少しの歓談
二杯目のお茶を頂きました。お口とお鼻直しです。襲ってきた悍ましい臭気を追い出すため、私と同じ様にアデリーナ様も一気に飲んでおりました。
「アデリーナさんもそうですが、加えて、邪神の肉を口にした他の者の状況も気になります」
私達が落ち着いたところで、マイアさんがそう言いました。私は思い返しながら答えます。
「ショーメ先生はあの肉を食べていないって言ってました。フロンとガランガドーさんは人化して、元の姿に戻れないらしいです。オロ部長は羽が生えました。あとは、巫女長とサルヴァとヤナンカですね。エルバ部長はずっと気絶したままだったと思いますし」
しかし、オロ部長は人間の姿になることを望まなかったんですね。空でも戦いたいという望みがあったのでしょうか。豪気です。
「サルヴァ……あのがっしりとした男ですね」
「はい。フェリスやイルゼ、ヨゼフとともにマイア様を訪問した際にお会いしております」
デンジャラスさんが説明してくれました。
サルヴァか。あいつの異変? 何かあったかな。……あっ。
「そう言えば、サルヴァはクラス対抗戦で肩を光らせながら攻撃していましたね。スッゴい長い技名を叫んで、瓦礫が飛び散るくらいの結構な威力でした。デンジャラスさんも覚えていますよね?」
「はい。そうでしたね。急激な成長で、メリナさんがまた何かをしたのかと思いましたが、邪神の影響とも考えられますか……」
そうですね。あの時はマイアさんの旦那さんであるゴブリンの師匠が何かしたのかなと気にも留めなかったのですが、よくよく考えたら不思議です。
「アデリーナさんは足が臭くなる祝福を受け、こちらは不確かですが、国家の安定を願う思いを奪われる呪いを与えられたかもしれません。祝福と呪いを同時に受けるのだとしたら、そのサルヴァは何を失ったのでしょう?」
強烈な祝福ですね。アデリーナ様も「臭くなる」のところで、怒りで手が震えていました。だって、どちらもアデリーナ様にメリットないし。と思いながら、私は自分の足の臭いも思い出して腹立たしくなりました。
私も幼い頃に呪いを受けて、こんなにも足が臭いんです。決して許されることでは御座いません。
「サルヴァについては本人に会った時に聞いておきますね。巫女長は?」
「巫女長は昨日お会い致しましたが、外見的には何も変化はなかったですね」
「じゃあ、とりあえず巫女長の所へ行きますか? 近いですし」
「そう致しましょう。マイア、ヤナンカはどうでしたか?」
私に同意した後、アデリーナ様はヤナンカと一緒に暮らしているマイアさんに尋ねられました。
「ヤナンカ? 諸国連邦に行くと言ってから帰ってきていませんよ?」
「あれ、そうなんですか? 邪神を倒した後は学校で見ていませんけど。ですよね、デンジャラスさん?」
「……はい」
ここで沈黙が入ります。
常日頃からヤナンカは何を考えているのか、よく分からない点があります。しかも、今は王都の情報局長だった人格と、デュランの暗部の頭領だった人格も統合された状態です。
「ヤナンカについては私が行方を探しましょう」
マイアさんの提案にアデリーナ様は返事をせずに黙ります。
彼女は気付きましたね。当然に私もです。
ヤナンカは幼い私で邪神の肉の効果を試しています。つまり、食べた者に邪神が宿ることを知っていたのです。なのに、止めるどころか自らも食べている。完全に何かを企んでいると推測できます。良からぬことでなければ良いのですが。
「お任せ致しました。宜しくお願いします」
充分に溜めてから、アデリーナ様は何事もなかったかの様に返事をしました。
「そう言えば、フロンもアデリーナ様に捨てられましたよね? それも呪いですかね」
「捨てたとは、人聞きが悪いで御座いますね。あれが猫に戻らないから、傍に置くのは不要と判断したまでです。ちゃんとメリナさんが邪神に変身した時の見張りとして活用したので御座いますよ」
不要ってはっきり言ってるじゃないですか。
「それ、ルッカさんが適任でしたよね。ほら、私が王都でパン職人をやってた時も、空高くから私の様子を観察してたんですよ」
「……そうですね。そもそも、あの手紙を書いて渡したのがおかしいのです。私がメリナさんを挑発する必要は御座いません。深く自省し、メリナさんに謝罪致します」
