喋らせてくれないんだー。辛いなー」
それがあなたへの罰です。情報局長時代の非道を告白したいんでしょう。それは許しません。自分の行為に対して他人の同情や理解を貰いたいのでしょう。自分を救うために。
「分かったー。メリナ――あら? もう心が折れたの?」
「誰だッ!?」
明らかにヤナンカの雰囲気が変わりました。絶対にヤツです。邪神です!
「よいしょっと」
胸に刺さった剣を手で抜き取り、アデリーナ様に投げ返します。刃を握った際に指がポロポロと切れ落ちたのに、掴んで投げたのです。
アデリーナ様はそれを軽々と避けました。金貨百万枚の剣が遠くで音を立てて転がります。
「私を楽しませてくれる? その為に貴女に力を授けたのだから」
ヤナンカ、いえ、邪神が醜く歪んだ笑顔を見せます。アデリーナ様の冷たい微笑みよりも邪悪で禍々しいものでした。
「メリナさん、こういう愚か者を相手にする時の鉄則は聞く耳を持たないことですよ」
「了解です。ありがとう御座い――」
いきなり炎の玉が飛んできました。
それを私の前に出たアデリーナ様が剣で切り裂きます。火は私達の左右に分かれて通り過ぎました。
「行け! メリナ!」
「はいな!」
すぐに私がアデリーナ様を越して邪神に接近し、気味の悪い顔の邪神の頬をフルスイングで殴ります。
ぺちっ。
拳が軽い。続けて入れた蹴りも簡単に腕でガードされました。
慌てて下がりますが、状況は分かりました。体内の魔力の不足です。
「ご明察よ。私の魔力は回収したから」
体が柔らかくなった上に、回復魔法も使えなくなったのですか。致命傷が本当に致命になる……。
「メリナ! 構わず殺りなさい!」
アデリーナ様がもう一度私と邪神との間に入ります。
「あら? 貴女は思考を読ませてくれないのね。策が有るのかしら?」
「無論。私のメリナさんが私以外の者に負けるはずが御座いません」
「まぁ、なんて麗しき友情かしら。妬けちゃうわ」
「この世界で何をしようとしているので御座いますか?」
「もう退屈なのよ。だから、世界ごと終わらせてあげる」
「一人で滅びなさい」
「まぁ、出来るのなら歓迎よ」
「減らず口を」
対峙したまま、アデリーナ様は短い会話を続けます。恐らく、アデリーナ様は時間稼ぎに入ったのです。
何のために? 私が策を考えるための時間でしょう。
しかし、先程の邪神の言いっぷりからすると、私の思考は読まれているみたいです。どうしたものでしょう。
うーん、分かりません。とりあえず、アデリーナ様が殴れと言うのだから、そうしましょう。でも、今の私の腕力だとマリールくらいのパンチしか出ない気がしますね。
良いのでしょうか。
アデリーナ様へ氷の槍を出した後の寸隙をついて、私はもう一度邪神に近付きます。移動速度は落ちていなくて、この魔力は邪神のものではないことを知ります。
私の拳が邪神に当たりました。魔力吸収を――
「させる訳ないじゃない」
ニタァと笑った邪神は全くダメージを食らっておらず、私を覗き込んできます。
「ムカつきますね」
「その内、諦めに変わるから」
「反吐が出ますね」
「さぁ、絶望の顔で私を楽しませて。力を失った事を悔やんで頂戴」
私はここで体をスライドさせます。
アデリーナ様が入れ代わり、剣を大きく何回も振るいます。邪神は五体を分割されて地に落ちます。でも、やっぱり何事も無かったかのように修復されました。
「うふふ。なるべく頑張るのよ。そして、最後は苦い顔で諦めて。抵抗を止める瞬間が私には甘くて素敵なの」
邪神は炎の雲を出しました。場所は後方。シャールの陣営です。
「さあ、戦わないと沢山の死人が出るわよ」
