もう大きくなったのね
突撃したのは、待っても状況の打破に繋がらないからです。それどころか、拳を向けているだけで脂汗が出てきます。そして、隙を見せないように意識することが、逆に隙を見せる結果となったでしょう。
私の渾身の右拳は寸前で躱されました。いえ、私にとっては寸前ですが、お母さんにとっては余裕なのでしょう。やっぱり届かないか。
うん、もぉ!!
破れかぶれに、振るった腕の回転力を利用して、跳ねながらの後ろ回し蹴りで追撃に入ります。
ほら、迎撃の蹴りが来ました。
もう背中を向けているので、見えませんが、カウンターで腰を折られるんです。分かります。
でもっ! 怖がるな、やってしまえ!
私は相討ちを覚悟して振り抜きます。無論、予想通りに激しく腰を蹴られました。村に居た頃の私なら、それだけで吹き飛ばされて吐血して、動けなくなっていたことでしょう。
でも、私も成長しています。シャールで巫女見習いになって、デュランで次の聖女に任命されて、王都で王様を殺しました! 最近だって、諸国連邦で学校に通っていたら教師になって、頑張っているんです!
その成果をご覧ください!
私の足はお母さんの顔面に当たりました。生まれて初めてです。
着地の前に回復魔法を唱えて、ひどく損傷したであろう内臓と背骨を修復します。
驚きと喜びが混じった感情になりながら、私は距離を開けます。
お母さんは血の混じった唾を吐いてから、笑顔になりました。
「メリナ、良い動きだったわ」
「そ、そうかな?」
「えぇ。さすが私の自慢の娘よ。ちょっと待ちなさいね」
お母さんは後ろを振り向いて言います。
「カッヘル隊長、一緒に戦うことになっていましたよね? こちらにどうぞ」
「あっ、いや。親子水入らずって言葉も有りますし、俺は遠慮したいと思います! ルーさんだけで構いません!」
ビシッと背筋を伸ばしたカッヘルさんが丁重に大きな声でお母さんに返しました。
「良い経験になりますよ? 身内なので自慢と取られると恥ずかしいですが、メリナは中々の強さです。娘を倒せたら私からの卒業、一人前と認めますから」
「いえ! 自分にはハードルが高過ぎるので、永遠に半人前でも構いません! 半人前でも十分にお釣りが来ると思います!」
真剣に熱心に申されましたが、情けない言葉です。
「そう? じゃあ、観戦していて下さい。帰ったら、復習しますからね」
「はっ!!」
お母さんがこちらへ視線に戻した途端に、カッヘルさんが緊張を緩和させたのが見えました。アデリーナ様が横にいるのに、それよりもお母さんとのやり取りに気を遣ったみたいですね。分かりますよ、カッヘルさん。戦闘モードのお母さん、本当に怖いから。
「それじゃあ、メリナ。続きね」
言い終えると、お母さんは姿を消し、私の斜め後ろに来ていました。
既に拳が上から下への軌道に入っており、私の体を破壊するつもりです。
普段は優しいのに、戦闘訓練はとても厳しいんです。森に入れる歳になったら、ほぼ毎日仕込まれたものです。
体を魔力で固めて、振り向きながら握った拳を横から回します。裏拳です。
脇腹を猛烈に撃たれましたが、私の拳もお母さんの頬を赤くしました。
また当たりました……。
続いて、お母さんは私の足を踏み抜きます。甲がぐしゃりと粉砕されたでしょう。そこから、更に私の耳を掴んでの引き倒し。
対して、私は即座の回復魔法。それから、倒されまいとお母さんの腕を持ちます。
「やるわね」
「いつまでも、子供じゃないから」
照れ隠しの言葉です。子供は親に素直になれないのです。本当は嬉しいんですよ。ここまで戦えるようになったなら、森の中でもお母さんを助けられそうだから。
頭突きが来ます。迎え撃った私の頭が弾かれました。やはり筋力では勝てないか!
朦朧とした意識の中、更に顔が強制的に横を向きました。これは分かりませんでした。肘が襲ってきたのかもしれません。
何とか掴み続けていた片腕のお陰で、私は転倒を避けることが出来ました。
が、危ないです。首に力が入らず顔が下を向いていますので、次は膝です。顔面を潰されるか、腹を貫くのかは分かりませんが、致命傷ギリギリのヤツが来ます!
敗北は必至! でも、一矢は報いたい!
この窮地の中で、私は村に居た頃には出来なかった技を思い出します。
魔力操作。これをお母さんは知らないはずです。
幸いに私はお母さんの腕を握っています。そこで、お母さんを守る体内の魔力を移動させ、柔らかくしてから私は指を突き刺す!
