最前線の様子
あー、服のど真ん中に穴が開いてしまいました。お臍が丸見えで端ないです。教師時代のショーメ先生みたいになってしまいました。
改めて突撃を開始しようと考えているのですが、そんな理由で躊躇しています。誰か布をくれないかなぁ。
「主よ、先程の戦いであるが――」
「何ですか? ミーナちゃん相手にやり過ぎだとまだ言うのですか? 私は教育したまでですよ。殺され兼ねなかったし」
「そうではない。あの童女は主に蹴られて一度転倒したのだ。あの時点で主は勝っていたのではあるまいか」
ん? あっ、確かに……。
腹を刺されて、私は軽い怒りとともに前蹴りを喰らわしたのです。その時に、ミーナちゃんはゴロゴロと転がっていましたね。
「つまり二度勝ったと言うわけですね。とても良い気分です」
「…………」
「そんな事よりも服ですよ、服。この穴の部分に何かが引っ掛かったら、更に破れてしまいます。下手したら乳房まで露になって、私は目撃者を皆殺しにしないといけなくなるかもしれません。ガランガドーさん、何とかなりませんか?」
「皆殺しであれば何とか手伝えるのであるが、我では服の作製は難しい。主が魔力を練って作れば良いのではなかろうか?」
ふむ、そんな方法も有りましたか。
確かに私は魔力を練って、竜の姿のガランガドーさんを作ったりしています。そう考えれば、服も簡単に出来るかもしれません。一抹の不安を除けば。
「それ、魔族の外殻みたいな感じですよね? 私、魔族にはなりたくないんですけど」
「我にとっては魔族以上に怖い存在であるのであるが……」
「下手な冗談です。全く面白くないです」
さて、軽口はこれくらいにして、私はガランガドーさんのアドバイスに従い、体内の魔力を捏ねり回して、服を作りました。案外にあっさりと出来上がりました。
複雑な形状は自信が無かったので、1枚布から形を整えたものになります。
見た目は真っ黒でして、私が神殿に居た頃は毎日着ていた巫女服を再現したものです。
私が洗濯係で構造をよく知っていた事と、ここはお外ですので服を着替えるのが大変に恥ずかしい事の2点から選びました。
「やっぱりこれが一番しっくり来ますね」
今までの服の上からすっぽりと被った私はガランガドーさんの前で回転して全体を見せます。
別にこいつの歓心が欲しい訳でなく、ほつれとかないかなの確認をして貰ったのです。
「見ようによっては死神の衣装みたいでも――」
「あ? 聖竜様の巫女の正統な格好をそんな物と一緒にするなら、お前の首が落ちるだけですよ」
さてと、私は草原の先、両軍が激しくぶつかり合っている所を眺めます。この場所は丁度真横になっていたみたいで、盾を前に出した兵達が両サイドから全力で敵に当たっているのが見えました。
模擬戦ですから、意図せずに刺し殺す可能性がある剣や槍を使わず、盾で圧することで相手を制しようとしているんですね。
……私が相手したグレッグさんやミーナちゃんは遠慮なく刃物を用いていたのに。
いざ参らんと、土を蹴ろうとした時です。
「メリナ様ー! 頑張ってー!」
突然に後ろから声援を頂きました。
方向はミーナちゃんが所属していた部隊の残党がいる場所。
私は先を急ぎたい気持ちを抑えて、そちらに目を遣ります。
あっ!
「ニラさーん! お久しぶりです!」
大きく手を振ってくれていたのは、私の知人でシャールに住む獣人の冒険者ニラさんです。彼女は耳が犬なんですよね。
獣人は成長が早いので、半年前はまだまだあどけない子供でしたが、今は思春期くらいの少女に近付いた感じです。
彼女は獣人であることを気にしていて、いつも頭を隠しておられ、今日も帽子ですね。
「おい、ニラ。いくら親しいからと言っても、公爵様に失礼な聞き方をするな!」
「そうだぞ。何回、注意されたら分かるんだよ。あっ、メリナ様、すみませーんでしたー!」
ニラさんの保護者的ポジションにいる双子の、あー、名前は何だったかな、うん、例の双子もいますね。冒険者生活の中でもご無事で良かったです。
こんな殺伐とした所に来られたことに驚きましたが、お金の為とか事情があるのでしょう。
「ニラさん達も私と戦いますかー?」
「おい! 断れよ、ニラ!」
「死ぬぞ、俺ら!」
双子の仲良さそうな様子が伺えます。響きには緊張感がなくて、むしろ、笑みさえもたらしそうな感じで御座いました。
この距離で聞こえるのですから、私に聞こえるように冗談を言っているのだと思いました。
「ううん。私達はメリナ様を一目見たくて来ただけなんですー!」
「分かりましたー! では、座ってくださいね! 行ってきます!」
「「僕たちも応援してまーす!!」」
「ブルノもカルノも、ずるーい! メリナ様、私が一番応援してますよー!」
心地よい言葉を受けて、私は背を押された気分です。一瞬でトップスピードに入って、押し潰し合う戦士達に混ざるべく駆けます。
「主よ」
「何ですか、ガランガドーさん?」
もう接敵しようかって時ですよ。何か重要な事に気付いたのでしょうか。
はっ!? 私の最大の弱点である竜特化捕縛魔法の仕掛けを発見したのか!?
「我も応援されたいのだが」
は?
