女王を好む人外たち
建物から庭へと出ます。爽やかな風が私の頬を流れます。悪鬼につねられてヒリヒリする痛みを癒してくれて、大変に気持ちが良いです。
「あっ! アディちゃん!」
まだ土を踏む前だというのに、直ぐ様に発見されましたね。
ふんわりヘアーで見た目だけは清楚な感じのフロンが笑顔で駆けてきました。
それを見ながらアデリーナ様が呟きます。
「……いつもの嫌悪感がないで御座いますね」
あれ? 私だけの感覚じゃなかったのか。
「前までは傍にいるだけでも殺したくなるほどの何かを感じていたんですけど」
「邪神の影響で御座いましょうかね」
なるほど。そういう考え方も出来るか。
てっきり私は、命を刈り合った過去の経緯から強い不快感が残っていて、共闘せざるを得ない状況に変わったから、それが自然に和らいだのだと解釈していました。
「アディちゃん、来たんだ!?」
「えぇ。もうそろそろ、ふーみゃんに戻って下さっていましたら回収しようかと思いましてね」
「見ての通りよ、アディちゃん。まだ戻らないんだよねぇ」
まだ距離はあるのに、2人は軽く会話を致しました。
それから、アデリーナ様は私を向いて喋ります。
「極めて失望致しますね。メリナさんの目ではどう思いますか?」
「うーん、試してはないんですが、黒っぽい魔力が前よりも細かく混ざってるんですよねぇ。分けるのが難しそうです」
フロンの言葉を信じた理由です。魔力の質が変わってるって表現した方が良いくらいなんですよねぇ。
「そうで御座いますか。ルッカでも吸いきれませんでしたから、厄介な代物なので御座いますね」
「ルッカさんはアデリーナ様のお祖母ちゃんなんですから呼び捨てはダメだと思いますよ」
「私が幼い頃からそう認識していれば、それなりの態度になっておりましたよ。ルッカもお祖母ちゃんなんて呼ばれたくないでしょうし」
「だよね、アディちゃん。私も結構歳行ってるけど、お祖母ちゃんなんて言われたくないし」
ニコニコ顔のフロンが傍までやって来ていました。それを真顔で見ていたアデリーナ様が挨拶もせずに私に命じます。
「メリナさん、吸ってみてください」
「はい」
無防備に立っていたフロンの脇腹を私は指で穿ちます。そして、ヤツの身体中に散らばっている黒っぽい魔力を指先から私の体内へと集めるのです。
痺れたみたいに硬直したフロンでしたが、やがて輪郭がぼやけて小さくなって猫へと、可愛らしいふーみゃんへと戻ったのでした。心配は杞憂に終わって、無事に成功したのでしょうか。
アデリーナ様は屈みまして、私はいつもみたいに抱き上げるのかと思ったのですが、なんと、背中の毛を掴んで、むしり取ったのでした。
可哀相に大きく悲鳴を出すふーみゃん。私はヨシヨシと頭を撫でて上げました。
が、すぐに再び輪郭がぼやけて、今度は逆に膨張するように影が伸び、人型に、フロンへと姿を変えてしまいます。
魔力感知で観察していましたが、私が吸いきれなかった黒っぽい魔力が増殖するようにフロンの体内で広がったようです。しぶといです。
「酷いよ、アディちゃん! そういうのは夜のベッドだけだから!」
愚かに過ぎるセリフを吐いたフロンは涙目でした。痛かったのでしょう。あと、むしられた場所である背中が今はどうなっているのか、若干の興味が湧きました。でも、若干なのでどうでも良いことです。
「メリナさん、はい、これ」
アデリーナ様は先ほど獲得した毛の束を半分にして、私に渡してきます。ふーみゃんの毛なので汚いということは無いのですが、ゴミだとも言えます。
「何ですか?」
「対巫女長戦に備えて、精神魔法対策で御座います。ふーみゃんの毛は精神魔法を防ぐ効果が高いで御座いますから」
おぉ、そんな事を言ってましたね。前王に体を乗っ取られるのではと危惧したマイアさんが、アデリーナ様に何らかの魔法を試した事があります。でも、それは無効化されて、アデリーナ様はふーみゃんの毛のお陰だと宣っていたのです。大魔法使いであるマイアさんの魔法を防ぐのですから、効果は本当に強いと思われます。
「私でさえ、我を忘れて号泣したので御座います。メリナさんなら即座に首をかっ斬って自死されるかもしれませんでしょ?」
素直に有り難く頂戴します。
巫女長と戦う時には必須の物だからです。
アデリーナ様が巫女長に喰らった魔法の名前は、確か、告解でしたね。賢いモードのエルバ部長が教えてくれたんです。
その名前からすると、罪を告白して心から反省するような魔法なのだと考えます。
なので、アデリーナ様に一応忠告しておきましょう。
「これは念のためですよ。品行方正で高潔無比な私が悔い改めることなんて何もないですから」
「そういう態度を深く省みることになると思いますよ」
さて、アデリーナ様はフロンに向き直ります。人に戻ったフロンは殊勝な表情でアデリーナ様の言葉を待っていました。
「フロン、貴女にも謝罪しましょう。私は悪手を取っておりました。メリナさんの補佐官の任を解き、神殿に戻りなさい」
「っ! うんうん、そうだよね! アディちゃんなら、すぐにそう言うと信じてたから。それじゃ、化け物、共闘はここまでよ。アディちゃんとまだ戦うんなら、敵になるから」
喜ぶフロンを前にアデリーナ様は冷たく言い放ちます。
「ふーみゃんに戻れないのなら、生活態度を改めなさい。貴女を姉と慕うナタリアに示しが付きません」
「うんうん、程々にしておくから」
ピョンピョン跳ねているフロンが大変にウザいです。
「本当に理解しているのか、かなり不安で御座います。良いですか? ナタリアは将来、冒険者になりたいと言っておりました。シャールに来ることも有りましょう。その時に失望させないように言動を控えなさい」
「大丈夫だよ、アディちゃん。ナタリアはむしろ私よりになるから」
何だ、その自信は?