「つッ!」
わっ、お母さんに悲鳴を上げさせることに成功しました。その後にゴフッて腹に膝を喰らいましたが、私の苦し紛れの攻撃で速度が緩まったようで、私はまだ意識を保っております。
回復魔法。これで私は傷が癒え、どうやら回復魔法をも自ら禁止しているお母さんは腕から血を流している状況になりました。
「凄いわね……」
お母さんの感嘆は、今度は逆に私を不安にさせます。もしかしたら、お母さんを越えてしまう日が来たのかもしれない。それは嬉しくなんてなくて、少し寂しいものでした。
「あんなに寝込んで咳ばかりしていたメリナが、本当、大きくなって」
お母さんは構えを変えます。見たことがないタイプです。いつもは私やアシュリンさんと同じように、拳を軽く握り重心をやや低くした半身で敵に向かいます。
だけど、今は大きく前後に股を開け、両方の指先は中指と人差し指を尖らせて、私へ向けています。
私も遅れて構え――その前に吹き飛びました。何が起きたか分からないままに連打を喰らいます。
目を開けようにも初撃で眼球を潰された様でして見えません。回復魔法を使っても即座に破壊されます。
本能的に私は急所は守ろうと腕を折り畳んで、首や心臓をガードしました。だから、一撃で殺される事はないのかもしれません。
しばらく受けて分かりました。指先を私に差し込んでいます。さっきの攻撃の意趣返しでしょうか。
「拳王はあれを受けきっているのか……」
お母さんの攻撃音以外には静かな戦場でしたので、遠くにいるにも関わらず、剣王の呟きが聞こえてきました。
私の外観は凄惨な事になっているでしょう。回復魔法で生き長らえてはいますが、全身に穴を開けられ、血塗れ状態です。
頭部を刺してこないのは愛娘である私を殺すつもりがないのか、流石に人体で一番堅い部分を指だけで破壊するのは困難と判断しているのか。
しかし、このままではジリ貧です。
勝てるかもと思ったのは早計でした。
まだ私は挑戦者です。
たまに蹴りも入ってきて、胸から息が漏れます。痛いです。
そろそろ反撃に入りたいところです。
お母さんの攻撃は一、二、三、一、二、三のリズムで入ってきます。最初の一が深くて三に向かうにつれ浅くなり、また一で深く刺さります。
これは両手で突いていて、連続して深く刺せないからだと考えました。例えば、一のタイミングで右手で深く突いたら、三は浅くなって、次の二も浅い。左は最初は浅く、中の一を深く、最後の三も浅くです。
何故なのか。理由は魔力の限界だと考えました。
速すぎる攻撃にお母さんの体内の魔力が追随する時間が必要なのか、一応は修羅場を潜っている私の肌表面の魔力を破るのに溜めが必要なのか、他に理由があるのか。
巫女長はバカで良いと言いました。その通りです。そんな詰まらない理由を分かる必要はなく、目の前の事を片付けて行けば道が開かれるのです。
私はお母さんが刺すタイミングを見計らい、場所を予想して徐々に魔力を奪っていきます。グインと吸い取ることが出来れば早いのですが、お母さんの魔力は強く固定されていて、いつもよりも繊細な操作が要求されました。
少しずつ少しずつ、お母さんの魔力を自分の物へとしていきます。
やがてお母さんが呟きました。
「……おかしいわね」
えぇ、刺さりが甘くなっていますもの。
でも、まだ油断は出来ません。
私はまだ亀のように我慢を続けます。
「メリナ……不思議な技ね」
私は答えません。勝機を窺うのみです。
視覚を失っている分、私は他の感覚が研ぎ澄まされています。お母さんの指先の動きも、いえ、呼吸や鼓動さえも感じ取っています。
狙うのは一度。
私は回復魔法を発動。他を優先して修復していなかった目を戻します。
しかし、即座にお母さんに潰されます。毎回そうなのですが、確実に視覚を奪うために指先を中で曲げて眼球を抉ってきました。
そのタイミングで私は体を回す!
お母さんの指を眼窩に引っ掛かけ、彼女のバランスを崩す。
そして、畳んでいた腕を伸ばし、魔力操作とともにお母さんの胸と腹の間を貫きます。
お母さん、倒れました……。
手加減をしてもらったのだとおもいますが、遂に勝ったのです!
さて、お母さんが死ぬと本当に悲しいし、一生のトラウマになること間違いなしなので、すぐに回復魔法を唱えます。
「メリナももう大きくなったのね」
「うん」
「安心したわ。それだけ出来れば、自分の身はある程度守れるわね」
「うん」
「いい、メリナ。でも、油断しちゃダメ。悪い人もいるから、一人で付いて行ったりしちゃ危ないからね」
「うん。大丈夫だよ」
「本当? 大事な一人娘なんだから、心配しちゃうな。変な男に騙されて傷物にされたら、悲しくなっちゃうよ」
今、すんごい勢いでお母さんが傷を付けてましたけどね。
「大丈夫だって」
「信じるしかないわねぇ」
お母さんはルールを知っていた様でして、敗けを認めておりました。私は長年の壁を越えた気がします。でも、やっぱりどこか寂しい気持ちにもなりました。
(魔法戦であったとしてもメリナさんはお母さんに勝ったはずです)




