常に正しいの
瞬間移動。
相手の事では御座いません。私です。
「死ねぃぃいい!!!」
転移で離れた敵に私は速攻を仕掛け、気合い十分に拳で頭部を粉々に破壊しました!
しかし、手応えが薄い。水を殴ったような感じで大変に不満でした。
構わず胴体を強く蹴って、吹き飛ばす。
そして、すぐに真横へスライド。
間髪入れず、アデリーナ様の光る矢が数本、先程まで私の居た所を通って、地面に這う敵を貫きます。普通なら致命傷です。
でも、ヤツは動く。
「ちょっと酷いよね。お話しくら――」
アデリーナ様は聞く耳を持ちません。仰向けから体を起こそうとしている相手に、矢を連射して黙らせます。眉間、首、左胸、腹と明らかな殺意を感じる狙いでした。
私も負けじと、修復を開始した敵の顔に手を突っ込み、魔力吸収を致します。体内から魔力を奪う方が効率が良いかもと思ったのです。
腰を屈める体勢は不意の反撃に対して逃げにくいですので、首の骨っぽいところを掴んでヤナンカを立たせています。
その間もアデリーナ様の矢は止まりませんでした。
「ちょっ、アデリーナ様! わたしも居ますよ! 見えてますよね! 危ないですって!」
「メリナさん! 私は貴女を信じています。だから、大丈夫で御座いますよ!」
何が大丈夫なのか……。
「痛っ! アデリーナ様! 今、私の足を掠めましたよ! おかしいです!」
「メリナさん、お母様と戦っておられた際はもっと穴だらけになっておられましたよ。大袈裟に言うんじゃ有りません」
「攻撃を受けるにしても、味方から射たれるなんて思ってもいません! 背中側は魔力を薄くしてるんですから!」
「初耳で御座いました。では、こう考えてはどうでしょう。私は『メリナさんを友人』だと明言したのに、メリナさんは『私に友人がいない』と主張されました。それって、私の立場がないで御座いますね。その罰だとお考えになっては?」
どこの世界に最前線で戦っている最中の友人へ矢を放つ者がいるのか、よくよく考えるべきだと私は申し上げたいです。
「そんなのおあいこですよ! アデリーナ様だって友人である私を苛めて楽しんでるじゃないですか!? 今も!」
「まぁ、人聞きの悪い。驚きました」
「私の方が驚いてますよ!」
などと軽口を言い合っていたのですが、アデリーナ様のサポートもあって、私は敵から攻撃らしい攻撃を受けることなく着実に魔力を吸収していきました。
やがて、金属光沢が消え、白い体のヤナンカになっていきます。
「メリナさん、そろそろ良い頃合いでしょう。そいつを離してやりなさい」
「分かりました。殺さないんですね」
「もちろんで御座います。私に掛かった呪いを解く方法を知っているかもしれません」
アデリーナ様の指示に従い、私はヤナンカっぽいのから距離を取ります。
それから、倒れたままの女に訊ねます。
「生きてますよね?」
「生きてるね。動くから」
やっぱり魔族なんでしょうね。しぶといなぁ。
「あなた、誰ですか?」
「エルバ・レギアンスだよ。あなたはメリナだよね? 前の記憶を引っ張り出したよ」
エルバ部長!?
「びっくりしてるね。でも、安心して。あなたが知っているエルバ部長はジェシカ・エルバ・レギアンス。今の私は、なんだろ、ヤナンカ・エルバ・レギアンスかな」
誑かされてる? いえ、そんな嘘を吐いたところで無意味です。エルバ部長なんていう弱者を騙ってもビビりません。
しかし、困惑は致しました。
「何とお呼びしましょうか? エルバ部長で宜しいで御座いますか?」
アデリーナ様が冷静に質問します。主導権を向こうにやらないという意思を感じました。
「それだと別人かな。うん、レギアンスで良いよ。あなたはアデリーナだね。ちゃんと思い出してるから」
声はヤナンカですが、喋り方はアレですね。賢いモードのエルバ部長だ。
「そのレギアンスが不遜な魔族に協力して何をしようとしているので御座いますか?」
時間をくれてやるのですか、アデリーナ様? 地上の魔法陣は動き続けていて、絶対に今も何か悪さをしていると思うんですよ、私。
「何だろうねぇ。贖罪なのかなぁ」
贖罪ならば、前提として罪を犯したとなります。それは何でしょうか?
「勿体ぶられるのは好きでは御座い――」
ここで、私とアデリーナ様は危険を察知しました! 即座に大きく横に跳んで、魔法の軌道から逃げました。
本当に危なかったです。心のどこかで、この事態に陥ることを警戒していたからこそ、ここまで鮮やかな避難が出来たのです。
ショーメ先生に連れてこられた巫女長による、出現と同時の精神魔法発動です。いえ、下手したら、本人が登場する前に魔法が飛んできたくらいの感覚でした。
「まあまあ、お二人とも助っ人ですよ。助っ人。頼りにして良いわ。ご安心して」
シャールの最終兵器がご登場でした。安心感は皆無です。
「間に合ったようですね。良かったです。私、頑張りましたね。あー、疲れた」
ショーメ先生、全然間に合ってないですよ。もう物理も魔法も効かなかったスライム形態は終わっています。
「告解の魔法だね。私には効かないよ」
何っ!? 巫女長の魔法を喰らって無事だった人を初めて見ました! 有り得ない!
