神殿で一番の人格者
ここから先は慎重に行かないといけません。なぜなら、敵の本陣には竜神殿の方々が待ち構えているからです。
大将であるアデリーナ様はもちろんの事、同じくらいに巫女長にも警戒が必要です。巫女長は冗談っぽくも洒落にならない事をやって来ますので、身の危険を感じるのです。
学校の教室でガランガドーさんに精神魔法を掛け、それが貫通してアデリーナ様まで鼻水と嗚咽を交えて号泣された事件が記憶に新しいです。恐ろしい人です。鬼さえも泣かすなんておとぎ話までで勘弁して欲しいです。
巫女長の地位さえも偉い人に精神魔法を掛けて手に入れたのではと危惧しますよ。
でも、あの方は優れた善行も為しています。
偶然に訪れた田舎の村で私を竜の巫女に誘ってくれたのです。これは後々の歴史書において、人類と世界、それに何より聖竜様に対する最大功績だと評されるかもしれませんよ。
さて、神殿の戦闘要員という言葉も気になりました。私も全容を把握していないくらいに色んな部署が竜神殿には御座いますが、その中で魔物駆除殲滅部は戦闘に特化した部署です。間違いなく、オロ部長はいらっしゃるでしょう。
それからフロンも絶対に来ているでしょう。もしかしたら自分への自信だけはあるエルバ部長も出陣しているかもですね。弱っちいので数には入れないでおきましょう。あとは、シェラも王都の情報局に単身で潜入するくらいには腕が立ったと思います。でも、部署的に来ないかもなぁ。
そう言えば、ルッカさんを見てないなぁ。いつから会っていないんだろう。少なくとも彼女がナーシェルの貴族学院にやって来た記憶はないです。お子さんの介護で忙しいのでしょうか。
ここから眺める敵本陣は金属鎧の人が多く、黒い巫女服の人は居ないことはないですが、とても少ないです。
考え事をしている最中、突然に魔力の変動を感じました。空に巨大な何かが構築されている?
私は細心の警戒をもって様子を伺います。巫女長の精神魔法ではなさそうですが、何が起きるのか分からなくて、とても不安です。
戦闘での鉄則は、対人であろうと対魔獣であろうと魔法術者を優先して倒すことです。そうでないと、不意の一撃で勝敗が逆転してしまうことさえ有るからです。
また、こんな風に先手を取られるのも辛いですね。
魔法の術式が完成したようで、目には見えませんが、何かが猛スピードで私の頭上に落ちてきました。
慌てて回避しました。本当ならゴロゴロと転がってでも距離を取ったり、地面に伏したりしたい所なのですが、それでは負けになってしまいますので、必死に走りました。
まるで特大の雷が落ちたかのような轟音とともに、土煙や石礫が私を襲います。バチバチと小石が当たる程度なら可愛らしいのですが、拳大以上のサイズをした石や岩が私の体をボッコボコに打ちます。
痛いです。顔はガードしていますが、お腹へ勢いよく入ったヤツなんて普通の人なら死んでいると思います。
視界が戻ると、土が抉られて大きく立派な陥没跡が出来ていました。凄まじい威力で、これは巫女長の仕業でしょう。マジで恐ろしい人です。直撃していたらと思うとゾッとしますよ。何も残骸は無かったので風圧のみで、こんな攻撃をしてきたのだと判断しました。巫女長、強すぎじゃないですかね。
私が活路を見い出す為に敵陣を観察すると、更に宜しくないことに宙を飛ぶ白蛇がコチラに向かってきていました。その背中にはフロンが見えて、邪悪な笑みを浮かべています。
蛇はオロ部長です。オロ部長は足がないので、今回のルールでは模擬戦開始と同時に胴体が土に着いて脱落決定と思っていました。部長が得意とする土中からの奇襲攻撃も封印されていたはずです。
でも、私は忘れていました。オロ部長は邪神を喰って羽が生えていたのです!
羽をバッサバッサはためかせて、オロ部長が向かってきます。たまに顔をキョロキョロさせて上空からの風景を満喫しておられるみたいです。
お楽しみのところ、申し訳御座いません。私は氷の槍を魔法で出しまして、オロ部長を狙います。
数本出して、全て当てたのに、固い鱗で弾き飛ばされました。
くそぉ! 狙いを変えて、フロンだけでも仕留めるべきでした!
