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メリナ出撃

「メリナ様、頑張ってくださいね」


 とても良い笑顔で私を応援してくれたのは聖女イルゼです。先程、敵側に竜神殿の方々を運んだばかりの無能です。


「私、アデリーナ様にご許可を頂いたんです。この戦いで私達が勝てば、マイア聖教メリナ派を王国中に布教しても良いって。絶対に勝ちましょうね。遠くデュランでレイラもメリナ様とマイア様とリンシャル様に祈っておりますから」


 狂信者め。崇められる本人が認めていない宗教を広めようなんて、嫌がらせ以外の何物でもないじゃないですか。

 つくづく、無能な働き者は害悪だと思いました。



 しかし、望まなくても起きたことは受け入れるしか御座いません。巫女長はこの戦場に来てしまったのです。

 今更、どうこう言っても時間の浪費。与えられた条件で最善を叩き出す、極めて有能で働き者の私は、イルゼへの不満を堪えて、これからの進撃ルートに目を遣ります。



 草原の緑が眩しいです。牧草地だったのでしょうか、とても見晴らしが良い場所です。

 遠くの丘の上に敵の軍勢が横方向へ目一杯広がっていまして、否応なしに私の戦闘本能がくすぐられました。



 諸国連邦側のほぼ真ん中に位置する本陣前に私はいます。敵右翼を潰すのが私の役目でしたね。火炎魔法で焼き尽くしてやりますか。

 いや、それをすると向こうも遠慮をしなくなる可能性が有りますね。アデリーナ様の光の矢束が襲ってくるかもしれません。むしろ、私が魔法を使わないことで手加減している事をアピールし、あっちの攻撃の抑止力とすべきでしょう。


 向こうにいる敵の中で、私と渡り合える者は数える程です。しかし、少ないと謂えども集団で包囲されたら、ボコボコに殴られる可能性が御座います。例えば、アデリーナ様、アシュリン、巫女長、オロ部長を同時に相手にするのは出来るだけ避けたいところです。

 苦戦必至ですし、私が倒れたいと思っても、それを許さない感じで殴り続けてくるかもしれません。そんなヤツラです。

 なるべく分散させて対峙すべきだと考えます。



「あれ? 貴族学院の人達も来てるんですね?」


 味方の配置も確認しようとしたら、見慣れた校旗が目に入り、また、リズミカルな太鼓の音が聞こえまして、イルゼに確認します。


「はい。昨日の夕方からデンジャラスさんの命令でデュラン近郊の野営地にいた諸国連邦軍は連れてきました。その中に学生さん達もいらっしゃいましたね。私、メリナ様みたいに一度で何百人も転移させることが出来ないので大変でしたよ」


「デュランの街を襲われないようにですかね?」


「その可能性も御座いますね。クリスラ様のご依頼でしたので」


 クリスラさんの依頼なら間違いないですね。適当な耳当たりの良い言葉を使ってメンディスさんを説得し、デュランの街が万が一でも傷付くことがないようにしたのだと思います。


