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邪神の眷族

 デンジャラスさんから一通りの説明を受けている間のマイアさんは真剣なお顔でした。でも、それが終わると小さく微笑まれてデンジャラスさんに言葉を返します。


「戦争を止めたいって言うよりはデュランを守りたいって感じですね」


 デンジャラスさんは黙って頷きました。


「アデリーナさんと接触した?」


「はい。向かわせた使者によると、女王は和解条件の提案に終始無言だったそうです」


 ……ん? アデリーナ様、怒ってる?

 そうであれば、大変に嬉しいです。無視されるのは余裕綽々みたいで気に入りませんでした。


「もう一度お会いすることをお勧めします。私も同席しますから。ちなみに戦闘は始まっているのですか?」


 マイアさんの問いにデンジャラスさんはテキパキと答えます。長年、聖女としてデュランの代表を担い、また、王の近くでも働いていた経験が役に立っているのでしょう。


 戦闘は、コリーさんとアントンが率いたラッセンの部隊が王都軍を蹴散らした戦いくらいなのだそうです。デュラン正規軍とナドナムの軍勢は睨み合ったまま、アナマサチンとかいう街の軍隊もショーメ先生達、暗部が裏工作で足止めしているみたいです。

 私が少し心配していたシャールに向かって侵攻中のサルヴァ達も街道を通っているにも関わらず、周りの街に邪魔されることなく順調に進んでいるとデンジャラスさんは言いました。


「アデリーナ女王に誘い込まれていると感じております」


「そうですね。補給路が伸びきったところで叩くのかもしれません。デュランが裏切ったら、その侵攻軍は全滅に出来ますが、それを手向けに和解されるのも手では?」


「諸国連邦もそれを危惧して、デュラン近郊の野営地に一定人数の軍を置いています。いざとなれば、デュランの街を焼くつもりでしょう」


 あー、メンディスさんが日記にも書かれていましたね。二日後の出立を厳命って。休息を取らせる意図とばかりに思っていましたが、デュランへの圧迫も企図していたのか。

 大人って賢いです。でも、暗部が動けば、デュランへの被害は抑えられると思われます。だから、デンジャラスさんも諸国連邦の動きを見逃しているのかもしれません。


「何にしろ、王国とは決定的な敵対関係には入っていないようですね」


「はい。取り返しの付かない戦乱にまでは至っておりません」



「ところでメリナさん。ワットちゃんの臭いが残っているわね。先に会ったの?」


 マイアさんは私を見ました。


「そうなんです。今日もお元気で良かったです」


「ワットちゃん、何か言ってた?」


「砂糖を差し入れたら感謝されました。あと、転移の腕輪を使用しないようにと注意されました」


「……腕輪をメリナさんが使ったんですか?」


 マイアさんの眼が一瞬鋭くなりました。



「……おかしいわね。私が回路に細工をしたのに、ワットちゃんの所へ行けた? それに、そうだとして、もう顕現臨界を越えても……」


 そして、謎の呟きが続きます。


「ちょっと腕輪を見せて……。回路が復元? フォビのヤツ、自動修復回路を3重に……。しかも、隠蔽魔法で隠しているものがあるなんて……。ダメね。今の私じゃ触れないか……」


 一通り悩んでから、マイアさんは顔を上げて私に言います。


「ワットちゃんの言う通り、もうこれを使用してはなりませんよ」


 よく分からないので神妙に頷いてから、私は別の相談事について訊きます。


「聖竜様、まだ雄化されていないんですよ。だから、邪神の肉を食えば良いと提案したんですけど拒否られまして、他に良い方法はないですかね?」


「邪神の肉? 邪神って、あのメリナさんの精霊ですか?」


「そうです。あの肉を食べると願いが叶うみたいでして、ガランガドーさんは人になったし、デンジャラスさんには第三の眼が出来ました。聖竜様も食べればチンチンが生えると思うんです!」


