経験の差
座ったお母さんを置いて、私は先へと歩みます。目が合うなり、すぐにカッヘルさんも座りました。なんと情けない男なのでしょう。
後でアデリーナ様に折檻されますよ。
あっ。
私の服が血塗れなのが宜しく無かったのでしょうか。黒色の巫女服と言えど、濡れに濡れてボタボタと草の上に血を垂らしております。カッヘルさんもこの姿を見れば、確かに私を不気味だと思われた可能性があります。それは誤解ですのでよろしく御座いませんね。
なので、一度消して、再構築しました。
ズサッと血だけが一気に落ち、私はその後に新たな巫女服を魔力で紡ぎます。
「いよいよ化け物染みて参りましたね」
「そうですか? 実感は無いですよ」
失礼な口を叩いてきたのは、勿論、アデリーナ様です。私との戦闘を志願されると理解しました。
「信じられない光景を拝見させて頂きました。全身穴だらけにされても傷がすぐに修復して、蠢いていたので御座いますよ。ほぼ魔族か魔物で御座います」
「豊かな想像力に脱帽です。さぁ、戦いましょう」
私は構えます。はしたないですが、指を立てて挑発もします。チョイチョイとね。
「よくもまぁ、ご自分の主君にそんな真似が出来るものだと感心致します。身の程知らずのバカ者には教育的指導が必要でしょうね」
そう言ってアデリーナ様は剣を手にします。腰に帯剣していなかったのに、便利な能力です。異空間から取り出されているのでしょう。
アデリーナ様は職業の選択を誤りましたね。王様でなく暗殺者にでもなれば、その性格と相まって世界最高峰になっていた事でしょう。
今回、アデリーナ様が出した剣はオーソドックスな両刃の剣でした。少し厚めで叩き切る用途の物だと推測します。
「メリナさん、ルールを覚えていますか?」
「足以外の場所が地に着いたら負けです」
「宜しい。例えば斬られた腕が落ちても、負けで御座いますからね」
……むっ。
「心配ご無用ですよ。惨たらしく鼻から流血しながら気絶しているアデリーナ様のお姿が目に浮かびますから」
「うふふ、今回は退きませんよ」
「まるで一度は退かれたような発言でムカつくんですけど」
「記憶にないって幸せで御座いますね」
あれか。暗部を攻める前にパン工房に寄った時に、私とアデリーナ様が戦った事があるとビーチャも言っていましたね。
「つまり私が勝ったのですか。当然です」
カッヘルさんが邪魔なので、アデリーナ様は冷たく去るように言い放ちました。これで戦場が整います。
視線をぶつけ、互いに準備が終わったことを了解し合います。
それから、同時に踏み込み!
大地と空気が震えました。私は拳は振り上げ、また、アデリーナ様は剣を煌めかせます。
攻撃範囲が広い分、先手を取るのはアデリーナ様です。
横一閃。それを私は完全に見切り、鼻先を通るのを確認します。
刃が戻るまでの短い時間に、私は詰めます。
全力殴打。私と同じく巫女服のアデリーナの胸元を狙って放ちます。
が、躱される。あの踏み込みの深さから動けるのは異常です。足がもう一本有るのでしょうか。
剣とは逆方向に私は逃げ、距離を開けます。逆に詰め返すアデリーナ様が選んだのは、突きと振りをごちゃ混ぜにした連撃でした。
ヒョイヒョイと避けます。
隙を見て、たまに私は蹴りを繰り出すのですが、当たりません。滑らかな動きで私の狙いを反らされます。
「しつこいで御座いますね! さっさっと腕か足のどちらかを差し出しなさい」
「こっちのセリフですよ。土下座したら止めてあげますから、宜しくお願いします!」
「ほら! ガードをしなさい! アシュリンの拳を受け止めたみたいに受けなさい!」
「ヤですよ! それ、剣です! 絶対に切られますもん! アデリーナ様こそ、私の拳に当たってください! 優しくしますから!」
「ふざけるなっ!で御座いますよ。先ほどの戦いみたいに、触れて私の魔力を吸い取るので御座いましょ? 絶対に避け続けますから!」
私達は叫びながら会話をし、その上で手足の動きを止めません。お互いに相手へ一撃さえ入れば、それに乗じて一気に仕留めたいと考えているのだと思いました。
もう半刻程度は経ったでしょう。じっとりと汗が掻きつつ、私達は殴打と斬撃を繰り返していました。
気付けば、カッヘルさんの部隊以外の人達も集まって観戦している様です。
「早く! 跪きなさい、メリナさん!」
「何でですか! アデリーナ様は私の主人じゃないですよ!」
「私を女王だと知らないとは言わせませんよ!」
「王位簒奪の汚名で有名ですものね!」
触れるだけで私が勝てると思うのですが、相手はそれをよく理解しているみたいで、剣の柄で叩いたり、素早く距離を保ったり、上手に戦ってきます。
「メリナさん! 伏せ! 伏せ!」
鋭い突きを半身で躱します。
「アデリーナ様、焦り過ぎて言動がおかしいですよ!」
私の前蹴りは背中を向けながら回転するアデリーナ様に避けられました。
「ったく、躾のなっていない犬は処分したくなるで御座いますよっ!」
そして、そのまま回転を続けながらの首への鋭利な一撃を皮一枚で凌いで、すぐに前へと入ります。急に両手持ちから右手だけに変えたからリーチが伸びてビックリしましたが、私の力量を見誤りましたね。
「お母さんの前で何て事を言うんですかっ!」
しかし、下からアデリーナ様の腹を狙った一撃は避けられて、私の腕が斬りやすい位置に上がります。
「それは失敬を致しました!」
アデリーナ様に足を踏まれます。剣も迫って来ていますが、私は更に逆腕で攻撃です。
「いつも失敬だから、今更です!」
アデリーナ様の剣を持つ腕を叩く。
やっと当たりました。当たりましたが、魔力を吸い取る余裕は御座いませんでした。
「メリナさん程では御座いませんよ!」
アデリーナ様の攻撃は来ないと思っていたのですが、私の思い上がりでした。剣を放した左手に新たな小剣が出現し、私を襲います。
やっば!