「メリナ! 考えずに動きなさい!」
無茶を言うなぁ。一撃を喰らったら死ぬんですよ、私。鬼です。あいつは鬼の女王です。
アデリーナ様は邪神が出す何個もの炎の玉を弾き飛ばすのに忙しそうでしたが、その炎に隠れた氷の槍に気付かず、肩を貫かれます。鮮血が私の足元にまで飛んで来ました。
「メリナ!」
いや、叫ばれても今の私にご助力の期待をしないで下さい。
とはいえ、アデリーナ様が目の前で殺されるのは忍びない。
何とかしたいところでは有ります。
ガランガドーさん、お力を貸してください。
返事は御座いません。困ったなぁ。
倒れたアデリーナ様はその顔を邪神に掴まれて、無理矢理に起き上がらされました。邪神は少しだけ宙に浮いておりまして、アデリーナ様の足が土から離れていました。女王の矜持なのか呻き声さえ上げていませんが、ゴリゴリと音が聞こえてきて、頭蓋骨が代わりに悲鳴を出しています。
そんな宙吊りのピンチであるにも関わらず、アデリーナ様は新たに出した剣で邪神の胸を刺して反撃をします。
「うふふ。生きてるって感じがするわ。痛みが新鮮」
邪神の声は本当に楽しそうでした。アデリーナ様の骨が砕ける音が響き続けます。
チッ。絶対に殺してやる! しかし、手段が……。
あっ、祈るべきはあの自称死を運ぶ者では御座いませんでしたね。この窮地を救ってくれるのはあの方において存在しません。
聖竜様、どうか私にお力を。全てを退ける力を与えてください。
なんと私の願いは叶いました。明らかに体内を巡る魔力が増幅します。
即座に回復魔法。大切な戦力であるアデリーナ様を救います。
それから、邪神の腕を手刀で断ちました。
「あら? 何? 新しい技なの?」
「強いて言えば、愛の力です」
「おかしいわね。ガランガドーの魔力も吸ったのに」
ここで「ククク」と笑います、アデリーナ様が。私、驚きました。その笑いは邪神にこそ相応しいと思いますよ。
「精霊も万物に精通している訳ではないので御座いますね。あくまで人間と同じく、自分の認識外の事は知り得ない。ガランガドーでも実感しておりましたが、確証が得られました」
「どうしたの? 私の力が強過ぎて頭がイカれたのかしら?」
「そうであれば、精霊など恐れるに足らずで御座います。お前を上回れば勝てる」
「出来るのかしら?」
「ここからは命乞いは無意味で御座います。私の血の代償、しっかりと返して頂きましょう」
邪神は気圧された様に後方へ転移しました。
「アデリーナ様、見てください。聖竜様に祈ったら、こんなに力が溢れて来ました。いやー、私、愛されてますね」
「はあ? 早くお殴りに向かいなさい」
「えっ。でも、私、嬉しくて」
「それ、聖竜スードワットの魔力じゃ御座いませんよ。色が真っ黒ですもの」
「あれ? 本当ですね……」
じゃあ、ガランガドーさんですか? スッゲー残念です。
「邪神はヤナンカに入れられ、ガランガドーはスードワットに入れられた。人は生まれながらに精霊の加護に入る。ならば、メリナさんも同様で、生まれながらに面倒を見ている精霊がもう一匹いると想像しておりました。それが名も無き聖竜なのでしょう」
聖竜様じゃないのに聖竜を名乗る不届き者がいるのか。赦されることのない大罪を負っているヤツですね。
しかし、今日は目を瞑ってやりましょう。
「早く言ってくださいよ」
「邪神に気付かれたら妨害の方法が有ったかもしれません。偶然でも、よく気付いてくれて幸運でした」
「難しい話は後で聞きますね。あいつ、ぶっ殺して来ます!」
強く土を蹴ったら、あっという間に邪神の裏を取りました。瞬間移動みたいです。嬉々として、私はヤツを殴り付けます。




