共に闘う
魔物は私の気合一息で吹き飛ばしました。胸いっぱいに吸って吐くだけの簡単なお仕事です。隣にいたアデリーナ様が吹き転ばされないように腕を握ってあげたのは、私が気遣いできる淑女であるからです。
「本当にトンでもない攻撃力で御座いますね。おつむに向かうべき栄養が全部戦闘用に行っているのでは御座いませんか?」
乱れた金髪を整えながら、アデリーナ様が嫌みを言ってきました。彼女は素直に誉めるということが出来ない欠陥品の人間ですので、私は気にしません。
「サッサッと終わらせたいんですよ。今日はずっと戦っているんで疲れてきました」
「同意で御座いますね」
なお、シャール陣営の方々はなお戦意に満ちているご様子でして、吹き飛ばされた魔物達を相手に蹂躙されていました。意図的にあちら方向に飛ばして正解でしたね。
日食で薄暗いのですが、アシュリンさんとかパウスさんとかの体が輝いていて、よく目立っています。
「あつッ!」
「どうされました――あつッ!」
急に肌が痛みが走り、慌てて確認すると赤くなっていました。火傷!?
「ひゃっ!」
思わず再び悲鳴をあげてしまいます。手の甲に雨みたいな水滴が落ちまして、その部分がジュワッて煙を出したのです。もちろん、とても痛いです。
間違いなく、ヤナンカの攻撃でして、私は図書室で読んだ昔話の中に、邪神の涙が家屋や人を溶かしていた事を思い出します。
「ちょっと、メリナさん! 早く私に覆い被りなさい!」
「えっ、嫌ですよ! 私だけが痛いじゃないですか!」
「メリナさんは肌から魔力を吸い込めばよろしいでしょ! 私はそんな真似出来ませんので」
「いえ、この雨みたいなのを避ければ良いんですよ! ほら、アデリーナ様、見てください! 左右にステップを踏めば、絶対に大丈夫です!」
私はお手本として激しく体を動かします。雨のように落ちてくる液滴を全て避けるのです。そんな意気込みです。
結果、身体中から煙が出る結果となりました。おかしい。難しいですね。本来は私に落ちてこない余計な分まで受け止めてしまったかのようです。
ただ、痛いのは回復魔法で全快できますので、そこまで驚異ではありませんでした。
なお、ちょっと本当に酷い火傷を負い始めたアデリーナ様にも、憐れみの心で回復魔法を唱えてあげる私は流石、元聖女です。
「仕方御座いませんね。私がしばらく凌いで差し上げますから、メリナさん、何か対策を実施なさい」
そう言ったアデリーナ様は手に剣を出しました。とても長いそれは真ん中に持つところが御座いまして、通常の剣と異なり、持ち手の両端から湾曲気味の刃が付いています。たぶん、クルクル回して戦う感じの武具です。
アデリーナ様はそれを頭の上に両手で掲げ、風車のように回転させます。物凄い高速回転でして、すぐに剣が見えなくなって、周囲に風が巻き起こりました。最初は雨を直接刃で弾いていましたが、その内に強い風圧で雨が落ちてこなくなりました。
どんな手の動きなのでしょうか。私は興味津々に見ていたのですが、「早くなさい! 初めての動きだから、そんなに余裕は御座いませんよ!」って怒られました。
仕方なく、高速回転する剣の合間から見えるヤナンカを観察します。
ヤナンカ、ひどく泣いています。その涙が地上に降り注ぎ、私達だけでなく草や土をも溶かしていました。
炎で乾かしましょうかね。……んー、嫌な予感がするなぁ。薬師処の実験で何かの酸を加熱していたら、爆発事故とか咳き込む程の臭気事故とか発生したって聞いたことがあります。下手したら死んじゃいますよ。
ならば、別の手段ですね。
昔話はどうしていたかなぁ。マイアさんは風で吹き飛ばして、聖竜様は飲んでいたか。もうアデリーナ様が風を出しているから十分だとも言えます。
しかし、やはり聖竜様は偉大です。こんなにも強烈な液体を飲み干すなんて偉大過ぎますよ。
試しに、アデリーナ様の技の範囲外に行ってから私も上を向いて口を開いて待ちましたところ、喉がやられてゲホゲホと息ができなくなりました。
「メリナさん! 早くっ!」
アデリーナ様、頑張ってるなぁ。
うーん、でも、良い方法が思い付きません。ここはじっくりと考えたい所です。
「メリナさん!!」
