強者たちの戯れ
さて、私は次にどちらへと向かえば良いのかと悩みます。
一つは敵左翼。馬の他に魔獣に乗った騎兵もいる大部隊で、開戦前のタフトさんの説明ではシャールではない街の軍隊だったと記憶しています。大型獣の体を活かした突進なんかも行われていて、普通なら踏みつけられての死人が出てもおかしくない状況です。
諸国連邦の人達は距離を取って、一人一人が逃げられるスペースは確保しているみたいです。本当の戦争であれば、その戦陣がばらけた状態を狙って歩兵も突撃していくのが敵側の戦術スタイルなのでしょう。
今回は模擬戦ですので、そこまでの蹂躙は行われていていないようでした。
いや、デンジャラスさんやショーメ先生のような大型獣よりも遥かに強い人達がいるからかもしれませんし、サルヴァの妹のブリセイダさんがよく指揮をして綻びをカバーしているからなのかもしれません。
もう一つの方向は、その獣軍団の後方に位置する比較的小さな部隊です。こちらは、シャール近郊で訓練中だった王都所属の部隊です。
シャール対王都の内乱騒ぎがあった頃から、彼らは王都へ帰っておりません。アデリーナ様の支配下に入り、拷問の様な訓練に堪え忍んでおられたのです。
くそ生意気な剣王も、今はその部隊にいるのだと聞きました。
「我は前方の軍に向かおうぞ。主はあちらだ」
ガランガドーさんは無駄に細長くて綺麗な人差し指で私の行き先を指定してきました。
「何故ですか?」
「我も称賛が欲しいのである。獣を蹴り倒し、諸国連邦の者共から全力の褒め言葉を得るのである。主は、あっちでひっそり独りで戦っておれば良い」
「お前、主人である私に放って良い言葉ではないでしょ。ベセリン爺を見習いなさい」
「いいや、譲れぬ。我はもう行くのである。主よ、あちらには主と少なからず因縁のある者がおろう」
そう言って、彼はバーダを背負って敵へと突っ込んでいきました。私は佇んで見ています。
「善悪を超越した存在、超越者ガランガドー参上!」
謎のダサい口上を叫びながらガランガドーさんは、突進した先の一番近くにいた大きな犬を蹴り飛ばしました。
可哀想に痛かったのでしょう。
犬はキャンと一鳴きとともに跳ねて、騎乗していた人を落とします。
「弱き者共よ、竜たる我が来たからには安心しろ! 大船に乗ったつもりで付いてくるが良い! グワハハハ!!」
楽しそうです。
うん、たまには彼もストレス発散した方が良いですね。何せ失恋したばかりですし。
よし、では、私も行きますか。
えーと、速攻で剣王を殴り飛ばして、それにビビる王都の人達を土下座させるのが一番早い攻略方法ですかね。
手を頭上で結び大きく左右に上半身を振って、筋を伸ばします。うむ、万全。
剣王と最初に戦った時は不覚を取りました。あの屈辱は忘れられません。
だから、2度目はあいつの持つ魔剣を無効化してから、半殺しにしてやったのです。
もうあの作戦は取れないでしょう。剣王も愚かな頭なりに対策を考えていると思います。
やはり互いに正面切っての殺し合いになるかもしれませんね。うふふ、体がゾクゾクします。淑女であっても、たまには命の奪い合いのスリルが欲しくなるものなのです。
私はダンッと草の上から土を蹴り、狙いを定めた獲物達へとダッシュします。
「敵、来ます! あっ、巫女服っ!! 巫女服です!」
ちゃんと見張りもいたようで、指揮官に聞こえるように大声で叫んでおられました。
まだ私の攻撃間合いでは御座いません。あと数十歩は足りないです。
「陣を構えろ! 蟷螂猿と同じと思え!」
蟷螂猿……。懐かしいです。
私が育った村は森の近く、いえ、森の中にあるのですが、その森に住む猿の一種です。人間の倍くらいもある背丈を持ち、体当たりの衝撃で木を倒すくらいにパワフルです。その上で更に、腕は4本なのですが、その内の2本がカマキリと同じ様な鎌状でして、それがとてつもなく速い速度で襲ってきたりします。
私も14歳を越えるまでは戦うことを避けていた難敵です。
しかし、あんな醜悪な生き物と同じ扱いとは驚きました。連中の目が腐っていることを確信します。
「舐めるなっ! クソが!!」
王都の方々は前面に盾を斜めに杭の様に地面に挿し立てており、その後ろから弓を構えていました。
