サプライズ
私はアシュリンさんやパウスを倒した敵の左翼後方の陣に戻っております。
ここにアデリーナ様がいると巫女長が教えて下さったからです。
思い返せば、見事に虚言に引っ掛かっていました。パウスは「女王はあっちだぞ」と去り際に言いました。私も当然に本陣にいるものと思って、気にも止めない言葉だったのですが、あの時、あの部隊の隊長であるカッヘルさんの横に全身を黒色ローブで隠している人物が立っていました。
世の中には魔力を遮蔽する素材もあると聞いたことがあります。そんな物で編んだローブなら私の魔力感知を誤魔化すなんて容易でしょう。
つまり、アデリーナはずっとあの陣にいたのです。無駄足を食いました。とんだ徒労でした。
しかし、少し遠いですが、何にしろ私は黒色ローブの人に宣言します。この茶番を終わらすのです。
「最後の勝負ですよ、アデリーナ様!」
巫女長との戦いで疲労した魔力ですが、だいぶマシにはなっています。しかし、あいつと戦うなら、万全の体調で臨みたかったという悔やみがあるのは否定できません。
カッヘルの青い顔に同情して、この部隊の奴らを全滅させなかったことが残念です。そうしておけば、本陣で巫女長と戦うこともなくアデリーナ様と対戦することが出来たのに。
「メリナっ! まずは私からだっ!」
私の前を塞いだのはアシュリンさんでした。もう倒したので眼中にもなかったので、涌き出たみたいな感じに見えました。
「負け犬は大人しく座っていてくだ――」
「行くぞっ!」
こいつ、ダメです。ルールなんて微かにも考慮していません。理解する頭がないのかもしれませんね。
応答はそこで終わりまして、私はアシュリンさんを迎撃します。長い手足からの攻撃をパンパンパンと私は両手で往なします。
数回のガードで分かりました。これは組み手ですね。部署の訓練でたまにしていました。
私は大変にこれが嫌いです。だって、スリル感がないからです。殺気の中でこそ精神が研ぎ澄まされて落ち着くのです。そんな楽しみがない戦闘は只のお遊戯で御座います。
「ウッラー!!」
いつも通りにアシュリンさんが殴ってくる順番を無視して、私はカウンターを彼女の胴体に合わせます。もちろん、胸を打ち抜くつもりです。
「まだ遅いなっ!」
アシュリンさんは生意気にも私の拳を手の平で受け止めます。私の魔力が回復していないのが一番の原因でしょう。屈辱です。
その後も攻防は続きます。
殴り合っている内に、私は息が上がるどころか、力が全身に行き渡る不思議な感覚に襲われていました。動きが明らかに軽快になってきているのです。
当たっても痛いだけで生温い攻撃をしてくるアシュリンさんですが、それでも、急所を破壊しようとする私の拳は的確に対応しています。
「もう退かれてはどうですか? ほら、お子さんも悲しまれますよ」
「戦場に戯れ事を持ち込むなっ!」
ちょっと感情を害されたみたいで、放たれた拳が軌道を変えて、私の顎を狙ってきました。ふむ、こうでなくては困ります。
「では、行きますよ」
「仕上げだなっ!」
私もアシュリンさんも一歩前に出ます。
私の腕の長さでも十分にアシュリンさんを撃てる距離です。全く武闘派の人の考えは分かりませんね。
態々、私との打ち合いを望まれたのですから。
足を止め、拳を互いに振るう。体に当たることはそう有りません。飛んでくる拳に合わせて、拳をぶつけるのです。我慢勝負です。
膂力は互角かもしれません。しかし、回復魔法の速さでは私でしょう。
撃ち合わせること、何十回、何百回。
やがて、拳を真っ赤にしたアシュリンさんが腕を下ろしました。
「よしっ! 体も暖まっただろ! 行ってこい!」
暖まった? いや、何だか魔力も回復した感じです。……アシュリンさん、もしかして、そんな術を組み手の中で私に掛けてくれたのでしょうか。
「余計なお世話でしたが、一応、感謝しておきます。で、アデリーナ様はどこですか?」
アシュリンさんは私に協力してくれたみたいですね。私の人徳のお陰でしょう。
「うむ、アデリーナはそこだが、次の相手は違うぞ!」
アシュリンの指した先はカッヘルの方でした。確かにいましたね。私と視線が合ったら、物凄い勢いで彼に反らされました。
あいつでは私の相手にはなりませんよ。冗談ですかね。
「次の相手ってパウスさんですか? あの人、確かに強いですけど、足首骨折してますから今はゴミみたいな存在ですよ。あっ、旦那さんをゴミって言ってすみません」
「誰がゴミだ!?」
あっ、本人もいらっしゃいましたか。
座っておられましたから気付きませんでした。その横には剣王もいます。
「おい、さっさっと終わらせろよ。すぐに再戦だからな」
あれだけ無惨に負けたのに、偉そうな口ですこと。……あれ?
もう傷が癒えているのですね。誰に魔法を掛けてもらったのでしょうか。アシュリンさんかなと思いますが、こんなに急回復できたかな。
「メリナ! 次の相手は強いぞ! パウスが『俺は勝てない』と戦う前から断言したほどだからな! 胸を借りてこい!」
そんな大袈裟な言い方をしなくてもと思いました。ラスボス、アデリーナと比較したら、全部格落ちですよ。
「いえす、まむ」
アシュリンさんが好みそうな返事をして、前へと進みます。
バカと話し続けるとバカが移りますからね。この辺りで気分を変えていきましょう。
で、私の相手は誰なんでしょうか。
私はもう一度、アデリーナ様の方を確認します。並びとしては、アデリーナ様、その横にカッヘルのおっさん、そして、黒いローブの人。なるほど、ローブの人でしょうね。
ルッカさんかな。まぁ、そこそこ強いですね。彼女は不死だから遣り辛さを感じます。
何にしろ私は余裕です。じっくり観察していると、ローブの人はゆっくりとフードを両手ではずしました。
っ!? えぇ!!!??
よく知った人でした……。
「メリナ、久々ね。元気にしていた?」
「え、えぇ。うん……」
動揺が隠せず、私は吃ってしまいます。
確かに強いです。いえ、恐らく、世界最強の方です。楽勝モードの気持ちが吹き飛びます。勝てるイメージが全く湧きません。
「メリナ! 後の事は気にするな! 本気で行ってこいっ!」
アシュリン、無責任な事を言うんじゃありません。あれは逆らってはいけない存在なんですよ。戦うなんて言葉さえ烏滸がましいものがあります。
「攻撃魔法は危ないからお互い無しね。じゃ、始めましょう、メリナ」
「わ、分かったよ、お母さん」
私は涙目になるのを我慢しつつ、突撃致しました。
そっかぁ、カッヘルさん達の森の案内役をやっていたんでしたよね、お母さん。この戦場にまで付いて来ていただなんて、予想外過ぎます。
アデリーナめ、和解するまでは本気でデュランを潰す気だったのか。




