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アデリーナ様、求婚される

 デュランの仮宮殿の中の食堂に私達は居ます。会議室代わりでして、メンディスさんとデンジャラスさんを対面にする形で私とアデリーナ様は並んで座っています。もちろん、上座である部屋の奥側にです。


 なお、ここからは見えませんが、食堂の入り口の前ではタフトさんとショーメ先生が見張りとして立っているはずです。秘密の会談が始まるのです。



 動揺を隠せないメンディスさんが声を震わせながらアデリーナ様に尋ねます。


「模擬戦争ですか……?」


 大国の女王に対しては普段は偉そうな口調のメンディスさんも丁寧な受け答えをしますね。


「そうで御座います。ルールはそうですね、先程、メリナさんが提案したようにナーシェル貴族学院のクラス対抗戦と同じで良いでしょう。足以外の場所が地に付いたら負けに致しましょう」


「しかし……私が納得したとしても、他の国シュライドやギャバリンは止まれないでしょう」


「ならば餌を差し上げましょう。諸国連邦はデュランの支配から解放され、独立致します。ブラナン王国女王アデリーナがそれを保証します。デンジャラス・クリスラ、デュランはその条件を呑みますよね?」


「はい。デュランは国境の関を王国に返上し、交易税の徴収権をも王国にお渡しします」


「……諸国連邦は痩せた土地ばかりです。デュランから入る小麦に頼っています。その流れが変わらないのであれば、王国の支配下にあるのも同じだと私は想像しますが?」


「大丈夫で御座います。飢えるならば、ドングリでも謎の草でも食えばいいじゃないという内心は申しませんが――」


 アデリーナ様、はっきり言ってますよ。


「――デュランの優れた農業技術者を何人か派遣致します。数年あれば、収穫も増えましょう」


「そんな物で解決する訳がないとお分かりでしょうに」


「解決致します。ここにいるメリナが諸国連邦に巣食っていた死竜を完全に退治しました。死竜が貪っていた土地の活力が戻ると推測しています。ただ、早く実績を出すには王国の協力が必要だと言っているのです」


「……何故にそこまで諸国連邦に良くしてくれるのですか? 甘い毒も世の中には有るらしいと聞いたことも有ります」


 メンディスさん、警戒していますねぇ。それはそうです。アデリーナ様にどんな得が有ると言うのか、全く教えてもらっていないからです。


「次期王の最有力者であるメンディス殿下であるからこそ、お伝えしましょう。内密で御座いますよ。……私は政治的に敵を欲しています。それも完全には裏切らないという保証のある敵をです」


 ……怪しげな言い訳ですね。


「王国内にはまだ私に不満を持っている不逞な貴族がいるのです。その見えない敵というのは厄介でしてね。炙り出すのも手間で御座いましょう? それで、諸国連邦、いえ、ナーシェルには私の王国内の敵にとって魅力的な協力先になって欲しいので御座います。そして、もしも寄ってくる者がいれば、それを私に密告して欲しいと願うのです。すぐにとは言いませんよ。模擬戦争だなんて公に申している今では無理が御座いますからね」


 うわぁ。うっわぁ。とても厭らしい性格で御座いますよ、アデリーナ様。


「本来メリナさんのお役目だったので御座いますが、どうも敵にも扱い辛さが目に見えているようでしてね、最近は彼女に寄って来ないので御座います。そこで、諸国連邦は我が国の政変に乗じようとしたという噂も御座いましたから、都合が良いかもしれないなぁ、でも、本当に私を裏切ったりしたら嫌だから、私の大切な友人であるメリナさんの怖さを知って貰おうかなぁ、なんて思ったりして、彼女を派遣したのです。この通り、私の目論見通りにメリナさんの怖さは十分に知って頂けましたよね?」


「大切な友人って。アデリーナ様、勝手に竜の巫女を退職させようとしてましたよ?」


「しつこいで御座いますね。謝罪したのだから水に流しなさいな」



 さて、メンディスさんは黙ったままです。

 考えが纏まるまでに時間がしばらく掛かるかもしれませんね。



「では、良いお返事をお待ちしております」


 アデリーナ様が席を立とうとした時、メンディスさんが慌てて引き留めます。


「いえ、アデリーナ陛下。王の決済を待つまでも御座いません。仰せの通り、ナーシェルは王国の影の協力者となり、諸国連邦を率いましょう」


「大変に喜ばしいで御座います。お分かりでしょうが、裏切ったら……潰します」


「は、はい」


 格の違い、とでも呼ぶのでしょうか。最初から最後までアデリーナ様のペースで終わりました。アデリーナ様、大変に満足げな顔をしています。これ、たぶん、付き合いの長い私にしか分かりませんが満面の笑みです。他人が見たら、うすら怖さのある冷たい笑顔ですが。