 さて、イルゼさんは天幕の中へと去っていかれました。デンジャラスさんとかに状況を報告されるんでしょう。



「主よ、始めるのであるか?」


「そうですね。本当の戦争なら開始の合図なんて有りませんしね。ガランガドーさん、気合いは充分に入っておりますか?」


「うむ」


 ここで、私は手に抱くバーダに困ります。下ろして置いていくのが良いのでしょうが、バーダは放浪癖があるのでまた迷子になってしまうかもしれません。

 なので、ガランガドーさんの背中にくくりつけます。紐は近くの知らない兵隊さんに借りました。


「お前、絶対に敵に背を向けてはいけませんよ。バーダに剣先が来たら大変ですからね」


「……主よ、我ら2人だけであの大軍に突っ込むのに、それは無理ではなかろうか」


「やってから無理かどうかを言いなさい。じゃないと、嘘つきになりますよ」


「……完全なる詭弁である……」




 本気を出す前の恒例ですが、私はピョンピョンと両足で軽く跳ねて、全身の筋肉を揺す振ります。それから、膝や膝の関節も伸ばして万全の状態へと持っていくのです。

 今日の服装はいつも学校に行っていた時と同じ、普段着で御座います。でも、スカートでなくズボンにしておいて良かったです。危うく、自ら蹴りを封じるところでした。


 贅沢を言うならば丈夫な巫女服が良かったのですが、ナーシェルの館に置いたままでして、それは叶いません。

 服が破れないように気を付けましょう。



 さて、目指すは右翼でしたかね。


「主よ、方向が違うのである。敵右翼はこちらから見て左である」


 危ない、危ない。ガランガドーさんに方向を修正された後、私は猛ダッシュを仕掛けます。



 草に足を取られることも気にせず、私は全速力で敵陣へ一直線に走ります。



 お互いに対陣しているだけで、のんびりと開戦を待っている状態だったのです。私が単騎でやってきているのも使者が来ていると向こうは思っていたのかもしれません。


 全く警戒をする様子がなく、先陣にいる方々の顔を確認できる程度の距離まであっさりと到達することが出来ました。



「メ、メリナ様だっ!! 聖衣の巫女メリナ様が突進されてきたぞ!」


 この右翼はシャールに住む者の混成軍と聞きました。だから、私を知る人もいたのでしょう。


「む、迎え撃て!!」


 遅きに失する命令が下されたのが聞こえました。皆さん、慌てふためいて武具を手にされていますが、練度が甘いですね。


 一際立派な馬に乗っていた人が最初の犠牲者です。

 私は全力で真っ直ぐに、そいつの胸へ飛び蹴りを喰らわしました。足先を尖らせて胸の中心を貫きます。

 金属鎧ではなく皮鎧のその方は、私と共に馬から転落して、ひどく地面に叩き付けられ、少しだけ遅れて口から大量の血を噴きました。


 本来であれば、私の足が彼の胸を貫通して絶命しているはずで御座いますが、そうなる前に足を引き抜いて回復魔法を唱えてあげています。穴はもうないはずです。


 でも、肺に入った血を取り除くことは出来ませんので、私の足元で彼は激しく咳き込んでおりました。

 はい。ルールに従いまして、彼は敗北で、私はシュタッと両足で地面に立ちましたので戦闘継続で御座います。


 続いて、突然の襲撃に声もない周囲の騎馬兵にも飛び掛かり、次々と落馬させていきます。

 その頃にはガランガドーさんも追い付いておりまして、遂に彼が活躍致します。


 敵には到底届かない距離なのに、ガランガドーさんが鋭く横蹴りをしますと、その足先から衝撃波が生まれ、その先にいた兵隊達を薙ぎ倒したのでした。


「やるじゃないですか! クラス対抗戦でもそれを見たかったですよ」


「主よ、我はまだ本気を出しておらぬ。グハハハッ!」


 上機嫌でした。背中のバーダも嬉しそうですね。



「おらぁ!! ぶぉっ殺されたくないヤツは、とっとと座れぇぇええエ!!!」


 ガランガドーさんではありません。私です。とっても人が多いので、魔法での殲滅を控えている現状では、大声で怯ませるのが効率的だと判断したのです。


 いつもはお淑やかな私ですので、皆さん、驚かれたのかもしれません。周りの大半が仰け反るようにお尻を地面に付けてしまわれました。


「主よ、流石である」


「喋る暇ないですよ!」



 この騒動で、敵も味方も陣を前に進めるために楽器を鳴らしたり吹いたりしました。この敵右翼は混乱した状態ですが、他の所からは、一斉に突撃の喚声も上がります。



「斜めに右翼を突き破りますよ!」


「グハハハ! 弱き者どもよ、我に跪くが良いっ!!」


 私とガランガドーさんは閃光の様に敵陣を駆け、私達の前進を停めるべく邪魔をする連中の顎を砕き、怖じ気付く者共は脅して座らせ、逃げる者は追い掛けました。


「ガランガドーさん、あいつ! 今度はあいつの太股を蹴ってやりましょう!」


「おうよ!」


 何故、逃げる者を追うのかと言いますと、より良い悲鳴を出してくれまして、結果、恐慌状態がドンドン広がってくれるからです。なお、私達が追い付いた暁には、もれなく、老若男女関係なしに足や腰を破壊しますので、皆さん、本気で逃げてくれました。


