表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/215

経験の差

 座ったお母さんを置いて、私は先へと歩みます。目が合うなり、すぐにカッヘルさんも座りました。なんと情けない男なのでしょう。

 後でアデリーナ様に折檻されますよ。



 あっ。

 私の服が血塗れなのが宜しく無かったのでしょうか。黒色の巫女服と言えど、濡れに濡れてボタボタと草の上に血を垂らしております。カッヘルさんもこの姿を見れば、確かに私を不気味だと思われた可能性があります。それは誤解ですのでよろしく御座いませんね。


 なので、一度消して、再構築しました。

 ズサッと血だけが一気に落ち、私はその後に新たな巫女服を魔力で紡ぎます。



「いよいよ化け物染みて参りましたね」


「そうですか? 実感は無いですよ」


 失礼な口を叩いてきたのは、勿論、アデリーナ様です。私との戦闘を志願されると理解しました。



「信じられない光景を拝見させて頂きました。全身穴だらけにされても傷がすぐに修復して、蠢いていたので御座いますよ。ほぼ魔族か魔物で御座います」


「豊かな想像力に脱帽です。さぁ、戦いましょう」


 私は構えます。はしたないですが、指を立てて挑発もします。チョイチョイとね。



「よくもまぁ、ご自分の主君にそんな真似が出来るものだと感心致します。身の程知らずのバカ者には教育的指導が必要でしょうね」



 そう言ってアデリーナ様は剣を手にします。腰に帯剣していなかったのに、便利な能力です。異空間から取り出されているのでしょう。

 アデリーナ様は職業の選択を誤りましたね。王様でなく暗殺者にでもなれば、その性格と相まって世界最高峰になっていた事でしょう。


 今回、アデリーナ様が出した剣はオーソドックスな両刃の剣でした。少し厚めで叩き切る用途の物だと推測します。



「メリナさん、ルールを覚えていますか?」


「足以外の場所が地に着いたら負けです」


「宜しい。例えば斬られた腕が落ちても、負けで御座いますからね」


 ……むっ。


「心配ご無用ですよ。惨たらしく鼻から流血しながら気絶しているアデリーナ様のお姿が目に浮かびますから」


「うふふ、今回は退きませんよ」


「まるで一度は退かれたような発言でムカつくんですけど」


「記憶にないって幸せで御座いますね」


 あれか。暗部を攻める前にパン工房に寄った時に、私とアデリーナ様が戦った事があるとビーチャも言っていましたね。


「つまり私が勝ったのですか。当然です」


 カッヘルさんが邪魔なので、アデリーナ様は冷たく去るように言い放ちました。これで戦場が整います。



 視線をぶつけ、互いに準備が終わったことを了解し合います。



 それから、同時に踏み込み!


 大地と空気が震えました。私は拳は振り上げ、また、アデリーナ様は剣を煌めかせます。


 攻撃範囲が広い分、先手を取るのはアデリーナ様です。

 横一閃。それを私は完全に見切り、鼻先を通るのを確認します。


 刃が戻るまでの短い時間に、私は詰めます。

 

 全力殴打。私と同じく巫女服のアデリーナの胸元を狙って放ちます。


 が、躱される。あの踏み込みの深さから動けるのは異常です。足がもう一本有るのでしょうか。


 

 剣とは逆方向に私は逃げ、距離を開けます。逆に詰め返すアデリーナ様が選んだのは、突きと振りをごちゃ混ぜにした連撃でした。

 ヒョイヒョイと避けます。


 隙を見て、たまに私は蹴りを繰り出すのですが、当たりません。滑らかな動きで私の狙いを反らされます。



「しつこいで御座いますね! さっさっと腕か足のどちらかを差し出しなさい」


「こっちのセリフですよ。土下座したら止めてあげますから、宜しくお願いします!」


「ほら! ガードをしなさい! アシュリンの拳を受け止めたみたいに受けなさい!」


「ヤですよ! それ、剣です! 絶対に切られますもん! アデリーナ様こそ、私の拳に当たってください! 優しくしますから!」


「ふざけるなっ!で御座いますよ。先ほどの戦いみたいに、触れて私の魔力を吸い取るので御座いましょ? 絶対に避け続けますから!」


 私達は叫びながら会話をし、その上で手足の動きを止めません。お互いに相手へ一撃さえ入れば、それに乗じて一気に仕留めたいと考えているのだと思いました。



 もう半刻程度は経ったでしょう。じっとりと汗が掻きつつ、私達は殴打と斬撃を繰り返していました。


 気付けば、カッヘルさんの部隊以外の人達も集まって観戦している様です。



「早く! 跪きなさい、メリナさん!」


「何でですか! アデリーナ様は私の主人じゃないですよ!」


「私を女王だと知らないとは言わせませんよ!」


「王位簒奪の汚名で有名ですものね!」


 触れるだけで私が勝てると思うのですが、相手はそれをよく理解しているみたいで、剣の柄で叩いたり、素早く距離を保ったり、上手に戦ってきます。



「メリナさん! 伏せ! 伏せ!」


 鋭い突きを半身で躱します。


「アデリーナ様、焦り過ぎて言動がおかしいですよ!」


 私の前蹴りは背中を向けながら回転するアデリーナ様に避けられました。


「ったく、躾のなっていない犬は処分したくなるで御座いますよっ!」


 そして、そのまま回転を続けながらの首への鋭利な一撃を皮一枚で凌いで、すぐに前へと入ります。急に両手持ちから右手だけに変えたからリーチが伸びてビックリしましたが、私の力量を見誤りましたね。