「ア、アデリーナ陛下。もう少しお時間を……。ご、ごほん。……俺からも話があるのだ」


 もう用件は終わったはずなのに、メンディスさんが声を出しました。プレッシャーに耐えただけでなく口調まで砕けていまして、かなり勇気を振り絞ったのでしょう。


「何で御座いますか?」


「その、なんだ……もしも、良ければなのだが……」


「早く申しなさい」


「あー、なんて言うか。……俺と結婚してくれないか? 諸国連邦は兄弟の誰かが継げば良いし、さっきの話も俺が責任を持って呑ます。魅力的な君と俺は家族になりたい!」


「はぁ?」


 私の言葉です。アデリーナ様は声も出ません。デンジャラスさんもビックリして、隣のメンディスさんを凝視ですよ。


「…………聞きましたか、メリナさん?」


「はい。正直、驚きました。メンディスさんは立派な人です」


「そうで御座いましょう。んふふ、メリナさん、聞きましたか? ちゃんと聞こえましたか?」


 お前、嬉しそうですね。そして、何回私に確認を取っているんですか? とてもウザいです。

 アシュリンさんに見せてやりたいですよ。そして「気持ち悪い笑顔をするなっ!」って拳骨を貰いなさい。


「えぇ、聞こえました。メンディスさん、無理はなさらなくても大丈夫ですよ。献身と憐憫の気持ちは伝わりましたから、撤回しましょう」


「……メリナさん?」


「メリナ、違うぞ……」


「メンディスさんは聡明を自称して鼻持ちならないアデリーナ様の性格を直すため、命と希望を放り投げて申されたのです。そして、世界の悪を一つ無くそうとされているのです。云わば、人類のために自分を贄に、お伽話で悪神に身を捧げる乙女の様なものになると仰ったのです」


「メリナ、違うと言っている。俺はアデリーナ陛下ともに歩みたいのだ」


 知ってる。お前の目は恋する男のそれですから。しかし、私は認めません。アデリーナの幸せなど絶対に許しませんよ。気持ち悪い。


「ダメです。私は許可しませんからね。少なくても私より強くなければ、アデリーナ様の安全を託すことは出来ません!」


「メリナさん、それ、誰もクリアできませんから。ここは素直に喜ぶべきところだと思いますよ」


 関係ないのに、デンジャラスさんが横から口を挟んできました。


「いいえ、クリスラ。メリナさんの言うことは尤もで御座います。冗談はさておき、私の夫になりたいのであれば、まずは資格を見せて貰わないと困ります」


「断りか……。分かってはいたが辛いものだ」


「その言葉は同情か同調が欲しいので御座いましょう? そういった弱さは我が夫には不要で御座います」


 くはは、アデリーナ様はいつも通りです。さぁ、今後も調子に乗って行き遅れるが良いわ!


「流石です、アデリーナ様。国民も祝福するでしょう」


「こいつの見え透いた態度は立腹もので御座いますが、メンディス殿下、もう宜しいでしょう?」


「……ご無礼を申したこと、平伏して謝罪するとともに、愚かな男の戯れ事とご寛恕(かんじょ)を頂きたく存じます」


 メンディスさんは、しかし、気落ちはしておらず、背筋を伸ばしてカツカツと外へと出て行きました。遅れて、デンジャラスさんもアデリーナ様に一礼して去っていきます。



「うふふ、求婚されましたね?」


「私の言葉を聞いていましたか? あれは贄の話ですよ」


「どんな形であれ、私が望めば結婚できることが証明されたので御座います」


「スッゴい不愉快です。世も末ですね」


「まぁ、友人の幸せを願わない人がいるものなのですね。人間の闇を見た気分で御座います」


「その人、友人じゃないと思いますよ」


 私達は朗らかな笑みを携えながら会話を続けます。



「そうそう、もうそろそろシャールからの兵と諸国連邦の先鋒が対陣する頃合いなので御座います。知っておりました?」


「いいえ。でも早く止めないと被害が出ますね」


「メリナさんは諸国連邦側で参戦して下さいね。剣王なる愚者もリベンジの機会に期待しておりましたから」


 剣王はサブリナの兄です。私にボッコボコに殴られて負けて、アデリーナ様の配下に入ったんですよね。確か、私の故郷の近くの深い森で修行することになっていたはずです。


「あれから数ヶ月の短時間ですが、彼も強くなられましたし、サプライズも有りますから、メリナさんも楽しめると思いますよ」


「巫女長が出てこないなら構いませんよ。それよりもヤナンカをどうしますか?」


「……マイアがうまく見付けることが出来ればと願っております。そして、殺す必要があれば殺しましょう。まずは、この足の呪いを謝罪して貰わなければ気が済みませんがね」


「くっさいですものね」


「……その話題は止めましょうか。品性が下がります」


「アデリーナ様、お言葉ですが、下がるほど品性高くないですよ?」


「さっきから、この憎たらしい口がほざいているのかしら?」


「いたっ! 痛い! ほっぺをつねらないで下さい!」


 部屋から出たら、ショーメ先生が「仲良しですね」とふざけた事を言ってきましたので、強く否定しておきました。

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