ナーシェル宮廷の動向
今日もお休みです。神殿では休みなんてアシュリンさんの気まぐれで貰えるくらいだったので新鮮です。ずっと家に居ることができるってのは幸せの極地ですね。
今日も私は蟻さんを見ています。朝食の残りのオレンジを搾って、その汁を巣に投入するという蟻さんにとっては大変なご馳走を差し上げました。最初は大混乱ですが、体を嘗めている姿がとても可愛らしいです。
蟻さんの巣は地中深くまで入っていて、私はどうなっているのか調べたいと思ったことがあります。
薬師処のケイトさんに相談したら、鉛を溶かして巣に入れれば良いんじゃないかなと言われました。溶かしたのを注いで、固まったら掘るんです。
とっても良いアイデアでしたが、鉛なんてどこで手に入れるのか分かりませんでした。だから、私は貯めていたお給料の金貨を溶かしたもので代用しました。
思い出しますね。金って中々に溶けないんです。だから、あの時もガランガドーさんに詠唱をお任せしたんです。鉄の柄杓で注ぎ入れたら、別の穴から溢れて小火騒ぎになりました。
新人寮に燃え移りそうになって、アデリーナ様から大目玉を喰らったんですよね。
お詫びに、作り上げた蟻の巣のオブジェをあげたのに呆れた目をされたのは印象深いです。ケイトさんは喜んでいたのに。
でも、薬師処の目立つところに飾ってくれたのは嬉しかったです。
「お嬢様、今日もお客様です。フェリス・ショーメ様です」
ん? またもや私の癒しの時間は邪魔されるのですね。
「ありがとうございます。分かりました。向かいます」
私は蟻さんを名残惜しく感じながら立ち上がりました。
「ご案内するように指示を受けまして、既にここにいらっしゃいます」
あら。
思い返せば、ショーメ先生はデュランの出身なのですから、元デュランの公館であるここの勝手を私以上に知っているのかもしれません。
現にベセリン爺もシャキッとしているのはいつも通りですが、少し緊張しているようにも思えました。
ニコニコ顔のショーメ先生はベセリン爺の後ろにいました。いつも笑顔ですが、それが逆に怪しさを醸し出す気がします。
「ショーメ様。それでは私は館に戻らせて頂きます。お茶はご必要でしょうか?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。結構ですよ」
ショーメ先生は軽やかにお断りをしました。それを見ていた私は、過去のショーメ先生はメイドさんの格好で給仕する側だったのにと、不思議な感覚になりました。
「何しに来たんですか?」
「用件を手短くにお伝えします。メリナ様、先日の魔法でナーシェルの王宮が少々騒がしくなってきました」
あぁ、あの火柱魔法ですかね。
「あれの直撃を城に受けていたなら、多大な被害を受けていただろうと恐れる者が多数いました。王国の警告なのだろうかと深読みしております。かねてからの路線争いもあり、より服従しようという一派と、むしろ戦争だという一派に概ね分かれ、激しく論争している段階です」
「戦争は宜しくないですね。諸国連邦は絶対に負けます。関係のない人も苦しむでしょうし」
「えぇ。ですが、勝敗よりも誇りを大切にされる方々もいらっしゃいますから。今回の状況はお任せください。しかし、更なる混乱は避けたく、メリナ様にはご自重をお願い致します」
「はい」
「……素直なのも怖いものなのですね」
えー、じゃあ、どうしろと言うのですか。
しかし、ショーメ先生が私に伝えたかったお話は終わったみたいなので、こちらも話したいことを伝えましょう。
「レジス教官がショーメ先生を好きみたいです。お付き合いされませんか?」
「は? 私がですか? どんな拷問ですか?」
ありゃ、全く目がありませんでしたか。
「ほら、良い男ですよ? ショーメ先生もそろそろ婚期をお逃しになられる予感がありませんか?」
「私は暗部の仕事に誇りを持っております。また、代々の聖女はご結婚などされておりませんでした」
「それ、あれでしょ? 裏でデュランを支配していたリンシャルの仕業だと思うんです。聖女が男と良い仲になったら、始末していたんじゃないですかね」
リンシャルは大きな狐の形をした精霊です。代々の聖女の目を奪い、コレクションしていた害獣でした。私が退治しました。いや、まだ生きていると聞いたから正気に戻したと言った方が良いのでしょうか。
「いえ、大半は暗部の仕業で御座います。リンシャル様の意を汲んで実行していたのです。聖女は街を守護するだけに存在する者。500年も前から、その道を外れた聖女は粛清し、代替りさせるように教わっております。もちろん、平時は聖女様の意に叶うように、表からも裏からも様々な工作を担っているのです」
まぁ。デュランの方々は野蛮で御座いますね。
「例えば、聖女だったクリスラさんでも、男が出来ていたら殺したのですか?」
「仮定に答えるのは好きでは御座いません。しかし、あえて答えるなら、無論です」
……なるほど。ショーメ先生では無理でしょうから、クリスラさんよりも強い者が暗部にはいると仰る訳ですね。それは中々の強者ですね。アシュリンクラスか、それともオロ部長クラスかな。
「そうですか。でも、残念です。レジス教官の愛は実らないのですね」
「えぇ、そこだけは譲れません。私が暗部に入った時から、そう決めておりますので」
「じゃあ、乳くらいは揉ませてやってください」
「うふふ。拒否で御座います。メリナ様は本当に暴君で御座いますね」
「えー、じゃあ、お尻を服の上からでは?」
「その手の交渉は致しません」
むむぅ。……仕方ないかな。
「そういえば、来週のテストはどうされるのですか?」
ショーメ先生は話題を切り替えて来ました。
「あっ、忘れていました。明日、私、教師になります。同僚ですね、よろしくお願いします」
「……ん?」
小首を傾げる動作はレジスの前でなさってください。私に媚びを売らなくて良いでしょうに。
「教師に採用してもらうんです。学長が判を押せばなれるとレジス教官から教えてもらったので、無理矢理にでも押してもらおうと思っています」
「状況は何とか推察できました。自分を誉めたい気持ちです。テストを避けるためで御座いますね」
まぁ! そんなにはっきり言うと、なんとも不純な動機に聞こえるじゃないですか!?
「うちのクラスのサブリナさんが最高のクラスを作りたいと言うのです。私はそれに感動したので教師を目指します」
今朝、ご飯を食べながら思い付いた志望動機です。
「心の底で何となく応援致します。ところで、メリナ様、ここで何をされていたのですか?」
「あっ、蟻さんの観察です。一緒にどうですか? 昼ご飯まで、ずっと見続けるんです!」
「いえ、結構で御座います。心が深き闇に沈んでいくくらいに虚しい気分になりそうです」
メリナの日報
蟻さんはほんのり酸っぱかった。
どうしてなんだろう。
レモンに似ているかも。
新しい調味料発見?