十分に引き付けてから、私を射るのでしょう。
あと10歩で拳が届くという距離で無数の矢が飛んでくるのが見えました。
一瞬で見極めた私は、加速し最低限の矢のみを手で打ち払い、前へと進みます。頬を掠める矢は無視です。腹を貫こうとするものもヒラリと躱します。
そして、接敵。力を反らすために斜めになった鉄の盾に拳をぶつけ、そんな小細工を物ともせずに、持っていた人間ごと打ち上げます。全身全霊の踏み込みのお陰で、地面が大きく抉れましたし、爆風みたいな拳圧で周囲の者も巻き込みます。盾を持つ彼の腕は完全に折れたでしょうし、盾が胸を強打して、そちらも深いダメージを加えたでしょう。致命傷でなければ良いですね。
次に飛び道具で私の命を狙った、卑怯者の弓兵達に懸かります。確実に顔面に拳や爪先で強打を入れ、戦闘不能へと持っていきました。
「ゾルザック! 抑えろ!」
聞いた事のある声です。たぶん、この部隊の指揮官カッヘルさんでしょう。彼には少しだけ悪いことをしたなと思っています。アデリーナ様に阿りたい彼に私はアドバイスしたのですが、逆に地面に矢で四肢を縫い付けられる拷問をアデリーナ様から受けてしまったのです。
「任せろ! あの狂犬女は俺の獲物だ!」
出て来たか……。ゾルザックは剣王の名前だと覚えています。
私は魔力感知を用いて、剣王の居場所を探ります。そして、すぐに方向転換。稲妻の様な高速をもって雑兵の間をジグザグにランダムに駆け抜けて、無惨な敗北が決まっている、哀れな男を襲います。
「死ねぃ!!」
剣王は明らかに私の接近に気付いていませんでした。なので、一気に仕留めに入ったのです。もちろん、背後からです。
フルスイングを後頭部にお見舞いするつもりでした。慈悲は無しです。気を緩めたら殺されるのは私だから。
「ゾル! 油断するな!」
私は腕を引っ込めます。激しい危機感が体を打ったからです。
案の定、私が撃とうとした軌道上に鋭い剣の一閃が走りました。危うく、腕を失うところでしたね。今の剣が回復魔法を邪魔する魔剣だったら、大変な事になっていましたよ。
「すまん、助かった! 人があんなにも速く動けるのか……」
命を救われた剣王が礼を言っていました。
「そいつを人間だと思うな! 古竜よりも堅い化け物だ! 殺す気でやれ!」
間合いを取って、ゆっくりと剣王ではなく偉そうな剣士を見ます。
「王都以来だな。元気にしていたか?」
ほぅ。パウス・パウサニアス……でしたか。
彼はアシュリンさんの旦那さんです。男勝りと言うか、女を捨てている雰囲気さえあるアシュリンさんを妻とする、この世界で最も理解しがたい性的異常者です。
前王を倒す一連の戦いでは、王都軍に所属していた彼とアシュリンさんは戦闘になり、アシュリンさんを破ったのでした。
その後、私が仇討ちの形で彼を地に伏せたのですが、かなりの強敵です。剣王よりも遥かに。
「覚えているか? 王都最強、だった男だ」
「えぇ。2人懸かりなら私に勝てるとでも?」
「相変わらず、生意気な娘だ」
「おい、パウス。本気で行くぞ」
「無論。体に剣を入れても油断するな、ゾル。不死身だと思え。俺はこいつの心臓を刺したが、死ななかった」
「どれだけ化け物なんだよ……」
男達が会話をしている隙を私は突きます。
パウス、覚えていますよ、お前の技。真似させて貰います。
猛進して、直前で左右に体を振り、視線をずらさせたところで、逆方向にもう一度、トップスピードで体をスライド。
これで私が消えたように見えるのです。
「グッ!」
私の拳はパウスの柄の叩き落としをすり抜けて、腹を打ちました。
が、不満。甘く入ってしまいました。剣王が詰めてくるのが見えて、腰が回りきらなかったのです。
「次は俺の番だっ! 拳王メリナ! 覚悟しろよ!」
剣王が私の眉間に向けて片手で剣を突きます。それを頭を振って躱し、私も足を前へと進めて剣王の伸びきった腕を両手で触れます。
「投げ技なんざ、やらせるかっ!」
剣王が私の機先を取ったつもりで叫び、強引に肘を曲げて、私の手から逃れました。
しかし、それは愚かです。囮です。
剣王に対して半身になっていた私は、片足を彼の脚の間に入れ、それから、鋭く上へと膝を突き上げます。