オロ部長は背中に5人は余裕で乗せられるくらいに長い体を持っておられます。胴体も太くて、私が手を回しても半分ちょっとくらいの特大サイズです。
そんなものが空を飛んでいるのですから、私の脳みそは追い付かず、遠近感を失っていました。
オロ部長の射程に入っていたんですね。
部長は口から唾を吐く。私はサラリと躱しまして、さっきまで居た場所がジュワッて溶けました。
威力は十分ですが、殺気は御座いません。私に当てに来たというよりもご挨拶くらいの物でした。なので、たぶん、私が放出した氷の槍も「こんにちは」って意味で受け取ってくれていたら嬉しいです。
オロ部長はこれが模擬戦だと理解されていますね。本当に出来た人です。全く人間の容姿とは掛け離れた姿ですが、私の知人の中では最も真面な方だと評価しております。
「ちょっ! 蛇! ちゃんと当てなさいって!」
背中に乗っているクセに、あのバカは偉そうですね。そもそも部署の上下関係を何だと思っているんですか。
そんな思いをオロ部長も持たれたのでしょう。なんと、蛇には似つかわしくないキレイで華奢な腕でフロンをガッシリと掴み、私に投げてきました。豪腕です。
「キャーーー!!」
甲高い声を上げたフロンは、頭をこっちに向けて迫ってきました。
先ほど私はアシュリンさんを投げ付けましたが、あの時のパウスとは違い、私はフロンを抱き止める義理も必要もなかったので、普通に移動して、フロンが地面に刺さるのを見ていました。
が、残念。彼女は魔族。転移魔法で姿勢も正した上で私を攻撃してきました。
「やるじゃん。よく避けたわね」
下から上へのフロンの爪をバックステップと背中の反りで躱す私に、彼女は話し掛けて来ました。
「捨てられたところを助けてやったのに、恩を知らない猫ですね」
「そう? 手加減してやるからさ」
一撃で始末するために放った私のパンチはフロンの脇を通ります。クネッて人間では有り得ない感じで背骨が曲がったような動きでした。
こいつ、こんな動きも出来たのか。
「恩知らずだけでなく、身の程知らずですね。あと、恥知らず」
「犬は恩を忘れないって言うけど、あんたは――」
追撃の私の蹴りに合わせて、フロンは高くジャンプしました。でも、途中で消える。
視線を上げた私の首はがら空きで、転移して戻ってきたフロンが下から長く尖った爪を突き付けて来ます。
寸前で察した私は横蹴りで、フロンを吹っ飛ばす。
頭部を潰した感触はあったのに、憎たらしくも転移で再出現したフロンは平気な顔でした。代わりに、私の首は傷付けられてうっすらと血が滲みます。
「狂犬だから当てはまらないわね」
「お前に恩を感じた事がないですよ」
「恩なんて感じなくても、縁があれば勝手に出来るのよ」
魔族はタフです。ショーメ先生が暗部の頭領を殺った時の様に、急所の一点を破壊しない限り、生き続ける存在なのでしょう。
宜しい。小手調べは終わりです。
「続けるなら殺します。方法は有ります」
例えば、火炎魔法で燃やし尽くす事や、魔力を吸って一瞬だけでもふーみゃんに戻して前足を地面に付ける事が考えられます。
「怖いって。良いわよ、先に行って」
フロンは唐突に座りました。ヤツは自ら負けたのです。でも、すぐに立ち上がります。
「は?」
「掠り傷でもあんたに一撃を入れたって事でアディちゃんは納得してくれるからさ。私は十分」
「いや、お前。私の猛った気持ちはどこにぶつけたら良いのですか?」
「はいはい、降参したんだから、許してよ。私と蛇はアッチに行くの」
フロンの指し示した先は、ガランガドーさん達がご活躍の戦場でした。たまに大型獣の悲鳴が聞こえてきまして、人間じゃないから殺して良いとか、彼は勘違いしていないかなって思ってました。
「……何をしに?」
「シュリの街はアディちゃんを裏切り――」
ここで再度、天に異常が発生します。
巫女長の魔法が再発動したようです!
「ヤバッ! じゃあね、化け物!」
フロンは言い終えると姿を消しました。
転移魔法を使えない私はまたもや必死に走ります。
でも、さっきと違って気付くのが遅れたのです。死なないにしろ、吹き飛ばされて転がる可能性が有ります。
覚悟して、飛んでくる爆風と石達に備えて立ち止まった時でした。フッと視界が暗くなり、よくよく見たら、オロ部長が目の前でトグロを巻いておりました。
その直後に凄まじい爆発が起こったのですが、オロ部長が私を庇ってくれたお陰で、無事に遣り過ごせることが出来ました。
「ありがとうございます!」
私の礼にオロ部長は「気にしなくていいよ」って感じで、手を横に振ってくれました。
本当に人格者です。アデリーナ様に代わって女王様になってくれないかと思うくらいです。
「部長も負けですよね?」
だって、お腹が土に着いているから。
私の言葉にオロ部長は態とらしく口をあんぐり開けて驚かれました。
ご自分でもお分かりだったのに、なんとお茶目な仕草なのでしょうか。
あと、牙がとても禍々しい感じに鋭いです。巫女見習いの時に不幸な事故で私が折ってしまったのですが、回復されていて良かったです。
"また負けましたね。フローレンス巫女長との対決、楽しみにしていますよ"
体の仕組み的に声を出せない部長は紙に書いて私に応援を伝えてくれました。
「本気のオロ部長とも戦いたかったです」
"負けたら食べられそうだからダメです"
「えー、じゃあ、一緒に巫女長と闘いましょう」
"それも食べられそうだからダメです"
オロ部長は冗談も面白くて大変に良い人だと再認識しました。




