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ヤナンカ、困ったー

 私、雲の中に入るのをとても楽しみにしていました。いつも見えるだけで、実際に触ったら、どんな感触なのかなって。

 でも、もうすぐに手が届くって距離でアデリーナ様が剣で豪快に断ち切って、破壊しました。私の好奇心が満たされることは無かったのです。



「雲って砕け散るものなのですね。私、もっとフワフワだと思っていました」


「どう見ても禍々しい別物でしたよ、メリナ様」


 ショーメ先生が笑顔で言ってきました。


「そうでしたか? 甘かったら聖竜様に献上しようと思っていたのですが」


「試食されるつもりだったことに驚きを隠せませんね」



 割れた黒雲を通して光が地上へと降り注ぎます。下を見ますと、ちょうどこの隙間の分だけ明るい場所が出来ていました。

 そして、明らかに悍ましい魔物の触手がウネウネしながら這っているのが目に入ります。直ぐ様、アシュリンさんに蹴飛ばされていましたが、下は乱戦になっているかもしれません。



「さっすがアディちゃん。一刀両断、素敵だよ」


「私の呪い、また、お前の呪いを解く鍵があるので御座います。一刻でも惜しいです」


「えー、アディちゃん。私は猫に戻る必要なんてないよ」


「お前の意思は考慮致しません。私がふーみゃんを取り戻したいのだから、それに従いなさい」


 厳しいですねぇ。アデリーナ様は取りつく島も御座いません。これにはフロンも大いに気落ちするのではないでしょうか。

 フロンとは共闘を約束した事も有りましたから、私が少しだけ助け船を出してやりましょう。



「アデリーナ様、そこの雌猫と友達から始めたらどうですか? ほら、アデリーナ様、誰一人も友達いないじゃないですか? 何て言うか見ていて気不味いです」


「化け物! 良いこと、言うじゃない!! 見直したわ! どう、アディちゃん? 私、肉体的にもいい友人になれるよ!」


 肉体的友人? 何のことやら、理解し難いですね。


「皆様、さっさっと行きましょう。敵は時間と共に強大化しています」


「そうで御座います。ヤナンカが何故ここに居るのか、あの魔法陣で何をしようとしているのか、問い詰める必要も御座います」



 さてと、私は階段作りに(いそ)しみます。登り終わった階段を消して、その魔力でこの先の上段を作るということを繰り返していたのです。出したままでも良いのですが、ヤナンカと戦いになったなら魔力は貴重ですからね。



 雲を抜けると、見渡す限りのとても綺麗な青空が視野一面に広がっていました。ずーっと続く黒い雲の床以外は空しかないのです。


 そんな所に、体も髪も白いヤナンカが立っていたのですから、遠くに離れていても色彩的によく目立っていました。


 私達は黒い雲に乗り移動します。踏み抜けないかの安全確認はフロンが行いました。もし落下しても魔族の生命力なら助かると考えたのです。フロン以外の全員の総意です。


 当然ながらヤナンカも私達に気付いて、こちらを見ている状況です。



 適度な距離まで来た時に、私から話し掛けます。


「お久しぶりです、ヤナンカ。こんな所で何をしているんですか?」


 お母さんが「逃げなさい」と言った相手です。十中八九、敵です。でも、私は普通に話し掛けました。


 異空間の花畑で出会った時のヤナンカは良い人でしたし、マイアさんと仲良く喋る姿はとても楽しそうで、悪いことを企むような人では有りませんでしたから。

 だから、誤解かもという期待に賭けたのでした。


「メリナかー、強いもんねー。私はー空を見てたのー」


「どうしてですか?」


「メリナがさー、教えてくれたんだよねー。ブラナンが最期にさー、曇って空を見えなかったのを残念がっていたんだよねー。だからー、代わりにヤナンカがー見て上げてるのー」


 本当だとしたら意味のない行為です。しかし、私も死んだ弟妹(きょうだい)の墓に木の実を置きます。お母さんの乳を飲む事なく、この世を去った彼らを弔うため。死後の世界があるのなら、何かを口にしていて欲しいという私の自己満足。


「ブラナンもあの世で感謝しているかもですね」


「なんでー? ブラナンが生き続けてたらー、この空をヤナンカと一緒に見れたんだよー? メリナがブラナンをー殺したんだからー、メリナも死ねば良いと思うのー」


 ……なるほど。敵意を確認。殺りますか。



「お待ちください、メリナ様」


 私が突撃する気配を感じ取ったショーメ先生が私を止めます。



「頭領だった時の記憶はまだ御座いますか?」


「善界よ、記憶どころか人格も未だ存在します。混ざりつつあるのは辛いですね。しかし、私に勝つとは本当に強くなりました」


 ヤナンカの口調が急に変わります。確かに暗部の頭領の喋り方と似ていました。ただ、頭領は「私」とは言わなかったはずです。彼女は自分の誕生花である「雅客(がかく)」を一人称に使っていました。「ヤナンカ」と自分の事を呼ぶヤナンカでさえない。