金属鎧で保護していたつもりなのでしょうが、私は彼の大事な部分を潰しました。粉々です。
素早く後退して、パウスの横薙ぎを前髪の数本の犠牲で終わらせ、離れます。その間に攻撃の際に鎧の固さで負傷した私の膝を回復魔法で修復しました。
剣王は泡を吹いて、白目で倒れます。
「容赦ねーな。模擬戦だろ、これ?」
「弱いのに私の前に出るのが悪いのです」
「そこまで弱いヤツじゃねーだけどな。俺が鍛えてやってたんだぞ」
「いえいえ、アシュリンさんよりも遥かに弱いですよ。組む相手を間違われましたね」
「そりゃ、悪かった」
私とパウスはこんな会話をしていましたが、この間も殴り、斬られ、蹴り、突かれを繰り返しておりました。意外に避けるんですよね、こいつ。やはり腕前はかなりの物です。剣王の称号はこいつの方が相応しいと思いました。
「剣に対して拳で挑むっつーのは無茶だろ?」
「アシュリンさんと同じですよ」
「そうかもな。じゃあ、無茶だ」
私の蹴りを肩口で受けきった彼は、私の喉を剣で狙います。それを仰け反って躱した私は、逆に彼の伸びた腕に飛び付いて体を絡ませ、そこから顔面に蹴りを入れました。
「いってーな」
「タフですね」
シュタッと地面に降り立った私は正直な思いで返しました。
「嫁に鍛えられているからな」
「……もしかして下品な意味ですかね?」
「意味が分からねーよ」
少し空気が和らぎました。でも、斬って殴っては互いに止めません。
「どうして、この戦場に?」
「あー、カッヘルの野郎とは付き合いがあってな。たまたま遊びに行ったら、女王からの指令があったんだ」
「そうなんですか?」
私の前蹴りは簡単にバックステップで避けられました。
「お前の村にも興味があったしな」
「良い所だったでしょ?」
「あんなもん、化け物しか育たんだろ。瘴気とともに暮らす生活なんざ、想像してもなかったぞ」
失礼な。私の心を乱すためのセリフなんでしょう。
「さて、そろそろ、お喋りは止めようか」
「うふふ、倒される覚悟は終わりましたか?」
なお、この間、他の兵達からの邪魔は入りませんでした。もしもそんな事をしたら、私達の激しい激突に巻き込まれて命を失うことになるからです。
「いいや。俺が成長したかを確かめていただけさ。もういいぞ」
「何を偉そうに――」
私は勘違いしておりました。「もういいぞ」は私に本気になれ、つまり魔法を使えと言ったのだと思ったのです。
「メリナ! 褒美だ! くれてやる!」
ギリギリでガードしましたが、私の側頭部を狙った蹴りは鋭く重く、受けた腕が大きく腫れました。間違いなく、痛みからしても骨を砕かれました。
そして、驚いたのはそれだけでは御座いません。懐かしい魔力に、この場では逆に目立つ迷彩柄の軍服。
「アシュリンさん!?」
「クハハ! 上司としてはお前の門出を祝ってやる必要があるからな!」
アシュリンの長い脚を避けるために後ろへ退くと、パウスの豪快な下からの突き上げが私を襲います。
何とか回復魔法を唱えて、痛めた腕を復活させましたが、まさか、この夫婦を相手に戦わないといけないなんて思っていませんでした。
ガランガドーの野郎、こうなる事を知っていましたね! 許すまじですよ!
「……ちなみに何の門出ですか?」
「メリナ! お前は諸国連邦に永住するんだろ!? ならば、巫女からの卒業だろうが!」
「それ、嘘です」
「そうか!? ならば、罰だ! 王国に反乱を起こすとは何事だッ! 部下の不始末を尻拭いしてやらんといかんな!」
アシュリンさんのパンチを躱したら、パウスさんが私の逃げ場所に詰めていて、刺突の準備をされていました。氷の壁でそれを防ぎ、大きく間合いを取ります。
「ちょっと私を殺す気じゃないですか!?」
「おいおい、ゾルを見ろよ。お前こそ、殺す気だろ?」
そんな事はないです。不幸な事故です。
「メリナ! 安心しろ! いつも通りだっ!」
……確かに。訓練と称して、いつも実戦さながらの殴り合いを部署ではしていましたね。あれ、普通の人達なら何回も死んでますよ。
「酷い日常だったと、改めて愕然としました」
「グハハ! 負け惜しみは聞かんぞ!」
「えっ。負けるのはお二人ですけど?」
私とアシュリンさんは同時に、重心を低くして右半身を前に出す、同じ構えを取りました。




