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非道と非情

 この模擬戦のルールは足以外の場所、詳しく言えば、膝より上の部分が地面に付いたらリタイアでして、本来であれば、そのまま大人しくしていないといけません。


 でも、冒険者という方々はお行儀が悪いようです。何の躊躇もなく立ち上がって私に再戦を挑む人や、座っていたのに近付くと剣や矢で襲ってくる人なんかもいたりします。

 なので、とりあえず、私と目が合ったり、不穏だと感じたりした人間に対しては、どこかの骨を砕くことにしています。



「ゆ、許してくれ!」


「ダメです。どさくさに紛れて倒れている兵隊さんの剣を盗もうとしたでしょ? 犯罪です。私はそういうの許しませんから」


 ほんと、考えが下劣と言うか抜け目がないと言うか、生きる知恵なのかもしれませんが、感心はしませんよ。


 腕を握ってボキボキと破壊します。悲鳴と嗚咽が戦場に響きます。


「一番後ろまで行けば、回復魔法を唱えてくれる人達がいるらしいので、頑張ってお向かいなさい。あと、今度、盗みを働いたら殺されても文句言えませんよ」


「う、うぅ、いてーよっ!! チクショー!!」


「それだけ元気だと大丈夫ですね」



 私は次にどこへ向かうか悩みました。ガランガドーさんは私達の担当と聞いている敵右翼の本隊を突き抜け、その先へと進んでいます。

 タフトさんの説明によると、そこらには右翼に入りきらなかった、要は前線を任すには不適と思われた冒険者達が集められた部隊が有ります。


 前方の部隊が混乱しているのに彼らが力添えしなかった所を見ると、やはり今回の戦争に志願したものの実力や品性が低い人達の集まりだと断定します。

 彼らの役割は右翼に対する後詰めだったのでしょうから。



 で、そういうことならば、強い人はそこにいません。ガランガドーさんに任せきりにするのも良いかと考え、金属同士が激しくぶつかる音が響く、中央から向こうの戦況を確認しようとしました。


 その時です。

 空高くに打ち上げられたガランガドーさんが視界の端っこに見えました。



 これは大変ですよ!

 急ぎ、私は落下地点に向かいます。背中にいるバーダの無事が非常に気になったのです。


 ガランガドーさん、クルクルと横回転しながら、放物線を描いて落下していました。

 両手を胸の前に置いて澄まし顔ですので、あれは自ら回転しているのでしょう。

 恐らく、彼はあれがカッコいいと思っていますね。

 体が回っていますので、ガランガドーさんと彼にくくりつけられたバーダが交互に現れます。目で見る限りは、怪我はしていなく、両方とも大事には至っていないようです。



 それなりに優雅な着地を決めたガランガドーさんに、私は話し掛けます。


「何がありましたか? ガランガドーさんの演出なら無駄な――あっ」


 なんと、ガランガドーさん、足元がフラフラです。


「どうされましたか? ……もしかして毒ですか!?」


「グゥ……剣で殴られたのである。斬られたのではなくて、バチンっと叩かれたのである。今は視界が定まらず、吐き気もしておる。やはり毒もあったのではなかろうか……。情けないが、不覚であった」


 最近は常に不覚状態ですから気にしなくて良いですよ。


「あっ! バーダもぐったりしているじゃないですか!? マジ許せないです!」


 私はキッと新たな敵部隊を睨みます。

 すると、私達に突進してくる者を予想外に確認しました。



「メリナ姉ちゃん! 今度こそ勝つから!!」


 猛スピードで接近してくるのは、ミーナちゃんでした。何故かミーナちゃんが例の大剣を持って駆けて来たのです。私の背丈を越すのではという長さの剣を軽々と振りかぶって向かって来ています。物凄いパワーです。


 マイアさんの所で彼女は保護されていたはずなのに、何故にこんな場所にいるのかと、私は少し困惑することにもなりました。


 考えること数呼吸、そう言えば、以前にマイアさんが「そろそろ地上に戻る頃です」とか言っていましたね。もしかしたら、それが実行されていたのかもしれません。

 現に、昨日マイアさんの家を訪れた時にミーナちゃんやその母のノエミさんの気配は有りませんでした。



「ガランガドーさん、ミーナちゃんにやられたのですか!?」


「う、うむ。……やられてはおらぬがな。少し油断しただけだから」


 ミーナちゃんめ、こんなに可愛いバーダにも何かの毒を打ち込むなど、悪辣非道! ろくな大人になりませんよ。ケイトさんとかサブリナとかみたいに、毒の知識を笑顔で喋るダメ人間を目指したいのですか!?