「お母さんの前で何て事を言うんですかっ!」


 しかし、下からアデリーナ様の腹を狙った一撃は避けられて、私の腕が斬りやすい位置に上がります。


「それは失敬を致しました!」


 アデリーナ様に足を踏まれます。剣も迫って来ていますが、私は更に逆腕で攻撃です。


「いつも失敬だから、今更です!」


 アデリーナ様の剣を持つ腕を叩く。

 やっと当たりました。当たりましたが、魔力を吸い取る余裕は御座いませんでした。


「メリナさん程では御座いませんよ!」


 アデリーナ様の攻撃は来ないと思っていたのですが、私の思い上がりでした。剣を放した左手に新たな小剣が出現し、私を襲います。


 やっば!


 咄嗟に私はアデリーナ様の足を払います。しかし、それをピョンと跳ばれて躱されました。私も合わせて素早く後退します。小剣が私に触れることは有りませんでした。



「うぉーー! 巫女よ! 手加減など要らぬ! やってしまえー!」


 ん? サルヴァ?

 ヘルマンさんとの一騎討ちが終わって、ここに来たのでしょうか?


「メリナお姉ちゃんも、アデリーナ様も頑張ってー!」


 ミーナちゃんもいますね。

 

「アデリーナ陛下! 諸国連邦第2王子の私は陛下を応援しておりますので!」


 むっ。メンディスさんも来ていましたか。大きな声で伝えることにより、この模擬戦争が虚偽ではないかと疑う者へ、合意のあったことを示したのですね。

 そして、アデリーナ様に忠心を告げたのです。



「モテモテじゃないですか、アデリーナ様」


「うふふ、貴女とは違いますので。何ですか、その前の野蛮な声援は?」


 急に日が陰ってきました。風も出てきまして、草が揺れ始めます。

 私達は一転して動きを静め、沈黙の中、対峙致します。精神を集中させます。



 そして、一際大きな風が通り過ぎた後、私はガッと一気に踏み込み、拳を連打。今度は手数を多くして攻撃をさせない意向です。

 アデリーナ様は下がりません。私と同じ様に攻撃を重視したようです。


 斜め上からの袈裟斬りを完全に見極めてから、顔面へのパンチ。それを首を振って躱され、腕を狙っての剣撃が来る。すぐに腕を退いて、逆の腕でのストレートを出しながら、好機と見て、唾を顔面に吐き掛けます!


「汚っ!」


 おほほ、油断されましたね。秘策は隠しておくものなのですよ。


「終わりです」


 私の拳が遂に怯んだ彼女に到達します。そして、魔力操作で柔らかくして――


「舐めるなっ!」


「ぺっ」


 もう一回、唾を吐いてやりました。

 剣が迫っていることを察したので、プラン変更で足払い。体勢を完全に崩したアデリーナ様は、しかし、寸前のところで剣を杖にして、しぶといことに転がることに抗います。


 でも、明らかに私が有利な状況です。上から見下ろす私と、情けなく見上げるアデリーナ様。膝を曲げ剣で体を支える彼女は、もう逃げられません。



 これは経験の差ですね。私の方が血で血を洗う修羅場を巡った回数が多いのです。綺麗な机で事務仕事ばかりしているアデリーナ様は、性格は極悪でも戦闘スタイルはクリーン過ぎました。絵本や物語の主人公みたいな戦い方だけでは勝てないのですよ。



「メリナさん、一旦、休戦で御座います」


「は? ほぼ勝ってるんですけど、私」


「次の一手で私はメリナさんの胸を貫いていましたよ」


「そんな訳ないです」


 私の当然の主張にアデリーナ様は耳を貸さず、自分が伝えたいことだけを言います。


「空にヤナンカを見ました。倒します」


 ちっ。

 ここで邪魔が入るのですか。


 無意識に不愉快さを表現したくなったのでしょう。ペッと唾を吐きました。アデリーナ様の顔に向けて。三度目です。楽しいです。


 神速と呼んでも良いくらいのアデリーナ様の刃が私を襲ってきました。でも、軽々とお避けします。読め読めの軌道で御座いましたから。



 その屈辱の顔、大変に気持ち良いです。だから、もう怒らないでください。たわいない悪戯じゃないですか。

 ほら、肩をプルプルしていたら滑稽ですよ。

 思わず、じっくり見てしまいます。楽しくて嬉しいです。


 えっ……ちょっ、目が怖いんですけど。えぇっ、本気で怒っておられます? そういうの、ノリが悪いって言いません……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