何とアデリーナ様は私に頭を下げました。いつ以来でしょうか。
あー、あれもこの部屋での出来事ですね。ぶりゅぶりゅ動画の準備を終えて、アデリーナ様を呼びに参ったんです。そしたら、こいつの謝罪とともに「変わらず親交をお願いします」とか殊勝な態度で申してきやがったのです。
「諸国連邦にメリナさんを閉じ込めておくのなら、嘘でも何でも誉め上げて、その気にさせるべきでした。……怒ったメリナさんから邪神が飛び出てくるのかを確かめたいという気持ちもありましたが、そんな面白い見世物を目前で楽しまない選択をしなかったのもおかしいです」
ひどっ。笑顔で何を言っているんでしょうか、この性悪は。
「アデリーナ様、そういう所が友人を作れない理由ですよ。いえ、それどころかアシュリンさんも心配していましたが、旦那さんを迎えるのもいつになることやらです」
「余計なお世話ですよ」
「えー、デンジャラスさんも何か言ってやって下さい」
「女王、独身も良いものですよ。気楽に考えましょう。私は充実しております」
……そうでした。デンジャラスさんも独身でしたね。あー、話を振る人を完全に間違えました。とても失礼な事をしてしまいましたよ。デンジャラスさんは気にした素振りを見せませんが、私は謎の罪悪感を抱いてしまいました。
「邪神の呪いは思考に影響を与えるのですね……」
マイアさんが呟きます。
アデリーナ様の事例しか御座いませんが、そうなのかもしれません。あっ、いや、ショーメ先生が「今回の戦争、止まらないんですよ。民衆が何故か熱狂しているんです」と珍しく動揺を隠さずに言っておりました。可能性はゼロじゃないか。
「なるほど。私があの雌猫を遠ざける判断を下したのも、それか……」
アデリーナ様が応えます。
「あれ? フロンに未練があるのですか?」
「違います。雌猫ではなく、ふーみゃんに有るので御座いますよ。そうそう、背後からメリナさんの太股を矢で射るくらいには未練があります」
お前っ! それ、冗談が過ぎるでしょ!
どれだけ痛かったと思うんですか!?
「では参りましょう」
「お待ちください、アデリーナ女王。……戦争はどうしましょうか?」
「ちょうど良い頃合いでも御座いますね。模擬戦だったと各街に連絡致します」
その言葉にデンジャラスさんは安心した表情をされました。
「意外に私を裏切る街は少ない事が分かりました」
裏切ったと判断された街があったんだ。そこの貴族さん、御愁傷様です。
「アデリーナ様、本当にそういう所ですよ。そういう他人を試す態度がですね、愛してくれる人が現れ――」
「うっさいで御座いますね。私ほどの美貌であれば、その気になればいつでも結婚できます」
うわぁ。自分で言ったよ……。
「クリスラ、デュランは罰しません。約束致します。しかし、この戦争は模擬戦争として続行を致します」
「えー、まだやるんですか?」
「目的があるので御座います。それから、イルゼから聞いております。そもそもですね、これ、メリナさん、あなたが望んだ戦争で御座いますよ」
そうでした。しかし、私は自分の非を認めたくありません。お外を見て誤魔化します。
「良い天気ですね」
「えぇ、あなたも良い性格で御座いますね」
「はい。たまにショーメ先生とかにも言われます。国家を代表する淑女に近付いているからですかね?」
アデリーナ様は笑顔のままでした。
「それでは、皆さん、私はヤナンカを探します。見付けたら連絡しますので」
マイアさんが転移魔法を使って消えました。
「私はデュランの者に模擬戦であることを至急で伝えて参ります。それが終わりましたら、ここでメリナさんを待たせて頂きます」
デンジャラスさんも消えます。待ち合わせのこの場所はアデリーナ様の執務室なのですが、良いのでしょうかね。そんな些細な事は置いて、一刻も早く、デュランや諸国連邦に本気の戦争ではないと告げたかったのかもしれません。
「じゃ、私達も巫女長に会いに行きますか?」
「そうで御座いますね。…………正直、あの方は少し苦手なので御座いますが」
「あっ、奇遇です。私もです。嫌いじゃないんですけどね」
巫女長は本当に滅茶苦茶ですので、その望みも想像を絶するのではないかと危惧されました。