……何か仕込む気か、それとも、もう仕込んでいる? 何にしろ碌な事じゃないですね。フロンよりって、完全に淫乱女じゃないですか!?
「……メリナさん」
「任せてください。必ず阻止します」
「んふふ、アディちゃん。今晩は一緒に寝よ――ガフッ!!」
気付けば、アデリーナ様の手には剣が握られていて、それの柄でフロンの無防備な腹を打ったようでした。
邪神と戦った際にアデリーナ様の剣技が優れていることを知りましたが、ここまでの早業が出来るとは思いませんでした。
意識を失い倒れ込んだフロンに、アデリーナ様が呟きます。
「……ふーみゃんでないのであれば手加減はしませんよ。それに、今の私はふーみゃんの喪失感で気が立っているので御座います」
いやー、それ、もっと早く言って上げたら良かったと思いましたよ。
「ふふふ、再会してしまったな、アディ」
突然に渋い男性の声がしました。ヤツです。私達は振り向きます。
「……メリナさん、どなたで御座いますか?」
そこには長身で褐色の肌を持つ男が、石柱に背中を預けて立っていました。
ガランガドーさんです。こいつ、登場する頃合いを計っていましたね。
「アディよ、我が分からぬか。情熱と静寂を兼ね備えた炎雪の貴公子であるぞ」
いや、絶対に分からないし、理解できないから。
無駄に長い足を交差させているポーズも腹立たしいです。
「メリナさん、友人はちゃんと選びなさいね」
それはそうですが、友人であることを一方的に強いるお前の発言とは思えませんね。
「ふっ。アディ、聞かせてくれ。俺の空前絶後の優れた容姿の感想をな」
…………せめて名乗れよ。
なんで髪をくしゃりと搔き上げて、顔を斜めに上にして横目で見てくるのですか……。
殴り殺されたいのですか。
もう少し様子を伺いたい気持ちも有りますが、余りの痛々しさに関係のない私まで恥ずかしい気分になります。
「くくく、言葉も無いか。無理もなかろう。我でさえ、我の姿を眺めておれば時の流れを忘却するのであるからな。動く芸術作品、それが我である」
凄いなぁ、ガランガドーさん。調子に乗りすぎです。
そろそろ止めようかと思ったのですが、隣のアデリーナ様がどんな表情をしているのかも気になりました。面白い顔をしていたら良いなぁと。
「ひゃっ!?」
思わず声が出てしまいました。
アデリーナ様、いつも冷たい眼差しなのですが、今は殺意が明らかに浮き出ています!
ガランガドー、お前、早く気付いて謝罪なさい!!
「あ、あれ? アデリーナ様……?」
「……舐められたもので御座います……」
「あれ、ガランガドーさんですよ、ガランガドーさん。敵じゃないです」
「あー、主よ。まだ早いであるぞ。名乗るタイミングはもう少し先であったのである」
何を暢気な事を言ってるんですか!
「ガランガドーか……。まだ竜の姿であった方がマシで御座いましたね」
良かったぁ。アデリーナ様の気が和らぎました。私に鳥肌を立たせるとは恐ろしい女ですよ。
「跪き、許しを懇願なさい」
「へっ? あっ……」
やっと気付いたガランガドーさんが頭を石畳に打ち付けるまでの平伏を致しました。
こいつ、人の姿になってから良いところを見ておりませんね。竜に戻れというアデリーナ様の言葉に同意で御座いますよ。
メリナの日報
今日の聖竜様は私への愛を隠さないくらいに優しくて、とても嬉しかったです。
何なら私を嫁にすると宣言してくれても良かったのに。
さて、明日はいよいよ会戦が行われるそうです。本当の戦争ではないのですが、アデリーナ様が泥水に顔を突っ込んで、哀れに失神している風景も見てみたいと思うので、楽しみです。
あと、マイアさんが居ないから邪神の影響についてはよく分かりませんでした。