「や、止めて下さい、巫女様!」


「恨むならアデリーナを恨むのです!」


 私に追い詰められ、座って懇願する兵の足を踏み砕きます。ボキボキと辺りに音が響き、私はそれを楽しみます。


 いやー、皆さん、大体は逃げていきますね。



「主よ、冒険者達は死を恐れぬ者が多いのであるのだな」


「えぇ、そうですね」


 装備が統一された守備隊と思われる方はすぐに逃げ出したり、座って降伏するのですが、冒険者の方々は度胸があるのか、私達に歯向かってくる確率が高い気がします。


「私を手篭めにしたいという下劣な考えでしょうか。一人くらい本当に殺しましょうかね」


「主を倒せば、飛びっきりの箔が付くからであろう」


 そうこう言っている間も、横から剣を伸ばしてきたヤツがいたので、頬を殴り付けてぶっ飛ばします。



「殺されても良いヤツだけ向かって来ィィイヤァァアア!!」


 もちろん、ジョークですよ。心は朗らかです。静謐です。


「……主よ、本当に怖いから突然、怒鳴るのは避けて欲しい」


「こいつら、少し強めに殴ったら本当に死んじゃいますからね。忠告しておかないと、取り返しが付かなくなりますよ」


 私は地面に平伏す戦士を蹴り飛ばしながら言います。たまにもう一度立って戦い始めるというルール破りをするヤツがいて、そんなヤツは厳罰に処するしかないのです。



 しばらく一方的な攻勢で血の海を作っていたのですが、異変が起こります。この期に及んでも私に近付く気配がしたのです。蛮勇の持ち主ですね。



「メリナ! お前、本当にシャールの敵となったのか!? 情けないぞ!」


 聞いた事のある青年の声でした。


「グレッグ隊長! 危険です!」


「黙れ! 俺は愛する街と女性のために、このメリナを、裏切り者を倒して悔悛させないといけないんだ!」


 グレッグさん、部下まで持つ身分になったのですか。おめでとう御座います。コネクションのお陰ですね。


 シェラの――何だ、えーと……シェラと恋人っぽい関係にある騎士のグレッグさんが私の前に立ち塞がりました。

 彼は貴族ですので、この陣では珍しく金属鎧を装備されていまして、片手には柄に宝石まで付いた剣を持たれています。


「主を呼び捨てにするとは、愚かに過ぎるものよ」


 ガランガドーさんが手を出そうとしましたが、これは私に向かってきたので、私の獲物です。

 なので、ガランガドーさんには更なる突撃を命じました。



 しかし、その隙にグレッグさんの味方が増えたみたいです。


「グレッグ卿、助太刀します!」


「おぉ! マンデル分隊長! 助かる!」


 髭の親父、懐かしいですね。守備分隊の隊長さんでしたかね。

 巫女見習い時代に荒くれ者を始末した際、色々と私に便宜を図ってくれた人です。



「退きなさい! 死にますよ!」


 ちなみに退いても骨折程度はしてもらいます。周りの方々に恐怖心を植え付けるため。


「メリナ、分かっていないな! 愛のためなら俺は死ねる!」


 鞭を打ちつ打たれつ愉しむ関係は愛ではないと思いたい。


「巫女殿、私の巫女殿への愛も本物ですぞ。貴女の汗が染み付いた服を、一片でも宜しいので冥土の土産に頂きたいものです。剣の道の先に愛があると信じております」


 マンデルの言葉は意味不明ですが、相変わらず変態のようですね。奥さんに怒られなさい。お前の言う愛の道は断絶させてやります。


「マンデル、良い言葉だ。剣の道は愛の道に繋がるのだな。このグレッグ、感銘したぞ。メリナ、道を間違ったお前も早く俺たちの走る道に合流しろ」


 グレッグさん、相変わらず頭が弱い発言ですね。会話を続ける意味を感じませんでした。



「忠告しましたよ。なので、仕方御座いません」


 剣を構える彼らの間を私はすり抜けます。振り向く必要もなく、彼らは呆気なく倒れることを確信しています。横腹から激しく拳を叩き付けまして、間違いなく失神するだろうからです。

 もちろん、実際にも彼らは声も出せずに地へと崩れ落ちました。



 あと、私はシェラとの約束を思い出しました。傷は浅く、痛みは長く続く感じのダメージをグレッグさんに与えて欲しいとリクエストされていまして、シェラはそこを鞭打って悦びたいそうです。

 宜しいことでは御座いませんね。


 なので、私はグレッグさんの鎧を剥いで、背中に「シェラ、俺は大きな胸が好きなんだ! だから、お前を好きなんだ! それが俺の愛だ!」って彼の剣で書いてあげました。 グレッグさん、以前にそんなことを口走っていましたし。

 そして、これを見ればシェラは大変に驚かれて、グレッグさんに幻滅して、夜な夜な鞭で打つという愚行を止めてくれることでしょう。


 この間、「ひっ!」だとか「の、呪いを刻むの!?」だとか周囲の人達の大きな声が聞こえましたが、私の友人シェラを心配する優しい気持ちは伝わらないようですね。


 書き終えた私が顔を上げたら、立っている人は誰もいなくなっておりました。ほぼ右翼は壊滅できたようです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作中、メリナ様が最も輝いてる気がする件 [一言] もうメリナ様一人でいいんじゃないかなな件 メリナ様無双!
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