「あらあら、困ったわね」
巫女長は私と戦った時のように、喋りながらも耐えず魔法発動を何回も致します。狙いをレギアンスに定めてはいるものの、たまに不意を突く感じで私を襲います。態とではないと信じていますよ。
安全のために私は巫女長の背中側に移動しました。
「私は常に正しいの。だから、罪なんてないんだ」
何たる傲慢。
「あー、ごめん。思考が依り代の影響を受けてるのかな。嘘だよ。別の理由。あっ、さっき言った贖罪も依り代の話だよ。ちょっと聞いてみる?」
その瞬間、ヤナンカは崩れ落ち、大きな叫び声を上げます。何かを言いたそうに言葉を紡ごうとするのですが、それを遮って、また別の叫びを吠えるといった様子です。
最早、獣ですね。
「どうかな。罪を告げたくて、もう何十人もの彼女が一斉に出ようとするから大変だよね。どれだけ罪悪感に苛まれているんだろう。可哀想かな」
賢いモードのエルバ部長はもっと優しかったです。敢えて苦しむ者を見せるなんて事はしないはずです。
ヤナンカの思考の影響を受けているとさっき言っていましたが、今のもそうなのでしょうか。
「術はもうすぐに完成。それまでに訊きたいことはないかな?」
返答代わりに、アデリーナ様の矢がもう一度レギアンスの頭を砕く。割れた中身から水銀みたいなものがまた見えました。
魔力を吸いきれていないか。私もまだまだですね。
直立したままレギアンスの傷は修復され、また口を開きます。
「無駄だよ、アデリーナ。私は不死。魔族と違って、本当の不死。だって、精霊だから」
精霊?
「エルバ部長が精霊って笑えますね」
私は挑発しました。
「違うよ、メリナ。あの子じゃなくて、私が精霊。うん、分かり難いね。レギアンスは精霊なの。さっきの金属液体が私の本当の姿。で、前の依り代、ジェシカは先代から引き継いで、ジェシカ・エルバ・レギアンスになった。それがあなたがエルバ部長と呼ぶ者だよ。で、今はヤナンカがあの子から私を奪ったから、ヤナンカ・エルバ・レギアンス。ちょっと難しいかな」
「何故、また、どうやってエルバ部長からヤナンカに移ったので御座いますか?」
「邪神にエルバ部長が倒された時かな。あの時、ヤナンカは介抱するに見せ掛けて、精霊移植の秘術を使ったんだと思うよ。ほら、彼女、人工的に獣人を作ったりしていたじゃない? あれも精霊の移植技術だよね」
精霊の移植? マイアさんがミーナちゃんの獣化を止めるために、そんな事をしたと記憶しています。ヤナンカも使えたのか。
いや、王都の情報局の資料に『32の精霊を宿すことに成功』とか記録が有りました。情報局長だったヤナンカはマイアさんよりも、その技術に長けていたのかもしれません。
「何故かって言うとね、ほら、あの子、エルバ部長ね、若返って記憶を失くすのを恐れていたよね。私もどうにかしてあげたくて丁度良かったんだ」
あら、やっぱり。エルバ部長は「それを覚悟しているからこそエルバ・レギアンスなんだ」とか強がっていましたけど、恐かったんですね。薄々知ってましたよ。
後日、再会したら是非とも部長をからかってあげましょう。
「私としては、あの子から一度出てあげて、古き縁があったヤナンカにも協力してあげてと、両得になるのかな。無理やりだけど」
更に私が質問しようとしたら、アデリーナ様に先を越されます。
「古き縁で御座いますか?」
「どうもね、私、初代ブラナンの疑似精霊化に協力したみたい。ヤナンカ、2000年も前の事なのに、よく覚えていたよね」
「で、今回は邪神を基にしてヤナンカを疑似精霊化で御座いますね」
「驚いたよ。うん、よく分かったね。賢いね。さすがだよ」
「初代ブラナンの記憶が少し御座いますので」
「その前段階で私を真の姿で顕現させて、乗っ取ろうともしてたね。あなた達の反撃を受けて、私を表に出したけど。痛みから逃げようとしたんだよ。ずるいよねぇ」
よし。アデリーナ様の訊きたいことは終わりましたね。次は私の番です。
「クソ生意気で口の悪いクソガキのエルバ部長でしたが、私は嫌いではありません。賢いモードのエルバ部長はあのクソガキをどう思っていましたか?」
「私も嫌いではなかったよ。じゃなきゃ、住まいにしないよね」
「エルバ部長は若返りの呪いから解放されたのですか?」
「そうだね。また老いていくかな」
ふむ、エルバ部長は妙に意固地なので、私が若返りの呪いを解いたら彼女の誇りを傷付けていたでしょう。でも、レギアンスがそうしたのなら、きっと受け入れるでしょう。それは良いことだと思います。
「じゃあ、感謝します。私はあなたを攻撃しません」
私は敵意を消しました。ヤナンカとレギアンスがやろうとする事を待つことに決めたのです。
「まあまあ、メリナさんはエルバ部長の事を好きなのね。私もよ。私達、気が合うわね」
「……えぇ。そうですね、巫女長」
「ヤナンカさんとも仲良くしたいわね」
「……えぇ、そうですね。巫女長」
私も賢くなっております。だから、巫女長には逆らいません。
アデリーナ様がもう一度尋ねます。その横にはショーメ先生が控えていました。
「レギアンス、ヤナンカを邪神にすれば世界は滅びるかもしれませんよ。それなのに、手を貸したので御座いますか? 正義だという貴女が」
「世界は滅びない。だって、メリナやアデリーナの方が強いから。私はそう信じてるよ」
「だとしたら、古き縁のヤナンカを裏切ることになりませんか? 正義であるはずの貴女が」
意地悪な質問ですね。嘘を付いていることを認めさせようとしています。
「ううん。ならないよ」




