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精霊の言葉

 取り次ぎの巫女さんに挨拶をして、しばらく待ちますと、巫女長の部屋へと案内してくれました。在室のようです。


 ここは巫女長がお仕事されている小さな建屋でして、神殿の中庭にある池の畔に所在します。廊下の先で取り次ぎの人が扉を開けてくれまして、アデリーナ様と共に中へと入りました。


 巫女長はゆったりとソファーに座り、長く重責の役職に就いておられた証拠である深い皺のある顔に、柔らかい笑みを浮かべておられました。

 威厳は感じないのに、それでも妙な重みはあるんですよね、巫女長は。



「失礼します、フローレンス巫女長」


 一礼をしてアデリーナ様が前へと進み、私も続きます。

 ざっと見た感じ、体内の魔力もいつも通りで邪神の魔力が混ざっている印象は有りませんでした。歩き近付く私達に、巫女長が優しく語り掛けてくれます。


「ナショマヌヤアデリーナハラハヤ、ヤユメリヌァハラホク。ディナハヒゲベラン」


 ……ん?


「巫女長、先日に食した邪神の肉について重要なことが発覚しましたので参りました。お時間を頂き感謝します」


 アデリーナ様は巫女長の謎言語を無視して喋ります。私の聞き間違いだったのでしょうか。


「ヤユヤユィ、ガラフセナーミダン。チョニカナスィヌラ」


 巫女長のジェスチャーからすると私達にもソファーにお座りなさいと言っているようです。



「……分かるんですか?」


 私は小声でアデリーナ様にお尋ねします。


「……分かるわけないで御座います。でも、どうせ大した事は言っていません」


 アデリーナ様の返答には巫女長への敬意は全く有りませんでした。



 座った後も巫女長は謎言語で熱心に喋ってくれますが、一切理解できません。なのに、アデリーナ様は頷いたり、適当な合いの手を入れたりして上手だなと思いました。



「これ、邪神の肉が原因ですよね?」


「でしょうね。昨日は普通に喋っていたのに。恐ろしい呪いで御座います」


 時間と共に何となく慣れてきまして、巫女長の前ですが普通の声量でアデリーナ様と確認し合いました。



「まぁ、呪いって酷い。私は嬉しいんですよ」


 巫女長が突然に言葉を発したので、私はビクッとなりました。からかわれていたのでしょうか。


「……今のは何だったのですか?」


「まぁ、メリナさんはご興味がお有りなの? 良いわ、教えて上げる。これはね、精霊さんの言葉なの」


 ……ふーん。とても興味が湧かなくて、自分自身驚きました。


「急に喋れるようになりましてね、つい嬉しくて、他の人にも聞いて欲しくなるんです」


 事情も知らされずに、それを聞かされた身にもなってください。取り次ぎの人もこの困惑の犠牲者になったのではと思います。


「聖竜様が話し掛けて下さった時もね、これで喋り返したの。聖竜様、『あれ? 何言ってるか分からないや。ごめんね』ってフランクに仰ったのよ」


 精霊でもある聖竜様が分からないとなると、いよいよ怪しさ爆発です。


「私が『聖竜様のお肉は、どんなお味ですか?』とお聞きしたのが悪かったのかしら」


 何を聞いているんですか!

 聖竜様、聞こえなくて良かったです!!



「フローレンス巫女長。他に変化は御座いませんか?」


 アデリーナ様がお訊きします。謎言語には私同様に興味がなかったようでして、話を進めようとしているのですね。


「うーん、あらぁ、あれかしら?」


「何ですか、巫女長?」


「ナユホ、ユナダユニスキメ。ピヌノラワンイタコ」


 ……分からん!


「冗談はお止めください、巫女長」


「うふふ、アデリーナ様は真面目ねぇ。メリナさんなら私と精霊ごっこしてくれるわよね」


「ちょっと……難しいですかねぇ……」


 ここで出来ますなんて無駄に勇猛な答えをしてしまいますと、更に時間を浪費してしまいますからね。



「変化ねぇ、変化……。そう言えば、巫女長の職を辞めたい気持ちが強くなったかしら。聖竜様を一目見たくて竜の巫女になったのだけど、他の竜さんも見たいかなって」


 その話は微妙です。巫女長は以前にも巫女長を辞めたがっていましたから。


「メリナさん、私の次の巫女長に就いて頂けないかしら?」


「いえいえ――」


「お戯れを、巫女長。ダメで御座いますよ」


 おい、アデリーナ。断るという結果は同じですが、お前が断るのはおかしいでしょ!


「あらあら、そうなの? 残念ねぇ。じゃあ、アデリーナさんは?」


「私は女王ですので」


 女王だったら、さっさっと神殿を辞めて王都で仕事しろって思うんですよ。


「まぁ、良いのよ。女王なんて辞めて」


「お戯れを申すのはお止めください」


「大丈夫ですって。王様なんて適当な誰かで勤まりますよ。ほら、無能なケヴィン君でも王様を立派にやっておられました」


 ケヴィン?