 ショーメ先生なら気付いているかな。そいつ、偽者です。


「デュランに戻って来て頂けませんか? 聖女の影を担えるのは頭領のみです」


「善界、私を殺したお前が発して良い言葉かをよく考えなさい。愚かです」


「私は頭領を殺したのではなく救ったのですよ。ご自分でもそう仰っておられましたよね。覚えておられませんか?」


 ショーメ先生は笑顔です。でも、いつもより感情を隠せていませんでした。そして、その感情は怒りでした。


「思い出しました、善界。雅客は苦しみから解放され――いえ、私はヤナンカ。偉大なるブラナンの都を守る者。今の私はタブラナルが弓を引かれる苦痛に苛まされています。あなたも味わいなさい。自分の街が崩落する悲痛を」


「頭領、分かりました。善界は奉仕の心を持って、貴女を再び安眠へと導き致します。……メリナ様、お待たせしました。殺りましょう」



「何なら、殺さずにあいつに生き地獄を味わわせてあげたらいいじゃん。苦痛が快楽に変わったら笑える」


 フロンがショーメ先生をからかいます。もしかしたら慰めなのかもしれません。


「そういう悪趣味は持っておりませんので」


「好きそうな顔をしてるけどね、あんた」


「心外ですよ。思わず手が滑った私に誤殺されないようにお気をつけください」


 さて、では戦いますかという雰囲気になったのですが、ヤナンカはまだ私達と語ることがあるようでした。



「その猫さー、それが元凶だったんだよねー」


 猫とはフロンの事でしょう。しかし、何の元凶?


「ブラナンが憑依できないくらいにー、強い結界って、あり得ないー」


 あぁ。前王ブラナンが幼いアデリーナ様の中に入ったけど、ふーみゃんを飼い出してから移れなくなったって話ですね。

 そうですね。ブラナンがアデリーナ様を操り続けていたなら、自殺に見せ掛けて始末することも可能だったでしょう。


 いや、ふーみゃん自体でなく毛にも効果が有りました。もしかしたら、アデリーナ様のご一家の皆様がブラナンの支配から逃れていた? だから、落石の事故に見せ掛けて暗殺された?


「どうする、アディちゃん?」


 フロンがアデリーナ様に尋ねます。


「私の下で働く意思があるのなら助命致しますよ、ヤナンカ。私はそこの極めて不遜な娘も赦し続ける寛大さを見せております」


 私をチラッと見ての発言で不思議でした。極めて不遜な娘ってはショーメ先生ですよね? 娘って表現はかなり微妙なお歳ですが。


「やーだー。ブラナンはねー、最期に空を見たかったんだよー。きっと改心したのー。なのにー、殺されたんだよねー」


「ご理解を頂けなく残念で御座います」


「エルバ・レギアンスを連れてくるからー、アデリーナもヤナンカと同じ想いなのかなってー、思ったのにー。アデリーナはブラナンの記憶を継いでるはずたよねー?」


 ん? エルバ部長?

 私はアデリーナ様を見ます。軽く横に首を振って分からないとの事です。


「失った精霊をヤナンカに返してー、また2人で一から新しいタブラナルを作ろうって事かと思って、嬉しくて泣いたのにー」


 あぁ。アデリーナ様が副担任とかで私の担当する1年B組にやって来た時ですね。ヤナンカはエルバ部長を見ながら涙を流していました。


 大した事ではないだろうと、私は違う質問をします。


「マイアさんに会いませんでしたか?」


「マイアー? 会ってないよー。マイアは囮を追ってると思うー。賢い人は行動が読みやすいよねー」


 自分に似せた魔力でも飛ばしているのでしょう。何にしろマイアさんの説得は受けてないのか。


「メリナはマイアと逆だよねー。ばーかー」


「そんな事ないですよね、ショーメ先生?」


「返答に困る質問はお止めください。メリナ様を悪く言うことなど私には出来ませんから」


「それ、完全に悪く言ってますよ」


「えぇ? 答えてないのに」


「ヤナンカは王国を作り直すのー。下にいる皆の魔力を全部吸ってー、ヤナンカの物にしてー、ヤナンカが王様になるのー」


 それが目的か。


「それは頭領なら実行しませんよ」


「だねー。変わろうか? 善界、私――いえ、雅客の中には幾多ものヤナンカの人格がいます。雅客は雅客を止めろと命令し――はい、終わりー。ヤナンカはいったい何なんだろうねー。分けた人格が統合できなくてー、困ったー」


「花畑のヤナンカ、私が最初に出会ったヤナンカは居ますか?」


「それは、もういないかなー。あのヤナンカは役目を終えて眠ったー」


 人格的に消えた、つまり死んだという事を意味しているのか。ならば、目の前のヤナンカは全くの他人です。何も迷わず殺せます。



「これで最後で御座います。ヤナンカ、何故私達が邪神の肉を食べるのを止めなかったのですか?」


 アデリーナ様の問いに対して、無表情なヤナンカの顔が醜悪に歪みます。


「あんなの自分から食べるなんてー、ほんとー、凄いー」


「……まぁ、そうですよね」


 あの中で一人だけ口にしていなかったショーメ先生が呟きます。全くの他人事でした。ビックリしました。


「だよねー。ヤナンカは止めなかっただけでー、勧めてないよー? それじゃ、ばいばいー。魔力が満ちたー」


 言い終えてすぐに、ヤナンカの体が膨れ上がり、異形の何かに変化しまして、戦闘が始まります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メリナ様を友人だと言ったアデリーナ様への返答が そいつ友達一人もいねーんだぜーなメリナ様 まじ酷いですwwwww
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