「主ばかり、ずるいのである」
こいつの自己顕示欲は果てしないですね。
「ふれーふれー、が、ら、ん、が、ど、お。こんな感じで、今は満足してください」
「心が込もっておらぬ。我は主に騙されぬ」
「ウッサイですよ。もう戦闘に入りますからね」
疾風の如くに走った私達は敵が気付かないままに、横から突撃します。
新たな敵はシャールの正規軍の方々です。大きな馬に乗った騎士もおりますし、全身鎧の重装歩兵、小槍と弓を持った軽歩兵も確認できます。
シャール側の戦略は、諸国連邦の正面に重装歩兵を置いて進路を塞ぎ、軽歩兵が側面に回り込んで攻撃する様相です。
その結果、数の多い諸国連邦の前方への圧力は完全に抑えられており、人数差が余り関係のない側面での戦いはシャール側優位に進めている印象です。今も諸国連邦の兵が1人、2人と引き倒されていました。
しかも騎兵は未だ参戦しておらず、投入された場合には諸国連邦が敗退する未来さえ感じました。
しかし、そんな戦況など私には関係ございません。全てを吹っ飛ばしてやります。
「おらおらおらおらーー!!」
私は真っ直ぐに密集する兵の中へと突入しました。進路を邪魔するおバカは拳で叩きのめします。宙を舞う者もいれば、数人の兵を巻き込みながら殴り飛ばされる者もおりました。
「ごらぁ! ボーとしてんじゃねーよ!」
なお、諸国連邦側らしき人も進路の先に入ると邪魔なので殴っております。
金属鎧だろうが革鎧だろうが裸であろうが、私の前には平等に蹴散らされるが良いのです。
難なく一直線に突進し続けている私達。フルスピードで移動していることもあって打ち漏らしも発生していますが、撹乱という意味では成功でしょう。
「おぉ! 巫女が現れたぞ! さぁ、皆の者、これを機に奮起せよ!」
野太い声は、図体が一際大きくて戦場でも目立つサルヴァの物でした。偽りとはいえ、この軍を率いる立場の彼が最前線にいるのは、諸国連邦の士気を高揚させていることでしょう。
実際にサルヴァの言葉の後、諸国連邦の人達は鬨の声を上げて、一歩二歩とシャールの軍勢を押し返します。
「ぐっ! メリナだと!?」
シャールの兵の中にもサルヴァと同じくらいの巨漢がいました。そいつが私の名前に反応します。
「狼狽えるな! メリナは竜の巫女! 聖竜スードワット様を奉る我らの敬虔を忘れて、敵対する訳がない!」
そう言って、彼は一人だけ諸国連邦の圧力に逆らいました。
私は彼の言葉に動揺しています。あんな言い方をされたら、私が聖竜様に叛逆しているみたいですよね。酷いです。えー、そうなのかな。一応、聖竜様にはお会いして許可を取ったよね。ってか、別にあいつら敬虔じゃないです。神殿はお祭りの時以外は参拝客がいなくてガラガラです。お金を落とさない奴らは信者と見なさなくて良いとか経理の人が言ってましたから、こいつらは神殿とは関係ありません。だから、別に殴り飛ばしても良いですよね。
「俺が見てやる! メリナを騙る醜悪な女の顔をな!」
このシャールの指揮官は落ちた士気を高めようと頑張っているのですね。
視野を広げるために彼が兜を脱ぎますと、見知った顔で、へルマンさんでした。
あー、この人は私と比べると遥かに弱いですが、そこそこ強い人です。エルバ部長とも互いに仲良くて、お父さんかなと思っていた時期もありますが、どうやら彼はエルバ部長に好意を持たれていると、今は感じています。エルバ部長は見た目が6歳くらいですので、この人は犯罪者予備軍です。軍隊のお偉いポジションには絶対に付けてはいけない人物です。
なお、私はへルマンさんをデュランの聖女代理候補として推したことが有ります。ただ惜しむらくは、たった一つの理由がネックになって、実際には別人物を選ぶことになりました。
そんな彼と目が合います。久々なので、手を振りましたよ、私。
「……ほら、見ろ、いや、見るな! 見なくて良いが、そいつは偽者だっ! その女はメリナではないぞ! さぁ、踏ん張って諸国連邦の奴らを王国から追い出すぞ!」
強引に偽者と断定されましたね。
でも、シャールの軍はへルマンさんの言葉に従い、今一度気合いの声を叫ばれ、諸国連邦の前進を食い止めました。
あちらこちらで金属がぶつかってガシャガシャ鳴ってます。
「偽者な訳があるまい! 我が師匠である巫女を愚弄することは許さん!」
「若造っ! 他人の威光に縋るとは情けない! 俺とタイマンで勝負しやがれ!」
「おうさ! 望むところ! 拳王サルヴァに喧嘩を売ったこと、後悔しろ!」
「聞いたか! 良しっ! お前ら、止まれ! 俺はこいつと戦うぞ! そっちも退かせろ!」
ありゃりゃ、サルヴァがへルマンさんの言葉に乗ってしまいましたね。
一騎討ちが始まると決まったので、兵達のぶつかり合いが止まりました。スペースを作るために、各部隊長が後退するように部下に伝えたりもしています。
全体としては諸国連邦がシャール正規軍を押す流れに変わりそうだったのに勿体ない。
その間に、敵であるへルマンさんがこっそりと手で私に先へ行けとサインしてきました。不思議です。私はそれに従う理由はありません。
でも、サルヴァも「ここは任せて、敵左翼へ向かって欲しい」と私に言います。
「大丈夫ですかね、ガランガドーさん? サルヴァが負けて敗退とかないですか?」
「その時は、あの弱き者の兄妹が指揮するであろう」
うん、そうですね。どちらが勝つのか観戦したい所では有りますが、先を進みますか。
戦闘の一時中断に伴って諸国連邦とシャールの軍の間に切れ目が出来ましたので、私達はそこを駆け、また部隊と部隊の間の空白地点へと抜けたのでした。