「え?」


「マイア様、邪神の肉の話は真実です。これをご覧ください」


 デンジャラスさんが額に垂れる赤い宝石をずらすと、おでこの真ん中が左右に開いて、大きく血走った瞳が出現しました。



「精霊を食べた!?」


 マイアさんは大きく驚かれます。それを受けてデンジャラスさんが若干、恐縮されました。


「事例は少ないけど! それって、その精霊の加護を受ける、言い換えると、その精霊の影響下に入る行為ですよ!」


「つまり?」


「全員がメリナさんと同じ状態、邪神の眷族になったのです!」


 ……ちょっと待ちなさい。いつ、私が邪神の眷族になったのですか……。私は聖竜様に仕える忠実で清廉な巫女なのですよ。


「マイア様、どういう事でしょうか?」


「邪神の一部を食べさせる。それは幼かったメリナさんに邪神を宿らせた方法だとヤナンカから聞きました。ただ、私も大昔の文献で読んだきりで、本当にそんな事が可能なのかは分かっていません。眷族については、生まれながらに人が持つ守護精霊にしろ、後天的に憑いた精霊にしろ、精霊の加護を受けた者は全て、その精霊の眷族と呼びます。ミーナを例に出すと、彼女は生来の精霊と私が与えた精霊の二匹からの加護を受けており、それぞれの眷族となっています。眷族になる、それ自体は悪いことではありませんし、人ならば生まれつき、なにがしかの精霊の眷族となっています」


 マイアさんはここで区切ります。


「でも、邪神はメリナさんを通じて外に出ようとしていました。精霊の中でも特殊な類いです。そして、その肉を食べた者、皆が邪神の眷族となったのなら、邪神がこの世に到る為の門がその食べた人数分だけ出来たということなのです」


 ふむ。

 アデリーナ様は私に「あなたの中にいる邪神を分離して顕現させなさい。そして、共に倒しましょう」と仰ったことがあります。

 なので、私以外の人から邪神が出て、それを倒せばミッションクリアですね。


「クリスラ、あなたの第三の眼。そこから邪神の魔力は感じません。恐らくは邪神の魔力とあなたの体質は適合しなかった。あなたから邪神が顕現することはないでしょう」


「マイア様、アデリーナ女王も肉を摂取されました。彼女の状態を確認したいと思います」


「クリスラ、あなたの懸念、充分に理解します。今の愚かで無駄な戦争を止めないのは彼女らしくありません。邪神に関する異変が起きている可能性が有ります」


 まぁ、あのアデリーナ様が!?

 鬼が邪神に変身ですね!! とっても愉快です!


「急ぎアデリーナ様の所へ行きましょう! 後で大笑い出来るように記憶石も欲しいですね」


 私はウッキウキの笑顔です。

 対して、デンジャラスさんは真剣な顔でして、姿格好と合わず固い人だと思いました。



「あら、イルゼだと思ったのですが、意外な方々ですね」


 早速、アデリーナ様の執務室に移動しています。デンジャラスさんが発動させた転移の腕輪で瞬時に来たのです。


「メリナさん、日報を提出しに来られたのですか?」


「まさか。誰が好んで日記を読ませるのですか。でも、アデリーナ様、代わりに面白い物をお見せしますね。はい、デンジャラスさん、どうぞ」


 彼女が宝石を除けると、また、第三の眼が開眼します。何回も繰り返すと宴会芸みたいですね。


「……驚きましたが、面白くはないで御座いますね」


「アデリーナ様もこんなの出来てないですか? 心が闇に染まったとか、夜な夜な乙女の生き血を啜りたくなるとか、そんな精神的な変化でも良いですよ?」


「御座いませんよ。戦争を仕掛けてきたバカをどう始末しようかと少し悩んだくらいです。あっ、バカってメリナさんの事ですよ。誰がバカかご理解できないくらいにバカかもしれませんから、教えて差し上げました」


 チッ。


「マイアさん、やはりアデリーナ様が邪神です。速攻で殺しましょう。私をバカだと認識阻害を起こしております」


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― 新着の感想 ―
[良い点] アデリーナさまの皮肉が 直接的な悪口になってる!
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