瘴気を放出
対峙するアシュリンさん夫妻も私も、互いに構え続けて、まるでそこだけ時が止まったようでした。
隙を見せたら、命を落とす。
その真剣勝負の雰囲気は、勿論、周囲にも伝わり、王都の部隊の方々も一切の音を立てずに、私達を見守っておりました。
もしも、彼らが下手な真似、横槍を入れようものなら、私だけでなく闘争本能を剥き出しにしたアシュリンやパウスの反撃を喰らう可能性さえありました。
しかし、おかしい。これは模擬戦のはずなのに。
そんな些細な疑問があっても、口に出すことは致しません。気の緩みが死に繋がるので。
遠くでガランガドーさんが「見よ! 冥界を支配する者であり、氷炎の貴公子、且つ、愛を失いて絶念を識る竜、我の、地を震わす迸りを!!」と叫んだのが聞こえました。
うわぁ、自称の肩書きが増えてますね。
そもそも「冥界を支配する」の下りは邪神に記憶を操作されていたって告白していたの、もう忘れたのかなぁ。
あと、私の集中の邪魔なので黙ってほしいです。
でも、喝采が上がりましたから、ガランガドーさん、頑張っているんでしょうね。
さて、私はまだ膠着状態です。下らない思考をしていましたが、私に隙は御座いません。ただし、アシュリンさんもパウスも微動だにしなくて、私から仕掛けるのも難しそうです。当面はこのままで、痺れを切らした方が負ける可能性が高いと思います。
「ガランガドーさん、こっちですよー!」
ショーメ先生の声が響きました。あの人、自分が楽しようとガランガドーさんを利用しているに違い有りません。
その後に物凄い音が轟きまして、恐らくはガランガドーさんが大技を繰り出したのだと想像できます。
「デンジャラースッ、ナックルゥゥウ!!」
これは何でしょうかね。予想は付きますが、デンジャラスさんは聖女時代からの転落がハードだなと思いました。歴々の聖女達は草葉の陰で泣いているのではないでしょうか。
マジ煩いです。あいつら、態とじゃないかと思ってしまうくらいです。
しかし、それは私だけでなく前の二人も感じていたのでしょう。
パウスが剣先を下げました。疲れなのか、誘いなのか、バカどもへの呆れなのか。私はそれを判断しませんでした。
チャンスです。一瞬でパウスの横に移動し、腕ごと横胸を破壊するつもりで拳を振るいます。
彼も私の攻撃に対応しますが、剣先は戻りきらなくて、それでは私の上半身には届きません。つまり、致命傷を与えることは出来ませんよ。
アシュリンさんが私の傍に寄ったのを影で知りますが、まずはパウスを潰します。
握った拳を開き、指先を尖らせて彼の腕を貫きます。
チッ! 浅い!!
アシュリンの動きが想定より素早かったですね。プランを変更します。
パウスの剣は私の太股を巫女服とともに切り裂きました。更に、上がった剣の刃が返されて、変則的な袈裟斬りが予想されました。アシュリンの蹴りも私の背後から向かってきています。
それらを私は素早く横へスライドして躱します。もちろん、足を斬られたダメージは有るので、片脚だけでの移動です。痛みは我慢できますし、予定通りだからです。
パウスの剣は魔剣。傷口に魔力の膜を張り、回復魔法の発動を阻害する武器です。
私と謂えど、傷を癒すにはその膜を剥ぎ取る必要が御座います。
しかし、追撃が来ます。右からアシュリンのデカイ拳。左からパウスの鋭い切っ先。どちらも当たれば私の敗北が決まりましょう。
私が足を負傷している状態を好機として、彼らは決着のために勇んだのです。
パウスが剣先を変えた時から、複数ルートが有りましたが、この展開も読めておりました。彼が構えを維持している間は、仮に突っ込めば剣が私の腹を裂き、結果、動きが鈍って更に斬られるか、アシュリンさんに殴られ地面に倒れるかのイメージしか持てませんでした。
でも片脚だけでありましたが、ここまで距離を取れれば違います。次の行動に間に合います。
私は瞬時に体内の魔力を一気に肌の外へと放出しました。
だいぶ前の話ですが、サルヴァの取り巻きが学校で非道を働いている言い訳にメンディスさんの命令だと虚偽の告白をしたことがあります。それを真に受けた私はナーシェルの王城に行き、その後、色々有って、メンディスさんとタフトさんが重体になるという事件が起こりました。
もう時効ですし、被害者からも咎められることはなかったのですが、その真犯人は私です。
今、私はあの時と同じ事をしたのです。
黒い魔力が弾け跳び、周囲を闇に染めていきます。これは目では分かりません。魔力感知での感覚です。普通の方は何が起きたか分からないかもしれません。
