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日食

 黒い雲も魔法陣も消失し、また綺麗な青空が広がっております。太陽に照らされた草原も眩しいです。

 あと、ガランガドーさんやデンジャラスさんが暴れた結果であろう、どこかの街の騎乗用大型魔獣の死骸が転がっていました。憐れですね。



 シャールも諸国連邦も軍を退き、それぞれの陣へと戻っていて、戦場だった地に立つのは私とアデリーナ様だけです。



「ヤナンカ、何がしたいんですかね?」


「愚か者の考えることは分かり兼ねます」


 私達は空を見上げます。遠過ぎて、ヤナンカの姿は白い点としか見えません。



「主よ、我の助けは要らぬか?」


 振り向くとガランガドーさんがいました。背中にくくりつけたバーダも無事も確認できました。


「私の魔法発動を手伝ってくれていたら、それで良いですよ」


「承知した」


 ガランガドーさん、落ち着きましたね。アデリーナ様が傍にいるのに、勘違い発言をしませんでした。

 代わりに潔い深い一礼をアデリーナ様に致します。


「さらばである」


「待ちなさい、ガランガドー」


 (きびす)を返そうとしたガランガドーさんをアデリーナ様が止まるように告げます。



「エルバ部長の中にいた精霊をお前は知っていたにも関わらず、伝えていませんでしたか?」


 詰まらない事を言いますねぇ。私としては、「あぁ、ガランガドー様。私を捨てるので御座いますか」的な今更の未練がましい発言を期待しましたよ。


「思い返せば、人間の事を『弱き者』と呼ぶあなたが、エルバ部長に対してだけは『小さき者』で御座いました」


「アディよ、流石である。あれは人間に深く興味を抱いた精霊であった」


 あら。そうだったんですね。


「ガランガドーさん、何故に主人である私にも黙っていたのですか?」


「えっ、聞かれなかったから……」


「精霊が人間界で何をしようとしているので御座いますか?」


「そ、それは分からぬ。人間と同じ様に思いはそれぞれであろう」


「ふーん。了解しました。もう行って結構で御座います」


「う、うむ。今晩は勝利の美酒に浸ろうぞ」


 ガランガドーさん、歩いて諸国連邦側の陣へと向かわれました。

 どぎまぎしていましたが、何かを隠そうとした様子ではなく、私達の鋭い視線に緊張しているって感じでしたね。嘘は言っていないのでしょう。



「何のために訊いたんですか?」


「いえ、邪神の目的が分かればと思ったので御座います」


「邪神? ヤナンカではなく?」


「ヤナンカは恐らく、自分の体の中に邪神を顕現しようとしています。そして、強大な力を得て王国を支配することを望んでいます」


「本人はそんなことを言ってましたね。でも、レギアンスは『メリナとアデリーナに止めて欲しいってヤナンカが思ってる』と言っていましたよ」


「ヤナンカは人格統合できていないと嘆いていました。コピーの記憶を取り込みすぎて、混乱しているのでしょう。だから、止めて欲しいという思いと、王国の支配権を取り戻したいという相反する思いが出ているので御座います。恐らくは、もっと他の意見が彼女の心内には渦巻いておりましょう」


「それと邪神の目的との関係は?」


「ヤナンカは邪神を利用しようとしている。そして、邪神もヤナンカを利用しようとしている」


 ……なるほど。有り得ます。だから、邪神が復活をする目的を知りたかったのですね。何も知らずに戦うよりも有利に進められる可能性がありますから。

 アデリーナ様は本当に賢いですね。



「でも、邪神が復活しますかね?」


「します。メリナさんの魔法が完全な状態で使えているのが証拠です。邪神はヤナンカを私達に倒させようとしています。少なくとも、メリナさんが死ぬことを臨んでいないのだと、私は推察しております」


 あっ、確かに。アデリーナ様やデンジャラスさんとかと臨んだ邪神戦では、私の回復魔法が中途半端になりました。邪神が私の魔法に協力しなかったからだとエルバ部長が言っていた気がします。



「スッゴいですね。そんなに考えていたら禿げますよ。足臭い上に毛が薄いって、メンディスさんでも嫁に貰うのを躊躇すると思います」


 メンディスさんの枕詞に「下手物好きの」という単語を使いたかったのですが、私は優しいので言いませんでした。

 またアデリーナ様に後ろから攻撃されることを懸念したことも有ります。


「全く、また減らず口を――メリナさん、じゃれあいはここまでで御座います。来ますよ」


「はい!」


 空が再び暗くなりました。雨雲が広かったのでは御座いません。太陽が輪郭だけを残して隠れたのです。


 ただ、ヤナンカは見えなくて私達は臨戦態勢を解きます。



「日食で御座いますね」


「不吉な感じですよね。貴族学院で読んだ昔話だと、邪神が太陽を食べているんですよ。火の玉を上げたら、女の顔が浮き出るんです」


「では、メリナさん、その様に」


 勿論、私も行おうとしていました。



 いつの間にか消えていた照明魔法をもう一度使います。今回は特大サイズの光の玉にしました。



 すると、どうでしょう。

 ヤナンカの白い顔だけが空に浮かびます。長い白髪が逆立っていると思ったら、髪ではなく無数の蛇が頭から生えていて、うねうねと蠢いていました。



「メリナさんが邪神になられた時とは様相が異なりますね」


「私が邪神って、あのサルヴァとか拳王に記憶石を使わせたヤツですよね? あれ、私だって証拠ないですよ」


「おバカで御座いますね。私は三度も、メリナさんが変化した邪神と戦っているので御座いますよ。ルッカからは邪神ハンターと冗談を飛ばされるまでに至っております。だから、詳しいのです」


「それは女王様をするよりは適職かもしれませんね。でも、アデリーナ様が邪神側な気がしますよ。そう言えば、ルッカさんは今どこですか?」


「ルッカで御座いますか。最近は神殿にもいませんので分かりません」


 あいつも自由人ですよね。500年くらい何も食べなくても死ななかったみたいだし、服も魔力で作れるし、働いて日銭を稼ぐ必要はないのだから、息子の看護のために退職しても良いのに。



「敵が動きましたよ、メリナさん」


「見えてます」


 空に浮かぶヤナンカの表情がひどく歪んで、それから、大きく開かれた口から多くの魔物が溢れ落ちてきます。



「箆。ぐ。くるりまとを射る」


 アデリーナ様の輝く矢による一斉射撃により、それらは地上に到達するまでに射貫かれてしまいました。


 が、仕留めきれてはおらず、降り立ったそいつらは私達に襲い掛かるのです。

 エルバ部長の水晶球の中で邪神と戦った時と同じです。魔物の種類もムカデや蜘蛛ですし、ワンパターンですね。余裕です。

(「嘘をつく」の漢字表記は「嘘を吐く」なんですね。今まで、ずっと「嘘を付く」だと勘違いしていました。毎回、誤字報告して頂きまして、ありがとう御座いますm(_ _)m 「嘘をはく」って表現するのが標準語なのかなぁと、いつも疑問に思ってました。いやぁ、恥ずかしい)


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