咄嗟に私はアデリーナ様の足を払います。しかし、それをピョンと跳ばれて躱されました。私も合わせて素早く後退します。小剣が私に触れることは有りませんでした。
「うぉーー! 巫女よ! 手加減など要らぬ! やってしまえー!」
ん? サルヴァ?
ヘルマンさんとの一騎討ちが終わって、ここに来たのでしょうか?
「メリナお姉ちゃんも、アデリーナ様も頑張ってー!」
ミーナちゃんもいますね。
「アデリーナ陛下! 諸国連邦第2王子の私は陛下を応援しておりますので!」
むっ。メンディスさんも来ていましたか。大きな声で伝えることにより、この模擬戦争が虚偽ではないかと疑う者へ、合意のあったことを示したのですね。
そして、アデリーナ様に忠心を告げたのです。
「モテモテじゃないですか、アデリーナ様」
「うふふ、貴女とは違いますので。何ですか、その前の野蛮な声援は?」
急に日が陰ってきました。風も出てきまして、草が揺れ始めます。
私達は一転して動きを静め、沈黙の中、対峙致します。精神を集中させます。
そして、一際大きな風が通り過ぎた後、私はガッと一気に踏み込み、拳を連打。今度は手数を多くして攻撃をさせない意向です。
アデリーナ様は下がりません。私と同じ様に攻撃を重視したようです。
斜め上からの袈裟斬りを完全に見極めてから、顔面へのパンチ。それを首を振って躱され、腕を狙っての剣撃が来る。すぐに腕を退いて、逆の腕でのストレートを出しながら、好機と見て、唾を顔面に吐き掛けます!
「汚っ!」
おほほ、油断されましたね。秘策は隠しておくものなのですよ。
「終わりです」
私の拳が遂に怯んだ彼女に到達します。そして、魔力操作で柔らかくして――
「舐めるなっ!」
「ぺっ」
もう一回、唾を吐いてやりました。
剣が迫っていることを察したので、プラン変更で足払い。体勢を完全に崩したアデリーナ様は、しかし、寸前のところで剣を杖にして、しぶといことに転がることに抗います。
でも、明らかに私が有利な状況です。上から見下ろす私と、情けなく見上げるアデリーナ様。膝を曲げ剣で体を支える彼女は、もう逃げられません。
これは経験の差ですね。私の方が血で血を洗う修羅場を巡った回数が多いのです。綺麗な机で事務仕事ばかりしているアデリーナ様は、性格は極悪でも戦闘スタイルはクリーン過ぎました。絵本や物語の主人公みたいな戦い方だけでは勝てないのですよ。
「メリナさん、一旦、休戦で御座います」
「は? ほぼ勝ってるんですけど、私」
「次の一手で私はメリナさんの胸を貫いていましたよ」
「そんな訳ないです」
私の当然の主張にアデリーナ様は耳を貸さず、自分が伝えたいことだけを言います。
「空にヤナンカを見ました。倒します」
ちっ。
ここで邪魔が入るのですか。
無意識に不愉快さを表現したくなったのでしょう。ペッと唾を吐きました。アデリーナ様の顔に向けて。三度目です。楽しいです。
神速と呼んでも良いくらいのアデリーナ様の刃が私を襲ってきました。でも、軽々とお避けします。読め読めの軌道で御座いましたから。
その屈辱の顔、大変に気持ち良いです。だから、もう怒らないでください。たわいない悪戯じゃないですか。
ほら、肩をプルプルしていたら滑稽ですよ。
思わず、じっくり見てしまいます。楽しくて嬉しいです。
えっ……ちょっ、目が怖いんですけど。えぇっ、本気で怒っておられます? そういうの、ノリが悪いって言いません……?