突風が発生し、周りの兵隊がまず地を何回も転がります。また、私に攻撃するために力を込めて、土を踏み締めていたアシュリン夫妻も攻撃を止め、後退する仕草を見せました。
くー、贅沢は言いませんので、どちらかが脱落してくれたら良かったのに。
私は期待外れな結果に失望しつつも、脚の傷口に手をやって、パウスの剣に付けられた魔力を剥がします。それから、回復魔法。巫女服のスカート部も斬られているので、こちらも魔力を新たに練って、破損した箇所を修復します。恥ずかしいですので。
「アシュリン、こいつは本当に人間なのか?」
「知らん! 珍獣って事で良いだろっ!」
珍獣はお前だろ、アシュリン。
「今のは瘴気の類いだぞ。それを出すなんて、人間か魔族かってレベルじゃない」
本当に失礼な人達です。奥深い森に充満する瘴気なんて、魔力感知を使えなかった私でさえ不気味な異常を察知していたくらい濃密で邪悪な物ですよ。
「もう負け惜しみですか? 他愛も御座いませんでしたね」
私の挑発にアシュリンさんは簡単に引っ掛かりました。
「メリナっ! 勝つまで油断はするなといつも言ってるだろ!」
アシュリンさんが私の放出した魔力を掻い潜り、突進してきました。
左右からの豪腕を簡単に躱し、それが囮であることを予測している私はアシュリンさんの本命である後ろ回し蹴りを腕でガードして、一気に前へと進みます。
狙いはアシュリンさんではなくパウス。あの魔剣は危険ですから。
「俺を狙うとは、舐められたものだ!!」
舐めてはいない。危険な方から倒すことを決めたまでです。
何本にも見える突きを繰り出したパウスは威力を増すために足をしっかりと踏み込んでいます。その止まった足を姿勢を低くして、私は払います。
普通の戦闘なら片手を地面に付けて、自分の体勢が崩れないようにサポートとするのですが、今日のルールでは負けてしまいます。だから、氷の槍を出しまして、それの下部を掴んで一回転しました。
一気に伸びたリーチによる攻撃はパウスの勘を越えたのでしょう。クリーンヒットします。
前に出していたパウスの片足の足首を破壊しました。
「グッ!」
パウスの呻きを無視して、私はアシュリンさん対策にすぐに入ります。私が背を向けているチャンスをヤツが逃すはずがないからです。
案の定、既に攻撃体勢に入っており、いまだ地面すれすれを回転している私を土に触れさせるため、大股で踵を振り落とそうとしていました。踏み殺す勢いでした。信じられないです。
すぐに足で回転を止め、急ぎ立ち上がります。本気の本気である私の速度を、アシュリンさんは見たことがないかもしれません。いえ、諸国連邦にいた約3ヶ月で、私は更に成長したのかもしれません。
だからこそ、アシュリンさんは無防備に近寄って来てしまったのです。
片腕をアシュリンさんの股に入れ、そのまま彼女を肩に担ぎ、パウスにぶつけました。高速の投げです。
負傷していないパウスならば避けることが出来たかもしれませんし、一応は愛する妻が飛んできたということですし、彼は剣を捨てて抱き止め、バランスを崩して尻を付きました。無論、アシュリンさんも転倒しています。
「うふふ。仲良しですね。二人で仲良く負け犬です」
「テメーが異常なんだよ。瘴気を出して相手の動きを鈍らすなんて、魔物でもしねーぞ」
「メリナ! 次はこうもいかんぞ!」
「まぁ! 情けない負け惜しみを聞かせて頂きました。嬉しいです」
「チッ! 早く行けよ。女王はあっちだぞ」
パウスの示す方向はシャール側の本陣です。十分に承知しております。
「えぇ。それでは、またシャールでお会いしましょう」
勝ち誇る私が一睨みすると、無事だった王都の部隊の殆どの方々も自主的に座ってくれました。とても楽でした。
その中、指揮官のカッヘルさんとその周辺だけが、顔を青くして足を震わせながらも果敢に立っておられまして、立派だと思いました。命知らずです。
軽く首を折ってしまおうかなと思いましたが、カッヘルさんには貸しがあるので許して上げましょう。感謝なさい。
あと、彼らの標準装備である皮鎧ではなく全身ローブで顔を隠している人が気になりました。
もしかして、行方不明中のヤナンカ?とも思いましたが、ヤナンカに恨みのあるアシュリンさんが放置する訳が御座いません。別人でしょう。魔力的にも大した事ないし。
私は最終決戦に向けて、神殿の方々が控える本陣へと足を向けました。
「おい! ゾルと俺を治療して行けよ!」
「他の人に頼んでくださーい」
今から私は死地に進むのですから、そんな余裕はないのです。