うわっ! 手を必死に回しているからお顔が真っ赤ですよ。今まで見たことがないアデリーナ様のお姿です。しっかりきっかり記憶に残さないといけませんね。うふふ、絶対、後で抱腹絶倒できます。
他の人にもお教えしたいところですが、そうなると、アデリーナ様のなされている大技の名前も考えないといけません。だって、その方が笑えるからです。
うーん、悪鬼風刃なんてどうですかね。カッコ良すぎるかなぁ。ならば、驚天動地なんてどうかな。いや、でも直接的過ぎるかな。夢想乱舞・ド根性も捨てがたい。
本人に好みを訊いてみたいです。出来れば、サルヴァみたいに技名を叫んでくれないでしょうかね。
……眼が合いました。チラッと見たら、すんごい形相でした。
アデリーナ様、とっても真剣にお怒りです。視線で殺されそうになりました。なので、私は慌てます。平静を装いながら、内心は嵐状態ですよ。
ガランガドーさん、急ぎ炎の雲をお願いします。この変な液を全部蒸発させたいんです。至急です。殺されそうなんです。
彼との念話は途絶えています。でも、ちゃんと魔法は発動します。多分ですが、意識体の彼とは別に私の魔法を担当している彼がいるのだと思います。精霊と言うのはつくづく不思議な存在です。
空に広がった炎の雲は私の願い通りにヤナンカの涙を消し去って行きます。しかも、アデリーナ様の風車が炎の雲を空に追いやることでヤナンカにダメージを与えているっぽいです。また、私が恐れていた異臭も、アデリーナ様の美技による風で吹き飛ばされていますよ。
凄いです、アデリーナ! 頑張れ、アデリーナ! だから、怒らないで、アデリーナ様! 技も美しいって誉めたんです!
「ハァハァハァ……。メ、メリナさん……。あなた……ハァハァ……遊んでおり……ませんでしたか?」
「滅相も御座いません。何を言っているのですか。今は命を賭しての戦いの真っ最中ですよ。有り得ないです。エルバ部長的に言うならば、マジ心外、マジデビル」
私はピシャリと断言しました。
「ぶふ」
あっ、笑いが溢れてしまいました。だって、アデリーナ様が面白い顔でしたもの。血管が切れるんじゃないってくらい顔に血が集まってたもん。不可抗力です。
あー、アシュリンさんとかルッカさんとかに見せてあげたかったです。
「メリナッ!!!」
「えっ!? アデリーナ様! またヤナンカが攻撃して来そうですよ! 見てください!!」
大袈裟に空を指差します。
本当に良いタイミングでした。九死に一生を得ましたよ。偶然でしょうが、ヤナンカ、ありがとう御座います。
ヤナンカの髪は無数の蛇となっていたのですが、それが異様なくらいに伸びて、此方へと向かって来ていました。
しかし、それもあっさりと撃退します。私の魔法によって疲労回復されたアデリーナ様が日頃の仕事の鬱憤を晴らすかの様に、鬼気迫る剣技で蛇を断頭しまくったのです。私は二、三匹の頭を殴るだけで終えることが出来ました。
「メリナさん……無性に腹が立つ展開なので御座いますが?」
「何がですか? アデリーナ様もご活躍された方が王国側の人々もご安心されるだろうという私の配慮ですよ」
「嘘おっしゃっい!」
「さあさあ、最後で御座いますよ。確か、昔話だと光る矢を両眼に射って倒すんです。さぁ、アデリーナ様! 出番ですよ!」
「さっきから出番ばかりなので御座いますけど!」
全く文句ばかりですね。いつも先頭に立って戦っている私のお気持ちもご理解頂きたいものです。
「私も手伝いますから、さぁ、ごちゃごちゃ言わずにヤナンカを沈めますよ!」
私は氷の槍、アデリーナ様は極太の矢を出しまして、ヤナンカに突き刺します。
呆気なく、ヤナンカの顔は動かなくなりました。
ずっとヤナンカは苦悶の表情でした。巫女長の魔法が残っているんだろうと私は本当に気の毒に思っておりましたよ。本来の能力を出せていないんだろうなぁ。
「メリナさん……」
「えぇ、私でも分かります」
ヤナンカの顔はそのままですが、禍々しい魔力が集まり出して、体の構築を始めました。
やがて人面の竜の形となり、白黒の体色をした邪神が現れたのです。
「終わったらお仕置きで御座います」
「うん? 誰に言ってます? ヤナンカですよね?」
「もちろん、メリナさんで御座いますよ」
んまぁ、死闘の最中に何て発言なんでしょう。正気を疑います。