「……誰ですか、アデリーナ様?」


「先々代の王、私の祖父です」


 ……おぅ、目の前の人のおじいちゃんを無能呼ばわりですか、巫女長。

 そう言えば、若かりし巫女長は言い寄られた王族の腹を魔剣で刺したとか聞いたことが有ります。よく罪に問われずに生き長らえたものだと感心しますね。



「巫女長がお変わりないことを確認致しました。それではお(いとま)させて頂きます。メリナさん、宜しいですか?」


「はい」


 何にしろ巫女長は無事でしたからね。謎言語を操るようになっていますが、老人特有のボケが始まったと解釈することも可能です。

 ヤナンカはマイアさんに任すにして、私はサルヴァを見に行きますか。


「あらあら、もう帰られるの?」


「すみません、巫女長。またごゆっくりお話ししたいですね」


 社交辞令も加えつつ、私は素敵な笑顔で返答しました。



「もぉ、忙しくて大変ねぇ。メリナさんはシャールを攻めるんでしょ? 私もロクサーナさんから要請があったから、行かなくちゃね。メリナさんを迎え撃つ為に戦場へ」


「……巫女長、戦いに出るんですか?」


「そうなのよ。地租の代わりに、竜神殿はシャールの危機には協力するお約束になってるの。だから、メリナさん、戦場では敵同士ですね。私、悲しいわ。でも、楽しみね。久しぶりに血肉が踊りそう」


 ……まずいなぁ。


「宜しくお願い致します、フローレンス巫女長。メリナさんも望むところでしょう。しかし、実はこの戦争、模擬戦争なのでメリナさん含め殺さない程度にお願い致します」


 アデリーナ様の横顔を確認したら、うっすら笑っていやがりました。さっきの私の優雅なスマイルとは大違いです。


「あらぁ、そうなの? んー、でも、メリナさんなら私の魔法くらいじゃ死なないわよね。でも、よし。じゃあ、お互い全力で頑張りましょうね」


「いやー、今からじゃ戦場に間に合わないんじゃないですかね、きっと。ご老体の巫女長はここで待っていれば良いかなぁ」


「まぁ、いけずねぇ」


 ちょっと頬を膨らませての不満顔の巫女長は、皺の多い顔なのにチャーミングに見えました。

 でも、彼女はアデリーナ様を号泣させるほどの精神魔法のエキスパートですし、前王に斬られて死に掛けだったオロ部長をそのまま納めた収納魔法や同じく前王に体を乗っ取られたルッカさんを肉塊に変えた風魔法も使えます。抜けた性格と柔らかな口調からは想像もつかない危ない人なのです。

 そもそも戦場に行かないように私は言っているのです。普通なら、喜んでそれに従うと思うんです。その老体にまだ血の気が満ちているのですか。恐ろしいことです。



 さて、デンジャラスさんが私を迎えに来るまでに時間が有りそうで、私はアデリーナ様とともに礼拝部に向かいました。アデリーナ様の用件は知りませんが、シェラに挨拶をしておこうと思ったのです。


 礼拝部の立派な館では皆さん、休憩されていました。竜の舞とかいう踊りを定期的に公演しておられるらしく、その練習をされていたのでしょう。王国の良いところの綺麗どころのお嬢さん達が汗を拭いたりしながら椅子に座っていました。黒一色の巫女服ではなく、観客の受けが良さそうな色んな色彩の服を着ておられます。


 アデリーナ様を見た皆さんは優雅ではありますが、一斉に立ち上がられます。それから、その後ろの私を確認して、微妙に緊張した雰囲気となりました。表情とかはそのままで、微笑みを湛えておられるのですが、何だか私を観察するような、さりげない視線を感じます。


「皆様、お里にご連絡ください。今回の戦争は模擬戦争。死人は出さない。メリナさんもデュランも諸国連邦も私の許諾の中での行為だ、と」


 アデリーナ様が入り口からそう申されると、礼拝部の代表の方でしょうか、髪の長い女性が「今日の修行は終わりです」と宣言すると、皆さん、私達に挨拶しながら外へと散っていきます。

 礼拝部の方々は王国の各地からシャールに来られている貴族の娘さんですので、今のアデリーナ様のお言葉を親や街に伝達するために出ていかれたのだと思います。



 シェラだけが残り、私達にゆったりと近付きます。


「メリナ、心配しましたわ」


「本当にすみません。邪神ってヤツが悪いんです」


「今回も色々と大変ですね。皆さんの無事を聖竜様にお祈り致しますわ」


「はい、ありがとう」


「それから、メリナ。グレッグさんも出陣していますので、お手柔らかにお願いします」


 ……グレッグさん。シェラの友人か恋人か愛人かペットです。諸事情あって、私はその関係を怖くて聞けていません。

 グレッグさん自体は見た目も口調も好青年の若い騎士です。でも、剣の腕はかなり平凡ですので、本当の戦争なら死骸になっていたでしょう。


「分かりましたが、どれくらいの手加減で? 気絶くらいなら簡単ですよ」


「うーん。傷は浅く、でも、痛みは長引く感じでお願いします。私、こ無事にグレッグさんが帰って来られたら、そこを鞭で激しく打ちたいと思います」


 …………。

 うん、聞かなかったことにしよう!

 アデリーナ様も微笑んだままだし!



 さて、アデリーナ様の執務室に戻りますと、既にデンジャラスさんが行儀よく座って待っている状態でした。


「あれ? アデリーナ様も来るんですか?」


「えぇ。フロンとガランガドーに関してもちゃんと見ておかないといけないでしょ?」


「私、気付いたんですけど、マイアさんがいないと邪神の魔力の影響がないか、本当には分からないですよね」


「暇潰しです」


「えー、巫女の仕事してない宣言されるなんて驚きました」


「それはメリナさんも同様ですし、少なくともメリナさんよりは仕事していますよ。巫女見習い寮の管理係ですからね」


 それ、新人さんを無意味にビビらせているだけの仕事だったじゃないですか。イヤだなぁ。

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