 天に代わって、この私が正義の鉄拳を喰らわしてやりましょう。これは教育です。すっかり忘れていましたが、教職にある私の義務なのです。



 息を思っきり吸ってから、私は叫びます。


「ぶっ殺してやるからなっ、ミーナァア!! 覚悟しろぉお、クソがァァア!!」


 これは意図的な(おど)しですよ。本心じゃないです。

 でも、ミーナちゃんにはとても利いたようで、それまでの走る勢いが削がれます。


「メリナ……姉ちゃん?」


「おらぁ! さっさっと来いやア! お前の鼻っ柱を潰してやるからなぁ!」


 ククク、ミーナちゃんは優しい人に囲まれた人生だったのでしょう。今、私にやられたみたいに酷く罵られる経験など皆無で、強いショックを受けると思っておりました。


「このクソガキがァア! 死ねィ! ここで死ねィイイ!」


 胸が痛いですが、勝利の為です。

 いずれミーナちゃんもこんな罵声を気にしなくなるくらいに成長してください。やがて、私のように何事にも動じない素敵な淑女に至るでしょう。



 さて、ミーナちゃんは顔をくしゃくしゃにして泣きそうです。

 もう一声ですね。


「誰に剣を向けているッ!? この恩知らずの大バカがァァア!!」


 うふふ、再び体をビクリとさせて、しかも震えが止まらないみたいですね。


 未熟。

 その魔力の豊富さからして将来性は間違いないですが、精神力は鍛えていなかったみたいです。それで戦場に立とうなど笑止で御座いますよ。


 私は素早く近寄り、幅の広い大剣に拳を叩き下ろします。力の入ってないミーナちゃんの腕では衝撃に堪えきれず、ドスンと地に(こぼ)すことになりました。



「……メリナお姉ちゃん……いつもと違う……」


 ったり前です。ここは戦場なのですから、勝てれば何をしても良いのです。

 泣き言を漏らすなんて、 マイアさんも存外に教育というものを分かっていませんね。



「ミーナ! 戦いなさい! メリナ様は世間の荒波を教えてくれているのですよ!」


 遠くから声が聞こえました。これはノエミさんです。娘がここにいるのですから、当然、保護者である彼女も来ていたのでしょう。


「そ、そうなの……、メリナ様?」


「違うわ、ボケ! 殺すぞ! 死ね! ……でも、落とした剣を再び取るのなら考えないでもないです~」


 これは私が仕掛けた罠です。


「で、でも、剣を拾ったら、指が土に触れて負けちゃう……」


 チッ。幼いくせに鋭い。

 しかし、剣を持たないミーナちゃんは戦闘力がガタ落ちです。体は魔力で補助されて硬そうですが、それ以外は街にいる普通の童女と似たようなものです。


「そうですか。では、私がミーナちゃんを惨めな敗北に導きましょうね」


 剣を拾った上での反撃というルール無視を考慮して、大剣に足を乗せてからミーナちゃんに手を伸ばします。肩の骨でも粉々にしておけば今日は動けなくなるでしょう。



「剣を、大事な剣を踏んじゃダメっ!!」


 もう一歩、もう一歩あれば、ここの制圧も終わっていたはずなのです。

 しかし、ミーナちゃんは怒りを爆発させ、片手を前に出して私を押し返そうとしてきました。剣技が優れている彼女らしく、素晴らしい腕の伸びでした。


 しかし、全く素人丸出しですね。真っ直ぐ過ぎて狙いが読め読めです。私には通用しません。

 意表は突かれましたが、待ち構える私は側頭部に蹴りをお見舞いする予定でした。


 こんな幼い子に何て酷いことをとも思いますが、このミーナちゃん、先ほど倒したグレッグさんよりも遥かに強いのですから、当然の判断です。

 むしろ、剣を落とした時に追撃をしなかった慈悲を誉めて欲しいくらいです。



 っ!? ……ガッ!!

 気付けば、私、口から血を吐いてました。


 何が起きたか理解した時には、もう遅かったのです。

 腹にミーナちゃんの腕が突き刺さっていました。



 黒赤くて、所々に突起も有る腕。

 ミーナちゃんは元々獣人でした。蟹と海老を足して割ったみたいな動物のって、マイアさんは言っていました。

 しかし、そんな腕では生きにくいとノエミさんは悲観され、だから、私がお願いしてマイアさんに人間の腕にしてもらったのです。


 それが、こんな所で戻るなんて! 何たる不覚でしょうか!? リーチが急に伸びたから私は対処できなかったのです。



 私は即座にミーナちゃんの腹を蹴り飛ばし、回復魔法で負傷箇所を直します。これが首なら危うく死んでしまうところでした。


 そして、転がるミーナちゃんに詰めて、爪先で顔面を潰しに行きます。これはお仕置きであって、虐待では御座いません。



「メリナお姉ちゃん、甘いっ!」


 彼女の身長よりも長い腕が伸びてきて、その先では二股に分かれた爪が広がっていました。わたしをチョン切ろうとしているのです。


「甘いのはミーナちゃんです!」


 私は跳ねて、鋏を躱す。そして、そのまま上からミーナちゃんの懐に飛び込もうという意図です。


「そんなことないのっ!」


 ミーナちゃんの腕の引き戻しは私の移動よりも速くて、驚きました。そして、再び蟹の腕が私を襲います。


 末恐ろしい子供です。天才ですね。

 10年後には勝てなくなっているかもしれません。


 ミーナちゃんと眼が合いました。幼いのに真剣で、戦士のそれでした。


 私は嬉しくて、思わず笑顔になります。



 氷、氷、氷の槍。



 ミーナちゃんの腕は私の頭を狙っていましたが、背中を後方に反らすことで躱します。向こうは軌道修正が出来ないはずと判断したのです。



 私は無事着地。ミーナちゃんにぶつかって吹き飛ばすつもりでしたが、それは当たりませんでした。しかし、彼女は戦闘不能でしょう。


 両眼に氷を突き刺してあげましたから。


 呻き声が聞こえて安心しました。死んでなくて良かったです。あと、痛みに堪えきれず、両膝も頭も地面に付ける形で体を丸めておられますので、私の勝ちです。

 お姉さんとしての威厳を維持できて良かったです。



「主よ……幼子にその仕打ち、余りに過酷では無かろうか……」


 うん? ガランガドーさん、回復したんですかね。


「私は覚えていますよ。お前が調子に乗って私の体を奪ったあの日、お前はミーナちゃんの頭を破壊しましたよね。マイアさんが居なければ、殺人でしたよ」


「いや、やってることは同じであろう……」


「違います! 私のは愛の鞭で教育ですから」


「ひどく痛がっておるのだが……」


 充分に視覚を失う恐怖を味わって頂いてから、私はミーナちゃんに回復魔法を唱えます。でも、ミーナちゃん、体を地面に預けたまま動きませんね。

 しばらくすると、ノエミさんもやって来ました。



「今回も稽古を付けて頂き、ありがとうございます」


 ご丁寧にお礼を言われました。


「はい。また機会があれば教育を致しますね」


「ほら、ミーナ。貴女もいつまで倒れているの? メリナ様にお礼を言いなさい!」


「ずるいもん! ずるいもん! メリナお姉ちゃん、魔法なんてずるいもん! 私が刺したのに動くっておかしいもん!」


 ミーナちゃん、地面に伏したまま泣きべそを掻きながら私に抗議してきます。その間に蟹の腕も自然に人間の物へと戻っていきました。



「ミーナちゃんの腕、自由自在に変化するようになったのですか?」


「はい、魔法です。状態変化の魔法を教えてもらったのです。筋が良いそうで、ミーナはいつでも使えるんですよ」


 なるほど。剣以外に良い武器を手にしていて羨ましいです。私も欲しいです。



 ノエミさんに抱き上げられて、(ようや)くミーナちゃんは立ちました。

 顔に残る血の跡が生々しいです。



「……メリナお姉ちゃん、ごめん。ミーナは終わりだけど、お姉ちゃんは頑張って」


「ありがとう。あっ、ノエミさんはどうしますか? 一応、戦います?」


「いえいえ、私は不戦敗でお願いします」


 彼女は行儀良く草の上に座られました。



 ふむ、これでタフトさんが説明していた作戦通りです。あとは諸国連邦の兵が巧くやって、シャール側を包囲するだけですね。

 しかし、アデリーナのことです。何を仕掛けて来るか分かったものじゃありません。しっかり、私も撹乱してあげないといけないでしょう。



「ガランガドーさん、次に向かいますが、体調はどうですか?」


「もう治ったのである。毒では無かったみたいである」


「えっ、毒ではなかった?」


「主よ、目が回るとは、あういう状態を言うのであるな」


 なんとガランガドーさんのフラツキはそんな下らない理由でした。


「絶対、竜に戻った方が良いですよ。弱体化しているの間違いないじゃないですか」


「ふむぅ、主は手厳しい。その内、何とかなるであろう。さぁ、新たな獲物を襲おうぞ」


 暢気な事を言うと思いましたが、戦況は膠着、若しくは諸国連邦が押されているように見えました。3倍の兵力だと言っていたのに、やはり諸国連邦は弱しですね。

 前線の陣をぐっちゃぐっちゃにして、手助けしてあげましょうかね。


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